<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 霧の魔道士

 (オープニング)

 雪祭りがあれば、魔法の防寒具を売り歩く。野球大会があれば、とりあえず参加する。
 そんな何でも屋のようなソラン魔道士協会に、ウルという魔道士の青年が居た。
 ある日、ウルは白山羊亭のルディアを訪れる。
 「ルディアさん、シェスタの森の事、知ってるよね?
  うちの弟子のニールがね…」
 ルディアは、ウルの話に耳を傾ける。
 エルザードの近所にある、シェスタの森の事は、ルディアも知っていた。色々珍しい薬草があるので、魔道士が研究の為に訪れる事が多い森である。
 だが、この一週間、シェスタの森は原因不明の濃い霧に覆われて、中の様子がわからなくなっていた。最近、白山羊亭でも話題になっている事件である。
 ウルの話によると、彼の弟子のニールという見習い魔道士が一週間程前、シェスタの森に薬草を採りに行ったまま帰って来ないそうだ。
 もちろん、ニールは一週間も野営する準備などしていない。
 「あらま、それって早く探した方が良いんじゃないの?」
 ていうか、ここに頼みに来るよりも、あなたが自分で行った方が早いんじゃないのとルディアは言った。
 「いや…それが、もう一つ事件を抱えてて、すぐにエルザードを出なくちゃならないんです。
  だから、お願いします。」
 抱えている事件は2つ。ウルの体は一つ。なので、彼は事件の一つを白山羊亭に依頼する事にしたのだ。
 ウルの頼みを断る理由は、ルディアには無い。彼女に依頼を受けてもらったウルは、もう一つの事件に向かう為に、相棒の盗賊を誘いながらエルザードを離れるのだった。
 その頃、見習い魔道士ニールは、シェスタの森に居た。
 どっちを見ても、深い霧。朝か夜かもわからなかった。
 「エルザード、どっちだろうなー…」
 もう、何日たったのだろうか?
 ニールは木にもたれて、ぼーっと呟いた。
 シェスタの森には、ニールと同様に森から出られなくなっている者が他にも居た。
 墓荒らしのガルガの一味、十人程だ。
 彼らがシェスタの森で見つけた墓から財宝を持ち出すと、急に霧が森を覆い、彼らは出られなくなったのだ。
 「親分、宝を墓に戻した方が良いんじゃないですか…」
 「う、うむ、食い物が無くなりそうになったら、そうするしかねぇなぁ…」
 ガルガ一味はガルガ一味で、困っていた。

 (依頼内容)
 ・近所の森に薬草摘みに行った見習い魔道士が、霧に巻かれて森から出られなくなっています。誰か助けてあげて下さい。

 (本編)

 1.いつものように…

 幸也のドアが、ノックされる。
 彼を呼びに来たのは、見慣れた顔だった。
 「…悪い、今日は忙しいんだ。よそで遊んで来い。」
 家にやってきたヒュムノスの娘に、幸也は答える。
 バタン。幸也のドアが閉じた。
 たまには断らないと、フェイルーン・フラスカティは、どこまでも調子に乗る心配がある。
 「だー、遊びに来たんじゃないよ!」
  フェイは、ガンガン、と、さらにドアを叩いた。
 「なんだ、違うのか…」
 遊びに来たんじゃないのなら、話を聞かないわけにもいかない。
 幸也は再びドアを開く。
 「幸也!
  人の話をちゃんと最後まで聞かないと、私みたいになっちゃうよ!」
 フェイは文句を言いながら、ニールが森で行方不明になってる話を幸也に伝える。
 「そりゃ、確かに遊びじゃ無いな…。
  ニールさんも、お腹すかせてるだろうし、さっさと行くか。」
 フェイを野放しにして、勝手に行かせるのは問題ありそうだし、ニールを放っとくのも心配である。一緒に行くさと、幸也は言った。
 「他に依頼を受けた奴も、居るかも知れないな。
  ひとまず、白山羊亭まで行こうぜ。」
 フェイはウルから直接話を聞いて、白山羊亭には寄らずに幸也の所に走ってきたようである。なので、一応、白山羊亭には顔を出した方が良いと幸也は思った。
 「そうだね。仲間は多い方が楽しいよね!」
 フェイは言って、駆け出す。
 …まあ、いいか。
 結局、幸也はフェイはフェイを追って、歩き始めた。
 …そういえば、薬は何を持っていくかな?
 体力的な衰弱と怪我を想定したもの。
 そうだ、日本の戦国時代に戦場で食べられてた携帯食、『兵糧丸』。あれをアレンジした薬があったな。
 後で取りに来るか。
 思案を巡らせつつ、幸也は歩く。
 
