<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


† 愛しの貸し出し神父様v †


■ 〜序〜

 麗らかな春の日。
 ヨハネはこの街にやってきた。それから間もなく、煌びやかな馬車に乗った男娼館の男たちに攫われたのだ。
 その後、助け出されたことも、随分と昔のような気さえしてくる。

「いい天気だなぁ〜……」

 ぽつり…ヨハネは呟く。

 じーわ、じーわ。太陽光線がハートに沁みる。

 滴ってくる汗。

「…あ〜……夏」


 自由奔放に伸びた草を摘み、引っこ抜いては背負った竹篭に入れる。夏用の僧衣服を着、麦わら帽子を被って、ヨハネはのんびりと草むしりをしていたのだった。
 ソーンの気温も上昇の一途を辿っていた。
 樹々の色も、木陰の色も増し、夕刻を過ぎても陽は落ちない。教会の白亜の壁は茜色の光に包まれ、夕闇迫る瞬間までその色に染まる。
 ヨハネはそんな静かな時間が好きだ。
 今は昼過ぎのため、最も好む穏やかな時間は随分と先だが、勿論、昼も好きだった。
 陽射しも照り返しの光も強く、日に当たり過ぎないように気を使わなければいけないのは僧衣服の色の所為だがそんなことは気にならない。
 これからバカンスの時期に向かってゆく街に、きっといいことは起きてくる筈。
 ニコニコしながらヨハネは作業を続けた。
「明日も天気が良いといいなぁ〜♪…ね、リナフィールさんvv」
 楽しげな表情で後輩に向かって云い、またヨハネは草を摘む。
「は…はぁ……」
 不意に声を掛けられ、背をビクッと反応させて、リナフィールは振り返った。
「そ……そ〜です…よね、ヨハネさん。…あ…はは……」
 リナフィールは上機嫌なヨハネを横目で見ると、引き攣った笑いを浮かべる。
「……う〜ん。…そうだ!」
「へ?」
「明日のお昼は外で食べませんか?」
 ポンと手を打ち、ヨハネは人差し指を立てて、リナフィールに云った。
「はぁ……」
「雲行きのほうは大丈夫そうだし、多分明日も天気だと思うんですよ」
「まぁ…そうだとは……思いますけどぉ」
 入道雲を見上げて、リナフィールは云う。
 ヨハネの晴れ晴れとした表情に呼応するかのように空は高く、何処までも青かった。
「だから、明日は外でピクニックみたいにして食べましょう。……ね?」
「…は……はぁ、わかりましたぁ〜」
 ソーンの天気より、自分の周囲の雲行きの方が怪しいんじゃないかしら?…と思ったが、リナフィールはあえて何も云わず、作業に没頭しようとした。

 本日、ヨハネ・ミケーレ神父は師匠であるユリウス・アレッサンドロ枢機卿がどこにいるのかも知らされていなかった。居ないということがどういう事かにも疑問を持たなかったのだが。
 それがこれから起きる不幸の始まりだとも気がつかずに、呑気にも明日のお昼ご飯という楽しい想像に思いを馳せていた。 


■ 受難と多難は天からのGIFT

 〜一方、午後の黒山羊亭では……

「あなた……本気?」
「はい。自分の不始末は、自分でやらないと」
 にっこりと彼は笑った。
 眩しい笑顔を見つめ、エスメラルダはなんともやりきれない気持ちになる。
「仮にも貴方は上司でしょう? ユリウスさん……」
 ケーキを突付きながら、優雅に微笑むその人の名はユリウス・アレッサンドロ。大好物を前にして、目尻の下がりまくった様相からは、この人が重要な要職に就く神父であるとは想像できない。
 ともあれ、ユリウスは午後のお茶を嗜みつつ、エスメラルダによからぬ相談を持ちかけていた。
「何……一日、あの親父にヨハネ神父を貸すだけですよ」
「それが危険なんでしょう!」
 握った拳をダンッ!とテーブルに振り下ろした。
「嫌ですねぇ……。だから、貴方のところに来たんですけど……」
 うふふ…と笑って、ユリウスは人差し指を立て、チッチと振る。
「ヨハネ君は自分の身を護りきれないで借金を作ったんですよ。それを一日『遊んであげる』だけで、あの親父はお金を払ってくれるって云うんですから……」
 それが神父の云うことかと云ってやりたくもなったが、エスメラルダは何も云わずに黙り込む。きっと、何を云っても無駄だろう。
 グッと拳をテーブルの下で握った。
 実際、教会なんてトコロに彼の作り上げた借金を返せるだけのものは無かったからだ。
 お金の無いヨハネ神父は、時間と我が身の危険をかけて、男娼館の館主の遊び相手になってやり、お金を貰う。
 何事も無ければ、こんな美味しい話は無い。

