＜聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記＞
宝玉と黒ローブの魔道士 第１回（全３回）
（オープニング）
最近、三流の神様達が黒ローブの魔道士に襲われる事件が各地で続発していた。
調査の結果、三流の神様達が持っている地水火風の古典的な四宝玉が目当てらしい事だけはわかったのだが、それ以外は何もわかっていなかった。
三流の神様とその信者達が、心無い人間の襲撃に怯える日々を過ごしている今日この頃である。
エルザードの酒場では、三流の神様の信者が友人と酒を飲んでいた。
「神様なんか襲って、何が楽しいんだっつーの。
護衛に駆り出される信者の気にもなってくれよ…」
男は、そう言って酒を煽る。言葉とは裏腹に、顔は笑っていた。
彼は酒と祭りの神の司祭を務める、マルコ・フェンブレン。三流の神の高司祭だった。
「まさか護衛に集まって、毎日宴会するんじゃないでしょうね…」
マルコに付き合っているのは、見習い魔道士の少年である。彼は酒は飲めないので、リンゴジュースをすすっていた。
「何言ってんだ、ニール。そんな事あるめぇよ。
あれだ、あれ。お互いの信仰について、酒でも飲みながら語りあって交流を深めるんだよ。」
マルコは、にやりと笑った。
それを、一般的には『宴会』というんじゃないかとニールは思ったが、あえて聞き流した。
「で、僕に一緒に来いと？
いつだったか、お世話になりましたから、断りませんけど…」
「そういうこった。うちの神様、ぶっちゃけ『地の宝玉』って宝物持ってるみたいだから、そのうち狙われると思うんだわ。
だから、面子を揃えたいわけよ。
本当は、お前の師匠を紹介して欲しかったんだが、エルザードを離れてるんじゃ仕方ねぇし。」
そう言って、がっはっはと笑うマルコの顔は、山賊の親分だと名乗っても通じるんじゃないかと思うニールだった。
（依頼内容）
・酒と祭りの神の司祭が、神様の護衛兼宴会要員を探しています。誰か助けてあげて下さい。
・そういうわけで、３回シリーズの１回目です。
・おそらく、月１ペースで３回やる事になると思います。
（NPCの登場履歴）
・酒と祭りの神の司祭マルコ（おつかい魔道士）
・見習い魔道士ニール（おつかい魔道士、雪の神を祭ろう、霧の魔道士）
（本編）
１．酒と祭りの神の宴へ
白山羊亭の出来事である。
マルコ・フェンブレンに、彼が仕える神の護衛話を持ちかけられた者達が、集まっていた。
彼とニールに呼ばれて集まった面子は五人。出身がそれぞれ違う人間が三人と、魔族、多椀族の姿も見えた。なかなか、バラエティー豊かな一団である。
そんな面々の中で、マルコの話を聞き終えて最初に口を開いたのは、一番普通っぽい雰囲気をした、商人の若者だった。
「黒ローブの者が襲って来るまで、のんびり宴会をして待っている程、私は暇ではありませんね。」
彼、レアル・ウィルスタットは、少し渋い顔をしている。
エルザードの街で商人としての本業を持つレアルは、長期間、街を離れる事は気が進まなかったのだ。街を離れる期間が長ければ長い程、本業の商売に影響が出るのは確実である。
「それよりも、報酬は大丈夫なのかい？
あんた、あんまり儲かってなさそうだし、そもそも、稼ぐはじから宴会に注ぎ込んでるんだろうが、どうせ。」
乱暴な口調でマルコに言い放った女性は、肉感的を通り越して、筋肉質な女性だ。
髪の間から堂々と生えた角と、獣を思わせる厚い体毛に覆われた両足、そして尻尾の生えた姿は、彼女、ロミナが魔族である事を表していた。
「失礼な事を言いやがって。
『宴会』じゃなくて、『宗教的儀式』に注ぎ込んでるんだ、俺達は。」