 2.霧の森へ行こう

 「ニール君、おなか空いてるよね、きっと。
  お菓子とかお水とか、色々持ってかないとね。」
 「いや、お菓子よりも、もうちょっとマシな物を持っていった方が良いと思うぞ…」
 などと話しつつ、フェイと幸也は白山羊亭に着く。
 ざっと店を見渡した二人は、ルディアと話してるヴィジョンコーラーを発見する。
 「丁度いい所に、レアルくん発見!
  元気してた?」
 フェイは、さっそく彼に声をかけた。
 「お、フェイさんに幸也さん。
  …その調子だと、ニール君の事は聞いてますね?」
 二人の様子を見て、、レアル・ウィルスタットは答えた。
 「さっき、フェイがウルさん達と偶然会って聞いてきたみたいなんだ。
  それで、白山羊亭の方でも誰か依頼を受けてないかと思ってね。」
 幸也がレアルに説明する。
 「なるほど、本人に直接聞いたんなら、話は早いですね。
  まだ、私の他に依頼を受けた者は居ないようですよ。」
 ルディアの話を聞いてから、2時間くらい白山羊亭で待っているとレアルは言った。
 「そっかー、ウルくん、人望薄いんだね…」
 フェイがしみじみと言う。
 「で、どうします?
  古典的な方法ですけど、木にロープでも巻いて迷子にならないようにしながら、探してみようかと思ってたんですが。」
 ロープや食料など、物資は手配しますよと、レアルは言う。彼はリドルカーナ商会の商人でもある。
 「そうだな。何にもしないよりは、よっぽどいいな。」
 策ってのは、溺れない程度に立てておくべきだと、幸也は言った。
 「うん。考える事は幸也達に任せるよ!」
 フェイは考える事に関しては、基本的にお任せである。
 「それじゃあ、私は食料やロープなんかの手配に行って来ますね。」
 こういう時、商人は役に立つ。
 「じゃあ、俺は薬でも取りに行くよ。
  3時間後、もう一度、白山羊亭に集合でどうかな?」
 それ位あれば、手配して帰ってきますとレアルは言った。
 「じゃあ、私は白山羊亭で、聞き込みでもしながら、待ってるね。
  …あ、そーだ。今、思ったんだけどね、森に着いたらレアルくんの聖獣でも呼んでみない?
  うちのケルロンくんと違って優秀だから、魔法の霧の中でも迷子にならなかったりとか、するかも。」
 白山羊亭を離れようとする幸也とレアルに、フェイが言った。
 「そうですね、やってみます。
  …ただ、あまり期待は出来ませんけどね。」
 特に、フェイの頼みを断る理由は無い。『暗視』の能力でも試してみますよと、レアルは言いながら、幸也と共に白山羊亭を離れた。
 フェイは一人、白山羊亭に残る。
 「ねぇねぇ、ルディアちゃん、ルディアちゃん。
  お菓子とかお水とかニール君に持ってくから、なんか売ってよ!」
 食べ物の類は基本的にレアルが用意してくるそうなので、フェイは当初の予定通りお菓子でも買っていく事にした。
