<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


熊猫狂想曲

 その日は穏やかな晴天だった。
 雲がゆっくりした速度で流れ、風が穏やかに吹くような過ごしやすい日。
 街はいつも通り人で賑わいを見せ、どこからやって来たのか旅人が足を止めては、冒険記を眺めてる人もいる。
 そんな中。
 とある酒場の出入り口で青い髪の青年二人が、店主と何やら話していた。
 一人は金色の色を瞳に宿した青年──名前はカンタといい、賞金稼ぎを生業としている。少し眠たそうに欠伸を噛み殺し、頭の後ろで手を組んで暇そうだ。
 そしてカンタの隣りで籠を背負っているが、紅い色を瞳に宿した青年──名前はカザネといい、傭兵家業をしていたのだが、何故か今はウェイター見習いに近い立場。
 店主と軽く談笑をしているその顔は、隣りに佇む青年と瓜二つである。
「んじゃ行ってくんな〜」
「行って来る〜」
 二人は店主に手を振り、近くの森へと仲良く歩いて行った。
 カンタは凶暴なパンダを退治しに、カザネは山菜を調達する為に──…


「なーなー、これって山菜?」
「ん?………それは毒草だろう!?却下」
 野草をそのへんに投げ捨て、カザネはまた山道と言っても獣道のような場所を登っていく。それに続くようにカンタも歩くが、彼の手に握られているのは恐らく普通は食べないような類のものばかり。そこらへんに生えているものを、適当に摘んで行った結果だ。
 カンタはそれを、前を歩くカザネの籠に投げ入れていく。
「今なんか入れただろ?」
「入れてないって。さっさと行くぞ〜」
 不信な動きに振り向くが、カンタはさっさと歩いて行ってしまう。
 仕方なしにカザネも歩き出すが、ひょいと覗き込んだ籠の中に、得体の知れないものを発見して後ろから蹴り飛ばそうとしたが、前から他の散策者が現れグッと我慢した。

「こんちは〜」
 軽快に挨拶するカンタ。
「お〜山菜取りかい、カザネ君」
「俺はカンタじゃねー!カザネだ!!」

「こんにちは〜」
 山菜を手にしながら挨拶するカザネ。
「カンタ君が山菜取りとは珍しいね」
「俺はカザネじゃない。カンタだって」

「ま〜どっちでもいいだろ。双子だし」
「「…………」」
 すれ違い様、知り合いにそう言われてしまい、二人は瞬時にフリーズ現象を引き起こす。
 互いに思うのは、瞳の色が違うだろうが!なのだが、それすら言えない。
 行き交う人の8割は、この意見に集約されているのだ。

『どっちでも同じようなもん』

 そんなことないのだが、如何せん瞳の色以外これといって判り易い特徴がない。
 そんな二人を見分けるのは至難の業であり、木々で木洩れ日差す場所で気付けというのが、土台無理な話なのかもしれないが。
 二人はどうにも、納得することが出来ず。
「だいたいカザネが同じような格好してんのが悪いんだろ。何とかしろよ」
「双子って時点で無理だろ。それにカンタが俺の格好を、真似てるからいけねーんだよ!」
「真似てない!なんで寝相の悪いカザネの真似なんかしなくちゃならないんだ」
 対峙する二つの瞳。
 端から見たら鏡写しのように映るのだが、本人達はいつものことなので気にしない。
「俺のどこが寝相が悪ぃーんだよ!?いっつもちゃんと寝てんだろ」
「俺が戻してやってるんだろ。全く……って、ん?」
 何かを言いかけていたカンタの視線が、ふいに違う場所へと向けられた。
「全くってなんだよ!!って………パンダじゃねーの?」
 視線の先にいたのは、まだ子供のパンダ。二人の口喧嘩にビクビクしているのかと思いきや、どうやら怪我をしていて震えているらしい。
 後ろ足から滲むものに、二人は一旦喧嘩をやめ、そっと近づく。
 警戒している子パンダは、キュイ、キュイと愛らしい声を必死に出して、親パンダを呼んだ。
「大丈夫だから、ち〜っとじっとしてな。カザネ、なんかねーの?」
 子パンダに持って来ていた水を与えながらカンタが言う。
「う〜ん、薬草があるといいんだけど……ん???」
 背負っていた籠を下ろし、周囲に生えている草から薬草を探していたカザネは、籠の中をなんとはないしに覗いて手を入れた。自分が入れた分は絶対に山菜しかないのだが、後方から投げ入れていた分─カンタが面倒そうに入れた分─の中に、薬草が混じっている。
 それを取り出したカザネは、徐に口の中に放り込み、唾液と混ざるように噛み砕いていった。
 口内に苦味が広がったところで取り出し、そっと子パンダへと近寄る。
「カンタ、袖破いて。それ包帯代わりにするから」
「ん、判った」
 カンタは言われた通りに自身の袖を肩から破り取り、紐状になるようにビリビリ割いていった。
 山に入るために、長袖を着てきて正解だったかもしれない。
 その間にカザネが水を傷口に掛け、「もう痛くなくなるからな」と笑顔を向ける。
 子パンダは既に警戒を解いたのか、鳴きやみ大人しくなっていた。
「ほれ、破いたぞ」
「さんきゅ」
 カザネが薬草を傷口に宛がい、丁寧に渡された袖を巻いていくと、最初は薬草の成分で鳴き声を上げた子パンダだったが、巻き終わる頃には随分と穏やかだ。
「出来た。これで大丈夫だな」
「んじゃ俺達は行くか。お前も早く親んとこ戻れよ〜」
 頭を撫で、カンタとカザネは子パンダを後にした。