 但し、何も無ければの話だが……

「わかったわ……」
「ご理解いただけました?」
「えぇ、ビンボーだってことが」
「はっきり云わないで下さいよ〜♪」
「……」
 ユリウスは手をひらひらと振り、恥ずかしそうに云った。

―― ぶっ飛ばぁーす!

 …と云いたい所だが、5つほど浮かんだ怒りマークを隠してエスメラルダはニッコリと笑う。勿論、心の中は人間サンドバック状態。

―― あ〜して、こーして。こんなことやあんなことをッ!!!

 ユリウスにジャブを連打し、倒れたところにニードロップをかます自分を想像しつつ、ちょっと往復ビンタもしたい衝動を堪えて、エスメラルダはにこやかに笑ってみせた。

「運び屋兼ボディーガードを用意すればいいのね……」
 そう云うと、エスメラルダは振り返って店の客……冒険者たちを見遣り、深呼吸をしてから声をかける。
「誰か、頼まれてくれるかしら?」
「あたしが行くよ。それが筋ってもんだろ」
 そう云って、挙手したのはロミナだった。
 ゆっさゆっさと揺れる巨乳に逞しいながらも曲線のラインが艶めかしい肢体は相変わらずの健康的な肌色。
 周囲の男どもの溜飲の音が聞こえるようだ。
 ウェーブのかかった長い髪からはニ本の角が突き出している。それだけで彼女が魔族の出身である事がわかる。
「そうね……前回も貴女が行ってくれたものね……今回もお願いしようかしら」
「ヨハネ神父のことは任せて……」
 そう云ったところで、ロミナの前にマントを羽織った人物が飛び出してきた。
 というよりは、誰かに突き飛ばされたようだ。カウンターから転げ、三人の前で起き上がり、服をはたく。
「える、人使い荒いよ……」
 カウンターに座る人物に向かってブツブツと呟くと、こちらへと視線を投げた。
「おや、デュナン……だったっけねぇ」
「どーも、でゅーちゃんでっす。よく覚えてましたね、ロミナさん」
 大正解♪と云うと、あははvv…と笑う。
 長い銀髪が印象的な姿に、可愛らしい顔ときたら忘れる筈も無い。
「忘れるもんか。あんたも来るのかい?」
「勿論ですよ」
「こっちはOKだよ。親父を虐待…じゃなかった、撃退するなら人数が多いほうがいい」
「あは…あはは……」
 ロミナの言葉に笑いを浮かべてみたが、喉の奥は乾いてデュナンの声が何処か引き攣れたような響きを帯びる。
「明日迎えに来るそうですので、朝になったら教会のほうに来て下さいね。依頼内容はわかりましたか?」
「あぁ、大体ね。さっきから聞いてたからな」
 ロミナはそう返した。
「それはよかった。ですけど、取り合えず依頼内容を復唱しますね〜。まず、無傷でヨハネ君を護送し、無事お勤めを果たさせて連れ帰ること」
「無傷?」
「えぇ、そうです。いかなる傷も許しません」
「ふ〜ん」
「そりゃ、そ〜だよね」
 のほほんとデュナンは云った。
「そのニ、男娼館自体を破壊するのは不可です。あんな所、直せっていってもお金ありませんからね。後は、娼館の人員への被害は計算に入れる必要御座いませんよ」
「え!?」
「当然です」
 驚きを隠せないデュナンに対して、至極冷静にユリウスは云った。ティーカップを置き、こちらを見た瞳には冷徹な色が踊っている。
 悪魔に引導を言い渡す大天使のように、優雅に一切の甘さなど無い声で依頼した。
「なにかあったら叩きのめして、ぶちのめして構いませんからね」
「ユリウスさん……鬼」
「何を言いますか。あのエロ親父は放っといたら何するかわかりませんからね。大抵のことではへこたれませんし、好きにしていいですよ」
「そっか……実験台とか、いいですか?」
 そら恐ろしいことをデュナンは提案した。
「良いんじゃないですか? あの親父がどーなろうと知ったこっちゃありませんよ」
「へ〜……」
 年齢不詳の可愛らしい顔にニマッというイジワルな笑みを浮かべ、デュナンは頷いた。一体、何を考えているのやら。エスメラルダは肩を竦める。
「時間は次の日のお昼まで貸し出しです。優先順位は話した順番通りですからね」
「わかったよ」
 やれやれと肩を竦めて、ロミナは云う。
 明日の集合場所と時間を再度確認して皆は別れた。


