<東京怪談ノベル(シングル)>


【Bis dann.】

 **



「………ヒマだな。」

エルザード城の門に立つ巨人の騎士・レーヴェは
青空を見上げながらポツリと呟いた。
城を守ることは重要だ。平和な事は良い事だ。
だがこう暇だと言いたくなる。

「……ヒマだ。」

無表情ながらに退屈を持余していた彼の頭上で、
それはキラリと光った。
そしてそれは途轍もない勢いで彼のもとへと文字
通り飛んできた。

「おじさん!久し振りっ!」

突然現れた来訪者に、レーヴェは無表情ながらに
小さく驚いた。



 **



――それは1年程前にさかのぼる。


ジュディは愛鳥の大鷲に乗って空中散歩をするの
が趣味、というか日課になっていた。
そんなある日。
何時もの様に空の散歩を楽しんでいると、それは
偶然彼女の視界に入ってきた。
小高い丘の一番上にある大きな木の幹に、人がひ
とり倒れこんでいるように見えたのだ。

「え?…わっ大変!」

ジュディは慌ててその人物の元へと大鷲を急降下
させた。大鷲から飛び降りてジュディは木に寄り
かかっている騎士風の男にそおっと近づいた。
見た限りでは旅の騎士、という感じか。

「まさか…死んでないよね…??」

「…一応、生きているぞ。」

「わっ」

突然顔を上げた男・レーヴェは不機嫌そうに声を
あげた。瞬間的にたじろいだジュディだったが、
直ぐに気を取り直して彼のもとへと近づいていっ
た。

「ねぇおじさん、どうしたの?大丈夫?」

「?!……わ、私の事か?」

レーヴェは顔を引き攣らせて目の前のジュディを
見上げた。巨人の騎士と恐れられている自分をま
さかオジサン呼ばわりされるとは露にも思ってい
なかったレーヴェだった。

「うん?それ以外に誰が居るの?」

しかしジュディはキョトンとした顔をして悪気ま
ったくゼロの笑顔をレーヴェに向けた。
表情は殆んど変わらないが内心ショックを受ける
レーヴェ・ヴォルラス(31歳・当時)である。

「ね、そんな事よりも大丈夫?具合悪いの?怪我
してるの?どっか痛い??」

ショックを受けている彼を他所に、ジュディは心
配そうに声をかけてきた。

「…あぁ大丈夫だ。少し休めば…と、おい?」

適当な事を言ってジュディを帰らせようとしたの
だが、その言葉を言う前に彼女に腕を引張られて
いた。

「お、おい?」

「ダメだよ!そんな青い顔してるのにぃ!あたし
の住んでる所近くだから休んでいけばいいよ?」

「い、いや、別に大した事は…」

「ダメ!旅の途中なんでしょ?ほら、よく言うで
しょ?『旅は道連れ世は情け』って!」

「いや、別に私は旅を…解った。行こう…」

結局、ジュディに押し切られる形で彼女の好意?
を受ける事となったレーヴェだった。


その後、食事やら薬やら何かと世話を焼いてくれ
るジュディに彼は解らない様に溜息を吐く。
どうやらジュディはレーヴェの事を『旅の騎士』
だと思い込んでいるようで、具合が悪いのは旅の
疲れからきているのだとも思っている様だった。

「これでは本当の事は言えないな…」

呟きと同時にジュディが部屋に戻ってきた。

「あ、もう起きても大丈夫なの?」

「ああ。世話になったな。礼を言う。有難う。」

「ううん!だって困った時はお互い様でしょ?」

ニッコリ笑うジュディにつられてレーヴェも微笑
む。話を聞くと、彼女は冒険家のタマゴらしい。
だからこれは普通の事だとも彼女は言った。
その言葉に「こんな子供なのに、素晴らしい!」
と大感動中のレーヴェだったが顔は相変わらずの
無表情だった。
そして彼女にとって一番のお礼は、そう考えて出
した答は…

