<PCクエストノベル(1人)>


螺旋〜遠見の塔

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【冒険者一覧】
【 0157 / エルンスト・ヴェディゲン / ウィザード 】

【助力探求者】
【 ディアナ・ガルガンド / 聖都エルザード・ガルガンドの館の女主人 】

【その他登場人物】
【 カラヤン・ファルディナス / 遠見の塔に住まう兄弟(兄) 】
【 ルシアン・ファルディナス / 遠見の塔に住まう兄弟(弟) 】
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 36の聖獣の守護する地域。
 その中の一つ、ユニコーンの地域の中央部に聖獣界ソーンの中心・聖都エルザードがある。
 聖都エルザードの賢者の館には、精霊界ソーンの多様な情報が集められていた。しかし、人の為す業ゆえに限界はあり、だからこそ探求者が募られる。――この世界の数多の謎を解き明かす、鍵を求めて。

 探求へ出かける前、聖都のガルガンドの館を訪れたエルンスト・ヴェディゲンは、無数に立ち並び、蔵書のぎっしり詰まった本棚を見上げ、どこか楽し気な笑みを口元に掃いた。彼にとって、こういった場所は知識の泉のようなもの。自ら求め、手を差し伸べれば、汲み取れる何かがある。
ディアナ:「いらっしゃい。大したお構いもできなくて大変申し訳ありませんね。せめてゆっくりと本をご覧になって、寛いでいって下さいな」
 エルンストを迎えたディアナは、ゆったりとした身のこなしで、彼を案内する。
ディアナ:「一体、どんな本をお探しかしら?」
エルンスト:「『遠見の塔』と、そこに居るという賢者のファルディナス兄弟に関するものを。貴女のご意見も伺いたい」
 きちんとした敬語で話すものの、彼の態度はどこか不遜なところがある。決して、ディアナを軽んじてはいないのだが、滲み出てしまう生来の性格とでも言おうか。当たり障りの無いやり取りに、ただ慣れていないようにも見える。
 多くの客人を迎えてきたディアナは、ふっと微笑して会話を続けた。悪意のある無しくらい、彼女には見て取る事が出来たから。
ディアナ:「『遠見の塔』‥‥ですか? それは‥‥難しゅうございますね」
エルンスト:「どんな些細な事でも構わない。何かご存知であれば、教えて頂けないか?」
 『遠見の塔』は、かつて、ソーンに他の世界からの者達が訪れる前から存在していたと言われる、多くの遺跡のうちの1つである。謎はあれども、確たるものは無いに等しい。ディアナはウェーブがかった長い髪にサラと手櫛を通すと、考える仕草をする。
ディアナ:「『遠見の塔』とファルディナス兄弟‥‥。あ‥‥」
 思い出したように、彼女は小さく声を上げると、奥の方へと歩いて行った。
 彼女が抱えて戻ったのは、1冊の分厚い本。経た年月を偲ばせる古ぼけた革の表紙には、『遠見の塔』とタイトルが刻まれている。
エルンスト:「それは‥‥?」
ディアナ:「もう、ずっと昔の事で、誰が残したとも知れない本なのだけれど‥‥」
 期待を込めて受け取ったエルンストだったが、頁を繰った彼は、解せないと言うように眉根を寄せた。
エルンスト:「白紙ではないか‥‥っ」
 責める口調になってしまう彼に、ディアナは肩を竦めた。
ディアナ:「ええ。その白紙の本は、『ファルディナス兄弟に渡して欲しい』と残された物――そう言われているわ」
エルンスト:「兄弟に中身を書き込ませるつもりで、という事か‥‥?」
ディアナ:「そうだと思うの。でも‥‥、ファルディナス兄弟が伝えられる通りの人達なら‥‥、書かせるのは難しいと思うけれど」
 言うディアナに、エルンストは本を預かって行く旨を伝える。
エルンスト:「とにかく、やってみよう」
 興味本位で塔に上ろうとするものは、魔法のかかった螺旋階段で囚われ、ひたすら登り続ける事になる。そうなれば、決して兄弟の下にはたどり着けないという、白亜の塔。
 『禁呪』を封じる為。――己の志をしっかりと胸に抱くエルンストは、その螺旋の虜囚となるつもりは毛頭なかった。
ディアナ:「戻られたら、ご報告頂けます? その本がどうなるか、私も知っておきたいの」
 もとより、彼女の館から借り受けるもの。
エルンスト:「もちろんだ。非礼は致さん」
 分かっております。――そう言うように、またディアナは微笑んで見せるのだった。