■ ウェルカム・トゥー・マイ・ハウス

「えぇぇぇぇええええッ!!」
 ヨハネの絶叫ともつかぬ声が礼拝堂に鳴り響く。
「……と云うわけですので、あの親父の所に行って下さいね」
 そんな愛弟子の様子を完璧に無視し、ニッコリと笑ってユリウスは今回のミッションを伝えた。
「行きたく……ないですぅ〜」
 今にも泣き出しそうな目でヨハネは師匠を見る。
 そんな弟子に笑みを崩さず、ユリウスは語りかけた。
「今回の仕事は、ヨハネ君が捕まったから、しなくちゃならなくなったんですよ? でも大丈夫です、護衛もついて来てくれるし。明日の昼まで遊んでくれば良いだけですから」
「そんなぁ〜…」
 豊かな胸の前で腕を組み、笑っているロミナをヨハネは見遣る。
 その護衛が一番恐いんですよう…と云いたかったが、既に『何も聞かないモード』に入った師匠に届く言葉など無いに等しい。
 見ればロミナは可愛らしい顔なのだが、ヨハネにとって前回の刺激は理解の域を越えていたようで、思い出すたびに震えてしまうのだった。
 仕方なく、すごすごと引き下がると怪しいほどに煌びやかな馬車に乗る。市場で売られる牛のような気分になってゆくのは何故だろうか。
 鬱々としがちな気分を盛り上げようにも、悲しすぎてそんな考えがかえって虚しく感じた。
 当然、ロミナはヨハネの隣に陣取り、デュナンは向かい側に座る。
 これから待ち受ける試練を考えれば体は震えてきて、ヨハネは自分の二の腕を掴んで堪えた。
「怖いのかい?ならば側にきな」
 ロミナは笑って云った。
「いえ……大丈夫ですから」
 云ったものの、顔は青ざめている。
「あんたねぇ……あたいに守ってもらう身分なんだから……」
 ロミナは僧衣の端を掴んで引っ張った。
「機嫌を損なわないほうが良いよ」
 にこぉ〜♪っと笑う。

―― ひィィィィ〜〜〜〜〜〜ッ! 主よ、行く前から狙われてますゥ!!

 思えば悪寒は背を走り抜け、冷や汗が垂れてくる。
 何処からともなく鳴り響いた鐘は葬送の音。悪魔の群れ呼ぶ青銅の角笛は蕭々と幸無き神父の不幸を歌い上げる。
 俯いたものの、怯えたような表情は隠せず、引き攣ったように笑顔が張り付く。

 絶体絶命。最初の試練。地獄の一丁目。背水の陣。
 ありとあらゆる不穏な言魂が頭脳を駆け巡った。

―― あぁ!! 師匠、師匠、師匠〜〜〜ッ(泣)!

