<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 水が枯れた村 〜第1次キャラバン派遣〜

------<オープニング>--------------------------------------
 
 水の神ルキッドの聖地といわれるメキルド山は、エルザードの遥か西の乾燥地帯にあった。
 山の周辺、乾燥地域に住む住人は、メキルド山から流れ出る川の水に水源を頼っている。
 だが、周辺の村はそれぞれ独自にルキッドを信仰していたので、周辺地域同士の仲はあまり良好ではなかった。
 そのため乾季になると、それぞれの村がバラバラに、水を運ぶキャラバンの派遣をよその地域へ要請するのが一般的になっていた。
 メキルド山の西にあるライマという小さな村も、そんなメキルド山周辺地域の一つだった。
 ライマはメキルド山周辺地域の中ではエルザードに近い事もあり、周辺地域の中で唯一、エルザードと交流が深い村だった。
 その為、ライマはエルザードからメキルド山の水神を祀りにやってくる旅人の宿泊地として、エルザードでは有名でもある。
 そして、今年もライマに乾季が訪れた。
 例年通り、エルザードにはライマから大量の水の注文が届き、水のキャラバンが出発する事になる。
 ただ、今年は水不足が深刻で、メキルド山から流れて来る川の水が完全に干上がっているそうだ。
 なので、例年の倍の隊商とその護衛の派遣が、ライマから要請されたという。
 …そんな話を聞いて、魔道士ウルは仲間の盗賊に話し始める。
 「そんなわけ、ないんだけどね。」
 ウルの言葉には、主語も目的語も無い。
 話しかけられた盗賊ルーザは、
 「何が?」
  と、首をひねるしかなかった。
 彼女は小遣い稼ぎの為に、隊商の護衛に参加するつもりである。
 「一般には知られてないんだけど、あそこの山は水神の力だとか何だとかで、常に水が少しづつ沸いてるんだ。
  だから、川の水が完全に枯れるっていうのはありえないはずなんだけど…」
 魔道士の間では有名な話だよと、ウルは言う。
 「ふーん、じゃ、ウルも一緒に調べに行く?」
 「そうだね。」
 ルーザの言葉に、ウルは答える。

(依頼内容)
 ・水不足の村へ水を運ぶキャラバンが、護衛を募集しています。
 ・興味がありましたら、水不足の原因調査もして下さるとありがたいです。
 ・今回の結果次第で、第2次キャラバンの派遣に続くかもしれません。

(本編)

 1.水枯れの村へ

 エルザードからライマに向けた水のキャラバンが出発する、前夜の事だった。
 日和佐幸也は、ウルの所に顔を出す。
 「ウルさん、メキルド山の水神って知ってるか?」
 出発するまでに、出来るだけ情報を仕入れておきたいと、幸也は思った。
 「うーん…
  マイナーな神様だから、あんまり詳しくは知らないな。
  水の神様で、一部に根強い信者が居るらしいよ。」
 魔力で地下水を汲み上げて、川の水源にしている神様だという事位しか知らないと、ウルは言った。
 「あんまり、力のある神様じゃないみたいだからね。
  何かあったのかもしれないよ。」
 自分も、キャラバンに同行して、メキルド山の様子を見に行くつもりだとウルは言った。
 …ふむ。
 ウルに会う前、昼間も白山羊亭で少し噂話を聞いてみたのだが、あまり有益な情報は得られなかった。
 ただ、『水神の力で水が沸いている川で水が枯れたらしい』という事だけは、皆、口を揃えて言っていた。
 普通に考えれば、水神に何かあったと考えるべきなんだろうか?
 後は、現地に向かいながら調べるかなと、幸也は思った。
 それじゃあ、キャラバンで会いましょうと言って、幸也はウルと別れた。
 翌日、幸也は相棒のフェイと一緒にキャラバンの集合場所まで向かう。
 「ねえ幸也、いっぱい荷物持ってるけど、何持ってるの?」
 フェイが幸也の荷物を見ながら尋ねる。
 「ん?
  薬だよ。
  旅に怪我や病気は、つき物だしな。」
 それに、水不足の村には、脱水症状などで治療が必要な者が居るかもしれない。
 その事も考えて、幸也は多めに薬を持っていた。
 「ふーん。
  まあ、準備はしといた方がいいよね。うんうん。」
 キャラバンは、ライマに向けて出発する。
 「あ、フェイに幸也君、元気?」
 2人に気づいた、ルーザがやって来た。
 「さっき護衛の戦士の中にね、やたらきれいな鷹を連れた奴が居たわよ。
  後で見に行ってみれば?」
 彼女は2人に声をかける。。
 ライマへの道のりは、始まったばかりだった。

