<PCクエストノベル(1人)>


封じられし水神〜クレナモーラ村〜

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【冒険者一覧】
【0925/みずね/風来の巫女】

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☆序章

 いつからか、ソーンと呼ばれる世界がある。
 一二の聖獣が守護を司る、次元を越えて人の思いが交錯し辿りつく、約束の場所。
 様々な文化を許容し、内包し、そしてその要素を糧に緩やかな進化を続けて行く――そんな世界だ。

 だが、人の心は常なるものならず。
 例えどのような場所にあろうとも、そこに立ち止まる、ただそれだけのことで、想いは淀む。
 ソーンは、人の想いを感応する場所であるが、決してそれをそのまま受け入れることは無い。
 異邦人を迎え入れることはするのに、土着させることは無い。
 だからこそ、ソーンは淀むこと無く進化し、そして今もその姿を、緩慢ながらに変え続けている。
 ソーンに招かれる理由は、ただ一つ。
 ソーンに落ちつくことを、ソーン自身は望んでいない。
 ただ、その世界の中で活きる。
 そのことだけを求めて、今日も異邦人を迎え入れる――

☆本章1

 そこは小さな川べりの村であった。
 村の名は、クレナモーラ、といった。
 かつては鮎釣りの漁村であったが、今では楽器が特産物として世間に認知されているという。
 様々な伝承を残しているらしいこの村ではあるが、ソーンに住まう者にとっては、それは自らの住まう土地の背景でしかない。
 その謎を解くのは、異邦人の仕事であり、それがソーンという世界の望む決まりごとのようなものですらあるのだ。

みずね:「はいっ!」
群衆:「おおーっ……」

 村の広場で、みずねは情報を収集するためのとっつきとして、村人達に水芸を披露していた。
 何の仕掛けも無いはずの掌から、指先から、細やかな水のしぶきが上がる度に、ギャラリーである村人達の歓声が上がる。
 古来より人魚の血を引き、水と風を操る『風来の巫女』
 その名を継ぐ彼女にしてみれば、水という物質を、この程度に操ることなど、造作も無い。
 もちろん、相手が異邦人であることは分かっているから、村人はその事実をすんなりと受け入れている――ソーンが迎える者は、常に異能者であるがゆえに。
 だから、人々はそのことに驚いているのではない。
 ただ、水芸の、自在な水の為せるちょっとしたショーの美しさに、ただ感嘆を漏らしていたのであった。
 一通りのパフォーマンスが終わり、みずねはいくばくかの御ひねりを貰いつつも、村人達に口を開いた。

みずね:「この地に伝わる伝承を探しています……」
村人A:「伝承?」
みずね:「はい……古来の神の話でもよいですし、それに限らず、ちょっとした特殊な地勢の話とか……とにかく、変わった話を聞きたいのですが……」
しゃがれた声:「それを聞いて、あんたはどうするつもりだい?」

 みずねの質問に、群衆をかき分けて出てきたのは、初老の老人。
 どうやら、この村の長たる人物であるらしかった。

みずね:「私の目的は……更なる深き海」
村長:「ほう」
みずね:「そこに、私の求める何かがあるのではないかと……」
村長:「ふむ……お前さんの言うことは少々理解に苦しむが、普通では無い海の話や、伝承に関することであれば、教えてやれるぞよ」
みずね:「教えて……頂けますか」
村長:「うむ。面白いものを見せてもらった礼になるかどうかは、分からんがの……さてお嬢さん、この村の特産物が楽器であることは、ご存知か?」
みずね:「はい」
村長:「あまりにも昔のことなので信憑性には欠けるがの、古来にこの村で楽器が誕生したのは、神の声が消えたことに、端を発しているという」
みずね:「声が――消えた?」
村長:「うむ。それはそれは、海の恵みをもたらす、神々しい声――声と言っているが、実際は唄のようなものだったのかも知れん――だったそうじゃ。しかし、突然の地殻の変動を境に、この声は消えてしまった」
みずね:「…………」
村長:「それを境に波は荒れに荒れ、鮎釣りの漁村としての営みは失われた――誰もが村の死を予見した時、旅の吟遊詩人がこの村を訪れた。どのような因果を掴んだのかは知れんが、その詩人が様々な楽器を奏でることにより、海の時化は嘘のように止んだという」
みずね:「そこから、楽器が、声の代わりとなったのですね」
村長:「その通りじゃ。この村における楽器造りは、特産物であると同時に、村の根幹的な生命をも司る要素でもあるわけじゃな」
みずね:「地殻が変動した場所……というのは……どこに?」
村長:「ほれ、あの先の岩場じゃ――古来の話によれば、あの場所から声は響いていたという。昔は、四方を岩に囲まれながらも、自然の水道から海へと繋がる沿岸じゃったそうじゃが」
みずね:「岩の壁、だけですね……」
村長:「もしかしたら、あの岩場の内に、神の声は今も響いておるのかもな。まあ、今となっては、硬い岩壁に閉ざされて、それを確認する術も無いがの――」


