<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
狂い花
■オープニング■
「ここの、酒場では冒険を斡旋していると聞いたのだが…依頼するにはどうしたら良いのだろう」
ふ、と現れたのは朱色のケープを纏った細身の――女。
ワイングラスを傾けていたところに突然話し掛けられ、老魔術師のシェムハザはおどけるように片眉を跳ね上げた。
「…ほぉ。依頼を出したい方の人かねお嬢さん。…簡単さ。踊り子のエスメラルダに話せばいい。否、その辺に居る連中に依頼を触れてまわるだけでもいいかもしれんぞ? ここは冒険を求めて来る奴の方が多いからな」
「そう…なのか?」
「正式に冒険依頼書に記し募るならエスメラルダに言うといい。彼女が斡旋の窓口だ」
「そうか。…世話になった。有難う」
「それだけか?」
意地悪そうにシェムハザが呼び止める。
礼は?
そんな、言い方。
「…何を…したら、いいだろう」
悩んだ顔で細身の女――ティフェレトはぽつりと返す。
と。
豪快に声を上げ、シェムハザは高らかに笑った。
「そんな風に言っては危険じゃて? お嬢さんのような年若い娘さんがそれで良く世間を渡って来れたのぉ。冗談だ。そんな困らんでくれ。…そうじゃな、詫びの代わりだ。ここは年寄りに一杯付き合ってはくれんか?」
「は…あ」
要領を得ないティフェレト。
そんなふたりの横、苦笑しながら美しい女性が現れた。
「何いたいけな女の子苛めてるのよシェムハザ様。さて、何か依頼したいんですって? 途中から話が聞こえたのだけれど」
「ああ、貴方がエスメラルダ、さんか?」
「そ。貴方がお探しの踊り子・エスメラルダよ」
「私はティフェレトと言う。薬師を生業としている者だ。依頼は…探し物を…手伝って欲しいんだ」
「探し物?」
「『黒い森』に生えていると言う『紅狂』と言う木の『紅い実』を手に入れたいのだが…」
「『黒い森』!? …って貴方ね」
いきなりそれか。
『黒い森』と言えば、鬱蒼と繁る未開の深い深い森。何があるのか、何が起こるかまったくわからない。
勇敢にも好奇心で森に入り、生死の境を潜り抜けて来たと思しき連中からの僅かな情報のみしか、巷には流れて来ない。その情報にしたって…殆どろくなもんじゃない。妙な植物に溶かされそうになっただの、獣に食われかけただの、道に迷って死にかけただの、棘だらけの立ち木の中で妖精に眠らされて殺されそうになっただのと危ない話ばかり。
少なくとも、立ち入る者など滅多に居ない危険地帯。
何でまたそんなところに。
「…代用品が存在しないんだ」
「代用品?」
「ふたつの月が満ちる日までに、手に入れなければならなくて…この、『紅い実』を…」
「って貴方」
その日までは後少ししか猶予がない。
「私だけでは心許無い。見つけたとしても帰って来れるかわからない。…頼む! 後生だ!」
■出発前■
と、切実な声でティフェレトが叫んだその時。
…ずしん。
何やら重い音が響いた。
『あの…宜しいですか?』
続いて降ってきたのは可愛らしい声――但し、電子音染みた硬質な声でもあって…?
「…あら? その声、ソウセイザーちゃんじゃない?」
言ってエスメラルダは近場の窓から顔を出し――上を見上げる。
ティフェレトはエスメラルダの行動を不思議に思い、その後ろから様子を伺う。つっかえ棒で開けられていた窓、その隙間。上方を見たそこには――巨大メカ?