 「はいはい、食べ物と飲み物なら、売る程あるわよ。」
 ルディアはチョコレートなど、非常食にもなるようなお菓子を適当に選ぶ。
 ルーザちゃんは、おやつは300Gまでって言ってたけど、私の分とニール君の分を合わせれば、600Gまで買ってても良いのかな?
 などと考えつつ、フェイは、聞き込みを始めるのだった。
 3時間後、三人はレアルが用意した馬車でエルザードを後にする。
 「なんかね、シェスタの森が霧で埋まっちゃう直前にね、ガルガ組っていう、その道じゃちょっと有名な墓荒らしの一味が森に入って行ったみたいなの。」
 白山羊亭名物のお菓子、薄斬り揚げジャガイモを摘みながら、フェイが話している。店で聞いてきた話だ。
 「シェスタの森で霧が出たのは一週間前なんだけどね、森で薬草採りしてた人が、何人か墓荒らしの一味を見てるみたい。
  あと、霧が出てきた後、森の中から帰ってきた人は、まだ誰も居ないってさ…」
 お墓を荒らすから、崇りでもあったのかねーと、フェイはお菓子を食べる手を止めずに言った。
 「私は、シェスタの森に遺跡やら古墳やらがあるって話は、聞いた事が無いです。
  …でも、それこそ、聞いた事が無いだけかもしれませんね。」
 有名な墓荒らしの一味が、今まで世間で知られてなかった墓を見つけた可能性は十分にあると、レアルは思った。幸也も同感である。
 「全然関係なけども、御者付きの馬車で現場まで移動ってのは豪勢でいいよなー。」
 余計な体力を使わないでいいのは嬉しいと、幸也は言った。
 「知り合いの人命救助ですからね。今回は損得抜きです。」
 御者も含めて、リドルカーナ商会ですぐに用意できる、最高の商品を揃えました。と、レアルは言った。
 もっとも、後日、律儀なウルから、
 『借りは、あんまり作りたくないからね。』
 と、物資の必要経費が細かく計算されて、レアルに届けられる事になるのだが…
 そうして、シェスタの森が近づくと、三人は近所に住む猟師や薬草採りの所で聞き込みをしながら、現場へと向かうのだった。
 やはり、近所の者の中でも、霧が広がる前後に森に入った何人かが行方不明だという。また、シェスタの森で古代の墓のような物を見た事が無いかと聞いてみたところ、墓かどうかは分からないが、不自然に大きい石のを見た事があるという者が何人か居た。
 やっぱり、墓荒らしが原因かなと思いつつ、三人は森へと着いた。さっさとニールを探しに行こうという訳で、三人は、馬車の御者兼見張り番に予備の食料などを持たせて森の外に待たせ、自分達はロープと食料を持って森に入っていった。
 「一応、森の外の木にロープを巻いて入ってみましょう。
  魔法の霧だとすると、そんな事位で森から出られるとも思えませんが…」
 レアルが森の入り口付近の木にロープを巻く。
 ほどけないように、なるべく強く縛る、レアルだった。
 
