<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 宝玉と黒ローブの魔道士 第1回 (全3回)

 (オープニング)

 最近、三流の神様達が黒ローブの魔道士に襲われる事件が各地で続発していた。
 調査の結果、三流の神様達が持っている地水火風の古典的な四宝玉が目当てらしい事だけはわかったのだが、それ以外は何もわかっていなかった。
 三流の神様とその信者達が、心無い人間の襲撃に怯える日々を過ごしている今日この頃である。
 エルザードの酒場では、三流の神様の信者が友人と酒を飲んでいた。
 「神様なんか襲って、何が楽しいんだっつーの。
  護衛に駆り出される信者の気にもなってくれよ…」
 男は、そう言って酒を煽る。言葉とは裏腹に、顔は笑っていた。
 彼は酒と祭りの神の司祭を務める、マルコ・フェンブレン。三流の神の高司祭だった。
 「まさか護衛に集まって、毎日宴会するんじゃないでしょうね…」
 マルコに付き合っているのは、見習い魔道士の少年である。彼は酒は飲めないので、リンゴジュースをすすっていた。
 「何言ってんだ、ニール。そんな事あるめぇよ。
  あれだ、あれ。お互いの信仰について、酒でも飲みながら語りあって交流を深めるんだよ。」
 マルコは、にやりと笑った。
 それを、一般的には『宴会』というんじゃないかとニールは思ったが、あえて聞き流した。
 「で、僕に一緒に来いと?
  いつだったか、お世話になりましたから、断りませんけど…」
 「そういうこった。うちの神様、ぶっちゃけ『地の宝玉』って宝物持ってるみたいだから、そのうち狙われると思うんだわ。
  だから、面子を揃えたいわけよ。
  本当は、お前の師匠を紹介して欲しかったんだが、エルザードを離れてるんじゃ仕方ねぇし。」
 そう言って、がっはっはと笑うマルコの顔は、山賊の親分だと名乗っても通じるんじゃないかと思うニールだった。

 (依頼内容)
 ・酒と祭りの神の司祭が、神様の護衛兼宴会要員を探しています。誰か助けてあげて下さい。
 ・そういうわけで、3回シリーズの1回目です。
 ・おそらく、月1ペースで3回やる事になると思います。
 
 (NPCの登場履歴)
 ・酒と祭りの神の司祭マルコ(おつかい魔道士)
 ・見習い魔道士ニール(おつかい魔道士、雪の神を祭ろう、霧の魔道士)

 (本編)