大きな、ロボットの顔が、こちらを覗き込むようにゆっくり下がってくる。
『お久しぶりです。エスメラルダさん』
「………………何…と言うか誰…だ?」
呆然と呟くティフェレト。
『初めまして。ソウセイザーと申します。何やら困っているお話が聞こえましたので、気になりまして声を掛けてみました』
ロボット――ソウセイザーから発される、先程から聞こえていた可愛らしい声。
「あ、ああ、私はティフェレトと言う。初めてお目に掛かる」
ソウセイザーに話し掛ける時には思わず声を張り上げる形になってしまう。
エスメラルダも同様のようだ――と言うか、エスメラルダは元々、知人のようだ。
「…あのねー、この娘が黒い森へ紅狂の木の実を探しに行きたいって話なのだけど、色々と得体の知れない場所だから道中ひとりじゃ心許無いんですって。ふたつの月が満ちる日までに入手したいって話なんだけど」
『お急ぎなんですね?』
「ああ」
『だったらすぐにこれから行きましょう! あたしがお手伝い致しますよ!』
言ってソウセイザーはにっこり…笑ったような気配がした。気のせいかもしれないが。彼女の『心』、が人にそう思わせたのかもしれない。
■■■
『…あの、紅狂と言うその木や実の特徴、教えて下さい。ほら、気を付けないとあたしの場合踏んでしまうかもしれないですから…お恥ずかしい話ですけど…』
「いや、そんな事は…じゃない、紅狂の特徴だったな…あー、見えるだろうか?」
屋外に出てソウセイザーの前に立つティフェレト。その手にあったのは小さな手帳。
ソウセイザーのセンサーが、開かれた小さなそれを捉えた。そこに描かれていたのは樹木と木の実の繊細なイラスト。図版を捉え、分析、認証。
『これがその紅狂ですか?』
「ああ。色は付いていないが、形状はよく描けていたと思う。下手な説明をするより確実だ。で、色の方だが…名で察せられるように紅色の実をつける。エレメンタルカラーのディープレッドに近いか。そんなものだ。…で、木の色は漂白したように白い。付く葉の形状は普通の広葉だが…色が黒だ。言ってみれば形を留めたまま炭化したような色合いと言えるかもしれない」
『目立ちますね? 気を付けましょう』
「それから、この実は直に触るだけでも毒素が回る――」
――から、絶対に触れないでくれ。
と続けようとしたのだが。
皆まで言わずティフェレトはソウセイザーの姿を見上げる。
「――関係、無いな」
ぽつりと呟いた。
■黒い森〜紅狂■
そして黒い森。
ティフェレトは風を切り上方から森を見下ろしていた。
何故ならソウセイザーの手に乗っているから。
「…有難いが速くて調子が狂うな」
それ程のスピードが無くとも、元々持ち得たその体格。一歩一歩のスパンが長い。
ソウセイザーとしてはゆっくりと、注意深く静かに歩いている。…確かに黒山羊亭で聞いたような重い音はしない。曰く、反重力浮遊装置を作動させているとの事。
『あのお』
「ん? 何だ?」
『さっき、この実は直に触れるだけでも毒素が回る…って仰ってましたよね』
「ああ」
『何に…お使いになるのか伺っても宜しいですか?』
「…薬、だ。紅狂の実単体では毒だが、ほんの少しだけ、他の物と調合して使うんだ――私は、薬師だ」
『お薬、ですか』
「死病に侵された者がいる。ふたつの月が満ちる日までと期限を切ったのは…私が見る限り…今のままで置くにはその日が限界と見たからだ」
『この紅狂の実を必要とするお薬があれば、治るんですね?』
「ああ。すぐ効く筈だ」
『だったら尚更早く見付けてあげないと! 早く見付かって早くお薬が出来れば、その方も早く楽になるでしょうし! もしここで何かあったとしても…万が一ドラゴンが出てきて邪魔したってあたしならすぐ勝てますから、どうぞ安心して下さいね!』
「…有難う」
『…でもなるべく戦いは避けたいですが。傷付けあったり殺し合うのは嫌いです』
「…恐らく、大丈夫だと思う。この黒い森、人間サイズなら危険だが、ソウセイザーさんのサイズで障害になるようなものはなかったと思うから」
『そうなんですか?』
「実は私も黒い森を少しだけ覗いた事はある。普通サイズの三倍体のような巨大生物も居た事は居たが…大きいものでも、ソウセイザーさんの手より間違い無く小さい」
『…だったら何とも戦わなくて済むでしょうか?』
「と、思う」
この森に、ソウセイザーと真っ向張り合えるような敵は居るまい。
むしろ下手にソウセイザーから手を出しでもしたら、敵どころか相当な範囲、更地が出来そうだ。
■■■
『ティフェレトさんは薬師さんと仰ってましたよね?』
「ああ。幼い頃から自然の中にいるのが好きでな。様々な効果がある草木もよく見つけた。罠に掛かった兎を診たり、病気になっていた木を放っておけなくて色々やってみたりしていた」
『優しい方なんですね』
「そうか? 当時は結局…薬学のいろはもわからん小娘が、実験台にしていたような物だぞ?」