ロミナに負けず劣らず、乱暴に答えたのは依頼主のマルコ。論点がずれている事には、誰も突っ込まない。
彼が仕える、酒と祭りの神ビッケを護衛する事が今回の依頼内容である。
「概念はともかく、実際にやる事としては、『宴会』と『宗教的儀式』に何か違いはあるのか？」
クールに言ったのは、地球出身の医学生の日和佐幸也だ。ソーンに迷い込んで帰れなくなった彼は、魔法医学の研究に励もうとしているようだが、相棒が持ってくる事件に巻き込まれて、思うように行かない事が多いらしい。
「飲むお酒の種類が、実は違うとか？」
その、幸也の相棒、魔法戦士のフェイルーン・フラスカティが、幸也に答える。
腕を組んで、考え込むような素振りをしているが、本当に考えてるのか、何も考えていないのか、いつも微妙な１５歳である。
「アッハッハ、そこの兄ちゃんの言うとおりだ。何か違いがあるなら、教えてもらいたいもんだね。」
ロミナが豪快に笑っている。
「私がマルコに酒の注文を受けた感じでは、白山羊亭での『宴会』と教会での『宗教的儀式』で飲まれる酒で、種類に違いは無いようですよ。」
「そっか、同じなんだね、『宴会』と『しゅーきょー的儀式』って。」
レアルとフェイが、ひそひそと話している。
「だから、意義というか心意気というか、そういうもんがな…」
いじけているマルコ。彼に助け舟を出したのは、先程から黙っていた多腕族の男だ。
「いいじゃねーか、お前達。
大事なのは、酒が飲めるか飲めないかだろ？
宴会だろうと宗教的儀式だろうと、関係ねぇよ。」
多腕族のシグルマは、４本の腕でマルコの肩を叩きながら言う。がっしりとした体格と小麦色の肌は、彼の口調に負けず劣らず説得力があった。そして、そういう系列の人間の例に漏れず、彼は無類の酒好きである。
「確かに、あんたの言うとおり、大事なのは、飲めるか飲めないかだねぇ。
…まあ、ともかく報酬が少ない分は、そこの坊やと飲み放題で、あたしは構わないよ。」
ロミナは言いながら、他人の振りをして一同の話を聞いていたニールを、ひざ抱っこした。
「おう、それは、俺も構わないぜ。」
マルコが頷いた。
「あの…」
ニールが憮然とした顔で、マルコとロミナを交互に見比べた。
「牛の姉御、パワフルだねぇ。」
軽々とニールを抱えたロミナを見て、シグルマが四本の腕で拍手した。
「幸也、あれ、私達もやってみようか！」
「また、今度な…」
面白がってるフェイに、勘弁してくれと幸也は答える。
報酬に関しては、私達は適当でいいよと、フェイと幸也はマルコに伝えた。シグルマも、飲めれば文句は無いようである。
「あの、僕の立場は…」
ニールはロミナの膝の上でつぶやいた。
こうして、何となく話がまとまった所で、
「そうですね、話もまとまったみたいですし、私は、そろそろ失礼します。
皆さん、あまり飲みすぎないように。」
レアルは席を立った。
「えー、レアルくん、本当に来ないの？」
フェイが不満そうに言って、
「仕方ないだろ、都合があるんだから。」
幸也がそれをなだめる。
「期限が未定の状態で、エルザードを離れるのは気が進まないんですよ。すいません。」
レアルは、言いながら、白山羊亭を後にした。
「んじゃあ、出発は明日の朝って事でいいか？」
彼を見送った後、マルコが残った者達に言う。特に異論がある者は、居ない。
こうして、ロミナ、シグルマ、フェイ、幸也の４人はマルコとニールに同行する事になった。
２． 酒と祭りの神 (ロミナ編)
依頼の打ち合わせが終わり、一同はそれぞれの宿へと帰り始める。
ニールも魔道士協会へと帰ろうとしたが、ロミナは彼の腕を掴んで引き止める。
「おっと、待ちな。もう少し位、あたしに付き合いなよ、ニール。」
