<PCクエストノベル(1人)>


湿地の白虎 〜クーガ湿地帯〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1070 / 虎王丸 / 炎剣士】
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●序章
 聖獣界ソーン。
 様々な世界から、様々な異訪者や色々なものが集まる国。そして、雑多な知識や技術、文化が入り混じり共存する国。
 聖都エルザードには、かつてソーンに他世界からの者達が訪れる前から存在していたと言われる、たくさんの遺跡が残っていた。
 その遺跡は、ソーンの創世の謎を探る重要な手掛かりとして目され、こぞって冒険者を募りソーンの創世を探求しようと躍起になっていた。
 ソーンの創世を探るきっかけを持ち帰れば、その者に多大な報酬が贈られる。冒険者達は一攫千金を狙い、遺跡へと仲間と連れ立って探索に出て行った。
 それがこの世界でのいう冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。

 聖都エルザード。
 聖獣界ソーンにおいて、最も特異な都にして世界の中心。36の聖獣によって守護されている地域の中の一つ、ユニコーン地域の中に、エルザードはあった。
 虎王丸が目指すクーガ湿地帯は、そのエルザードから南に大きな道を進むところにある。徒歩で数日はかかる距離だが、そんな事は気にしない。
 何せ、その湿地帯は500年も生きている大蜘蛛の住処で、その蜘蛛らが創る糸を手に入れる事が、虎王丸の目的だからだ。
 その蜘蛛の糸は、結界魔法陣に組み込むと結界の力を増幅する事ができ、服に編みこむと敵の魔法を半減する事ができる。だが、大蜘蛛は非常に凶暴な性質をしており、入手する事は困難である。それ故に、高値で取引される代物であった。

虎王丸:「糸は俺にとって必要なモン。どういう風に着物に縫いこもうかなー」

 呑気に糸を手に入れた後の事を考えながら、虎王丸は道を行く。湿地帯がどういう場所かも知らずに。
 間もなく、目的地に辿り着く。そこで起きる惨劇を、虎王丸は予想できなかった‥‥。


●本章
 湿地帯、と言うだけあって、沼ばかりしか目に入らない。
 目の前に広がる沼だけの光景に、虎王丸はうんざりとした表情を見せた。このまま湿地の中を進めば、着物がドロドロに汚れてしまうのは確実だ。かと言って進まない訳にもいかない。
 とりあえず、汚れる心配のない、乾いた陸地を歩き回る。
 幾ばくか陸地を探すが、糸どころか大蜘蛛さえも姿を現さない。

虎王丸:「仕方ねぇ、湿地の中に入るか」

 目的のものが見つからなければ、この地に来た意味がない。
 嫌々ながら、湿地の中に足を踏み入れる、虎王丸。

虎王丸:「うへぇー。気持ち悪いぜ」

 既に足元は泥で汚れてしまっている。
 べとつく感じと泥に足を取られて動き辛い感じに、虎王丸は渋い顔をする。だが、大蜘蛛の糸を手に入れるまでの我慢だ。
 更に湿地帯の奥に進むと、次第に沼に浸かるところが上へと上がっていく。初めはかかと程度までだったのに、今はもう膝近くまで浸かってしまっていた。
 水気が多く、じめじめとした土地だというのはわかっていたがこれまでとは。
 湿地に生えた草を手で掻き分けながら、虎王丸は後悔していた。

虎王丸:「これなら、最初から着物脱いじまった方が汚れなくて済んだかもな」

 まぁ、戻った時に着替えればいいだろう。今は着替えの着物は用意していなかったが、聖都に戻れば予備の着物がある。
 沼の泥で汚れた着物を引き摺りながら、大蜘蛛の糸を探して彷徨う。刀は腰に差したまま。今すぐにでも敵が出そうな雰囲気ではなさそうだし、刀を鉈代わりにして草を刈るなんて愚かな事はしたくない。

虎王丸:「ったくっ! いつまでこんな事をすればいいんだよっ」

 延々と進むも、大蜘蛛は何処にも姿を見せない。半ば諦めたその時、巨大な影が虎王丸の視界に入った。

虎王丸:「ん‥‥アレは‥‥? 大きな蜘蛛だ。アイツを倒せば糸が手に入るんだな」

 湿地に高く生い茂った草よりも高く、大蜘蛛がその巨躯を晒していた。今はまだこちらに気づいている様子はない。
 虎王丸は足を忍ばせて、大蜘蛛ににじり寄る。
 気づかれるか、気づかれないかのギリギリの距離まで近づいたとき、虎王丸は手にした果物ナイフを大蜘蛛に投げつけた。