 3.霧の森

 三人が森に入って、すぐの事だった。
 「森の外と中は、やはり、繋がらないみたいですね…」
 切れたロープを見ながら、レアルがつぶやく。 
 「優しい霧じゃ、ないみたいだな。
  まあ、色々、試してみようぜ。」
 とりあえず聖獣でも呼んでみると、幸也は言った。
 「幸也の聖獣って、可愛いんだよねー。」
 グリフォンの子供みたいな姿をしている幸也の聖獣が、フェイは、ちょっと楽しみだった。
 「何か感じないか?」
 薄い光の中に浮かび上がったグリフォンに、幸也は尋ねる。
 ライオンの体と鷲の翼というより、猫の体にスズメの翼といった容姿の幸也のグリフォンは、彼やフェイ、レアルといった周囲の者達を交互に眺めながら、首を傾げる。
 やがて、何かに気づいたかのように、グリフォンは脅え始めた。
 「お、おい、大丈夫か?」
 思わず、声をかける幸也。だが、グリフォンは何かを訴えるかのように幸也の顔を見ると、薄い光に包まれながら、静かに姿を消した。
 「グリフォン君、逃げたみたいですね…」
 「幸也の聖獣って、ほんっとに可愛いよねー…」
 幸也の聖獣が居た場所を冷めた眼で見ながら、レアルとフェイが言った。
 霧の森の中、しばらく空気が凍る。
 「ま、まあ、やばそうな事だけは、わかったな。」
 10秒程の沈黙の後、かろうじて幸也が言った。
 「私、ケルロン君を呼ぶの、やめとくね…」
 ケルロン君、驚いて暴走しそうだよ。と、フェイは思った。
 「それより思ったんだけどさ、ニール君、何か目印とか残してないかな?
  私だったら、迷子になったら、とにかく目立つようにするよ。ニール君も何かしてるんじゃない?」
 猫の子じゃあるまいしと、フェイが言う。
 「そうだな。一週間ぼーっとしてるわけないよな。」
 何もせずにぼーっとしてたら、それはそれで凄い奴だなと、幸也は言った。
 「目印でも付けながら歩いてるか、それとも、どこかで休みながら、魔法で信号を送ったりってところでしょうね。」
 調べてみましょうと、レアルが言った。
 「うんうん。ニールくんも見習いだけど魔道士だしね。何か魔法で自分の居場所を知らせようとしてるかもしれないよね。
  レアルくんのヴィジョンで、そういうの、何かわからないかな?
  私も、『魔力感知』の魔法、やってみるよ!」
 レアルに聖獣を呼ぶように頼みつつ、フェイは『魔力感知』の魔法を使ってみた。
 「ヴィジョンも万能というわけじゃありませんから、この森の中で遠くの様子を正確に調べる事は難しいですね。
 ただ、『暗視』の能力で周囲を調べる事位ならば、確実に出来ると思います。」
 そう言いながら、レアルは、ひとまずグラフィアスを呼んだ。
 しばし、魔法的な探査を行う、フェイとレアル。
 「森中に、何かの魔力が溢れてるみたいで、何が何だか分かんないの…
  でも、ちょっと強い魔力を感じる所が遠くにあるよ。」
 『魔力感知』を使ったフェイが言った。
 グラフィアスも、同じような事を感じたとレアルは言う。
 「ニールさんが、何か魔法の信号を発しているか、それとも…」
 幸也がフェイとレアルの事を交互に見ながら、最後の言葉に詰まる。
 「霧の元凶…ですね。」
 レアルが、幸也の代わりに最後の言葉を言った。
 「大当たりか大外れか、どっちかだね!」
 とにかく行ってみようよと、フェイが言う。
 「出来れば、ニールさんの救出を優先したいところだな。
  やばそうな所だったら、後回しにしてニールさんを探そうぜ。」
 まず、ニール探しという幸也の意見には、フェイもレアルも反対はしなかった。
 また何かあったら、グラフィアスを呼んでみますと言って、レアルはロープを近くの木に巻きつけ、歩き始めた。
 時折、『魔力感知』などで調べながら、三人は魔力を感じる地点を目指して、霧の森を進む。
 そして、陽も傾きかけてきた夕暮れ、三人は湖のほとりの木陰でぼーっとしている黒いローブの少年の姿を、霧の中に見つけた。
 ニールに間違いない。三人は人影に駆け寄った。
 「あ、皆さん元気ですか?」
 ニールは、たいして驚いた様子もなく、三人に手を振った。
 