 呼べど叫べど届かないのは悪魔の悪戯か、天使の扱きか……。
 ともあれ、今のヨハネは絶好調に不幸のどん底だった。

「うぅ……ッ…」
「ほら…無理するな。震えてるよ……な?」
 ロミナはじっと見つめるとやんわりと言った。
 ヨハネは震える肩を抱きすくめられ、その振動を感じれば自分がこんなにも緊張していた事を自覚させられる。
 はっと気がついたようなヨハネの表情を見ると、ロミナはニコッと笑う。そして、膝の上に座らせると、ゆるりと髪を優しく梳いてやった。
 その光景を向かい側で見ていたデュナンは深い溜め息をついた。
 無論、ロミナのほうはそんな視線なぞ、はなっから無視である。
「大丈夫……あたしがいるんだから」
「は……はい」
「あんたはあたしが護るんだから、心配なんか無用さ……」
 髪を梳いていた手を下ろし、頬を撫でてから、ぎゅっと抱き締めた。 
 ほけっとした顔でヨハネが見返す。
 『意外に怖い人ではないのかも知れないな〜』などと、ヨハネが甘い考えを起こしているその時、ロミナの心の中では真っ黒な欲望が渦を巻いていたのであるが、気のいい新米神父にはそれがわからないでいた。

―― あたしがまだ食べていないのに、変な趣味に目覚められたら困るじゃないかぁ!

 これが本心である。
 そして、大概、女とはこのような生き物なのであ〜る。

 アーメン…ヨハネ神父に幸あれ…

         ☆   ☆   ☆   ☆

公道を歩く人々を蹴散らす勢いで馬車は隣町へと向かう。程なくして、磨き上げられた石で作られた塀が見えた。
 賑やかな楽団の音が聞こえてくれば不審に思い、ロミナは馬車の窓から覗く。
 遠くで手を振る人々が見え、その後ろには『熱烈歓迎!ヨハネ・ミケーレ神父御一行様☆』と書かれた垂れ幕が風にはためいていた。
 迎える娼館の男たちの「いらっしゃいまし、ヨハネ様ぁ〜〜〜♪」の野太い声が木霊する。
 蒼い空の下、華やかな催し物を門の前で繰り広げる男衆にヨハネは眩暈を覚えた。
「う〜〜〜わ…」
 一緒に覗いていたデュナンは仰け反る。
「主よ……これが僕の運命ですか?」
 ヨハネの呟きをかき消すように、御者の到着を告げる声が聞こえた。

「ヨハネ君、待ってたんじゃぞ〜〜〜ぅ♪」
 ズルズルと長いローブを引きずりながら、小走りに近づいてきたのはエロ館主だった。
 細っこい目をキラキラと輝かせ、ハートマークを飛ばしながら、うふふ…と気味の悪い笑みを浮かべている。
「わしの申し出を受けてくれて……わしは嬉しいゾ☆」
「僕は受けてません〜〜〜(泣)」
 近づいてきた館主は、ぎゅむッ☆と手を握り、にやけきった顔を近づけてくる。思わず吐き気をもようしたヨハネが顔を背けた瞬間、ロミナの右フックが館主の顔にヒットした。
 小柄な館主はもんどりうって床に這いつくばる。
「げう〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「むさい顔、近づけんじゃないよ! 腐るじゃないかッ!!」
「確かに……むさいですよねぇ〜」
 心の中で館主に同情しつつ、デュナンはぽつりと呟く。
「ひ…酷いのぅ…手加減してくれたって……」
「あぁん? 手加減だぁ??」
 ギロリと睨み据えるとロミナは館主を見下ろす。
「あたしはね、警護に来てんだよ…手加減なんてしないね。それとも、何だ? あんた、文句でもあるっていうのかい?」
「あ…や…。…な、無い……」
「ふんッ! だったら、部屋へ通すのが筋ってもんじゃないのかねぇ? あんたんとこは、客人を玄関にほったらかしにするのが流儀かい?」
 小馬鹿にされ、罵倒され、半泣きになりながら館主はヨハネたち客間へと案内した。

