<PCクエストノベル(1人)>


待ち人〜封魔剣ヴァングラム

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【冒険者一覧】
【 1072 / 三月 あまね / エルザート王立魔法学院付属学園生徒 】

【その他登場人物】
【 オウル / 村の男 】
【 ??? / 封魔剣ヴァングラムに関わる者 】
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 聖都エルザード・賢者の館。そこには、精霊界ソーンの多様な情報が集められている。
 しかし、所詮は人の為す業。常に限界はあり、だからこそ探求者が募られる。――この世界の数多の謎を解き明かす、鍵を求めて。
三月:「本当に、事前に調べられる事は少ないようですね」
 呟きは誰にともなく。
 頁を繰っていたソーンの歴史書や風物誌には、『封魔剣ヴァングラム』についての目ぼしい記述は無かった。やはりまだ、詳細は未知なのだ。
 残念に思う気持ちを溜め息にして吐き出すと、気持ちを切り替えた。
 魔物が封じられた剣に、近付く事がそう易いはずはない。危険があるだろうと思う理性よりも、三月は、これからの探求に心躍る自分を強く感じていた。
 黒髪を揺らす初夏の風に窓を見やると、遥か遠くの森を見つめた。彼女の目指す『封魔剣ヴァングラム』が眠ると言われる土地は、そのさらに向こう。


 聖都は海と河に囲まれている。橋があるので渡しは必要ないが、探求者達の足として、近隣へは舟も利用される。船着場には、1艘が客待ちをしていた。
船頭:「『遠見の塔』の先まで行くってのはあんたかい?」
 館から報せが出ていたのだろう。待たれていたのは三月自身だった。
三月:「ええ。お願いします」
 乗り込むと、舟は緩やかに、さざ波を分けるように進んでいく。櫂を動かす音の合間に、声をかけられる。
船頭:「帰りはどうする? 近くで待ってやってもいいが」
三月:「構いませんか? 私はその方がありがたいですけれど」
船頭:「ああ、構わねぇぞ。出先で怪我した所為で、帰り道の途中で行き倒れて戻らなねぇなんて事になると、こっちの寝覚めが悪くてなあ。嬢ちゃんも気ぃつけるんだぜ?」
三月:「無理はしないつもりです。安心して」
 そう言って微笑して見せると、人の良さそうな男はにっかと笑った。
 河はやがて大きく蛇行する。白亜の塔を左に見ながら、三月は森切れ間になる場所で舟を下ろされた。
船頭:「街道は少し先に行けばあると思うが、嬢ちゃんの行く場所には続かんだろうな。どこかの村で聞くといい」
 分かっている、と彼女が頷くのを見ると、男は川下の方へと舟を戻して行くのだった。
 歩みだす三月の足元で、少し深い下生えがサク‥‥と音を立てる。
 道の無い、探索の始まり。


 しばらくして。三月が見つけたのは、小さな集落。
 草いきれの中に、埋もれるようにしてあるのは、朽ちかけた軒を晒すあばら家、古びた井戸。生活の匂いは家畜の鶏と、僅かに立ち上る竈の火の気配。
三月:「どなたか、いらっしゃいますか?」
 戸を叩き、そう声をかけるが応えがない。家は全部で5戸あるが、そのどれもが静まり返っている。
村の男:「あんたは‥‥誰だい? どうしてここに来た?」
 いぶかしむような声がしたのは、諦めて踵を返そうとした時。
三月:「私は三月あまねと申します。聖都エルザードから来ました」
村の男:「聖都から‥‥?」
三月:「はい」
 頷くと、ここへ来る事になった経緯を説明する。
村の男:「『封魔剣ヴァングラム』?」
三月:「その剣を探しているのですが、何かご存知ではありませんか? 伝承ではこの辺りにあるようなのですけれど。それに‥‥」
 気にかかった。男が、『どうしてここに来た』かと聞いたのが。
村の男:「悪い事は言わん。剣の事は忘れて、元来た道を帰るといい‥‥」
三月:「なぜですか? 危険だから? けれど、私は承知で来ているのです。詳しく話して頂けませんか。何かお困りなら、私が手助けが出来るかもしれませんし」
 見返してくる男の目は、『女1人に何が出来る』――そう言っているようだった。
 それでも。三月は、男をこのまま捨て置いて先を行く事も、まして聖都へ帰る事もしたくなかった。
三月:「出来る事など、無いかもしれないけれど‥‥。私は、身を護る術もない無謀者でもありません」
村の男:「‥‥?」
 三月は証しのように精霊を召喚してみせる。
 紡ぐ言の葉は、微風を呼ぶ。今は語る者なき古の、調べにも似た響き。――それは言霊となり放たれる、魔力。
 吹き抜けた微風が、『形を得た』ように見えた。
村の男:「‥‥?!」
 現れたのは、今にも空に溶け込みそうに淡い存在。
 『呼んだ?』と言うように小首を傾げて訪ねる可愛らしい少女は、身の丈30センチ程。纏う薄衣は空を漂い、同じ軽さで、精霊は三月の周りをフワリと飛んで回った。そうしてから、フイと辺りを見回す。
三月:「あなたには、何か分かる?」
シルフィード:『???』
 精霊との意思疎通はままならない。ただ、三月が指し示した村の奥を見やると、シルフィードは眉根を寄せて彼女に縋りついた。
 『彼女』の恐れるものの正体は、問うまでもない。
村の男:「‥‥ここは‥‥あの剣を探してやって来る者を引き寄せる場所だ」
 魔法を目の当たりにした男は、じっと三月を見つめると、村人達に語り継がれてきた伝承を少しずつ話し始めた。

