<PCクエストノベル(1人)>


龍の眠り〜ヤーカラの隠れ里

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【冒険者】
【 0036 / ケトゥ・クォン・シール / ドラゴンホーラー 】

【その他登場人物】
【 イリナ / ヤーカラの隠れ里に住む女性 】
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 36の聖獣の守護する地域。
 その中の一つ、ユニコーンの地域の中央部に聖獣界ソーンの中心・聖都エルザードがある。
 聖都エルザードの賢者の館には、精霊界ソーンの多様な情報が集められていた。しかし、人の為す業ゆえに限界はあり、だからこそ探求者が募られる。――この世界の数多の謎を解き明かす、鍵を求めて。

 龍の末裔と言われる亜人種のケトゥ・クォン・シールが興味を持ったのは、龍人の村・ヤーカラの隠れ里。
 ソーン北西の山岳地帯にひっそりとある。――そう伝えられる村は、同時に、人間との接触を拒んでいると言われている。
ケトゥ:「龍人の村‥‥ですか」
 そこに住まう者達は、自分よりも『血が濃い』のだろうか。『彼らの血を飲んだ者は、偉大な力を得る』――そんな謂れの為に、隠れ住まなくてはならない人々。
 ケトゥの心には小波が打ち寄せる。
 もちろん、彼自身が会った事も無い人々だけれど、出自の近しい者達だと思えるから。心を馳せる思いは、理性的な青い瞳に翳りを生んだ。
 力になれないだろうか。
 そんな思いが、彼を旅へといざなった。


 ヤーカラへの道行は、迂路を取らないと、山越えに継ぐ山越えとなってしまう。
 飛翔の魔法も使えるし、ナーガの本性の姿となれば翼もある。おおよその場所まで飛翔して易々と辿り着くのも可能だったが、ケトゥは人の姿で行く事を選んだ。そして、どこへ向かうのか、何をしに行くのかすら、誰にも告げずに。
 なるべく目立ちたくないのが、その理由。人目を忍び、ひっそり暮らしているはずの龍人達の生活を、自分の訪れで掻き乱したくはなかった。その配慮は、思慮深い彼だからこそとも、常になく心動かされているからとも言える。
ケトゥ:「人型でいるのには、慣れていますしね‥‥」
 山裾を這うようにある街道を歩きながら、彼は苦笑いで独りごちる。単純に、普段人里で生活していると、人間の姿の方が何かと都合が良いというだけなのだが。
 ヤーカラへの標などは勿論ない。この辺り、と思われる箇所から、道を逸れ山中へ分け入る。
 時間を長く感じたのは、その後からだった。
 茂った木々に陽の光は遮られ、昼夜の境もハッキリしない。
 その所為か、身体に溜まる疲労は倍にも感じられ、足取りが重くなる。水が欲しいと思ったが、清水の流れもまた遠かった。
ケトゥ:「本当に、こんなところに村があるのでしょうか‥‥」
 やっと、山間にせせらぎを見つけたケトゥは、ひと息ついたところで呟いた。空になってしまっていた水筒に水を汲み足すと、ぼんやりと木々の切れ間から黄昏色に変わり始めた空を見上げる。
 ささやかながらでも生活をしているのなら、何か、その片鱗があっても良さそうなもの。なのに‥‥。
 人影もないし、道もない。
 罠なども無かった代わり、標もない。
 嘆息すると、ケトゥは腰を上げた。このまま彷徨っていては、気力も食料も尽きてしまう。帰る事を考えなければいけないだろうか。
ケトゥ:「‥‥?」
 不意に鳥がバサバサと飛び立ち、ケトゥは周囲を見回した。気配を感じた気もするが、武芸に疎い彼には、詳しく『気配を読む』ような芸当は出来なかった。
 自分が急に動いた所為なのだろうか‥‥。
 そう思った時、人影を見た気がした。
 けれど、それはすぐに木々の中に紛れてしまう。
ケトゥ:「待って下さいっ!」
 見間違いだろうかと思いながら、ケトゥは後を追う。人影のあった――せせらぎの上流、狭い河原から木立の斜面へと続く場所を目指して。
 こんな場所にいるのだ。あれが人ならば、ヤーカラの者だろう。
ケトゥ:「俺は‥‥同じ、龍の血を引く者です‥‥っ!」
 信じてもらえるか分からないけれど、精一杯に叫んだ声は、山に木霊した‥‥。

 気配は、消えてしまった。
 少なくともケトゥには、もう分からなかった。
ケトゥ:「やっぱり、ナーガの格好の方が良かったんでしょうか‥‥」
 ――まだ見ているのなら、やってみようか。
 溜息と共に気持ちを入替えて、彼はシャツをくつろげた。
ケトゥ:「ほんと、色々面倒ですよね、『この姿』になるのは」
 言う彼の目元が、黒っぽく艶のある緑がかってゆく。それは身体に広がり、背に翼が現れた時――。
???:「龍人だっ!!」
ケトゥ:「‥‥っ?!」
 何者かの叫びは背後から。ハッとした時には既に遅く、ケトゥの身体には矢が突き立っていた。
ケトゥ:「く‥‥ぅっ!」
 龍人を狙う者達だった。誰かに雇われたのか、あるいは金になると思ってなのか、非道な者達はいつの世にも絶える事がない。
 万一を考えて、追われないよう注意はしてきたけれど。人影を見かけて、つい叫んでしまったのがいけなかったのだろう。まして、ナーガの姿を晒してしまっては。
 鏃に毒が塗られていたのか、ケトゥの意識は朦朧とする。
 近付く気配に炎の矢の呪文を紡ごうとして――その中途で彼は倒れ込んだ。
 乱れる足音と、複数の声。そして、身体を抱え上げられる気配。
 全てが、意識の向こう側へと消えていった。