 1.酒と祭りの神の宴へ

 白山羊亭の出来事である。
 マルコ・フェンブレンに、彼が仕える神の護衛話を持ちかけられた者達が、集まっていた。
 彼とニールに呼ばれて集まった面子は五人。出身がそれぞれ違う人間が三人と、魔族、多椀族の姿も見えた。なかなか、バラエティー豊かな一団である。
 そんな面々の中で、マルコの話を聞き終えて最初に口を開いたのは、一番普通っぽい雰囲気をした、商人の若者だった。
 「黒ローブの者が襲って来るまで、のんびり宴会をして待っている程、私は暇ではありませんね。」
 彼、レアル・ウィルスタットは、少し渋い顔をしている。
 エルザードの街で商人としての本業を持つレアルは、長期間、街を離れる事は気が進まなかったのだ。街を離れる期間が長ければ長い程、本業の商売に影響が出るのは確実である。
 「それよりも、報酬は大丈夫なのかい?
 あんた、あんまり儲かってなさそうだし、そもそも、稼ぐはじから宴会に注ぎ込んでるんだろうが、どうせ。」
 乱暴な口調でマルコに言い放った女性は、肉感的を通り越して、筋肉質な女性だ。
 髪の間から堂々と生えた角と、獣を思わせる厚い体毛に覆われた両足、そして尻尾の生えた姿は、彼女、ロミナが魔族である事を表していた。
 「失礼な事を言いやがって。
 『宴会』じゃなくて、『宗教的儀式』に注ぎ込んでるんだ、俺達は。」
 ロミナに負けず劣らず、乱暴に答えたのは依頼主のマルコ。論点がずれている事には、誰も突っ込まない。
 彼が仕える、酒と祭りの神ビッケを護衛する事が今回の依頼内容である。
 「概念はともかく、実際にやる事としては、『宴会』と『宗教的儀式』に何か違いはあるのか?」
 クールに言ったのは、地球出身の医学生の日和佐幸也だ。ソーンに迷い込んで帰れなくなった彼は、魔法医学の研究に励もうとしているようだが、相棒が持ってくる事件に巻き込まれて、思うように行かない事が多いらしい。
 「飲むお酒の種類が、実は違うとか?」
 その、幸也の相棒、魔法戦士のフェイルーン・フラスカティが、幸也に答える。
 腕を組んで、考え込むような素振りをしているが、本当に考えてるのか、何も考えていないのか、いつも微妙な15歳である。
 「アッハッハ、そこの兄ちゃんの言うとおりだ。何か違いがあるなら、教えてもらいたいもんだね。」
 ロミナが豪快に笑っている。
 「私がマルコに酒の注文を受けた感じでは、白山羊亭での『宴会』と教会での『宗教的儀式』で飲まれる酒で、種類に違いは無いようですよ。」
 「そっか、同じなんだね、『宴会』と『しゅーきょー的儀式』って。」
 レアルとフェイが、ひそひそと話している。
 「だから、意義というか心意気というか、そういうもんがな…」
 いじけているマルコ。彼に助け舟を出したのは、先程から黙っていた多腕族の男だ。
 「いいじゃねーか、お前達。
 大事なのは、酒が飲めるか飲めないかだろ?
  宴会だろうと宗教的儀式だろうと、関係ねぇよ。」
 多腕族のシグルマは、4本の腕でマルコの肩を叩きながら言う。がっしりとした体格と小麦色の肌は、彼の口調に負けず劣らず説得力があった。そして、そういう系列の人間の例に漏れず、彼は無類の酒好きである。
 「確かに、あんたの言うとおり、大事なのは、飲めるか飲めないかだねぇ。
 …まあ、ともかく報酬が少ない分は、そこの坊やと飲み放題で、あたしは構わないよ。」
 ロミナは言いながら、他人の振りをして一同の話を聞いていたニールを、ひざ抱っこした。
 「おう、それは、俺も構わないぜ。」
 マルコが頷いた。
 「あの…」
 ニールが憮然とした顔で、マルコとロミナを交互に見比べた。
 「牛の姉御、パワフルだねぇ。」
 軽々とニールを抱えたロミナを見て、シグルマが四本の腕で拍手した。
 「幸也、あれ、私達もやってみようか!」
 「また、今度な…」
 面白がってるフェイに、勘弁してくれと幸也は答える。
 報酬に関しては、私達は適当でいいよと、フェイと幸也はマルコに伝えた。シグルマも、飲めれば文句は無いようである。
 「あの、僕の立場は…」
 ニールはロミナの膝の上でつぶやいた。
 こうして、何となく話がまとまった所で、
 「そうですね、話もまとまったみたいですし、私は、そろそろ失礼します。
 皆さん、あまり飲みすぎないように。」
 レアルは席を立った。
 「えー、レアルくん、本当に来ないの?」
 フェイが不満そうに言って、
 「仕方ないだろ、都合があるんだから。」
 幸也がそれをなだめる。
 「期限が未定の状態で、エルザードを離れるのは気が進まないんですよ。すいません。」
 レアルは、言いながら、白山羊亭を後にした。
 「んじゃあ、出発は明日の朝って事でいいか?」
 彼を見送った後、マルコが残った者達に言う。特に異論がある者は、居ない。
 こうして、ロミナ、シグルマ、フェイ、幸也の4人はマルコとニールに同行する事になった。

 2.酒と祭りの神 (シグルマ編)