 2.鷹を連れた、テイト・グァルメイヒ

 やがて、キャラバンは初日の夜を迎える。
 護衛の仕事は、こういう時間こそ本番である。
 夕食の火を囲みながらも、護衛の戦士、テイト・グァルメイヒは周囲の様子に気を配る。
 彼の側には、鷹が一匹、止まっていた。
 ラギという彼の相棒である。
 …最も、水しか運んでいない、このキャラバンを襲いに来る者も早々いないか。
 テイトは静かに佇んでいる。
 その時、ラギが一声、鳴いた。
 「へー、きれいな鷹だね!
  ルーザちゃんが言ってた通りだよ。」
 駆け寄ってきた少女が、ラギの羽根をつついたのだ。フェイである。
 「こら、ラギにさわるな!」
 なんだ、この無礼な奴は。
 テイトはフェイの手を取って、叱った。
 「あわわ、すいません、うちのアホが。
  フェイ、人の家の動物を、勝手にさわっちゃだめだろ!」
 後を追うように走ってきた幸也が、彼女の髪を掴んで怒った。
 なかなか、息の合った夫婦漫才だと、テイトは思った。
 きれいな鷹を連れた戦士がキャラバンに居ると聞いた二人は、面白がってやってきたのだ。
 「でも、カッコイイ鷹だね。
  いざとなったら、爪に捕まって飛んだりとか出来るよね。」
 「いや、それは無理だろう。」
 放っておくと、いつまでも夫婦漫才を続けている。
 賑やかだなーと、テイトは思った。
 「…それにしても、テイトさん、魔道士がやたら多いと思わないか?」
 夫婦漫才に飽きたのか、幸也がテイトに言った。
 「確かにな。やっぱり、メキルド山の水神の件かな?」
 みんな、考えてる事は似ているらしい。
 マイラまで着いてキャラバンが一段落したら、山を調べに行こうかと三人は話合った。
 「それじゃあ、テイトくんにラギちゃん、おやすみー!」
 しばらく話した後、幸也とフェイはテイトと別れた。
 「またな!」
 テイトは二人を見送った。
 翌日、キャラバンは再びライマへと向かい始める。
 行程は一週間の予定で、途中、三日目に中継地点の村に立ち寄り、食料などを補給する手はずになっている。
 キャラバンとしては近距離で、比較的楽な旅だった。
 三日後、特に山賊の襲撃などにも遇わず、キャラバンは中継地点の村まで着く。
 「ねー、幸也、ちょっと酒場まで行ってみない?」
 村に着くなり、フェイが幸也に言った。
 酒場で休みながら、少し、話を聞いてみようとフェイは言う。
 のども渇いたし、そうするかと、幸也とフェイは酒場まで行った。
 村に一つだけある小さな酒場に、二人はやってくる。
 席に着き、まずはメニューを開く。
 「ちょっと、何なのよ、これ!」
 メニューを見たフェイが、いきなり怒り始めた。
 「おいおい、どうした!」
 とりあえず、止める幸也。
 「だって、見てよ!
  水でお金取るんだよ!」
 そう言って、フェイがメニューを指差す。
 メニューを見ると、確かに水が有料になっている。
 「いや、乾燥地帯だと水も無料じゃないんだ。
  結構よくある話だぞ?」
 たいしてあわてた様子も無く、幸也が言った。
 「そ、そうなの?」
 なるほど、そういえば水のキャラバンなんてのがある位だから、水でお金を取る酒場もあるかも知れない。
 「ど、どうしました?」
 あわててやってきた店員に、
 「あ、えーと、何でも無いよ!」
 フェイは笑ってごまかした。
 「…なるほど、確かに、よその人には水でお金を取る感覚は、わかりにくいかも知れませんねー。」
 そういうお客さん、たまに居ますと店員は言った。
 ライマの事について尋ねると、店員はさらに話を続けた。
 「最近、ライマから水を買いに来る人が、結構居るんです。
  ライマからここまで、往復で六日かかりますからね。
  あそこの水不足、大分深刻みたいですよ。」
 結局、ライマの水不足が深刻そうだという事以上の情報は入手出来ずに、二人は酒場を離れた。
 夕方になり、幸也達はウル達と合流して村の中で休む。
 三日ぶりの、落ちついた夕食だ。
 「まあ、水しか運んでないキャラバンだからね。
  普通なら、こんなの狙わないよね。」
 言ったのは、ウルだった。
 彼の頭の中は、メキルド山の調査の事でいっぱいのようだ。
 「確かにな。
  …まあ、それでも世の中には、それでも何も考えずに襲ってくる山賊も居るからな。
  だから、俺みたいなのが護衛の仕事に就けるわけだ。」
 テイトが言う。
 「水を奪って、代わりにライマに持っていって売る…
  だめね、ハイリスクローリターン…どころか、ノーリターンね。」
 自分ならどうやって儲けるかと考えているのは盗賊のルーザである。
 「何それ?」
 「危険ばっかり大きくて、全然意味が無いって事だ。」