『剣を求める者に、道は開かれる』

 封魔剣を求める者は必ずこの村を訪れ、そして2度と帰らなかった。彼らが何処へ行ったのかは分からない。この村の奥、さらに南西へと向かって行くだけ。剣を探す者は帰らないが、帰らぬ者を探す者は、そこに在るという『封魔剣ヴァングラム』をただの1度も見た事が無い。
 昔は、村ももっと栄えていた。だが、長い年月は伝承を廃れさせる事のなかった代わり、帰らぬ者達の数は村人達を怯えさせ、少しずつ寂れて行ったのだ。
村の男:「俺がこの村を離れられないのは、土地に縋って生きる婆さんがいるからだ。年寄りの故郷を、潰したくはねぇ‥‥。それに‥‥」
 言いかけた男は、そこで黙り込む。そうして、あばら家から出てきた老婆に気付くと駆け寄った。
 三月はシルフィードを見やる。
三月:「剣が‥‥私を引き寄せるの?」
シルフィード:『‥‥!』
 精霊はただ、三月を引き止めるように、長い髪をキュッと引っ張ると消えて行った。

 男は制止したが、三月は村の奥の森へと歩みを進めた。
 森の空気に、肌が粟立つような気がする。
 ふと気になって後ろを振り返ると、まだ分け入ったばかりのはずの森が、深い、茂りへと変わっていた。
三月:「‥‥」
 ――帰れないかもしれない。
 脳裏を過ぎる不安に、三月は唇を噛み締める。待っていると言ってくれた、あの船頭の顔が思い浮かんだ。


 僅かな、木漏れ陽。
 チラと足元に揺れる光だけが、時間の流れを感じさせる。
 ふと視線を上げた三月は、『それ』を見た。
三月:「人‥‥?」
 『それ』は、抜き身の剣を抱え込むような姿で、大岩の上に在る。岩の周りだけ木々が切れ、明るい気がする。
 なのに。
 その明るさにそぐわぬ気配がした。本能が恐ろしいと告げる。
 三月は己の周囲を見回した。
 ――何かがいる。
三月:「‥‥」
 少ない資料。けれど、そこにはあったはず。『弱い者は剣の魔物にとりつかれてしまい、自ら魔物になってしまう』と。
 魔剣の力。そして、帰らぬ者達。
 考えを巡らせながら片足を引き、襲撃に備える。
三月:「‥‥っ!」
 不意に、飛び出してきた『もの』がある。身の丈は、彼女よりも頭2つは大きい人狼。引き裂こうと迫る爪を避け、人狼の脇腹から蹴りを叩き込む。だが、1手で倒せたとは思えないし、気配は他にも増えている。
 三月は再び精霊を呼んだ。
三月:「お願いっ!」
 叫びは、シルフィードの風の刃と重なる。
 ここで立ち止まりたくない。すぐそこに、『封魔剣ヴァングラム』の伝承が形を持って存在するのだから。
 『それ』を見つめる三月の双眸は、次の瞬間、大きく見開かれた。
???:「鞘が、失われ‥‥剣は、ひたすらに‥‥使い手を求める‥‥。己を‥‥解放する者を」
三月:「誰‥‥?!」
 封魔の剣を抱え込むのは、『人』なのか。
???:「数多の者が‥‥引き寄せられ、魔と化した‥‥」
三月:「では、あなたは『何』なのっ? その剣を手にしているあなたは」
 問いに、初めて『それ』が瞼を上げる。瞳は、翡翠の色。
 息苦しさが三月を襲う。
 おそらくは剣の発する、見えない力の圧迫。
???:「我は‥‥」
 応えを、聞く事は出来なかった。
 感じる圧迫感は三月から呼吸を奪おうとし、強い頭痛は耳鳴りを伴う。迫る魔物の気配も分からなくなり、危機感が募った。
 髪を引かれた気がして、ふとそちらへ歩みだす。
三月:「シル‥‥フィード‥‥?」
 圧迫が弱まった気がする。
 けれど、気を失った三月に、それ以外の事を確かめる術はなかった。


 倒れた三月を助けてくれたのは、村の男。今度はオウルと名乗ってくれた彼が言うには、森の端に倒れていたらしかった。戻れただけでも幸運だ――そう、噛み締めるように言うオウルの目は、なぜかとても悲しく見えた。
 それに。森にはせいぜい数刻しかいなかったはずだが、実際には、三月が森に入ってから3日も経っていた。
 さすがに、あの船頭は待っていないだろう。
 思いながら川沿いに帰路を歩いていた三月は、遠くから呼ばわる声に顔を上げた。手を振る男の姿には覚えがある。もしかしたら、暇の出来る度、様子を見に来ていたのかもしれない。

 思わず、笑みが零れた。