 4.霧の墓場

 霧で包まれたシェスタの森の湖は、夕方だというのに夕日も映っていない。
 「あの、こんなにたくさん、食べきれないです…」
 そんな湖のほとりでは、レアルが持ってきた通常食と、幸也が持ってきた兵糧丸と、フェイが持ってきたお菓子類を受け取ったニールが、困ったように言う。ほとんど一週間、断食状態だったが、ニールは元気そうだった。
 「そこは、根性だよ。ニールくん!」
 「いや、むしろ一気に食べない方が、いいから。」
 フェイと幸也は元気そうなニールの様子を喜んでいる。
 霧が出た最初の日に早々とあきらめたニールは、湖のほとりに陣取って、おとなしく助けを待つ事にしたそうだ。
 「師匠が来るかなーと思ったんで、魔法的に目立つように地面に模様を書いておいたんですけども、師匠も忙しいみたいですねー…」
 ニールの近くの地面には、何だか良く分からない図形のようなものが描いてあった。『魔力感知』は、この図形を感知したようである。
 「無駄に歩き回るよりは、賢いですね。
  さて、次は、どうやって森から出るか、ですね。。」
 レアルが言うように、森から出る方法を探さない事には、ニールを助けた事にはならない。
 「墓っぽいのが、森の中にあるって言ってたよな。探してみるか?」
 森の近所の住民に聞いた話を思い出しながら、幸也が言う。
 「いえ、そろそろ陽も沈んで来ましたし、今日は、もうやめておきませんか?
  この霧の上に夜になったら、さすがに探索は厳しいと思います。」
 食料は三日分位ありますし、夜は休みましょうとレアルが言う。
 「そうだね。軽く湖の周りでも散歩して、夕飯にしようよ!」
 ニールを見つけて安心したせいか、キャンプ気分が10%、ハイキング気分が15%程、心に混じってきたフェイは、勝手に湖の方へ歩き始めた。
 いかにも、迷子になりそうな雰囲気である。幸也達はロープを手に、あわてて彼女の後を追った。
 「すいません、僕は、ここで休んでますね。」
 歩き回る元気は無いですと、ニールは言った。彼は幸也の兵糧丸を、のんびりと口に入れる。
 「おーい、あんまり遠くに行くなよ。」
 どんどん先へ行くフェイの姿は、油断すると、すぐに視界から消えそうになる。
 「大丈夫!
  湖沿いに歩いてるから!」
 言いながら、フェイの姿は霧に消えた。
 「グラフィアス、呼んどきますね…」
 『暗視』の能力は、いつでも使えるようにした方が良さそうだと、レアルは思った。
 しっかし、深い霧だよねーと、フェイは周囲を見渡した。こりゃ、迷子にならない方がおかしいよと思う。
 …気がつくと、幸也達の姿は見えない。
 「ゆ、幸也にレアルくん、元気ー?」
 あわてたフェイが、二人の名前を呼んでみる。
 「おーい、どこだー!」
 近くで幸也の声が聞こえた。
 声を頼りに、フェイは幸也たちと合流する。
 「二人が迷子になったかと思って、心配しちゃったよ!」
 迷子は怖いねーと、フェイは言う。
 「迷子っていうのは、集団が何グループかに別れた時に、人数が少ない方を指すと思うのですが…」
 レアルが、ぼそっと言った。
 「ま、まあそんな事より、二人が見えなくなって、何となく思ったんだけどね、霧、さっきよりも深くなってない?」
 レアルの言葉を無視して、フェイが言った。
 言われてみれば、確かに霧が少し深くなってると幸也は思った。
 「怪しいな。霧が深くなってる方向へ行ってみないか?」
 陽が沈みきらないうちに、もう少しだけ調べてみようと、幸也は言った。
 「霧が深い所に、霧の原因がある…か。
  ありそうな話ですね。」
 「幸也が行くなら、私も行く!」
 レアルとフェイも賛成だった。
 ロープを手に、三人は湖を離れて進む。
 そうして、霧が深い方へ、ゆっくりと歩く。
 「ね、ねえ、真っ白だよ…」
 気づけば、有効視界は1メートル程だろうか。
 迷子にならないように歩くので精一杯だよと、フェイが言った。