 フェイが首を傾げて、幸也が解説した。
 「ふーん…
  あ、そーいえば、さっき酒場のおじさんに聞いたんだけどね、今年はライマから水を買いに来る人が最近多くって儲かってるって言ってたよ。
  水不足、深刻なんだってね…」
 昼間、村に一軒だけある酒場で話を聞いてきたフェイが、心配そうに言った。
 「わざわざ、三日もかけて水を買いに来るのか…
  川が枯れてるって話は、確かみたいだな。」
 往復で六日かけて水を買いに来るくらいだから、余程深刻なんだろうなとテイトは思った。
 やはり、ライマまで水を運んだら水源のメキルド山を見に行ってみようと、5人は話合うのだった。
 翌日、補給を終えたキャラバンは移動を開始する。
 その、夜の事だった。
 遠くの方に、不自然な灯かりが幾つも見えた。
 「山賊みたいだな。」
 こんな隊商を襲っても儲からないだろうにと、幸也は思う。
 「そいじゃ、私、ちょっと行って来る。」
 フェイが他の護衛の戦士達の集まってるところへと行った。
 おそらく、村で補給を受けて積荷が一杯のキャラバンを襲ううもりなんだろう。
 山賊の人数は、20人〜30人程に見えた。
 確かに、これくらいの規模のキャラバンを襲うには普通に考えれば充分かもしれないが、このキャラバンは護衛がやたら豪華だった。
 何かの罠は無いよな?
 少し気になった幸也は、同様の事が気になったルーザと一緒に周辺の様子を探ったが、特に何も無かった。
 「…伏兵が居るって感じでもないな。」
 「フェイと同じで、多分、何も考えてない連中ね。」
 幸也とルーザは護衛の戦士達に伝える。
 「ルーザちゃんて、本当は、あたしの事、嫌いなんでしょ…」
 フェイがいじけている。
 ともかく、何も罠が無いようならば一気に追い払おうという事になり、テイトやフェイ達、護衛の戦士は山賊に切り込む事にした。
 「闇に浮かぶ赤い風よ…」
 ふいに、ウルの魔法が発動する。
 護衛の戦士達の胸が、目立たない程度に赤く光り始めた。
 「みんな、間違えて、味方を斬らないようにね。」
 確かに、数日前あったばかりの数十人の護衛の戦士達は、お互いに顔を完全に覚えているわけでもなかった。
 闇夜の同士討ちは避けたい所だった。
 「よし、そいじゃあ行こうぜ!」
 テイトの声で、戦士達は山賊に切り込んだ。
 今のうちに、少し積荷を持っていってもバレないだろうなーとは思ったルーザだったが、水を盗んでもしょうがないかと思って、やめた。
 …戦闘は一瞬で終わった。
 戦力に差がありすぎたのだ。
 人数は同程度だが、個人毎の戦闘力が違いすぎる。
 なんで、こんなに護衛が豪華なんだ?
 山賊達は、あわてた様子で逃げていった。
 護衛の戦士達はキャラバンに戻りながら、被害を確認する。
 「やっぱ、悪い事したらだめだよね!」
 「ただ、ああいう連中が居なくなると、俺なんかの仕事も無くなるんだよな。」
 「いーじゃん、そうしたら、普通に働けばさ。」
 などと話しながら、テイトとフェイはキャラバンの様子を見て回る。
 「…おい、フェイちゃん。
  キャラバンの荷馬車を引いてる馬は、どこ行ったんだ?」
 馬の姿が見えない事に気づいたテイトが言った。
 「そーいえば、どこにもいないね…」
 確認した所、馬の世話をしていたキャラバンのスタッフが、馬に水をやっている最中に山賊を見かけて、あわてて逃げ出したようである。
 帰ってきてみると、馬達はどこかに逃げてしまったようだ。
 「うぅ、すいません…」
 馬の世話係が、泣きながら謝っている。
 他には、何人か傷を負った者も居る様だったが、積荷である銘水、『南エルザード天然水』に被害は無かった。
 「ねえ、馬が居なくなったら、どうやって水を運ぶのかな?」
 フェイの質問に、
 「知らん。」
 幸也が答えた。
 翌朝。
 結局、キャラバンは村まで戻って馬を調達してから再出発する事になった。
 そして、キャラバンの遅れを報告する為に、何人かの人間が先行してライマまで行く事になる。
 「待っててもつまんないから、私、行くよ!」
 最初に言ったのは、フェイだった。
 フェイが行くならと、幸也も行く事にする。
 ついでに、そのまま山を調べに行ってしまうのも良いかもしれない。
 テイトも名乗りを上げた。
 他には、ウルとルーザのペアも行くと言う。
 結局、テイト、幸也、フェイ、ウル、ルーザの五人が先行してライマへ向かう事になる。
 「ライマに着いたら、そのままメキルド山まで調べに行こうと思うんだけど、テイトさんも行かないか?」
 幸也の言葉に、
 「ああ、いいぜ。」
 テイトは二つ返事で答えた。
 ひとまず、持てるだけの水を持ち、テイト達は出発する。
 