         ☆   ☆   ☆   ☆

「さぁさ、今日は宴じゃ! ゆっくりとしていってくだされ!」
 館主が云って指を鳴らすと、人魚のカッコをした男どもがずらりと並んで踊り始める。
 見目の良い男はまだいいが、筋肉マッチョな男のそれは、絶筆に尽くし難い。
「うぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜(泣)」
 うねる漢(おとこ)のボディーを目の当たりにし、デュナンは床にうつ伏して吐き気を堪える。ヨハネなんぞはあからさまに顔を背け、見ないようにしていた。
 ロミナは美少年だけを凝視している。
 まじまじと歓待の踊りを見ていたロミナの肩をちょいちょいと突付く者があった。
「ん?」
 不機嫌な目を向け、ロミナはフードを被った人物を見る。
 少年と分かるやロミナは表情を変え、笑った。
「何だい?」
「あのう……僕達、貴女のお世話をするように申し付けられているのですが……」
「何だって? あたしは護衛中なんだけどね」
 とは云ってみるものの、目の前の美少年が捨て難いのも事実。
「他の方たちは、違う班が接待する事になってて……」
「班??…当番制なのかい?」
「はい…そうなんです」
「…って〜ことは、あたしが行かないとあんた達が怒られるってことだ」
「…はい……」
 申し訳無さそうに見上げる少年の瞳は潤んでいる。
 多分、先輩格に説得して来いと無理やり来させられたのであろうか。ロミナはにっこりと笑うと、少年の頬を撫でる。
 するりと撫で下ろした指に頬の感触を感じ、ロミナはニイッと笑んだ。
「仕方ないねぇ…あんたに免じて付き合ってあげるよ」
「ほ…本当ですかッ!」
 そう云うとホッと胸を撫で下ろす。
「案内してくれるかい?」
「はいッ!」
 向こうでは相変わらず馬鹿騒ぎが繰り広げられている。
 デュナンの腕ひしぎ逆十字が見事に決まって、エロ館主が叫びとも喜びとも取れる声でうめいていた。
「…ったく……」
 少年の手を掴むと、ロミナは溜め息を吐いて客間を後にした。

         ☆   ☆   ☆   ☆

 ロミナ専用らしい客間に通されれば、そこはまさにパラダイス。
 色とりどりの美少年が肌も露な服を着て、愛らしい笑顔を向けていた。
「いらっしゃいませ、ロミナ様vv」
 並べられたご馳走の山、山、山!!
 初摘みの果物。一目で年代モノとわかる造酒の瓶。上等の燻製肉とハム。上質の土地で育っただろう小麦のパン。川魚の香草蒸し焼き…等等。
 ロミナの喉はゴクンッと鳴った。
「ロミナ様、お召し上がりください♪」
 案内をしてくれた少年がにこりと笑う。どちらかといえば、少年の方をお召し上がりしたいよ…とロミナは思った。
 クッションの山に埋もれ、傍には様々な土地の人種特長を備えた美貌の少年たちの給仕。杯を次々と重ね、ご馳走に舌鼓を打つ。
 瓶が軽くなり、ロミナは瓶を振って中を覗く。
「あ〜…無くなっちまったねぇ……」
「僕が持ってきますから……」
 慌てたように少年が言う。
 ロミナは手で制して、穏やかに笑った。
「いや…丁度、散歩でもしようって思ったところさ。あんたはここで待ってな…働き詰めで疲れるだろう?」
「…え…。…は、はい。…でも…」
「気にすんな……じゃぁ、行って来るよ」
「ロミナ様……」
「…ん?…何かあるって云うのかい?」
 うっ…と詰まったように少年が押し黙る。
「い…いってらっしゃいませ…」
「あぁ……」
 それだけ云うと、ロミナは部屋を後にした。