☆本章2


 みずねは件の岩場の前に立っていた。
 この内に、何らかの謎の一欠片が、恐らく眠っている。
 それは、彼女にとっては直感にも近い、ひらめきのような認識だ。
 しかしながら、そのひらめきは、これまでにみずね自身を裏切ったことは無い。
 ゆえに、それは確信にも近い――

みずね:「完全に岩場ね……どうやったら中に入れるかしら?」

 指で髪をいじりつつ、彼女はしばし考え込む。
 その間にも打ち寄せる波は、穏やかそのもの――指が、髪から離れた。
 みずねはその場にしゃがみ込み、波へとその指を晒した。

みずね:「水鏡……私におまえの触れる景色を見せて――」

 極度の集中が始まっていた。
 風来の巫女たる彼女の巫力が、水のしじまを通して、彼女には見えないはずの風景を網膜に映し出す。

みずね:「……! 深いけど――水中で、中に繋がっている……完全に塞がれたわけではなかったのね」

 さらに意識を、その光景へと飛ばして行く。
 まさしく彼女が今行っているのは、巫女のような霊能者が対象に行う口寄せ――情報の引き出しであった。
 深きより、人では通れぬ程に細く伸びた水道を経て、意識は岩場の内に辿りつかんとした……その時。

みずね:「何か、聴こえる……」

 口寄せにより研ぎ棲まされた感覚が、風景の音すら拾い――そして、意識が岩場の内へと辿りつく。
 半球状に荒く広がった岩壁の内部に、そいつはいた。
 岸の薄岩に身を委ねながら、声を発するその存在。
 そして、その声は――狂気の音階に満ちていた。

みずね:「くっ……!」

 すぐさま、口寄せを解くみずね。
 濡れていない方の手で、額を拭った。
 身はこうして、川沿いの爽やかな風に晒されているというのに、ひどく汗をかいていた。

みずね:「あれが、村長の言った、『神』……?」

 それでも、そいつのことを目にはしっかりと焼き付けていた。
 貫頭衣を羽織った、女の姿をした水凄――長い髪は乱れ、瞳は裏返り、喉からは狂乱の唄を紡ぐその存在を。

みずね:「あれを直接聴いたならば、どうなっていたか……でも、どうして――」

 腑に落ちない点があった。
 あの存在は、その唄声により、恵みをもたらしていたのではないのか?
 そして、彼女の背後に広がる、更に深い闇……流れていた空気から察するに、あの先には何かが、ある。

みずね:「どちらにせよ、これ以上は無理ね……風と水の力を総動員して岩壁を破っては、あの声が外に漏れてしまう……そうなれば、とんでもないことになる」

 さりとて、水中から侵入しようにも、あの水道の細さでは通りぬけることは出来ない。
 なまじあの場所に辿り着いても、響く唄声と、それを発する水棲にどう対処すればよいものか。

みずね:「でも、得るもの、手がかりはあった……それだけでも、良しとしておきましょう……」

 みずねは立ち上がり、岩場に背を向けた。
 入念な準備と、確かな助力の必要を感じつつ――