 翌日、一行はビッケの聖地へと歩き始めた。道のりは徒歩で2日程で、特に問題も無く進んだ。通りすがりの山賊や魔物が何度か襲ってきたが、一行を困らせる程の襲撃は無かった。
 ロミナ、シグルマ、フェイ達三人の剣が、中途半端な襲撃は全て退ける。幸也の魔法医学で処置に困る程の傷を負うものも居なかった。
 「なんか、みんな強いですねー…」
 「おしゃ、その調子で頼むぞ。お前ら。」
 ニールとマルコは、主に見物役に回っていた。
 そうして、適当に戦ったり逃げたりしながら、一行はビッケの聖地へと着く。
 大きな石造りの神殿には、意外と訪問者が多い。各所で司祭らしき者達が、訪問客から酒や祭りに関する相談を受けていた。
 「酒と祭りか。
  確かに、需要は多そうな分野ではあるよな。」
 賑やかな様子の神殿を見て、一人で納得しているのは幸也だった。
 「そいじゃあ、一応、ビッケって奴の面でも拝みに行くかい?」
 神様とやらに挨拶くらいはしておこうと言ったのは、ロミナである。それもそうだという訳で、一行はマルコの案内で、神殿の中央部の大広間に通される。
 静かな広間の中央部では、派手な衣装の若い娘に酌をさせ、杯を傾けている老人の姿があった。
 「あんたが、ビッケか?」
 シラフのうちに、真面目な話をしておこうぜと、シグルマが酒を飲む老人に話かける。
 「ちょっとぉ、シラフであたしに話かけるなんて、無礼者ぉ?
  とりあえず、一口で良いから、飲みなさいよぉ。」
 だが、口を尖らせて答えたのは、酌をしていた娘だ。
 「あー、言ってなかったが、そっちがうちの神様だ。」
 マルコが言った。
 「わし、よく間違えられるんじゃよなぁ…」
 ぼやいた老人は、近所の酒屋らしい。
 「ビッケが女の名前で、何故悪い!」
 人差し指をビシッと立てて、ビッケは言った。
 「悪いと言ったら、どうすんだい?」
 ロミナがビッケの胸倉を掴んで持ち上げた。
 「ちょ、ちょっと、何すんのよ、あたしは神様よ!
  いじめたら、いじけるわよ!」
 ビッケが抗議をしている。
 「何でもいいから、打ち合わせを始めよう…」
 呆れているのは、幸也だ。
 ビッケは基本的に、この広間に居て、相談に来る者達の相手をしているという。
 ただ、『ビッケと話す者は酒を飲まねばならない』という規則がある為、ビッケの周辺は常時小宴会状態だそうだ。夜になると、仕事が終わった信者達が集まってきて、本格的な宴会になる事が多いという。
 そういうわけで、今も一口ずつ酒を飲み、ビッケを交えて相談をする一同だ。
 「それじゃあ、宴会の時はビッケちゃんに宝玉持ってもらってさ、周りを囲んで宴会してればいいんじゃない?
  神様が宝玉を守って、私達がその神様を守るって感じで。
 ついでに昼間も、みんなが交代で宴会…じゃなくて、護衛するようにしてれば完璧!」
 提案したのはフェイだった。
 「ふーん、方針としては、そんなんでいいんじゃないかい?」
 「うむ、酒さえ出れば、俺も問題無いぞ。」
 ロミナとシグルマが頷く。
 「護衛というより、宴会の方式ですね…」
 「まあ、フェイの提案にしては、まともだな…」
 ニールと幸也も、多少複雑な表情をしながらも異論は無いようだ。
 「それじゃあ、今日の昼間は俺がビッケの側に張り付いてるぞ。」
 シグルマが言いながら、酒をあおった。
 「んじゃ、しばらくの間、頼むぜ。お前ら。」
 酒の飲み放題だけはビッケの名にかけて絶対保障するとマルコが言って、一行はそれぞれ散って行った。
 シグルマはビッケの酌を受けて、飲み始める。
 「あーらぁ、あんたも好きそうねぇ。」
 護衛の多腕族は、話が合いそうである。酒と祭りの神の機嫌は良いようだ。
 「仕事で飲めるなんざ、滅多に無いからなぁ。
 今回は、がんばるぜ。」
 がっはっはと、シグルマは笑う。
 こうして、護衛と宴の日々は始まった。