「え、あ、はい。構いませんけども。」
この人、強引だなーと思いながら、ニールは答えた。
「良い子は、あんまり夜更かしするなよ。」
シグルマ達は、言いながら白山羊亭を離れ、ロミナとニールが酒場に残った。安物のワインを注文し、ロミナとニールは席を囲う。
ニールは、少しづつワインを口に含みながら、ロミナの話を聞いている。
「酒は、あんまり得意じゃないかい？」
ワイングラス一杯も飲んでいないのに、顔を赤らめているニールの様子を楽しそうに眺め、ロミナは言った。
「あんまり、飲む機会も無いですからね…」
マルコを除けば、酒好きの仲間も居ないニールである。
「なるほどねぇ。まあ、宴会の前に、少し慣れておくんだね。
…ふふ、そうだね。契約も成立したし、証も立てておくか。」
ロミナはにやりと笑って、ニールのワイングラスを手に取った。
「証…ですか？」
一体なんだろうと、ニールは首を傾げる。
ロミナは答えずに、彼のグラスに残ったワインを口に含み、彼を抱き寄せた。
ニールは、自分を抱き寄せ、唇を重ねようとする魔族の娘の瞳から、目を離せなかった。蛇に睨まれた蛙というわけでもないが、美の女神に魅入られた少年というのも少し違う。「口移しでお酒を飲ませるのが、魔族の契約の証なんですか。野性的ですね…」
ロミナに口移しされたワインを、ニールは飲み干す。
「世の中には、あんたの知らない、色々な契約があるのさ。
…今日は、もう帰りな。明日から忙しくなるんだ。」
あんたがタフなら、もっと付き合せるんだけどね。と、ロミナは付け加える。
二日酔いの心配をしながら、ニールは家路についた。
白山羊亭はまだまだ賑わっていて、夜はこれからといった様子だったが、今日の所はロミナも切り上げる事にした。
翌日、レアルを除いた一行はビッケの聖地へと歩き始めた。道のりは徒歩で２日程で、特に問題も無く進んだ。通りすがりの山賊や魔物が何度か襲ってきたが、一行を困らせる程の襲撃は無かった。
ロミナ、シグルマ、フェイ達三人の剣が、中途半端な襲撃は全て退ける。幸也の魔法医学で処置に困る程の傷を負うものも居なかった。
「なんか、みんな強いですねー…」
「おしゃ、その調子で頼むぞ。お前ら。」
ニールとマルコは、主に見物役に回っていた。
そうして、適当に戦ったり逃げたりしながら、一行はビッケの聖地へと着く。
大きな石造りの神殿には、意外と訪問者が多い。各所で司祭らしき者達が、訪問客から酒や祭りに関する相談を受けていた。
「酒と祭りか。
確かに、需要は多そうな分野ではあるよな。」
賑やかな様子の神殿を見て、一人で納得しているのは幸也だった。
「そいじゃあ、一応、ビッケって奴の面でも拝みに行くかい？」
神様とやらに挨拶くらいはしておこうと言ったのは、ロミナである。それもそうだという訳で、一行はマルコの案内で、神殿の中央部の大広間に通される。
静かな広間の中央部では、派手な衣装の若い娘に酌をさせ、杯を傾けている老人の姿があった。
「あんたが、ビッケか？」
シラフのうちに、真面目な話をしておこうぜと、シグルマが酒を飲む老人に話かける。
「ちょっとぉ、シラフであたしに話かけるなんて、無礼者ぉ？
とりあえず、一口で良いから、飲みなさいよぉ。」
だが、口を尖らせて答えたのは、酌をしていた娘だ。
「あー、言ってなかったが、そっちがうちの神様だ。」
マルコが言った。
「わし、よく間違えられるんじゃよなぁ…」
ぼやいた老人は、近所の酒屋らしい。
「ビッケが女の名前で、何故悪い！」
人差し指をビシッと立てて、ビッケは言った。
「悪いと言ったら、どうすんだい？」
ロミナがビッケの胸倉を掴んで持ち上げた。