「ジュディ、お礼をしたいんだが。」

「え?お礼?だからぁいいんだって!」

「しかし私の気持ちがすまない。」

「でもぉ」

「…では私の、旅での話を聞かせよう。これなら
ばジュディも受け取ってくれるだろう?」

その言葉にジュディの瞳が輝いた。

「え!ホント?ウレシィ〜♪」

「大した話ではないかもしれないが…ウム…では
何から話そうか…」

「なんでもいいよ!おじさん早く♪」

『おじさん』と言われて一瞬怯むが、気を取り直
してレーヴェは話を始めた。

「では最初に…私が行った事のある『東の果ての
国』に伝わる不思議な『剣』の話をしようか。そ
れとも『南の大国』にいるという伝説の海獣の話
がいいか…それとも湖に眠る光る魔鏡の話がいい
かな…」

「うんうん!あたし全部聞きたいっ!!」

ジュディは瞳を輝かせ両手を胸の辺りでぎゅっと
握り締めた格好で彼を見上げていた。
それはまるで何かに祈るかの様なカタチ。それを
見てレーヴェは微笑んだ。

「ではまず…」

彼の話はどれもそれも興味深く、そして想像力を
描き立たせる物ばかりだった。
彼の話に耳を傾け、まだ見ぬ世界に胸躍らせ思い
を馳せるジュディだった。そしてそれは今まで以
上に冒険への憧れを抱かせる事となった。


翌日、レーヴェはもう一度礼を言うとジュディの
もとを後にしたのだった。




 **


――そして現在。



「おじさん!ココでナニしてんの?」

大鷲からひょいと飛び降りながらニコニコと話か
けるジュディに、レーヴェは少し頭痛がした。

「半年?うーん1年振だっけ?」

「そう言えばあの時は…旅の騎士と名乗ったか」

小さく呟いた彼にジュディは小首を傾げた。

「ねぇ、どうしてこんな所に立ってるの?もう旅
は終ったの?」

「…あの時は世話になったな。元気か?」

「え?あ、うん。元気〜!」

問い掛けとは違う答に一瞬戸惑うがジュディは、
覚えてくれていた事を嬉しく思いニッコリと笑っ
た。返事をしてくれないのはもしかすると自分の
事を忘れちゃったのかなぁ?とも思ったジュディ
だったのでレーヴェの一言はすごく嬉しく感じた。
しかしやっぱりどうして彼がエルザード城の門前
に居るのか気になる。

「ね、なんでエルザード城に居るの?」

「…実はな、」

「あ〜〜〜〜っっ」

突然大声を出したジュディにレーヴェは顔を顰め
耳を覆った。

「ジュディ、一応ここは門前だ。大声は」

「解った!おじさん、ココに就職したんだ!」

キラキラと目を輝かせて見上げてくるジュディに
一瞬たじろぐが、気を取り直してゴホンと咳払い
をした。

「いや、ジュディ実はな」

「おめでとー!!良かったね!!」

涙を流さん勢いのジュディに、レーヴェはどうし
たものかと思案する。

「ジュディ、私の話を」

「エルザード城だなんてホントすごいよ!」

「……あ、ああ。有難う。」

結局は反論も出来ないまま、いやある意味内容的
には合っているので、そのままでいる事にした。
ジュディの「よかったね」と何度も言う姿を見て
は訂正するには忍びない気もした。

「あ!」

突然また声を上げたジュディに、今度は何事かと
怪訝な顔をした。

「やばい鐘が鳴ってるぅ?!」

耳を澄ませば遠くから刻を告げる鐘の音が聞こえ
ていた。ジュディはなにやらヤバイと言う言葉を
繰り返してあせっているようだ。

「待ち合わせか?」

「違うの!お手伝いに行く約束してたんだけど、
やだ〜!あたし急がなきゃまた怒られちゃうよ!
と、あ、そうだ!おじさんお仕事頑張ってね!」

「あ、ああ。気をつけてな。」

「うん!じゃぁまたね!」

大鷲に乗り大きく手を振りながら彼女は彼の前か
ら飛び立っていった。レーヴェはそれを見送りな
がら小さく苦笑した。

「まるで小さな台風だな…」

そしてジュディが去った後、彼のもとには静けさ
が再び戻った。
サワサワと流れる雲を見上げながら、彼はふぅと
息を吐いた。

「……うむ、ヒマだな。」

先程と同じ言葉、しかしその顔には微かだが笑顔
が見て取れた。


 **

<余談>

「今更あの時の不調原因理由を…言える筈も無い
か…。言えば私の名誉に関わる。」

理由。それは未だに秘密である。