 3.宴と護衛(シグルマ編)

 最初の日と次の日は、特に何事も無く過ぎた。
 元々酒好きなシグルマは、ビッケ本人や信者達とはすぐに仲良くなり、気づけば信者達に紛れて、神殿の仕事に従事していた。
 そうして、三日目がやってきた。
 「いいか、お前ら。酒は飲んでも飲まれちゃだめだ。とにかく死なねぇ程度に飲んじまえ。さすがに、やばそうだったら、飲むのはやめとけ。」
 シグルマは司祭達に混じって、何やら酒の講義をしていたが、そこに声をかける者がいた。
 「シグルマさん…でしたっけか?
 陣中見舞いに、エルザードから酒を持ってきたんですが、いかがです?」
 見覚えのある、青年だ。先日、白山羊亭に集まっていた、レアル・ウィルスタットという、商人の男である。
 馬車に酒樽を積んで、やってきたようだ。
 「おお、レアルじゃねぇか。
  ありがてぇ。とりあえず、倉庫まで運ぼうぜ。
  おーい、何人か、手ぇ貸してくれぇー!」
 シグルマは、すぐに何人かの者を集めて、酒樽を運び始める。
 「そうか、お前も宴会ラッシュに参加する気になったのか。
  俺は嬉しいぞ。」
 飲み仲間が増えるのは、嬉しい事である。
 「いえ、『ラッシュ』というのは、ちょっと…
  あくまで陣中見舞いです。」
 酒樽運びを手伝いながら、レアルは言う。
 「ま、そう言わずゆっくりしてけよ。
  腕が四本ある多腕族は、武器もいっぱい持つからな。武器商人にとっては上客なんだぜ。」
 「そんな話は、初耳ですが…」
 また、いい加減な事を言って…
 レアルは苦笑するが、こういう無意味な明るさも、時には必要だと思った。
 「まあ、一晩くらいは付き合います。」
 倉庫まで酒を運び込んで、レアルは言った。
 結局、彼はその後、事件が解決するまで宴会ラッシュから抜けられなくなる…
 そうして、7日目の夜が来た。
 広間では、いつものように宴会が始まった。
 何だかんだ言って、昼間は結構働いているシグルマは、待ってましたとばかりにマイジョッキを掲げる。
 「しかし、黒ローブの魔道士っての、来ないねぇ。」
 ぼやいているのはロミナだったが、機嫌は悪そうじゃなかった。彼女は、なにかとニールをおもちゃにして遊び、満足そうな様子だ。
 「まあ、来ないなら来ないで、このまま宴会をしとればいいわな。」
 シグルマも上機嫌である。
 そうして、今夜も宴会は続いた。
 シグルマは、フェイや幸也達と共に、ビッケの近くで杯を傾けている。
 ニールとロミナも途中まで一緒に居たが、ロミナがニールに、
 「黒ローブの魔道士が襲ってきたときの秘策を教えてやる。」
 と言って、どこかに連れていってしまった。
 「ん、レアルの奴はどこだ?
  姿が見えんな。」
 そういえば、今日は姿が見えない。
 「あのね、内緒だけどね、シグルマおじさんにも教えてあげる…」
  と、フェイがシグルマに耳打ちした。
 「何、宝玉を偽物にすり替えただと?」
 「あー、だめだよ、静かにしてないと。内緒なんだから!」
 「おお、すまん!」
 フェイの話によると、広間でビッケが持っている宝玉は、レアルの提案で偽物のガラス玉に交換したらしい。
 そして、レアル本人は宝玉を持って、神殿の隠し部屋に待機しているという。
 「んでね、私や幸也達で、交代でレアルくんの所にも行く事にしたの。」
 「なるほど、レアルの奴、上手く宴会から逃げやがったな。」
 そういう事なら、俺もレアルの所に行ってやるぜ。と、シグルマは言って、さっそくマイジョッキを片手に広間を後にした。

 4.襲撃(シグルマ&レアル編)