         ☆   ☆   ☆   ☆

「え〜っと……酒、酒っと…」
 暗い酒庫をふらふらとおぼつかない足取りでロミナは入ってゆく。
「こんなぐらいで酔うなんてロミナさんらしくもない……」
 クッと喉奥を鳴らして、自嘲気味に嗤う。
 大きな壷酒の隙間を歩いていくと、葡萄酒の棚を発見した。
「あ……あった。…やっぱり葡萄酒に限るね」
 酒瓶を取ろうとした瞬間、手は瓶を掴むことなく宙を掴む。
「…あれ?」
 また掴もうと手を逃したが、今度は視界がグニャリと歪んで見えた。
 膝に力が入らなくなり、その場にへたり込む。
「な…何だ?……」
 猛烈な眠気が襲い、ぐらりと体が傾ぐ。
 コツコツと言う音が聞こえ、振り向くと、さっきの少年が立っていた。
「あ…あんた……」
「ロミナ様、ごめんなさい。ちょっと細工させてもらっちゃった♪」
 天使のような笑顔で、うふふ…と笑って云ったが、台詞がそれを裏切っている。
「ほんと、凄いねぇ……象も寝ちゃう睡眠薬なのに。それでも歩いてるなんて脅威だよ」
 けらりと笑って云って、背を向ける。
「…くぅッ!……」
「おやすみなさい、ロ・ミ・ナ・様ッ♪」
 後ろ手に扉を締めると、ガチャリと外から鍵を閉める音が聞こえた。


■ 空と海と君を抱き締めながら

 一体どれぐらいの時間が経ったのだろうか?
 朦朧とする意識を手放してから、意識が浮上するのに要した時間は分からなかった。酒庫は太陽の光から酒を守る為に窓が無い。
 今が何時なのかを知る術は無かった。
 しかし、無性にに腹が立つ。
 一杯食わされたからではない。勿論、それもあるが、胸騒ぎというに相応しい苛立ちたった。
 鈍くなった感覚を研ぎ澄ますように扉を睨み、重い体を引き摺ると扉の方へとにじり寄る。
 扉の取っ手に手をかけると思いっきり引いた。
 それはびくともしない。チッと舌打ちをすると、全身を叩きつけるように扉に向かった。
 バキッ!と云う音が聞こえるとロミナはニヤリと嗤う。
 扉の蝶番が緩んで小さな金具が弾け飛ぶ。
 それを期に、ロミナは思いっきり扉に体を叩きつけた。見る見る金具は弾け、扉自体もメリメリと音を立てる。
 全身全霊を込めて体当たりをすると、扉は鈍い音を立てて倒れ、割れた金具は細かな破片を飛ばしつつ床に落ちる。
「はッ!…あたしにこんなものは通用しないんだよッ!!」
 云うなり、ロミナは大広間へと走り出した。
 饗宴を繰り広げたであろう広間は静まり返り、食べ散らかした皿やゴフレットが飲みかけの葡萄酒を撒き散らしたままになっている。
 酒に酔って寝っ転がる男たちのせいで足の踏み場も無い。容赦無く踏みつけながら先へと進み、ヨハネを探した。
 見慣れた銀髪を発見すると近づいてゆく。
 それはデュナンだった。
「あんた、ここで何やってんだ!」
「…は〜いぃ??……」
「馬鹿ッ! ヨハネはどうしたんだい!?」
「あ〜…そこに居ませ〜ん〜??……」
 というなりへたり込み、デュナンは寝はじめてしまった。
「ったく…あんたも薬にやられたか…」
 仕方なくロミナはデュナンを放っぽり出し、部屋という部屋を探し回った。
 静まり返った回廊の奥に小さな光を見つけ、そっと近づいていく。
 光が零れる扉に近づき、中を覗けば、薄桃色の紗布が天蓋に掛けられた大きな寝台が見えた。星型に切り抜いた大小様々な鏡飾りがキラキラと輝いていた。
「…んんっ?」
 ラブリーな配色の部屋の異様さよりも、流れ出る怪しいオーラの方が気になり、じっと見つめる。
 ひそひそと小さな独り言とも聞こえる声が聞こえた。
「ヨハネくぅ〜ん、今、楽にしてあげるからのぅ☆」
 鼻息も荒い爺の…あンの憎むべきエロ館主の声!!

―― 何だってぇえええええええッ!!