「ちょ、ちょっと、何すんのよ、あたしは神様よ！
いじめたら、いじけるわよ！」
ビッケが抗議をしている。
「何でもいいから、打ち合わせを始めよう…」
呆れているのは、幸也だ。
基本的にビッケは、この広間に居て、相談に来る者達の相手をしているそうだ。
ただ、『ビッケと話す者は酒を飲まねばならない』という規則がある為、ビッケの周辺は常時小宴会状態らしい。夜になると、仕事が終わった信者達が集まってきて、本格的な宴会になる事が多いという。
そういうわけで、今も一口ずつ酒を飲み、ビッケを交えて相談をする一同だ。
「それじゃあ、宴会の時はビッケちゃんに宝玉持ってもらってさ、周りを囲んで宴会してればいいんじゃない？
神様が宝玉を守って、私達がその神様を守るって感じで。
ついでに昼間も、みんなが交代で宴会…じゃなくて、護衛するようにしてれば完璧！」
提案したのはフェイだった。
「ふーん、方針としては、そんなんでいいんじゃないかい？」
「うむ、酒さえ出れば、俺も問題無いぞ。」
ロミナとシグルマが頷く。
「護衛というより、宴会の相談ですね…」
「まあ、フェイの提案にしては、まともだな…」
ニールと幸也も、一応、異論は無いようだ。
「それじゃあ、今日の昼間は俺がビッケの側に張り付いてるぞ。」
シグルマが言いながら、酒をあおった。
「んじゃ、しばらくの間、頼むぜ。お前ら。」
酒の飲み放題だけはビッケの名にかけて絶対保障するとマルコが言って、一行はそれぞれ散って行った。
ロミナはニールを引っ張って歩き始める。
こうし始まった護衛と宴会の日々は、一週間ほど、何事も無く過ぎていった。
３．宴と護衛(ロミナ編)
ロミナは、ニールをからかって時間をつぶす事が多かった
「あ、あの、読書中に後頭部に胸を押し付けられると、集中出来ないんですけど…
ていうか、苦しいです…」
いい機会だから、酒と祭りの神とその信者の歴史でも調べようと、読書に励むニール。
彼の後ろから手を回し、体を押し付けているのはロミナだ。
「おい、ニール。
そんな事より、向こうで神様本人が宴会してるんだぞ？
本人に聞いてみればいいじゃないか。」
ロミナは、そのままニールを膝抱っこしながら尋ねた。
「本人に聞くよりも、なんか、本を読んだほうが正確そうな気がしたんで…」
すでに膝抱っこに慣れたニールは、平然と本を読みながら答える。
「そりゃ、確かに、その通りかもね。」
ビッケの様子を思い出して、ロミナは笑った。
そして、七日目の夜が来る。
いつものように、広間では宴会が始まる。
すでに、ビッケの信者達と何の違和感もなく宴会をしているシグルマや、一応、剣だけは手放していないフェイの姿、
『陣中見舞いです。』と言ってやってきた、レアルの姿もあった。
「しかし、黒ローブの魔道士っての、来ないねぇ。」
ロミナは上機嫌に言った。来ないなら、いつまでも遊んでいれば良いのだ。
「まあ、来ないなら来ないで、このまま宴会をしとればいいわな。」
シグルマも上機嫌である。
そうして、今夜も宴会は続いた。
ロミナはニールをおもちゃにしながら、ビッケの周囲で飲んでいる。ニールが飲める限界量も何となくわかってきたので、際どい量の酒を飲ませて、反応を見ているのだ。
酒の神の信者数十人プラス護衛の面々で賑わう宴会の中で、見習い魔道士の少年の杯に酒を注ぐロミナの姿は、さして目立ちはしない。
「ま、大船に乗ったつもりで任せときな。」
にやりと笑って言う、ロミナ。
「大船ですか…まあ、胸は大きいですよね。
それより、何か秘策でもありますか？」
ニールは結構酔っているようで、普段は言わない、冗談のような事を言っている。
