<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


唯我独尊的恩愛

 カチカチと。
 それは時を刻んでいた。
 天井からつり下げられた大きな鐘の上に、それはあった。
 目には見えない。だが、確かにそこにあるのだ。
 ケイ・アークレッツと、レオナルド・W・レクサスは、街の中心部にある時計塔の最上階へ来ていた。
 地上は遠く、人々は人差し指程度の大きさに見える。
 それが街のあちこちで小さな人垣を作り、時計塔を見上げていた。不安気な顔、顔、顔。
 無理もない。
 何故なら、この時計塔を爆破すると、大型テロ組織『グリシャム』から犯行予告があったのだ。
 百人からなる捜査官達が、何処に仕掛けられた小さな発火装置を血眼になって探していた。
 決行は日没と同時。
 時計塔最上階の窓から差し込む夕陽は、空の裾に傾き、長居しない事を示していた。
 捜査開始から半日が経過し、焦りに疲労困憊した捜査官達によって、ケイとレオナルドは呼び出されたのだ。
 八層からなる時計台内部には、同様の肩書きを持つ者でひしめいていた。
「レナード博士──」
 銀の細髪を泳がせ、ケイは振り返った。
 表情の無い瞳が、そこにいる人影を捉える。
 切迫した事態だと言うのに、それは優雅に紫煙をくゆらせていた。火気厳禁と言う言葉さえ、気にはしていないようだ。
「一体、どこを探しているのだ。見当違いも甚だしいな。『連中』の癖、手段、そして声明文。その全てはここを指している」
 と、レオナルドは、階下で這い、走る捜査官達をあざ笑った。
 涼やかな目元は、鐘の真下から地上まで、ポカリと開いた穴を見つめている。螺旋状に落ちる階段は、途中から闇に埋もれて見えなくなっていた。耐えず下の喧噪が聞こえてくる。
 レオナルドの横顔は、彼らの醜態を笑っていた。
 そして、ケイが感じた『物』には気付いていないようだ。
 それもそのはず、通常の人間が、それを聞き取れる事は無かったからだ。
「レナード博士」
 再び問いかけたケイに、レオナルドの目が動いた。深く白い煙を吐き出し、煩わしいと言わんばかりに首を振る。
「聞こえている。見つけたのか? その報告以外、耳を貸す気は無いぞ?」
 恵まれた才知ゆえの、居丈高で傲慢で高圧的な態度。これを面白く思う者はいないのだが、レオナルドにとって、そんな事はどうでも良いようだ。
 我が道を行く。
 好かれようと嫌われようと、頓着しない。それがケイの主の『らしさ』だった。
「すでに探した場所だと言うが、なら何故、見つける事が出来ない? それはつまり──連中の目が節穴だからだ」
 レオナルドは、煙草の火をつま先で揉み消し、大鐘を見上げた。
 鋭い、射抜くような視線だ。
「ここにある」
 揺るぎない自信が、声となって漏れる。
 レオナルドの腕は確かだった。犯罪と名の付く全ての事柄において、レオナルドのプロファイルは常に正しい方向を指し示す。
 だからこそ、鼻持ちならない厄介な性格でも、こうして借り出されると言うわけだ。
 ケイは静かに頷いた。
 すでに『異常』は確認している。
「それで──どうした?」
 レオナルドの声に、ケイは黄金に輝く鐘を見上げた。街のシンボル──『刻読みの鐘』。
「音が聞こえる。あの上だ」
 レオナルドは薄く笑った。
「なるほど。だが、俺には『見えない』」
「『特殊光学迷彩』を使用している」
 ケイの表情は変わらない。
「そうか。『ならば』外せ」
 その顔に向かって、レオナルドは無造作に言い放った。
 ケイはジッと主の顔を見つめる。ふざけてなどいない。レオナルドは本気だった。