 聖都エルザードから南へ。川を下って行くと、白亜の塔が左前方に見えてくる。夜には魔法による光が最上階に灯され、街道を行く人々に安らぎを与えている。
 舟を出してもらっていたエルンストは、段々と近付く塔をただじっと見上げた。誰も、多くを知る事の出来ぬまま、塔は変わらず静謐な姿でそこにある。
 自然と、彼の視線には期待がこもる。求めれば与えられるなど、そんな期待はしてはいない。ただ、『そこ』には自分の求める答えがあるのではないかと――、思わずにいられないのだ。しかし、エルンストは、期待を自ら打ち消そうというように目を伏せる。
 得られなければ、また探求を尽くすまで‥‥。
 心の強さは、ハーフエルフという生まれ故に培われたものかもしれない。それは、これまでの彼を支えてきたものの1つ。
船頭:「着いたぞ。降りられるかい?」
 『遠見の塔』付近に船着場はなかったので、外見は白髪の老人である彼を気遣った言葉のようだ。が、船頭の予想以上に、エルンストの足取りはしっかりとしていた。礼代わりに手を上げて見せ、彼は塔へと歩みだす。
 入口は、生垣と薔薇のアーチ。人気の無さとは逆に、丹念に植木は手入れされていた。塔のさして豪奢でもない木の扉は、開け放たれている。取っ手の細やかな細工だけが、少しだけ『普通』とは違う気がした。コツコツと叩いても、返る応えはない。
 目の前には、人が2人ほど並んで通れそうな幅の螺旋の階段がのびていた。窓はなく、先は真っ暗になっている。
エルンスト:「俺はエルンスト・ヴェディゲン。聖都エルザードから参った。どなたかおられるか?」
 階上へ向けて問う声は、遠く上まで響く。
エルンスト:「どなたもおられないのか?」
 木霊が消えるまで待ったエルンストは、ほうと溜息をつく。
エルンスト:「入らせて頂くぞ‥‥」
 言って、塔の中へ踏み込んだ時、扉の裏側に付いていたドアベルが、涼やかな音を立てた。
エルンスト:「‥‥?!」
 風は無かったと思う。彼自身が扉に触れていた訳でもない。
 だが、まるでその凛とした音が合図だったかのように、螺旋階段を照らす明かりが灯った。燭台ではない、階段の所々、足元を照らす位置に小さな手の平大の珠が据えられており、それが光っているのだ。
 夜、塔の最上階に灯される魔力による明かりと、同じものなのかもしれない。エルンストは思うと、階段を上り始めた。
???:「いらっしゃい。お爺ちゃん」
 クスクス‥‥と小さな笑い声と共に、少年の声が階段を下りてくる。様子から判断すればルシアン・ファルディナスだろう。しかし、金髪の少年の姿までは見えない。
エルンスト:「ルシアン・ファルディナス殿か?」
 相手は賢者と言われる人物。そして自分は訪問者である事をわきまえ、エルンストは慇懃に尋ねる。
???:「ダメだよ。この塔では、許されるまで『質問』をしちゃいけない。それがきまりだからね」
 口を開きかけ、エルンストは思いとどまった。なぜかと聞くのも『質問』である。
???:「大抵、そこで何かしら言っちゃうもんなんだけど。引っかからなかったね。さすが『お爺ちゃん』」
エルンスト:「ちゃんと、エルンスト・ヴェディゲンという名前があるのだが‥‥」
???:「聞こえていたよ。じゃあ、僕も名乗ろうか。察しの通り、僕はルシアンだよ、ヴェディゲンさん。お出迎えは僕の仕事だからね。で、何をしに来たの?」
エルンスト:「あなた方、御兄弟に会いに」
 すぐに核心に触れないよう、エルンストは遠回りな応えをする。
ルシアン:「‥‥なぜ?」
エルンスト:「この塔になら、俺の求めるものの資料があるのではないかと思ったからだ」
ルシアン:「『求めるもの』?」
エルンスト:「術だ」
ルシアン:「どんな『術』?」
エルンスト:「封じる為の‥‥術だ」
ルシアン:「封じる? 神とか魔とか言われるようなもの? それとも禁断の書でも封じたいの?」
 ルシアンの声音は嘲笑を含む。
エルンスト:「違う」
ルシアン:「‥‥じゃあ、何を封じたいの?」
 少し、関心を引いたように思えた。ルシアンの声のトーンが僅かだけ下がる。
エルンスト:「‥‥『禁呪』を」
 しばらく、ルシアンは無言だった。階段を上る絹擦れの音だけが、ぼんやりと照らされた薄暗がりの中、密やかに響いている。