 3.ルキッドの司祭・ミリー
 
 二日後の昼間、ライマの村にやってきた幸也達は、予想以上の水不足に驚く。
 文字通り、水が無いのだ。
 人間に限らず生物は、最低限の水が無ければ生命を保つ事が出来ない。
 その、最低限の水にすら困っているようだった。
 普段なら、洗濯や洗い物にしか使わないような汚れた水を飲んで、どうにかしのいでいるとの事だ。
 幸也達は、ひとまず村長の所へ行く。
 村長と、居合わせたルキッドの女司祭に、キャラバンの遅れを報告した。
 話を聞いた村長の顔色は深刻だった。
 「あらー、そりゃ困りましたねー…」
 女司祭が、どーしたものかと考え込んでいる。
 あまり、困ってるようにも見えなかったが。
 「俺達が持ってきた水くらいじゃ、全然足りないな。」
 幸也が、持ってきた水を村長に渡すが、焼け石に水といった感じだった。
 「キャラバンの水を全て持ってきても、足りないかもね。」
 どちらかというと、いつも暗いウルだが、いつもよりもさらに深刻な顔で言った。
 「何か、原因の心当たりみたいな事は無いんですか?
  山でモンスターを見かけたとか、何かの封印を解いたとか。」
 幸也が村長と女司祭に尋ねる。
 「えとー、それなんだですけど…」
 ルキッドの女司祭が、話を始める。
 「特にモンスターが居たとか、封印が解かれてたとかという異変は無かったです。
  ていうか、何も無さ過ぎって感じでした。」
 「何も無いなら、いいんじゃないの?」
 フェイが聞き返す。
 「いえ、それが、ルキッド様の力も全く感じなかったんですよ。
  本人もお留守でしたし。
  不思議ですよねー」
 他人事のように、のんびりと話す司祭。
 「水神が封印されたとか、そういう事かもな。」
 テイトが言う。
 「司祭さん、悪いんだけど、もう一回俺達と山まで行かないか?」
 幸也が女司祭を誘う。
 「はい、いーですよ。
  ルキッド様が居ないと、私もやる事無いから暇だったんですよぉー。」
 女司祭は、あっはっはーと笑いながら、快く了承した。
 彼女の妙な陽気さが、テイトには少し不思議だった。
 「それじゃあ、さっそく行こうよ!」
 フェイが言う。
 「あ、ちょっと待って下さい、ここ一週間位、何も飲んでなくて死にそうなんですよぉー。
  少しお水、もらえませんか?」
 女司祭は、にこやかに言った。
 医学生の幸也は言われて気づいたが、ミリーと名乗る若い司祭は、体調が悪そうだった。
 治療が必要な状態かもしれないと幸也は思う。
 「いえいえ、死ぬ間際まで笑っていようというのが、ルキッド様の教えなんですよぉー」
 ミリーは、相変わらず元気良く言う。
 「でも、本当に死んじゃったら困るし…」
 フェイが心配そうにしている。
 聞けば彼女は、
 『汝の隣人が飲みし後、飲むべし!
  ていうのが、ルキッド様の教えですぅー』
 と言って、自分は全く水を飲んでいないと言う。
 見かけよりは、まともな奴じゃないかとテイトは思った。
 幸也が少し診察した感じ、彼女は精神面だけでなく肉体面もたくましいようで、水さえ飲めば大丈夫そうだった。
 なので、一行は少し休んだ後、ミリーと共に山へ向かう事にした。