『それでも、その兎さんとか…お気持ちは嬉しかった筈です。それに、そのお気持ちがあったから、今薬師さんやってらっしゃるんでしょう?』
「…まあ、そうなるか。
すまんな。何だか励ましてもらっているような気がしてきた」
『いいえ! こちらこそ何だか余計な事を…すみません…』
「いや。謝らないでくれ」
『でも』
「…気にしないで欲しい」
『そうですか?』
「それより今は紅狂、だ」
『はい。…えーと、今のところあたしのセンサーには引っ掛かりませんね。ティフェレトさんが視認できる場所にもまだ見当たりません、か。…あ、そう言えば患者さんのマルクトさん、って』
「友人だ。身体が弱くよく病気をもらって来る。それも極端に面倒な病気が多い」
『…お気の毒です』
「変な星の下に生まれたか、守護聖獣がサボっているのか知らないが…まったく、大変だ」
■■■
和やかに話し込んで暫し後。
ソウセイザーのセンサーに、捜索対象としてインプットしておいた紅狂のデータと合致する樹木が引っ掛かった。もう一度確かめ直し、ティフェレトを見下ろす。
『ありましたよ。あれですよね?』
空いている側の手でソウセイザーは右前方を指差す。
ティフェレトはそちらに目を凝らした。夜陰に紛れて、だけでは無い黒い葉が揺れている。その合間から…抜けるような白。
「…そのようだ」
こっくりと頷く。
そしてソウセイザーを見上げた。
「近くに下ろして、くれないか」
『はーい。了解しました』
ソウセイザーはゆっくりと紅狂の木の近くにティフェレトを下ろす――下ろそうとする。
が。
何やら色々と気に食わないらしい巨大狼――と言っても二、三メートル程なのでソウセイザーにすれば巨大でも何でも無いが――の群れが唸り声を上げていた。
それに気付き、ティフェレトを下ろすのを一時、止める。
『…ティフェレトさん』
言われるまでも無く、ティフェレトも地上の状態に気付いている。
「…すまん、言い忘れていた。この紅狂の実では無く花に触れると、野生の動植物やモンスターの類は狂暴化するんだ。新鮮な花弁はより強力にその効果が現れる。だが、花弁が枯れていようと腐り落ちていようと、効果はそう簡単に無くならない。土と同化してさえも、効果は、長く残る。そして常態なら嫌う筈の火や香なども…紅狂の花に侵された連中には、効果がない」
『…つまりこの子たちは紅狂の被害者って事ですか』
「まぁ…そうなる」
『いつか…治るんですか?』
「…わからん。少しずつ…ほんの少しずつ花弁の効果が薄れて行くのは確かだが…奴ら巨大狼の命の灯火が消えるまでに効果が消えるかどうかは疑問だ。手を加えて治すにも…治った前例が無いし、そもそも紅狂に侵された動植物には手を出せん」
『…治る可能性は…あるって事ですよね』
「花弁の効能は…決して永続的な物ではない」
治る可能性は果てしなく低くとも、無くはない。
『だったら、傷付けたくないですね…』
「どうしよう、か」
このままでは、肝心の実が取れない。
ソウセイザーの手の上に居る以上、命の危険は無いが…。
『あたしが採るのは…』
「止めた方が良い」
ソウセイザーの提案も即座に却下。
何故なら…彼女の場合紅狂の「木を引っこ抜く」なら簡単に可能だろうが、「実のひとつひとつを採る」となると…物理的に不可能な気がする。そこまでの細かい作業は…。
そしてこの紅狂、最低限必要とする以上を持って帰っても基本的に迷惑な木である。不用意に実に触れば毒、花は動植物を狂暴化させる――そしてその効果は腐り落ちてもしつこく残る。
こんなもの、人里にあっては、処理が面倒。それに、いつ誰が不用意に触れてしまうかもわからない。
『…じゃあ、あたしの手でティフェレトさんを囲って、壁にしましょう』
「ん?」
『その中で紅狂の実を採れば大丈夫でしょう?』
「…頼める、か?」
『勿論です』
■■■
そして改めてソウセイザーの手が紅狂の木の前、地表に下ろされる。だが今度は両手で柔らかくティフェレトを包んだまま。
『どうですかー?』
「もう少し、上に行ってもらえるか?」
『はーい』
「あ、そこで良い。で…ここの、人差し指と中指の間に少し隙間を開けてくれ」
言いながらティフェレトは中からソウセイザーの指をこんこんと叩く。
要望通りソウセイザーは指を動かしてみる。
『このくらい…ですか』
「まぁ、そうだ」
恐らく先程の巨大狼の爪だか牙らしい、かりかりと硬い音が時々聞こえる。
このソウセイザーの手に攻撃を加えても無駄だろうに。
ティフェレトは紅狂の実の位置を確かめ、古惚けた奇妙な色彩――特殊な毒消しの秘薬が染み込ませてある――の皮袋と手袋を取り出す。そしてその手袋を嵌め、皮袋の口を開き、そこに落とすような形で、ソウセイザーの指の隙間から手早くもぎり始めた。
『採れますか〜?』
「ああ。…これでマルクトが助けられる…ソウセイザーさん、本当に世話になった!」
■再びの黒山羊亭■