…そろそろ限界っぽいな。今日は、飲ませるのはここまでだね。
「よし、教えてやるから、ちょっと付いてきな。」
ロミナはニールを引きずりながら広間を後にした。
「ロミナちゃん、ニールくんと仲良いねー。」
「う、うむー、何か少し違う気もするんだけどな…」
幸也と話すフェイの声が、ロミナの耳に微かに届いた。
４． 襲撃(ロミナ編)
「…あのー、ロミナさん？」
「なんだい？」
ニールの問いに、ロミナは面倒そうに答える。
「秘策とやらを話すのに、何でこんな事に…」
ニールはタオル一枚を腰に巻いた姿で、目を点にしていた。彼の目の前に居るロミナも同様の姿をしているが、こちらは平然としている。
「お前、頭悪いのかい？
風呂場に来たんだから、服を脱ぐのは当たり前じゃないか。」
「いえ、それは、分かるんですが…」
何故、僕はロミナさんの背中を流しているんだろうか…
見習い魔道士の少年は、風呂場で悩む。
「そうだ、そんな事より、秘策の話だったね。
…どうだい、あたしの体は？」
「あ、はい、胸、大きいですね。尻尾とかも生えてますし。」
「あんた、あんまり胸の事ばっかり言うんじゃないよ…
さすがに少し、恥ずかしいじゃないか。」
まあ、仕方ないかとロミナは思った。
「胸じゃなくて、筋肉だよ、筋肉。」
ロミナは言う。
「あ、言われてみれば、人間離れした体してますよね。」
「まあ、人間じゃないからね。」
普通、これだけ筋肉が付いた女性の体は異質に見えるものだが、ロミナの場合はそうでも無かった。
無理して付けた筋肉ではなく、魔族としての生まれつきと傭兵としての暮らしの中で自然に出来上がった体だから、あまり違和感が無いのかも知れない。天然万歳という事だろうか？
などと、ニールは少し考える。
どうでも良いことに悩むニールに、ロミナは言った。
「戦いが始まったら、あたしの体に防御魔法をかけな。
そうしたら、後は、このあたしの体が、何とかするさ。」
自信満々の彼女である。
「秘策というより、正攻法…あ、いえ、何でもないです。」
言いかけて、ロミナのオーラに気づいて言葉を止めるニールだった。
そうして、風呂から上がって着替えた二人だったが、
「…おい、やっと来たみたいだよ！」
厳しい声でロミナが言った。
「みたいですね。」
ニールの耳にも、確かに聞こえた。広場の方から聞こえてくる複数の悲鳴と物音が。それは、宴会にしては盛り上がりすぎである。
ロミナとニールは広間へと走り、何故か鍵が掛けられた扉を蹴破る。
…暗い。何も見えない。
単に明かりが消えたという、暗さでは無かった。
悲鳴や剣の音だけは、不気味に響いている。
「『暗闇』の魔法みたいです。
僕には、多分解除は出来ないです…
うちの師匠でも居れば…」
「居ない奴の事を言っても、仕方無いね。
…しかし、これだけの広間を『暗闇』の魔法で包むとは、大したもんだね。」
思わず体が震えたのは、武者震いだと信じたいロミナだった。
「優しく流れる風よ！」
いつの間にか魔法を唱えていたニールの鋭い声が響く。
彼にしては凛々しい声だった。
ロミナの体を、緩やかな風の気流が包む。
「え、えとー、防御魔法かけました。」
直後に、怯えた様子でニールが言う。
「よし、まあ、上出来だ。
あたしの側を離れるんじゃないよ！」
言いながら、ロミナは広間に駆け込み、音を頼りに周囲の様子を探る。
人間の足音では無い何かが、紛れていた。
「『星降る夜』よ！」
ニールが、精一杯の明かりの魔法を発動させた。少しだけ周囲が明るくなった。
月は出ていないが、星は出ている夜と同じ程度の明るさである。決して明るいとは言えない。
「うーん、これで限界です。」
疲れきったニールの声がした。