 「本当は、みんなにも内緒にしておくつもりだったんですけどね。
  こういう手は、秘密性を高める事が大事だと思いますし。」
 「何を言ってやがる。俺に隠れて一人で美味い酒を飲もうなんて、許さないぜ。」
 宴会の広間から離れた部屋で、レアルとマルコの二人は、ひっそりと飲んでいた。
  神殿内に幾つかある隠し部屋の一つで、そのまま神殿の外まで繋がっている出口も付いている部屋である。普段は秘密の話をする為の部屋なのだが、今日のように使われる事もある部屋だった。
 レアルの手元には、布に包まれた玉が置いてある。本物の、地の宝玉だ。
 この手で、襲撃を上手くかわせれば良いのだが。と、レアルは布越しに宝玉を撫でる。
 バタン。
 隠し部屋の入り口が開いた。 
 「よう、レアル。
  俺に隠れて、一人で美味い酒を飲もうなんて、許さねえぜ。」
 マイジョッキを片手にやってきたのは、シグルマだった。
 「マルコとセリフが一緒ですね…」
 苦笑するレアル。どうやら、酒飲み達の考える事は同じらしい。
 「しかし、神様本人に偽物の宝玉を持たせて囮をやらせちまうとはな。恐れ入ったぜ。」
 シグルマはレアルの作戦に感心した素振りで、彼の肩を叩く。
 「うちのビッケは、アホだし、そんなに偉い神様でも無いからな。本望だろうよ。」
 マルコは言うが、自分の神様をアホ呼ばわりする司祭も珍しいもんだと、シグルマとレアルは思った。
 「大人数の宴会にも飽きてきたし、こういうのも悪くねぇな。」
 シグルマは、飲む相手さえ悪くなければ、場所にはこだわらないようだった。
 まあ、レアルにしても、こういう所で少人数なら、自分のペースで飲めるので好都合である。
 そうして、隠し部屋の宴会はしばらく続く。
 …一瞬だけ、地の宝玉が布の中で、鈍い光を放った事には、誰も気がつかなかった。
 そうして、夜も更けた頃である。
 レアルは何気なく隠し部屋の入り口を見て、視線を止めた。
 男が立っていた。黒いローブを纏った、魔道士風の男である。
 「ん、誰だ、お前?」
 神殿では見た事が無い奴だ。マルコが男に声をかける。
 シグルマは無言で、杯の酒を飲み干した。
 「レアル・ウィルスタット…
  そうか…君が宝玉を偽物とすり替えたんだね。
  宝玉の魔力を感じた場所を、もっと細かく調べておけばよかったかな。
  それにしても、この神殿には知っている人が多くて驚いたよ。」
 黒ローブの男は、優しげな声で言う。フードを深く被っていて、口元しか顔が見えないが、笑っているようだった。
 その姿と声に、レアルは覚えがあった。だが、何か違和感もあった。
 「神様に預かって頂いたのが本物の宝玉だと、宣伝した覚えはありませんが。」
 なるほど、魔力を感知してここまで来たのか。レアルは油断無く剣に手をかけながら、グラフィアスを呼ぶ隙をうかがう。
 「それより、こんな所で何をしているんですか?
  …いや、違うな。あなたはウルでは無い。」
 言いながら、彼は首を振る。
 「よう、つれねぇな。俺には挨拶抜きか?」
 笑ってマイジョッキを掲げたのはシグルマだった。
 「多腕族か。
  …うん、君の事は、知らないらしいな。