 4.封印された水神
 
 メキルド山に住む、水神ルキッド。
 ルキッドの力により、メキルド山から流れる川は、枯れる事が無いという。
 「メキルド山の中でも、聖地中の聖地、川の水源になってる場所ってのが、この先なのね?」
 ルーザがミリーに尋ねる。
 「はい、ルキッド様がこそこそ隠れて住んでる辺りです。
  この前行った時は、お留守でしたけど。」
 ミリーが言う。
 「確かに、特に変な雰囲気とかは無いな。」
 テイトが頷く。
 「うん、何の雰囲気も無さ過ぎる。
  水神の聖地というより、ただの山だよ、これじゃ。」
 ウルが言った。
 ともかく、一行は川の水源へと向かう。
 通りすがりのゴブリンと戦闘になった以外、特に何事も無く、一行は川の水源へと着いた。
 「この、おっきな溝みたいなのが、水源なのね?」
 フェイがカラカラに乾いた地面を見ながら言った。
 大きな石が、幾つか転がっている。
 「はい、そーですー。
  ルキッド様ー!
  居ませんかー!」
 ミリーが叫び、彼女の声が周囲にやまびことなって、周囲に響いた。
 返事は無かった。
 「いつもだったら、この辺で呼ぶとどこからともなく出てくるんですよ…」
 少し心配そうに、ミリーが言う。
 周囲には何の気配も感じられない。
 「何か無いか、とりあえず探してみよう。」
 幸也が言いながら、その辺を見て回る。
 「鷹の爪も借りたいな。
  …ラギ、何かあったら教えてくれよ。」
 テイトも周辺を調べ始めた。
 しばらく、一行は周囲を調べる。
 「ウル、何かわかる?」
 ルーザの問いに、ウルは首を横に振った。
 何も感じないし、わからないと魔道士は言った。
 一行があきらめムードになった時だった。
 ラギの鳴き声が、辺りに響いた。
 木の上で、鳴いている。
 「木の上に何かあるのか?」
 テイトが言いながら、木に登る。
 「…なんだ、何も無いじゃないか。」
 やっぱりだめかと思いながら下を見たテイトは、ある事に気づいた。
 「なあ、ウルさん!
  水源の跡地に転がっている石が、上から見ると、何かの模様みたいに見えるぞ!」
 テイトは魔道士に向かって叫んだ。
 「へー」
 「ほんと?」
 ルーザとフェイが、言いながら手近な木に登った。
 ウルは魔法で空に浮く。
 「これは、封印の紋章の形だね。
  偶然…だったら、すごいね。」
 ウルが言った。
 「ラギちゃん、エライ!」
 木の上で、フェイがテイトの鷹に拍手した。
 幸也達6人は、地面に降りて水源跡地に集まる。
 「この石が、ルキッド様を封印する紋章みたいな役割を果たしてるって事ですか?」
 ミリーがウルに言った。
 「うん、何かを封印してる事は間違い無いね。」
 ウルが答える。
 「それじゃあ、どかしちゃおうよ。」
 ストレートに言ったのはフェイである。
 「どかせば良いってもんでもないだろう。」
 と幸也は言ったが、
 「いや、石自体は普通の石みたいだから、とりあえずどかしてみれば何とかなると思う。
  石の並び方が問題みたいだから。」
 と、ウルが言うので、一行は石を脇によけ始めた。
 そして、全ての石をどかした時だった。
 「あ、ルキッド様の気配を感じます。
  大分弱々しいですけど…」
 ミリーが言った。
 何かが居るような気配を、他の者も感じる。
 「だめですよぉー!
  封印を解いたら、私と一緒に化け物も出てきちゃいますよぉー!」
 やたらと間延びした、若い女性の声が辺りに響いた。
 声のした方を見れば、羽衣のような物を着た若い娘が居た。
 「あー、ルキッド様、元気ですか!?」
 ミリーが娘に声をかける。
 「なるほど、司祭が司祭なら、神様も神様だな。」
 「確かに…」
 テイトの言葉に、幸也が頷く。
 「あ、ミリーちゃん!?
  どうしよ、ちょっと色々あって危ないのよ。」
 ルキッドは困っているようである。
 事情を話してくれと、テイトが言おうとした時だった。
 ルキッドとは別の、禍々しい気配を一行は感じた。
 「ねー、何か変なの居るよ!」
 言ったのはフェイだった。
 ルキッドのすぐ側に、身長2メートル程の人影が立っていた。