 『特殊光学迷彩』を施された物は、それが何であろうと周囲に溶け込み見えなくなる。一度、消えてしまえば、その追従や発見は不可能に等しい。
 普通の人間であれば、の話だが。
 ケイと言う、天才の産み落としたヒューマノイドには、それが出来た。
 レオナルドの強い目を受け、ケイは再び鐘を見上げた。
 カチカチと、やはり音がする。
 陽はさらに落ち、天井を暗がりが支配し始めていた。鐘は、オレンジ色に染まり行く。
 ケイは目を閉じ、耳を澄ました。
 少し移動して、同じ事を繰り返す。
 音の強弱を読み取り、遠い側を選んだ。
 深呼吸一つ、ケイは静かに床を蹴った。軽い跳躍だが、鐘の上部へ上がるには十分だった。直ぐに、鐘を吊す鎖を掴み、落ちぬよう体を固定する。
 鐘の芯が揺れて、コーンと気味の良い音が響いた。
「しくじるな」
 レオナルドの言葉に、ケイは頷いた。
 揺れの収まるのを待って、もう一度耳を澄ます。
 人間の聞き取れない微弱な作動音を、ケイの耳は聞き逃さない。それを辿って回り込み、ケイは裾広がりの鐘を見下ろした。
 地上まで突き抜ける真っ黒な口が、眼下に広がっている。
 足を踏み外せば、かなりの損傷を来すだろう。しくじりは許されない。
 刻一刻と予告時間の迫る中、ケイは音を頼りに手を伸ばした。不可視化しているだけで、触れられぬわけではない。
 ソッと刺激を与えぬよう、ケイの手はツルリとした金属の表面を探り続けた。
 やがてコツッと、指先に固い物質が触れた。
 何も見えぬそこに、何かがある。だが、それ以上手が届かない。
 ケイは両手を自由にする為、足を鎖にかけた。鐘の上を這い、腕を伸ばす。
「これか──」
 小さな長方形のボックスだ。音もハッキリと内部から聞こえてくる。
「先程、俺が言った事を思い出せ。『癖』だ」
 冷たく、冷静な声。
 レオナルドの表情は、微動だにしない。
 ケイの失敗は、つまり二人の『死』を意味した。時限装置の解除方法を誤れば、時計台は吹っ飛び、今ここで動いている捜査官や、爆風で飛散した瓦礫によって、大勢の街の人々を道連れにするだろう。
 ケイは全神経を集中した。過去のデータ呼び出し、引き抜いて行く。
 『癖』だ。爆弾を作る者には、癖がある。
 まずは『迷彩』を解除する為に、箱の外をまさぐった。小さな突起を見つけ、それを押す。
 ビィン──。
 と、微かな音がして、灰色のボックスが現れた。左右に小さなネジが二つある。
 レオナルドは何も言わない。ただ、ケイを見上げている。
 ケイはドライバーを手に、装置の解除にかかった。
 『グリシャムの癖』は、ネジにあった。右と左のネジを、同じ方向へ回してはいけない。右は時計回り、そして左は逆へ回すのだ。
 箱はケイの前で易々とその口を開いた。
 後はコードを切り、信管を外すだけだ。ヒューマノイドであるケイは爆発の恐怖を感じない。よって慎重さは用いても、時間はさほど必要なかった。
 淡々と作業をこなすケイに、レオナルドは片笑みを浮かべ、当たり前だと頷いた。

「機械は未知数だから面白い。全てを吸収し、そしてそれを間違いなく実戦で活かす。その上限には限界がない。俺の作り出した有能なる『助手』には、出来ぬ事など無いのだ」
 そう言って高らかに笑うレオナルドに、捜査官達は半ば呆れた笑みを浮かべ、肩をすくめた。
 自惚れ屋、と、その視線が言っている。
 だが何人かの捜査官は、ケイにウインクを飛ばした。笑いかける者もいる。
 滅多な事で褒めぬ男の、最高の褒め言葉と気付いたからだろう。
 飴とムチの使い分けの出来る男。
 これだから困惑を感じるのだ。
 曖昧な感情など持たぬヒューマノイドの心は、今日も主の言葉に揺れるのだった。



   終