そして数日後――一度満ちたふたつの月が再び欠けはじめて暫く経った頃の夜。
「は、入れないな…」
ソウセイザーを見上げて、ティフェレト。
何か礼でもしなければと思い、再び事の初めの場所――黒山羊亭まで来てみたのだが、よくよく考えればソウセイザーの背丈は五十七メートル、体重は三百九十八〜五百五十トン。
…店内に入れない。
『いいんです。いつもの事ですからお気になさらず♪』
「だがな…」
『お気持ちだけで結構ですよ? ティフェレトさんのお役に立てたのなら幸いです』
「…貴方のおかげでマルクトが助けられたんだ。このまま世話になったままでは…心苦しい」
『そんなにお気になさらず。あたしはティフェレトさんとお友達になれただけで嬉しいですし♪』
「…」
そこまで言われても甘えるのが悪い気がし、眉を八の字にして困惑するティフェレト。
『本当に良いんですよ?』
ティフェレトの困惑顔に困惑し、ソウセイザーはうーんと小首を傾げる…ような気配だけ匂わせる。
それを見てから、ティフェレトは渋々と口を開いた。
「…じゃあ、今後…私に出来る事があったら何でも言ってくれ。薬なら任せて欲しい。それから…無論ろくに威力は無いが、細かい場所への射撃なら得意だ」
ソウセイザーの重装備を見、考えながらティフェレト。
彼女の銃、威力なら目の前の巨大変形学園ロボットの福祉活動員に到底及ばない。だが細かい射撃となるとまた別かと思ったのだ。
…自分に出来そうな事と言うと、その二件くらいしかティフェレトには思い付かない。
「有難う御座います。もし何かありましたら、その時はお願いします…あ、お願いしたい事と言えば、ひとつ良いですか?」
「ああ。言ってくれ」
「また何か、ティフェレトさんと色々お話したいです。今回みたいに困った事があったついで、じゃなくって、普通の時に。そう言うのは、駄目ですか?」
「…そのくらいの事、無論構わない。ああ、これからうちの庵に来てみるか? 紅狂探しを手伝ってくれたお嬢さんだ。きっと皆喜ぶ」
「本当ですか! 是非お伺いしたいです〜!」
…とは言え庵の中と言うのは黒山羊亭以上にサイズ的に無理ではないですかおふたりさん。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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■整理番号■PC名(よみがな)■
性別/年齢/クラス
■0598■ソウセイザー(ソウセイザー)■
女/12歳/巨大変形学園ロボットの福祉活動員
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■ ライター通信 ■
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※オフィシャルメイン以外のNPC紹介
■依頼人■ティフェレト(てぃふぇれと)■
女/19歳/薬師
■黒山羊亭常連■シェムハザ(しぇむはざ)■
男/?歳/魔術師
■患者(名前だけ)■マルクト(まるくと)■
男/?歳/?
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ソウセイザー様、初めまして。御参加有難う御座いました。
深海残月と申します。
今回、聖獣界ソーンには初めて(と言うか二回目)手を出させて頂きました。
今までずっと東京怪談でふらふらとやっていた奴です。
そろそろこちらの世界観も掴めてきた(?)ような気がしてきましたので、今回漸く御邪魔致しました。これからはこちらでもぼちぼち依頼を出させて頂きたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します(礼)
色々考えた末、PCおひとり様の御参加として書きました。
他PC様との絡みを期待してらっしゃったなら…申し訳無かったです(へこり)
そして本文はこんな風になりました。
…不覚な事に「異世界ファンタジー」に分類される世界で巨大ロボットさんなPC様が現れるとは夢にも思わず…ちょっと途惑っておりました(笑)
しかも中身が看護ロボットの幼いお嬢様と来りゃ…そのギャップが素敵です〜。
依頼本題は…何だかあっさり片が付いてしまいました。途中で休憩する必要も無かったようです。
ティフェレトとしては急ぎの依頼だったので、本当に有難う御座いました。
それから、ティフェレトと友達になりたいと仰って下さって、それについても有難う御座いました。彼女はエルザードの片隅に庵を持ち住みついておりますので、恐らくまたちょくちょく現れます。
気に入って頂けたなら幸いですが…どうでしょう…?
かなりびくびくしております。
では御縁がありましたら、また。
深海残月 拝
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