 ところがすっかり手当てされたことで懐いてしまったのか、一人でいることが心細かったのか、二人の後ろを足を庇いつつ子パンダが付いてきてしまう。
 最初は無視して山菜取りをしていた二人だったが、流石にずっとでは気にしないわけにもいかない。
 キュイと鳴く子パンダからは、すっかり警戒心が解かれてしまっているようだ。
 二人が歩けば付いてきて、二人が止まれば子パンダも止まる。
 それを何度となく繰り返して、どれくらい歩いたのか。
「なぁ。どうすんだよ、アレ……」
「って言われてもなぁ……」
 休憩と称して、カンタが呆れ顔で子パンダを見た。
 吊られてカザネも見つめるが、愛らしい姿に追い返すことも出来ない。
「このまま連れて行くのは……無理だよな」
 ポツリとカザネが呟いた。
「当たり前だろうが!!万が一にも親パンダが来たら、それこ………」
「それこ?」
 不用意に止まったカンタの言葉が指し示したこととは、一体なんなのか──
 その答えは非常に簡単だった。
 カンタの目の前に、子パンダより3倍はありそうなドでかいパンダが現れていたのだ。
 これをパンダと言ってもいいのか、正直判断に困るところだが、白黒で統一された毛からしてパンダだろう。
 荒ぶるパンダを前に、カザネは頼まれていたパンダの退治が、このパンダであることに気付いた。
「カザネ、援護しろ!こいつ俺が退治を頼まれたパンダだ!見境ナシに山に入った人を襲ってるらしーんだよ!!」
 そう叫ぶとカザネは凶悪パンダが襲ってくるのを辛うじて避け、応戦体制をとる。
 パンダと言えども熊の一種。
 その前足で叩き倒されたら、無傷ではいられないだろう。
「おい、カザネ!早くしろって!!」
「ごめん、カンタ……俺……」
 しかし後方から聞こえてくる声に、戦闘意欲が感じられない。
 焦って振り向けば、そこでは子パンダにしっかり抱き付いているカザネの姿がある。
「可愛いパンダ相手に、俺……戦えない」
「……………はい?」
 いきなりの戦線離脱宣言に、カンタの口は塞がらない。
 そこを狙いすましたように、凶悪パンダの前足が頬を掠めた。
「ぬわっ!!??危ねーじゃねーか!?このパンダ!!」
 頬を伝う血を指先で撫で、カンタは体制を立て直す。こうなったら一人でこのパンダを仕留めるしかないのだ。
 しかしここで、さっきまで懐いてしまっていた子パンダが、キュイ、キュイと鳴き声を上げ、のそのそ歩き出した。
 カザネの手からするりとなくなる存在は、カンタの横を通り過ぎ、そして凶悪パンダの前へとやって来る。
「おい、下がれって!危ないぞ!!」
「カンタ、ちょっと待て。なんか様子が違うみたいだぞ」
 言われてみれば、先ほどまで荒々しかった凶悪パンダが子パンダの匂いを嗅ぎ、大きな舌で舐め上げている。
「なぁ……こいつらって……」
「たぶん親子なんじゃないか?動物は他の子供に優しくしたりしないだろ」
 目の前で愛しそうに子供を見つめるパンダは、もう凶悪パンダではなく普通の親パンダと一緒だった。
 そのまま子パンダは自身の身に起きた事を説明するように、二度、三度と鳴き声を上げる。
 傷ついたところを助けれもらったんだ、とでも聞いたのか、親パンダはゆっくりした動作で二人の前へやって来った。
 そしてお礼を述べた親パンダに、カンタは溜息を付きながら頭を掻く。
「なんで子供いんのに、人を襲ったりしてたんだよ?」
(「この山には私達が主食とする笹があります。人が山に入ることは、笹を奪われてしまうことだと思ったのです」)
 パンダの言葉に、カザネがにこりと笑って首を振る。
「俺達が山に入るのは、山菜を取るためなんだ。ほら、これ」
 背負った籠の中身を見せ、人は笹を取ったりしないよ、と苦笑した。
(「判りました。これからは人を襲ったりしません」)
「そうしてくれっと、こっちもありがてーな。コイツを孤児にしたくねーし」
 言ってカンタは、子パンダを撫でてニッと笑みを浮かべる。


 こうして無事山菜も取り、凶悪パンダの退治(?)も終わったように思った、次の瞬間。
「しっかし腹減ったなぁ……熊鍋〜〜〜〜」
 カンタの口から思わず飛び出してしまった言葉は、一瞬にして場を凍らせた。
 山を登ったことと、少しばかり運動したことで、カンタはすっかり空腹状態になってしまったのだ。
 しかしその言葉を聞いた親子のパンダは、サヨナラも言わないまま大急ぎで山の奥へと消えていく。
「ちぇっ、なんだよ。あんな大慌てで帰ってくこともねーじゃん」
 後姿を眺め熊鍋を連呼するカンタに、カザネは心底呆れて深い深い溜息を付いた。
 彼らパンダを前に、それは禁句だろうとは……言う気も起こらない。
「………俺達もそろそろ帰ろう。カンタ、お腹空いてるらしいし」
「そうすっか。帰ったら、熊鍋食おうぜ!」
「あ〜……カンタだけ食べて……」
 カザネは帰り道、終始カンタを無視して山を降りたそうだ。


 その後、山でパンダを目撃した、という情報は聞かれない。


(「熊鍋を食べる方が、よっぽど危険だわ!!」)
 そんな親パンダの言葉は、カンタには届かなかった──…

【了】