 「絶対、何かあるだろ、これ。」
 ほとんど何も見えない。幸也の言葉に他の二人も同感だった。苦労して歩く三人は、やがて、妙に大きい石を見つけた。大きさは2メートル程。何かの模様が書いてある石である。
 レアルがグラフィアスの『暗視』を使って周囲を調べてみると、石が地面を引きずったような跡が合ったので、三人とグラフィアスは、真似して石を動かしてみた。
 すると、石の下には階段があった。
 「こんなもん見つけたら、帰れないよね。」
 石の下から出てきた階段を覗きながら、フェイが言った。階段の先は真っ白で何も見えない。
 「だよな。」
 幸也がつぶやく。
 「地下30階構造の巨大遺跡とかだったら、困りますね…」
 あんまり先が長そうだったら、一度帰って、ニールも連れて来ましょうとレアルは言う。
 「まあ、墓荒らしが森に入ってすぐに霧が出た事を考えると、墓荒らしが見つけたのは小さな墓の可能性が高いかな。」
 幸也の言葉に、そうだとありがたいですと、レアルは答えた。
 案の定、階段を降りると、霧で真っ白な小さな部屋に棺が一つだけ、ぽつんと置いてあった。
 「フェイ、とりあえず、アレ開けてみろよ。」
 「レアルくん、任せたよ!」
 「ここは一つ、幸也君が開けるべきだと思います。」
 棺を前にして、三人は譲り合いの精神を発揮する。
 仕方ないから、じゃんけんで決めようかと三人の話がまとまりそうになった時の事だった。
 棺が音も無く、少しだけ開いた。
 フェイが思わず剣を抜き、レアルはグラフィアスを前に出す。
 「霧…か?」
 棺の隙間から出てきた、白いもやを見て、幸也が低い声で言った。
 やがて、白い霧は人間の姿を象る。
 「また来たか、墓荒らし!
  私の指輪を返せ!」
 白いローブを纏ったかのような霧の塊が、三人に向かって言ったので、三人は、あわてて否定して事情を説明した。
 「む、むう、墓荒らしでは無いと申すか。
  …ふむ、すまんな。
 森が霧に閉ざされた原因は、おそらく、私が生前に大切にしていた指輪の呪いだろう。」
 霧の塊は謝って、自分は1000年程前の冒険者だと説明した。
 その頃、恋人だった魔道士に貰った指輪を、墓場まで持ってきたと言う。
 「彼女は、霧の魔道士と異名を取った、不思議な人でな…」
 幽霊が言うには、指輪は魔法の指輪では無いものの、彼女の想いが込められた指輪だそうだ。
 女の子が想いを込めた指輪って、ある意味、全部魔法の指輪だよとフェイは思ったが、あえて口は挟まなかった。
 「要するに、あなたが生前大事にしていた指輪があなたの側を離れた事が、霧の呪いが発生した原因だと?」
 幽霊の話を聞き終えたレアルは、幽霊に聞き返す。
 「うむ、私が眼を覚ましたとき、丁度、墓荒らしどもが指輪を持って階段を上る所だったしな。
  すまんが、指輪を取り返してくれないか?
  さもないと、私も眠れないし、君達も森から出られないと思う。
  大事な指輪なんだ、あれは…」
 すまなそうに、幽霊が言った。
 「この、赤いスカーフを持っていくといい。
  これは、魔法の品物でな、指輪のある方角に向かって、なびく性質がある。
  指輪を無くした時の為にと、指輪と一緒にプレゼントされたんだ。
  私は、そそっかしい性格だったからな…」
 霧の幽霊は寂しげに、棺の中から薄汚れた赤い布を取り出し、三人に渡した。
 こういう風に寂しげな幽霊から物を受け取るのは、多少気味が悪いが、気にしてられない。
 わかりました、指輪を持ってきます。と言って、三人は墓場を後にする。
 気づけば、外は真夜中。幽霊と長話をし過ぎたらしい。
 ロープとグラフィアスの『暗視』を頼りに、三人はニールの所まで帰った。
 「み、皆さん、どこ行ってたんですか?」
 ニールが心配そうに三人を迎えた。夕飯の支度をして、そのまま待ち続けていたらしく、冷めた食事が並んでいた。