 だが、それは人でない事は確かだった。
 人の形をした、黒い水。
 そういうものに、テイトには見えた。
 「この前ね、変な魔道士が来てね、私の持ってる『水の宝玉』を奪ったの。」
  ルキッドが人影から逃げながら言った。
 「その、危なそうな人は、なんなんですか?」
 テイトが剣を抜きながら言った。
 「これ、私の『力』なんだって。
  何だか私の『水の宝玉』を奪った魔道士ね、私と私の『力』を別々にして封印したって言ってたの…」
 ルキッドは元気が無い様子だった。
 「ルキッドちゃん…様、『力』と仲悪いんですね…」
 相手は神様だし、一応敬語らしき言い方でフェイは言った。
 「そうなの…
  お願い、何とかしてくれる?」
 ルキッドが困った様子で言った。
 「わかりました、ルキッド様!」
 真っ先に、『力』に向かって駆け出したミリーだったが、彼女の魔力はルキッドの力を借りたものである。
 ルキッドがこの状態では、何も出来ない。
 「…すみません、ルキッド様。」
 ミリーは泣きそうな顔をしている。
 「ウルさん、『力』をそこの神様に戻してやったりは出来ないのか?」
 幸也がウルに尋ねる。
 「ていうか、やって!」
 ルーザは、やれと言った。
 「そんな、無茶な…
  でも…多分出来るかな。
  みんな、しばらく時間を稼いでくれるかい?」
 ウルは、何とかやってみると言った。
 テイトとフェイが、『力』に斬りかかる。
 二人の剣は、『力』の体を突き抜けた。
 『力』が、二人に向かって手を伸ばす。
 触れられるのは、絶対にやばい。
 テイトとフェイは『力』の手を避ける。
 「斬っても効かないな。」
 テイトが言う。
 「剣がだめなら、魔法!
  私、ちょっと冴えてない!?
  『冷たく切り裂く風』よ。」
 言いながら魔法を発動させたのは、魔法戦士のフェイだった。
 ウルがよく使う魔法を、真似したのだ。
 「あはは、なんかくすぐったいですぅー!」
 ウルの横で、ルキッドが悶えている。
 ルキッドと彼女の『力』は、どこかで繋がっているらしい。
 「なんか、悔しい…」
 フェイが憮然としている。
 「『剣に流れる風』よ」
 ウルがつぶやく。
 テイトとフェイの剣が、青く光り始めた。
 何かの魔力を剣に込めたようだ。
 「フェイちゃんの魔法よりは、効きそうだな!」
 言いながら、テイトが勢いよく『力』に斬りつけた。
 『力』が揺らぎ、
 「痛いですぅ!」
 ルキッドが悲鳴を上げた。
 攻撃を受けて怒ったのか、『力』の動きが鋭くなる。
 黒い水が飛沫を上げてテイトに迫り、フェイがそれを叩き落とした。
 「え、えとー、とりあえずルキッドちゃん…様が死んじゃわないように注意しながら、斬ってればいいのよね?」
 フェイが言う。
 「賢くなったじゃないか。フェイ。」
 ほぅ、と感心したように言ったのは幸也だった。
 それから、テイトとフェイは『力』を斬り続けた。
 「私も避けに行くわね。」
 と言って、ルーザも『力』に近づく。
 ルキッドは痛がっているが、『力』は弱った様子は無かった。
 「さすがに、神様の『力』だけに、タフだな。」
 テイトがぼやく。
 おそらく、『力』に触れられたら、それで終わりだろう。
 気の抜けない戦いだった。
 「痛いですぅ…」
 ルキッドは泣いている。
 「よし、ルキッド様。
  『力』を飲み込むんだ。」
 ふいに、ウルが言った。
 「わ、わかりました。」
 言いながら、ルキッドが『力』に近づく。
 ルキッドの体が、黒い水に包まれた。
 ウルが、何か呪文を唱える。
 「おい、自分の力なんかに負けるなよ!
  あんた、神様なんだろ!」
 「がんばれ、ルキッドちゃん…様!」
 「ルキッド様、がんばれー!」
 テイト、フェイ、ミリーがルキッドに声援を送る。
 やがて、ルキッドを包む黒い水が綺麗に透き通っていった。
 「なんか、元に戻ったみたいです!
  皆さん、ありがとうございますぅ。」
 顔の部分だけ水から出し、ルキッドは嬉しそうに言った。
 水源からは、少しづつ水が沸き始めるのだった。