一応、おぼろげな人影は確認出来るようになった。
「上出来さ！」
ロミナは、宴会の広間を駆ける。
人間にしては不恰好な影、人間らしき影を襲っている影を狙って、彼女は剣を振る。
「土の簡易ゴーレムか。
…馬鹿みたいに、多いね」
土でも斬っているような手ごたえと技量から、ロミナ相手を判断した。
強い相手ではないが、雑魚とも言い切れない。何より、数が多い。
駆け回り、一太刀毎に、ゴーレムを土に返すロミナ。気づくと、ニールの姿は近くに無かった。
「あいつ、大丈夫だろうね…」
ニールの腕では、正直、危ないと思った。
護衛の者達やビッケの信者達の行動は鋭く、広間を襲ったゴーレム達は撃退されつつあるようなので、ロミナはニールを探す事にした。
その彼女の耳に、
「…魔族の娘…うん、あなたの事は、知らない。
でも、良い腕をしてるね。
俺には…目障りなわけだけどね。」
優しげな、男の声が響いた。
ロミナは声の主を探して、闇の中を見回す。
声の主が、広間を闇に包みゴーレムを呼び出した主だろうと、ロミナは直感で思った。
「…ち、『目』と『声』だけを、どこからか飛ばしてるね？
小賢しい…気に入らないね。」
声の主らしき気配は、周囲に無い。
何かの魔法を使って、遠くからしゃべってるんだろうと、ロミナは判断した。
「闇を生み出し、土のゴーレム達を呼び出すのに、魔力を使い果たしてしまったからね。
今日は見物だけにするよ。
…出来れば、あなたが俺の前に現れない事を祈っている。」
男の声は、それっきり聞こえなくなった。
「あたしも、あんたみたいな男には会いたくないね。」
ロミナは、吐き捨てるように言った。
土の簡易ゴーレムは普通の魔道士なら、４〜５体も呼べば力尽きてしまうだろう。広間には、その十倍程の数の簡易ゴーレムが居た。魔道士は、広間全体を闇に包んだ上で、それだけのゴーレムを呼んだ事になる。
「化け物め…」
静かになった広間で、ロミナはつぶやく。
すぐにニールは見つかった。
５．２次会
「終わったみたいだね。おかげで、あんまり怪我しないで済んだよ。」
ロミナがニールにかけた声は、お世辞では無かった。彼のかけた風の防御魔法のおかげで、ロミナの体に付くはずの傷が、幾つも付かずに済んだ。
「風の防御魔法だけは、師匠の受け売りで得意ですから。」
ニールは疲れた様子だが、一応元気そうである。
他の仲間達とも合流する頃には、広間の闇も晴れた。魔法の効果が切れたらしい。
「ちょ、ちょっと、幸也？
こんなにいっぱい、治せる？」
明るくなった広場では、フェイが相棒の医学生に尋ねた。
幸也は答えず、神妙な顔をする。
広場に居たほとんどの者が、怪我をしている。地面に倒れて動かない者も多い。
「出来る限り、手伝いますよ。」
レアルが静かに言う。
「『道途切れるまで、歩み、飲み、語るべし。うつむく事、なかれ。』
…うーん、道の途中でおねんねするのは、あたしの教義違反よねぇ。」
緊張感の無い声で言ったのは、ビッケだった。
「おお、あんた、そーいえば神様じゃねぇか。
何とか出来ねぇのか？」
「任せといてぇ。」
シグルマの問いにビッケは答えると、手近にあった杯を手に取り、掲げた。
「あの、乾杯してる場合じゃないって…」
何が起こったかわからず、ツッコミに回るフェイだが、倒れている者達が起き上がり始めたので、目を丸くした。
「ほー、あんたもやるもんだねぇ。」
ビッケの頭を撫でながら言ったのは、ロミナだった。
彼女が負っていた幾つかの傷も、嘘のように治っていた。そして、彼女に限らず、広間に居るもの全ての傷が治っていたのだ。
「酒を生贄にして治療をする力ってのが、こいつの唯一の取り柄なんだよな。」