 5.霧、晴れし後

 翌朝、遅く起きた四人は、指輪を盗んだ墓荒らしを探して移動を開始する。
 「…何だか、魔法というよりも、呪いみたいな力を感じます。」
 ひらひらと音も無く舞うスカーフを見ながら、ニールが言う。
 「まあ、指輪の所まで案内してくれれば、何でもいいさ…」
 赤いスカーフの色が血の様にも見えたが、幸也は気にしないように努めた。
 そうして、昼近くまで黙々と森を歩いた四人は、霧の中に10人程の人影を見つけた。
 こそっと、様子を見てみる。
 「なんか、剣とかランプとか、色々持ってるね。」
 薬草採りや猟師の団体さんにしては、随分と本気装備だねーとフェイは言った。
 「スカーフ、彼らに向かってなびいてるみたいですね。」
 レアルは、淡々と舞っているスカーフと霧の中の人影を交互に見た。
 一応、指輪を返す気は無いか、聞くだけ聞いてみますと、レアルは団体に詰め寄った。
 「…という、わけです。
  あなたがたが盗った指輪の呪いは、私達が解ける代物ではありませんし、おそらく、あなた方にも無理でしょう。
  指輪を元の場所に返して、引き上げてみませんか?」
 理路整然と、墓荒らしに詰め寄るレアル。
 「ニールさん、風の防御魔法、頼むよ。」
 「はい、いつでも唱えられるようにしときます。」
 幸也とニールは、戦闘になった時に備え、影で打ち合わせをしている。
 一方、フェイは、話、早く終わらないかなと、よそ見をしながら待っていた。
 「要するに、お前ら、この指輪が欲しいってわけだな?
  まあ、これは俺らが苦労して見つけた指輪なわけだが、今なら安く売ってやってもいいぞ。」
 レアルの話を聞き終えた墓荒らしのリーダー、ガルガは、真顔で答えた。
 彼が提示した指輪の金額は、古代遺跡で見つけた新しい魔法の指輪の値段としては確かに安い値段だった。
 「買う気のは、あまり気がすすみませんね…」
 レアルが静かに言った。少なくとも、儲けが出る商売とは思えない。
 「なんで、私達がお金払って買わなきゃいけないのよ!
  わがままばっかり言ってると、怒るよ!」
 「ま、まあ、筋は通ってるけどなぁ…」
 フェイと幸也も基本的には賛成のようだった。
 「じゃあ、力づくで奪うんだな!」
 ガルガが言って、剣を抜く。
 「何よ、やるならやるよ!」
 フェイは剣を抜いた。
 「フェイ、あの親分狙っとけ。」
 一週間も森に閉じこめらて、墓荒らし達も弱っていているように見える。
 多分、リーダーだけを何とかすれば片付くだろうと、幸也は言った。
 フェイは頷いて、走る。
 「グラフィアスよ、フェイさんの側に。」
 レアルが猛虎のヴィジョンを呼び、フェイの後を追わせる。
 「気まぐれな台風!」
 ニールは墓荒らし達の真ん中で暴風を吹かせた。レアルと幸也は、ニールを守るように動く。
 浮き足立つ墓荒らし達の隙間を駆け抜けて、フェイとグラフィアスが墓荒らしのリーダーに迫る。
 リーダーは動じず、飛びかかるグラフィアスをかわしつつ蹴り飛ばし、フェイと剣を交える。
 暴風の混乱から立ち直った子分達がフェイの方に何人か向かって来たので、グラフィアスは彼らを抑えに向かった。
 「リーダー、強いですね…」
 ニールの方に近づいてきた墓荒らしの子分と切り結びつつ、レアルが言う。彼の見たところ、ガルガの方がやや優勢に見えた。
 リーダーが思ったよりも強い。これなら、むしろフェイがガルガを抑えてる間に、子分を地道に片付けた方が良いかもしれないと、幸也とレアルは思い始めていた。
 そんな時である。
 ふいに、ガルガの体がよろける。力が抜けたかのようだった。
 どうしたんだろう?
 思いつつもフェイは手を止めず、剣で殴った。
 ガルガは腕を傷つけられ、剣を落とす。
 「あ、あの、どっか具合でも悪いの?」
 とりあえず、のど元に剣を突きつけながら、フェイは恐る恐る聞いてみた。
 「昨日で食料が尽きちまって、今朝から何も食べて無いからなぁ。」
 ガルガは、ふっとため息をつくと素手でフェイの剣を払い、その隙に自分の剣を拾った。
 彼も、有名な墓荒らしである。プライドがあった。
 何だか戦いにくいなーと、フェイは再びを剣を構える。
 「…幸也さん、食料、確かいっぱいありましたよね?」
 「山ほど…」
 リーダーとフェイの会話を聞いていた、ニールと幸也が顔を見合わせる。
 基本的には、墓荒らしを退治することが目的でも無い。
 ある意味、潮時かもしれませんね。レアルはニールと幸也の考えを察して、ガルガに呼びかけた。