 5.水の宝玉

 元々、そんなに大した力があるわけでもない、水神ルキッドである。
 地下水を地面に少しづつ湧き出させる彼女の魔力も、水が川となるまでには一ヶ月程かかるとの事だった。
 それまで、ライマは水不足が続く事になる。
 テイト達5人は、ルキッドと別れてライマへと歩いた。
 ミリーは、久しぶりにルキッド様と会ったんで、一晩、山に泊まると言った。
 「『水の宝玉』の行方は、結局謎だな。」
 いかに三流の神とはいえ、張り倒して宝を奪っていく魔道士とは何者だろうと思いつつ、テイトが言った。
 「地水火風の四つの宝玉を、今も現世に存在する神々が持っているとは聞いてたけど、一体どうするんだろうね。」
 水の宝玉の事は、ウルも詳しい事はわからないと言った。
 「最高級の宝物ね。
  見てみたかったなー…」
 ルーザは悔しがっている。
 「まー、ルキッドちゃんも元気になったから、いいんじゃない?
  ルキッドちゃんが元気になれば、村も大丈夫なんでしょ。」
 フェイは喜んでいるようだった。
 「…お前、ルキッドの司祭になれば?
  あの神様とだったら、気が合うだろ。」
 幸也が苦笑しながら言う。
 ともかく、幸也達はエルザードへの帰路に着くのだった。

(完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0358/テイト・グァルヒメイ/男/23才/戦士】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】


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■         ライター通信          ■
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 毎度ありがとうございます、MTSです。
 今回の幸也は医者っぽい活躍の場面が結構あったんですが、
 出来あがったノベルを読み直してみると、そーでもありませんでした…
 僕のイメージだと、幸也はもっと活躍してるつもりで書いてたんですが…
 やっぱり文章書くのは難しいなーと、思いました。
 ともかく、おつかれさまです。
 また、よろしくお願いします。