虎王丸:「てぇぃ! こっちへ来やがれ!」
大蜘蛛:「シューッ」

 果物ナイフが身体に突き刺さり、痛みで襲撃者に気づいた大蜘蛛が虎王丸の方を見た。虎王丸は更に挑発し、大蜘蛛は怒りの雄叫びを上げて、その何本もある脚をシャカシャカと動かして接近してきた。

虎王丸:「遅ぇんだよっ!」
大蜘蛛:「シュッ、シュッ!」

 大蜘蛛の動きにあわせ、虎王丸は振りかざされた脚を回避する。持ち前の瞬発力を生かし、易々と避ける。

虎王丸:「とやっ! どうだっ」

 刀が白く煌く炎を宿す。
 刃が閃いたかと思うと、虎王丸を頭上から襲おうとした大蜘蛛の脚が斬り飛ばされた。
 大蜘蛛は悲鳴をあげ、虎王丸は得意になって更に斬りかかった。
 だが、策もなしに突撃しているだけなので、それ以上の攻撃は大蜘蛛に掠りもしない。一度の攻撃を受けただけで学習したのか、大蜘蛛は反撃を喰らわぬよう、多方向から虎王丸を襲う。

虎王丸:「‥‥くっ」

 先程よりも激しい攻撃に耐える、虎王丸。まだ何とか耐えれるが、今度は攻撃を伺う機会を封じられてしまった。

虎王丸:「うっ‥‥しまったぁっ!」
大蜘蛛:「キシャーッ」
虎王丸:「何だよ、これっ。ねばねばして気持ち悪いぜっ」
大蜘蛛:「キシャシャッ」
虎王丸:「か、身体が動かねぇっ!」

 大蜘蛛が口から吐き出した白い糸に身体を絡まされ、身の自由が封じられる。
 白く粘着力のあるその糸は、力の限り引き千切ろうとしても全く取れそうにもなかった。
 身動き取れなくなった虎王丸に、大蜘蛛の牙が迫る。

虎王丸:「やべっ!」
大蜘蛛:「シューッ」
虎王丸:「こうなったら‥‥っ」

 幾ばくか自由の効く右手を自分の首に運ぶ。そして、鎖の首飾りを引き千切った。
 身体に白い毛が一気に生え、全身を覆う。顔つき身体つきが変化し、更に逞しい体躯となる。着物は中から押し上げられた筋肉によって、既に残骸となった布切れを身に纏ってるのみ。
 炎纏いし白虎。
 言葉にして言い表すなら、それしかない。霊獣人化した虎王丸は、猛禽類のような目つきで大蜘蛛を睨んだ。

虎王丸:「うぜぇんだよっ!」

 圧倒的な膂力で、身体に絡まった蜘蛛の糸を引き千切る。身体から噴き上がる炎が、取りきれなかった糸を着物ごと燃やす。
 鋭い爪を振り上げると、今まさに虎王丸を襲おうとした大蜘蛛の牙を食い止めた。

虎王丸:「うぉぉーっ!!」

 吠え声を上げると、虎王丸は渾身の力をこめて、大蜘蛛を投げ飛ばした。
 再度、今度は半獣人の力で大蜘蛛を襲う。爪による鋭い斬撃。
 それでも、大蜘蛛の身体は意外と硬く、なかなか深い傷を与える事ができない。
 このままでは倒す事は無理だ。そう判断すると、虎王丸は大蜘蛛に背を向けて走り出した。

虎王丸:「チクショウっ!」

 そう叫びながら撤退する虎王丸。
 身体は無事にすんだが、目当ての糸は手に入らなかった。
 それどころか、着物がボロボロになってしまい、肝心なところを覆うのみ。現在の半獣人の姿のままならば構わないだろうが、そういう訳にもいかない。
 悔しくてもう一度叫ぶが、その腹立たしさはおさまりそうにもなかった。


●終章
 聖都エルザードに戻った虎王丸は、着物を着替えていつもの酒場に入る。

マスター:「おや、不景気な顔をしてどうしたんだ?」
虎王丸:「なんでもねーよ!」

 ドスンと、音を立ててカウンターに座ると、虎王丸は麦酒を頼む。

マスター:「ほらよ」
虎王丸:「‥‥ぷっはーっ。もう一杯だ!」
マスター:「そんなにペース早くて大丈夫なのかよ?」
虎王丸:「いいんだよっ!」

 苦笑するも、酒場のマスターはそのゴツイ腕で新しい麦酒を虎王丸に手渡した。

虎王丸:「次こそは手に入れてやるからなっ」
マスター:「意気込みだけは一人前だな」

 マスターがからかうも、虎王丸は鬱憤を晴らすかのように、酒を飲み続けていくのであった。