ロミナと一緒にビッケの頭を撫でて、マルコが言う。
何はともあれ元気になったビッケの信者達は、『宝玉を護った祝いの宴会だ』などと言って、再び酒の準備を始める。
「まだ飲む気なのか、あんたら…」
呆れる幸也だが、今日のところは、もう襲撃も無いだろう。今度こそ自分も宴会に入っても良いかも知れない。
ただ、飲む前に、それぞれが見た事の話はしておくべきだとも思った。それは、皆、同感だった。
「…あの魔道士、ここには、もう来ないと思いますよ。」
まず、言ったのはレアル。一行の中で、直接魔道士と会ったのは、彼とシグルマの二人だけだ。
魔道士は『宝玉の力は見たから、もういいよ。』と、彼らに言ったそうだ。
「…ねぇ、レアルくん？
あの魔道士、ウルくんに似てなかった？」
フェイは、ニールの師匠の名前をレアルに告げる。
暗闇の中で聞いた魔道士の声と雰囲気が、ウルに似ていたと彼女は言う。
「顔は見ませんでしたが、正直、本人としか思えませんでした。」
レアルは、浮かない顔で答える。
彼とフェイ、レアルの三人はニールの師匠とは顔なじみである。
「でも、師匠なわけ、ないですしね…」
ニールが不思議そうな顔をしている。
彼の師匠は、別の宝玉を調べに行ってるはず。
「実は、悪い奴だったという事は…」
シグルマの言葉を、
「そんな事、無いよ！」
「有りえない。」
「無いと思います。」
「ありません！」
フェイ、幸也、レアル、ニールの四人が一斉に否定した。
話は、大体こんなものだった。
「あたしは、ウルって奴の事は知らないけどねぇ。さて、どうしたもんか…」
ロミナがつぶやく。
「まあ、話もまとまった所で、二次会にしようぜ。
これ以上は調べてみない事には、わかんねぇだろう。」
ビッケの信者が持ってきた杯を持って、シグルマが言う。
「そーだね！
とりあえず、宴会の続きって方向で！」
フェイが元気良く言った。
こうして、宴の夜は再び始まる。
…敵の正体も目的も、いまいち掴めない。その事は、気がかりだった。
少しだけ、長い戦いになりそうだ。
宴の喧騒の中、ロミナは思う。
この辺で手を引いとくのが、賢いかも知れないねぇ。
だが、彼女はニールの方を見る。
…でも、またニールと遊べるか。
さて、どうする？
魔族の娘は、にやりと笑ってエール酒をあおる。
酒の神の宴は、これからが本番だった。
（完）
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ クラス】
【0781／ロミナ／女／２２才／傭兵戦士】
【0812／シグルマ／男／３５才／戦士】
【0954／レアル・ウィルスタット／男／１９才／ヴィジョンコーラー兼商人】
【0402／日和佐幸也／男／２０才／医学生】
【0401／フェイルーン・フラスカティ／女／１５才／魔法戦士】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
初めまして、ＭＴＳです。
何とか元々の納期に間に合わせようと思ったのですが、遅れてしました…
申し訳ないです…
本編の方なんですけど、メインの宴会の場面に行くまでに、間延びしてしまい、長い話になり過ぎた気がします…
正直、納品できるレベルに届いてない気もして、恥ずかしいです。
それはそうと、ＯＭＣならではといったプレイング、ありがとうございます。何というか、ロミナみたいなＰＣが複数集まった場合、昼のドラマみたいな話になるのかなーと思いながら書いてたんですが、幸い、今回はニールを巡るドロドロの争いみたいな展開にはならなかったようです。
ともかく、おつかれさまでした。
また、気が向いたら遊びに来てくださいです。
|
|