  ふふ、酒が強いみたいだね。」
 シグルマの手にあるジョッキを見ながら、黒ローブの男は言った
 「ああ、魔道士なんかとは鍛え方が違うぜ。
  俺はシグルマっていう、多腕族の戦士だ。
  ウルってのが、お前の名前か?」
 シグルマは黒ローブの男に、名前を告げる。
 「シグルマさんか。覚えておくよ。
  …そうだね、名前っていうのは、あまり意味が無い物だと思っている。
  好きなように名乗れば良いものだとね。」
 黒ローブは、少し考え込むように言った。
 …やはり、違う。この男はウルでは無い。レアルは彼が知り合いの魔道士では無い事を確信した。
 「ち、魔道士の言う事は、難しくてわかんねぇや。
  それより、どうだ。ここは酒と祭りの神の神殿だぜ?
  剣や魔法なんて野暮は言わずに、酒で勝負しねぇか?
  …最も、俺が負けるはずがねぇけどな。」
 シグルマはマイジョッキを掲げて、やけに饒舌だったが、本気である。。
 侵入者の魔道士が来たら、酒で勝負してやろうと最初から思っていたのだ。それも受けられない腰抜けなら、さっさと切って捨てるつもりだった。
 「ほう、そいつは面白いな。」
 酒と祭りの神の司祭も、乗り気である。
 「…魔力もほとんど使い果たしたから、挨拶に来ただけなんだけど、そういう勝負なら、受けてもいいよ。
  ふふ、俺が勝てるはずも無いけどね。」
 黒ローブの男も、面白そうに言った。
 わからない。
 この、妙な人の良さは、確かにウルだ。
 …だが、どうする?
 相手の真意が掴めず、レアルは様子を見続ける。
 「さ、飲るぜ。」
 言いながら、シグルマはマイジョッキに注がれたエールを一気飲みする。
 ハンデで小さなジョッキを持っていた黒ローブもシグルマと同時に飲み始めるが、明らかに最初からスピードが違った。
 「…どうやら、一杯で限界みたいだ。
  酒は苦手らしいな、俺は。」
 黒ローブは真っ赤な顔で笑った。
 「何だ、妙に冷静な野郎だな。」
 あんまり、一緒に飲んで楽しいタイプとは思えず、シグルマは渋い顔をする。まだ、変に絡んでくる奴の方が楽しい。
 「それじゃあ、俺は帰るよ。
  宝玉も間近で見せてもらったし、それ位の物なら自分で作れそうだしね。奪うのは諦めるよ。
  …それより、早く広間に行った方がいいよ。」
 言いながら、黒ローブの体が少しづつ薄れていく。
 何かの移動系呪文を使っているのだろう。
 「グラフィアスよ!」
 レアルはヴィジョンを放つ。
 「宴会の広間に暗闇の魔法をかけて、簡易ゴーレムを少しばら撒いたから、誰か死んでるかもしれない。俺には関係ないけどね。」
 猛虎のヴィジョン、グラフィアスが届くよりも早く、黒ローブの姿は完全に消え去った。
 「おいおい、そういう事は先に言えよ。」
 文句を言いながら、シグルマは急いで広間へと駆け出す。
 レアルとマルコも宝玉を持ってシグルマを追うが、彼らが広間に駆けつけた時には、戦闘は終わっていた。
 広間を襲ったゴーレム達は撃退されたようだが、代償として多くの怪我人達が倒れていた。
 シグルマ達は、黒ローブの魔道士が去っていった事を伝える為、ひとまずビッケの所へと向かう。