 聞いた途端にロミナの体中の血は逆流し、瞬時に部屋へと踊りこんでいた。
 腰につけた蛮刀を容赦無く引き抜いて、館主の股座目掛けて突き刺す。
「こンの糞ジジィ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
「うんぎゃぁ!」
 辛うじて金的は避けれたものの、蛮刀は館主の長衣とベットを縫い付ける。
 あわあわと慌てふためいて逃げ出そうにも、恐怖から手足は動かずバタつくばかり。
「ザマぁないね…」
「お…お助けッ…」
「ばぁか! 手ぇ出しといて、そりゃ無いんじゃないかぃ?」
 館主の首根っこを掴むなり、グイッと引っ張り、部屋の外にブン投げた。
 バタンッと扉を閉めると内側から鍵をかけ、おもむろにベットに近づいた。蹲って小さくなっている人影がある。それを見てロミナはほくそ笑んだ。
 潤んだ瞳で怯えた表情にグッとくるものがある。
 どうやら、媚薬を盛られたらしい。
 ヨハネを見据えてロミナは薄く微笑んだ。
「ろみな…さ…ん…」
 舌ったらずに喋る様子では、かなり強い薬だったようだ。
 これでは動く事も出来まい。
 ロミナは館主に感謝した。
「助けてほしいかい? あんたがあたしの物になったら助けてあげるよ」
「…だ…だめ…ですぅ……」
「何言ってるんだい…そんな目で云ったって説得力無いんだよ」
 身を捩って逃げようとするヨハネの手首を掴んでベットに押し付ける。
「仕方ないサービスだ。でも苦しいんだろう? 今楽にしてあげるよ」
「さぁびす…いらな…い…」
 首を振って嫌がるヨハネを見下ろしながら、ニヤッと嗤う。
 さすが魔族出身だけあって、抗い難い魅力に満ちた笑顔だった。
 ヨハネに手を伸ばした瞬間、風を切る音が耳元にして、ロミナは思わず伏せた。その直後、パァン!と云う音が聞こえてくる。
「…な…何だ?…うわァッ!」
 何かの影を捉え、避ければベットに穴が開き、そこから羽毛が飛び出して宙に舞う。
 ベットの下に転がって身を伏せれば、今度は頑丈な石造りの窓枠がゴボッと音を立てて削られてゆく。
 そして、またドコォン!と云う奇妙な音が聞こえてきた。
「うわぁッ!」
 何が何だか分からず、飛んでくる何かを避ければ、自然とヨハネと引き離されてゆく。
 どうやら自分を狙っているようだ。
 ガンッ! ゴォン!!と音が聞こえる度に石の破片が降り注ぐ。
 そのまま身を伏せてあたりを窺えば、コツコツと小さな足音が聞こえた。
 ゆっくり顔を上げると、長細い穴の開いた鉄棒に四角い握りを付けたモノ…旅人が銃と呼んでいるものだろう、それを持った人物がこちらを見据えている。
「あ…あんた…デュナン? 大広間でぶっ倒れてたんじゃぁ…」
 狙いをつけたままの人は、にこぉと笑ったままそれに応えた。
「残念…私はラエルだ」
 よく見ればデュナンの銀髪とは色が違う。白銀の髪と赤紫の瞳はセミアルビノであろうか。濡れたような赤紫の瞳を細め、口元は笑みの形に象る。
「ラエル?」
「そうだ…デュナンの双子の姉のラエル。ラエル・グラーシーザ・山桜という…今回この依頼に参加していたんだけどね。…裏で警護させてもらっていたよ」
「…で、手を出したから攻撃ってわけかい?」
「御明答…分かっているならそこをどけ」
「やれやれ……あたしが諦めないといったら?」
「それはそれで、とても楽しい事になるぞ」
「たとえばどんな風に?」
 口角を吊り上げてロミナは挑発する。
 そんな様子にラエルは平然と殊のほか楽しそうに具体例をあげていった。
 あげ連ねる様々な攻撃方法に流石のロミナも蒼然となる。
「あんた…マジかい?」
「当然だ。依頼を受けた人間が護るべき人間を傷付けるというのは立派な規約違反だろうに」
「傷が付く?…生娘じゃあるまいし」
「馬鹿者。心が…だ! 聖職者にとって堕落は傷以外何ものでもないぞ。よって、攻撃対象と見なして砲撃&狙撃させてもらった」
 ニタ〜リと笑ってワルサーP38を突きつける。
「これも当たれば痛いからな…試すか?」
「いいや、結構だよ」
 上体を起こして伸びをすると、ロミナはゆっくりと立ち上がった。
「嫌な奴を相手にしたもんだ……」
「そうか? こっちは楽しませてもらったんだがなぁ…」
 ガックリと肩を落としてラエルは落ち込んだフリをした。

