<東京怪談ノベル(シングル)>
蒼黒の死神
遠方の空に、白い稲妻が走るのを見た。
もうすぐ、この地に嵐がやってくる。
◇
セインロード王国の城内は、にわかに慌ただしくなっていた。
間もなく、隣国の大軍勢が攻め込んでくるという情報が入ってきたからである。
セインロードとその近隣二国は、かねてより領地をめぐる小競り合いを繰り返してきた。
勢力はほぼ互角――だが少しでも弱味を見せれば、破滅はすぐに訪れるだろう。
「我らが王に、無様な処は見せられぬ」
城の展望台から隣国を見渡しながら、レイフォード・ラッセンは唇を引き結んだ。
セインロード王国の西方将軍。またの名を『蒼黒の死神』という。
普段は目元以外を黒衣で覆っているため、年齢も性別も判然としないが、今だけは違った。
耳にかかるほどの、やや伸びた黒い髪。
赤いクリスタルの耳飾り。
それらを隠そうともせずに、レイフォードは嵐の迫る空を見上げていた。
今、此処にはレイフォード以外誰もいない。
レイフォードの率いる飛竜隊は、セインロード王国軍の要である。
そのため部下たちは全員、出陣準備のために出払っていた。
レイフォードとて、愛竜ライロークを駆って先陣を切る。
だが、戦の前にはこうして独りで精神統一を行うのが常であった。
「セインロード王国の栄華の為に」
必ずや勝利を、と己を戒めるかのように呟き、レイフォードは踵を返す。
◇
前線では既に、激しい戦闘が始まっていた。
セインロード軍の騎馬部隊が先陣を切れば、それに重騎士部隊も続く。
後方では魔法部隊が支援する。
「容赦するな!殺せ、殺し尽くせ!」
それが敵の声なのか味方の声なのかも判らないぐらいの、大乱闘であった。
悲鳴、怒号、剣と剣がぶつかり合い、肉を裂く耳障りな音が一帯を支配する。
今日の敵国は、まるで捨て身だった。
兵士の数もとにかく多く、後先をかえりみずに突っ込んでくる。
常勝を誇るさしものセインロード軍が、やや押され気味になった、そのとき。
暗雲立ちこめる空に、いくつもの巨大な影が現れた。
「ゆくぞ!我らの力を存分に見せてやろう」
『はっ!!』
レイフォード将軍率いる、飛竜部隊の到着である。
彼らの登場は、傾きかけていた戦局を再びセインロード側に引き戻した。
空中より巧みに弓を射り、敵国の魔法使いを次々と倒していく者。
自らの駆る竜の鋭いあぎとで、敵陣を蹴散らす者。
飛竜部隊の強さは、他とは比べものにならないほどだった。
その中でも一際目を惹くのが、レイフォードである。
黒衣をなびかせ、中空から滑降する。
その手中では巨大な大鎖鎌が鈍い輝きを放っており、ライロークが咆哮すると同時に鎌を一閃する。
敵軍の何人かの首が、あっという間に胴体と離れ、その近辺に動揺が走った。
これが噂の『蒼黒の死神』か、とうわごとのように呟く者さえいる。
雷鳴が響き、激しい雨が降り出す。
だが、そのような反応などさして気にも留めず、レイフォードは唯一露出している目を笑むように細めた。
しかしすぐに元の鋭さを取り戻し、部下たちに油断なく声をかける。
「一気に畳みかけるぞ。あと5分でこの戦の決着をつける!」
その言葉通り、数分後には決着が付いていた。
結果は勿論、セインロード王国の勝利である。
他の部隊では残念ながら犠牲者も出たものの、飛竜部隊においては軽傷者が何人か出ただけで、ほとんど被害を被ることはなかったという。
◇
戦の後、王城ではささやかな慰労会が開かれた。
兵士たちは酒を酌み交わし、お互いの労をねぎらい、陽気に歌い踊る。
レイフォードもまた、会場の隅でひっそりと酒を飲んでいた。
女将軍の近くでは、他の三部隊の将軍たちが、各々杯や料理のたっぷり載った皿などを手に談笑している。
「しかし、飛竜部隊の強さにはいつもながら驚かされるな。さすがはレイの率いる部隊と言うところか」
「やれやれ、これでは我らの存在価値も半減だな」
「本当に女性なのか、疑いたくもなりますね」
レイフォードを愛称で呼ぶのは、この三将軍だけだ。
悪戯っぽく語り合う彼らに、レイフォードも普段は見せない優しい表情を、ほんの一瞬だけ浮かべる。
戦いと同時にやってきた嵐は、もう過ぎ去ってしまったようだ。
窓から見える美しい紫色の空を眺めながら、レイフォードは杯を傾けた。
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