 「お困りでしたら、食料はいかがですか?
  今なら、指輪一つと少々の現金で交換しますよ。」
 レアルの言葉を聞いて、リーダーは動きを止める。
 「そうだね、ご飯食べないと死んじゃうもんね。
  今なら、白山羊亭名物の『揚げジャガイモの薄切り』も付けちゃうよ!」
 ガルガの様子を見ていて、戦う気が30%位ダウンしていたフェイは言った。
 「さらに、傷の手当てサービスも付けとくぞ。」
 今日の幸也は、乗りが良い。
 「…ち、仕方ない。
  食料で勘弁してやるぜ。」
 ガルガは剣を収めて、食料代と指輪を取り出す。子分達もリーダーが言うんじゃ仕方ないと、嬉しそうに従う。
 「さすがに、手持ちにはこれだけの人数分の食料はありませんが、森の外の馬車に予備の食料を積んでますので、霧が晴れたら勝手に取りにきて下さい。
  私達は、指輪を返しに行きますから。」
 レアルは指輪を受け取ると、手持ちの食料を彼らに渡し、馬車を止めてある位置を伝えた。
 ガルガはそれを了承する。
 「見つけた物を元の場所に返すなんざ、俺達のやる事じゃねぇからな。」
 助かったよ、と言って、プライドの高い墓荒らしは去っていった。
 指輪を手にした四人も、それを幽霊に返すべく、その場を後にする。
 数時間後、一行は地下の墓場に居る幽霊の所に着いた。
 「これで、本当に霧が晴れるんですか?」
 少し不安げに、ニールが幽霊に尋ねる。
 「うむ、多分…」
 自信無さ気に幽霊が言う。
 「だめだったら、また何か考えましょう。」
 言いながら、レアルが指輪を棺に放り込み、幸也が赤いスカーフを指輪と一緒に棺に入れた。
 「どうやら、大丈夫みたいだ。
  何だか、気持ちが安らぐよ。眠くなってきた…」
 幽霊は穏やかな声で言うと、霧状の体を棺の中へと沈めた。
 「君達には、色々、迷惑をかけたね。
  何もお礼が出来なくてすまない…」
 幽霊の声が聞こえる。
 墓には、指輪と赤いスカーフ位しか金目の物は無かった。
 「いえいえ、安らかに眠ってて下さい。ほんと。」
 そんな大事な物、頼まれても持っていけませんと幸也が言った。
 「頼みごとばかりで悪いんだが、この場所の事は内緒にしておいてくれないか?」
 静かに眠りたいから。と、消えそうな声で幽霊は言う。
 「うん、絶対、約束する!」
 幽霊に聞こえるように、精一杯、元気に言ったのはフェイだったが、他の者も同感だった。
 やがて、幽霊の声は聞こえなくなる。同時に、棺から無限に湧き出していたかのような霧も止まった。
 「…墓の周り、掃除してから帰るか。」
 階段を登り、石を元の場所に戻してから幸也が言った。
 「そうだね…」
 幸也の言葉に、フェイが頷く。
 「私達は、墓荒らしとは違いますからね。」
 レアルも賛成だった。
 …日本か、それともソーンのどこかになるのか。
 俺の墓は、どこになるんだろうなと、ため息をつく、幸也。
 願わくば、静かに眠りたかった。 
 四人は、言葉も少なく古代の冒険者の墓を掃除すると、その場を離れた。 
 シェスタの森の霧は、その日のうちに全て晴れた。
 事件の真相について誰も語ろうとしなかったので、様々な噂が流れる事になったが、それは、また別の話だった。
 (完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【5007/レアル・ウィルスタット/男/19才/ヴィジョンコーラー】
【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】

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■         ライター通信          ■
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 毎度ありがとうございます、MTSです。
 今回は冒頭以外、全員ほぼ共通の内容になってます。
 霧が濃い方向を調べようとした幸也なんですが、その辺り、良い感じでした。
 おかげで、早い段階で幽霊に会えたみたいです。
 幽霊に会うより先に墓荒らしに会う展開も、場合によっては考えられたんで、
 そうなると、墓荒らしが墓を荒らした確証も無いし、どうなるんだろうなーと思ってました。
 ともかく、おつかれさまでした。
 また、気が向いたら遊びに来てください。