 媚薬の為に疲れきって寝てしまったヨハネをそのままそこで寝かせ、二人は大広間へと向かう。
 ラエルは睡眠薬で眠らされたデュナンを蹴り起こすと、ヨハネの居る部屋に連れて行き、ベットの中に放り込んだ。
「ぶッ!! 何す…」
「喧しい。放って置けば、またあの爺がちょっかい出しに来るからな」
 弟の抗議を一蹴し、ラエルは布団に入り込む。
 無論、銃を持ったまま。
 ロミナも布団に入り込み、川の字ならぬ【‖‖の字】ではあったが、この際文句は云うまい。
 ヨハネの隣に寝かせろと云う訴えが通ったからではあるが、今日のところはヨハネを抱き締めつつ寝ることで我慢することにした。
 とにかく、ちょっとした楽しい時間を満喫するために、ロミナはまどろみながら夜を過ごすことに決める。
「おやすみ…坊や」
 まだ幼い表情の青年の額にキスを一つ落として眠りについた。


■ありがとう…借金

「「「「どぇええええええええッ!!」」」」

 無事、お勤めを終えた一人と護衛三人衆はあまりな現実に思わず叫んでしまった。
「何、驚いてるんですか?」
 優雅にお茶を飲みながら応えたのは、かの可笑しき…。いや、麗しき枢機卿、ユリウス・アレッサンドロである。 
 今は冷徹さを帯びた眼差しを四人に向けていた。
「私…建物は壊すなって……云いませんでした?」
 虫も殺さぬ笑顔で目の前の人間たちのハートを串刺しにしながら、片手ではフォークを持ち、チーズケーキのチェリージャム添えを突付いている。
「い…云いました…」
 ビクリと背を強張らせ、じわりと冷や汗が垂れる。
 自分は軍人なのに…と心でデュナンは思ったが、喉奥がへばりついたように意見する事が出来ない。
「増えた借金……どうしてくれましょうかねぇ?」
 にっこ〜り♪笑ってユリウスは云った。

 生贄。

 そんな言葉が四人の頭に響いて離れなかった。

■ END ■

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

SN_0142 /デュナン・グラーシーザ/男/36歳/天界人
      (Dunand・Glahrsiza)

MT13_4089/ラエル・グラーシーザ・山桜 /女/36歳/天界人
      (Lael・Glahrsiza・Ymazakura)

SN_0781 / ロミナ  /  女  / 22歳 / 傭兵戦士(魔族)
      (Romina)

(五十音順)

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■         ライター通信          ■
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 お久しぶりで御座います。朧月です。


 ☆第二回の脳内変換講座☆

 耽美イラストをお描きになられる方の絵でハーレムを想像なされると雰囲気出るかと思われます。 
 エンドルフィンをばしゅばしゅ噴出しながらお読みくださいませ。


  今回、ロミナさんはハーレム状態でしたが、ご満足いただけましたでしょうか?
 【ロミナさん取り巻く美少年図】?? う〜ん、素敵ですね。

 え? 邪魔が入った?
 ラエルお姉さんお強いんですものvv うふふ♪
 いつかリベンジしてくださいね。 

 嫌がるヨハネ君も妙で書いてて笑ってしまいました。
 追っかけ方がロミナさんは可愛いですね。
 とても楽しく書かせて頂きました。

 では、またお会いいたしましょう! 

        朧月幻尉 拝