 不意に、このまま放置されたのではないかと、エルンストの心に疑惑が湧き上がる。上り続けていた足を止め、そっと背後を振り返ると、小さな灯火が消え、暗い深淵が口を開けていた。
エルンスト:「‥‥」
ルシアン:「どうしたの?」
エルンスト:「いや‥‥」
 気取られぬ程度に小さく息を吐き出すと、気を入れ替え、エルンストは再び階段を上り始める。
ルシアン:「お爺ちゃん、歳はいくつ?」
 呼び名は『お爺ちゃん』で済ませるらしい。こうなると、否が応でも名前をキッチリ覚えさせて帰りたいものだ。
エルンスト:「65歳だ」
ルシアン:「ふぅん‥‥。どうして『禁呪』を封じたいの?」
エルンスト:「その必要があると思うからだ」
ルシアン:「どうして? 封じれば、それを解く者が現れる。この塔を訪れた貴方のようにね。その先が『ある』と分かると、人は追い求めるものだよ」
エルンスト:「誰にも知られなければ良い」
ルシアン:「この世に永遠などない。世界も、人の命も、魔法も」
 封印とは破られるもの。ルシアンはそう言っているように聞こえる。
ルシアン:「貴方がここを訪れた事は、いずれ人に知られるだろう。出掛けにあった誰かが伝えるかもしれないし、僕らも他言しないなんて約束はしない。術は永遠ではないかもしれない。それでも、封じる術を求め続けるの?」
 求める事は易くない。そして信じた結果が得られるとも限らない。
 この世に永遠が無い限り。
エルンスト:「‥‥封じられぬなら、対抗する術を探し続ける」
ルシアン:「頑固だね」
 少年はクスクスと笑った。
エルンスト:「自覚している」
 つられて、エルンストも苦笑する。と、唐突に視界が明るくなった。
 外の景色を臨める窓があったのだ。いや、振り返れば暗闇だったそこにも、窓は連なり、午後の陽の光が射し込んでいた。
エルンスト:「‥‥っ?!」
 ビックリして再び前へ視線を戻すと、金髪の少年が笑っていた。
ルシアン:「疲れなかった? お爺ちゃん」
 人懐っこい様子に、エルンストは名前などどうでも良くなった。孫が出来たら、こんな気持ちなのだろうかとか、状況に似合わぬ事を思いながら。
 そして――。
 最後の関門は、その後。
 明るくなった螺旋階段を上ると、程なく、その先に扉が現れた。ルシアンが取っ手に手をかけ、開け放つ。
エルンスト:「‥‥っ!」
 目の前には、何も無い。眼下の臨めるだけ。
 踏み出せば真っ逆さまに落ちて行くだろう。
ルシアン:「どうぞ」
エルンスト:「‥‥」
 この塔では、許されるまで『質問』をしてはいけない。エルンストはその決まり事を思い出すと、唇を引き結んだ。
ルシアン:「それとも帰る?」
 言われて、決意した。
 ただ前を見据え、足を踏み出す。
 瞬間。
 目まぐるしく、辺りの景色が変わる。どこかへ引き込まれそうな錯覚の後、目の前には部屋が現れていた。
 エルンストは辿り着いたのだ。
 黒髪の青年――カラヤン・ファルディナスが、バルコニーに佇んでいた。来客を知り、彼はゆっくりと振り返る。
カラヤン:「ようこそ、遠見の塔へ。『決まり事』はもう無しで構わないよ」
 歩み寄ってきた彼は、エルンストが抱えてきた本を見ると微笑した。
カラヤン:「やっと、約束が果たされたようだ‥‥」
エルンスト:「‥‥約束?」
 差し伸べられた手に、その本を渡しながら尋ねる。
カラヤン:「遠い昔のね‥‥」
 寂しげな微笑とともに返される応えに、エルンストは詮索をやめた。

 塔で過ごしたその後の2日は、長いようでも短いようでもあった。
 魔術に長けたルシアンと話す事が多く感じられたが、書には兄のカラヤンの方が通じていた。持参した白紙の本の代わり、書庫から1冊、本を持ち出しても構わないと言ったのは彼の方だ。
 エルンストは、最後の半日をかけて本を探し、時折、カラヤンは助言をくれた。
カラヤン:「貴方の、求めるものであるように。祈っておくよ」
ルシアン:「僕はまた来て欲しいから、失敗したって構わないんだけど」
 去り際、兄の陰からコソっと言うルシアン。2人の見送りは螺旋階段の中途までだった。
エルンスト:「‥‥」
ルシアン:「じゃあまたね、お爺ちゃん」
 それは呪いかと言いたくなる言葉を別れの挨拶に、ルシアンとカラヤンは螺旋の先へと消えて行くのだった。それを見つめていたエルンストが振り向くと、すぐそこが出口に変わっている。近くでドアベルが凛と鳴った。
 別れの挨拶だと言うように‥‥。