 5.2次会

 「終わったみたいだね。おかげで、あんまり怪我しないで済んだよ。」
 ロミナがニールにかけた声は、お世辞では無かった。彼のかけた風の防御魔法のおかげで、ロミナの体に付くはずの傷が、幾つも付かずに済んだ。
 「風の防御魔法だけは、師匠の受け売りで得意ですから。」
 ニールは疲れた様子だが、一応元気そうである。
 他の仲間達とも合流する頃には、広間の闇も晴れた。魔法の効果が切れたらしい。
 「ちょ、ちょっと、幸也?
  こんなにいっぱい、治せる?」
 明るくなった広場では、フェイが相棒の医学生に尋ねた。
 幸也は答えず、神妙な顔をする。
 広場に居たほとんどの者が、怪我をしている。地面に倒れて動かない者も多い。
 「出来る限り、手伝いますよ。」
 レアルが静かに言う。
 「うーん、『道途切れるまで、歩み、飲み、語るべし。うつむく事、なかれ。』
 …道の途中でおねんねするのは、あたしの教義違反よねぇ。」
 緊張感の無い声で言ったのは、ビッケだった。
 「おお、お前、そーいえば神様じゃねぇか。
 何とか出来ねぇのか?」
 「任せといてぇ。」
 シグルマの問いにビッケは答えると、手近にあった杯を手に取り、掲げた。
 「あの、乾杯してる場合じゃないって…」
 何が起こったかわからず、ツッコミに回るフェイだが、倒れている者達が起き上がり始めたので、目を丸くした。
 「ほー、あんたもやるもんだねぇ。」
 ビッケの頭を撫でながら言ったのは、ロミナだ。
 彼女が負っていた幾つかの傷も、嘘のように治っていた。そして彼女に限らず、広間に居るもの全ての傷が治っていたのだ。
 「酒を生贄にして治療をする力ってのが、こいつの唯一の取り柄なんだよな。」
 ロミナと一緒にビッケの頭を撫でて、マルコが言う。
 「神様の一つ覚えってやつね。」
 ビッケが、ビシっと言った。
 何はともあれ元気になったビッケの信者達は、『宝玉を護った祝いの宴会だ』などと言って、再び酒の準備を始める。
 「まだ飲む気なのか、あんたら…」
 呆れる幸也だが、今日のところは、もう襲撃も無いだろう。今度こそ自分も宴会に入っても良いかも知れない。
 ただ、酔う前に、それぞれが見た事の話はしておくべきだとも思った。それは、皆、同感だった。
 「…あの魔道士、『宝玉の力は見たから、もういいよ。』って言ってました。ここには、もう来ないと思いますよ。」
 言ったのはレアル。一行の中で、直接魔道士と会ったのは、彼とシグルマ、マルコの三人だ。シグルマとマルコも、多分あいつは、もう来ないだろうと相槌を打つ。
 「…ねぇ、レアルくん?
  それより、あの魔道士、ウルくんに似てなかった?」
 フェイは、ニールの師匠の名前を出した。
 暗闇の中で聞いた魔道士の声と雰囲気が、ニールの師匠に似ていたと彼女は言う。
 「顔は見ませんでしたが、正直、本人としか思えませんでした。」
 レアルは、浮かない顔で答える。
 彼とフェイ、レアルの三人はニールの師匠とは顔なじみである。
 「でも、師匠なわけ、ないですしね…」
 ニールが不思議そうな顔をしている。
 彼の師匠は、別の宝玉を調べに行ってるはず。
 「実は、悪い奴だったという事は…」
 シグルマの言葉を、
 「そんな事、無いよ!」
 「有りえない。」
 「無いと思います。」
 「ありません!」
 フェイ、幸也、レアル、ニールの四人が一斉に否定した。
 「あたしは、ウルって奴の事は知らないけどねぇ。さて、どうしたもんか…」
 ロミナがつぶやく。
 「まあ、話はこんなもんにして、二次会にしようぜ。
 これ以上は調べてみない事には、わかんねぇだろう。」
 ビッケの信者が持ってきた杯を持って、シグルマが言う。
 「そーだね!
 とりあえず、宴会の続きって方向で!」
 フェイが元気良く言った。
 こうして、宴の夜は再び始まる事になる。
 …しかし、何者だったんだろうな、あの黒ローブ。妙に冷静で、つまらん奴だったぜ。
 宴の喧騒の中、シグルマは少しだけ、黒ローブの事を思い出していた。

 (完)


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0781/ロミナ/女/22才/傭兵戦士】
【0812/シグルマ/男/35才/戦士】  
【0954/レアル・ウィルスタット/男/19才/ヴィジョンコーラー兼商人】
【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、MTSです。
 何とか元々の納期に間に合わせようと思ったのですが、遅れてしました…
 申し訳ないです…
 本編の方なんですけど、メインの宴会の場面に行くまでに、間延びしてしまい、長い話になり過ぎた気がします…
 正直、納品できるレベルに届いてない気もして、恥ずかしいです。
 今回は宴会万歳系の方が多かったのですが、黒ローブの魔道士にまで酒で挑むという気合があったのはシグルマだけでした。書いてる方としては、漢を見た気分です。
 ともかく、おつかれさまでした。
 また、気が向いたら遊びに来てくださいです。