???:「大丈夫‥‥?」
 遠くで声がした。
ケトゥ:「‥‥う‥‥ん‥‥」
 とても眠いばかりだった。瞼を上げるのも辛いほどで、寝返りをうちたいと思ったが、翼が邪魔をしている。
???:「人の姿に、戻れない? 今は‥‥無理?」
ケトゥ:「人‥‥?」
???:「そうしたら、もっとラクに眠れるから‥‥」
 思いやる声音は柔らかく、女性のようだった。
 難しい事ではないけれど、今は出来るのか怪しい。人に――戻れるようにと、半ば願いながら、ケトゥは寝返りをうつ。
???:「ああ、良かった」
 翼は消え、ケトゥの寝息は深くなるのだった。

 次に目覚めた時、周りに人の気配はなかった。
 部屋は薄暗く、床や壁は岩が露呈しており、洞窟を利用した場所のように見える。
ケトゥ:「‥‥」
 しばらくぼんやりと考えていたケトゥは、自分が何をしに来たのかを思い出した。
ケトゥ:「ここが、ヤーカラ‥‥?」
 呟きは、思いのほか部屋に響いた。
???:「そうよ。‥‥目が覚めたのね、大丈夫? 気分はどう?」
 部屋に扉はない。刺繍を施した飾りの布がその代わりで、水差しを持って現れたのは女性だった。肌は白く、長い金の髪がサラと肩口を流れていく。
ケトゥ:「今はもう大丈夫だ。‥‥あなたは誰です?」
 使われたのは強力な睡眠剤だったのかもしれない。まだ頭の片隅がぼんやりしているが、眩暈や吐き気などはない。
 生け捕りにしたかったという事らしい。
 そう思うと、憤りを感じずにはいられないけれど。
???:「私はイリナ。あなたは私達を害する人じゃないようだから、ここへ迎えたけれど。それでも他の人達とは会えないわ。ここにどれだけの人がいるのか、正確な場所がどこなのか、知って欲しくはないの」
 唯一、ケトゥを助けたのはヤーカラの里の男達である事だけ教えてくれた。
ケトゥ:「そうか‥‥。私はあなた方と近しい存在だから、力になりたいと思ったのだけれど‥‥。逆に、迷惑をかけてしまったのですね」
イリナ:「そうだったの‥‥。『近しい』というのは、龍の姿の事ね?」
 細長い木の杯に水を入れ、彼女は差し出してくれる。口に含むと、水は少し柑橘系の味がした。渇ききった喉が潤されてゆく。
 ヒリと左の肩口が痛んだのは、矢傷のせいだった。
ケトゥ:「ええ。私は龍の末裔と言われる種族だから‥‥」
イリナ:「私達は‥‥あなたのようにはなれない。龍になる事は、そんなに容易い事ではないの」
 それ以上は聞かないでと言うように、視線を逸らしたイリナを、ケトゥはじっと見つめていた。
ケトゥ:「俺では‥‥何も出来ないのですか?」
 助けてもらい、その上、何も出来ずに帰らなければならないと思うと、申し訳ないばかりだ。
ケトゥ:「せめてあなた方の、真実に近付く事は? 根拠のない噂は、真実とは違うと知る事が出来れば、それを伝えられれば‥‥変わるものがあるのではないですか?」
イリナ:「私達は容易く龍にはなれないわ。なれるのは、限られた女性だけ。たった1度、龍の姿でなら、心に思う真実の願いが叶うと言われているの。でもその時、女が願う事は決まっている‥‥」
ケトゥ:「‥‥」
イリナ:「子供が健やかに生まれるように‥‥。誰も、他の事など願わないわ」
ケトゥ:「妊婦だけが龍に‥‥?」
イリナ:「‥‥」
 ケトゥの問いに、イリナはただ頷いて返す。
イリナ:「子供を守るのと、この里を守るのは同じ。時折はそう願う女性もいたけれど。それでも『永遠の願い』は叶えられないから‥‥、いつも一時しのぎ。私達は隠れ住むしかないの」
 他の誰の為にも使えない力。
 真実の願いしか叶わない。
 それなのに。
ケトゥ:「どうして『血を飲めば力を得られる』なんて噂が出たんでしょう?」
イリナ:「それのせいかしら」
 彼女が指差したのは、ケトゥが持っていた杯。
ケトゥ:「え‥‥?」
 言われて、灯りの方へかざしてみると、水と思っていた液体は葡萄酒のような色をしていた。
イリナ:「取っておくのに、水に果実を絞って置いてあるだけなのだけれど。ここだと少し暗いから、濃く見えるでしょう」
 ヤーカラで飲まれているものと、龍人の伝承と。他の色々な事がごちゃまぜにされてしまったのだろうか。
ケトゥ:「言い伝えとは、あまり当てにならないものなのですね‥‥」

 出来れば他の者達にも会って話しをしてみたかったが、ケトゥは諦める事にした。伝承の真実は少しだけ分かったし、自分は助けられた身だったから。
 帰り道は、細く長く続く迷路のような洞窟を、目隠しで案内された。最後に少しだけ森を歩き、目の覆いが取られた時、細い山道に出ていた。
イリナ:「気をつけてね」
ケトゥ:「あなたこそ」
 同じ言葉を返してあげたかった。
 それを聞くと、彼女はただ微笑んで去って行くのだった。