<PCクエストノベル(1人)>


深淵に潜むもの 〜海人の村フェデラ〜

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■冒険者一覧
■■整理番号 / 名前        / クラス
■■0925   / みずね       / 風来の巫女
■■協力者  / カレン・ヴイオルド / 吟遊詩人

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■序章

 聖獣界ソーン。
 それは36の聖獣によって守られた不思議な世界。
 その中でも特に発展を遂げているのは、聖獣ユニコーンによって守られているユニコーン地域だ。
 その理由は、この世界において最も特異な都にして中心とも言える聖都エルザードが、そこに存在しているからである。
 今回の舞台はこのエルザードと、エルザードの北西に位置する海人(うみびと)の村フェデラ。
 海人というのは水中に暮らす人種のことで、フェデラ自体が浅いながらも海の底にある。
 彼らは地上で生活する人々がフェデラへやってくるのをとても楽しみにしていて、そういう人たちでも水中へ気軽にやってこられるようにと、「水中呼吸薬」や「ふやけ防止の塗り薬」などを用意してくれていたりする(それを使用すれば地上人でも水中で1日ほど生活できるのだ)。
 そんなフェデラに興味を持ったのは、マーメイドを守護に持つ風来の巫女・みずね。
 みずねは海人ではなかったが、人魚に変身することで海人と同様の性質を持つことができた。つまり水中でも、自由に活動することができるようになるのである。
 みずねがフェデラへ行くことは、だからとても簡単なことだった。
 ――そう。
 みずねが本当に興味を持ったのは、フェデラそのものではなく……



■本章
■■1.フェデラの噂

 若者が多く、活気あふれる村フェデラ。
 そのフェデラの中でも特に活気があるのは、村の中央に位置する広場だった。
 広場では毎日、水中であることを最大限に活かしたスポーツが行われている。それに参加したり観戦したりするのが、フェデラの若者のいちばんの娯楽だった。
 今日も広場では多くの若者によって、水に浮かないボールを使った競技が行われている。
 それを観戦する人々の中に、一際目立つ人魚の姿をした女性の姿があった。
 みずねである。

みずね:「あ〜〜〜惜しいっ。もう少しだったのにぃ〜」

 ボールを持った少年のシュートは、見事にゴールを外れていった。
 みずねは残念そうに肩を落とす。
 夢中になって応援しているみずねだが、実はどちらか片方のチームを応援しているわけではなかった。ここフェデラでしか行われないこのスポーツが大好きで、参加している選手全員を応援しているのだ。だからゴールが決まるのはとにかく嬉しい。

みずね:「そこよ〜! ……あ、入ったぁ♪ やった〜」

 みずねは両手を上げて喜んだ。
 そこでゲームの前半が終了し、ハーフタイムへと入る。
 それぞれの陣地に引き揚げていく選手たちを見ながら、みずねは後半の展開を予想してワクワクしていた。
 ――と。

少女1:「ねぇねぇ、深淵の話聞いた?」

 近くにいた少女のそんな声が聞こえてきて、思わず耳を澄ませる。

少女2:「何よ深淵って……」
少女3:「あ、私知ってる〜。フェデラの近くにすんごく深いトコがあるんだって?」
少女1:「そうそう」
少女2:「だから何よ。落ちたら危ないから近づくなって?」
少女3:「もう落ちた人がいるって話じゃなかった?(笑)」
少女2:「え?!」
少女1:「うん、そう。何でもそこで凄いもの見たんだって。それのおかげで戻ってこれたらしいわよ」
少女2:「凄いものって……」

(深淵……?)
 みずねはその言葉がとても気になった。
 間もなく始まった後半戦も目に入らないほどに。
 ”深淵に潜む凄いもの”
 それがみずねの興味を捉えた瞬間だった。


■■2.いにしえの唄

 エルザードに戻ったみずねは、その足で天使の広場へと向かった。
 天使の広場――そこはフェデラの広場同様多くの人々が集まる場所。もっと正確に言うならば、多くの旅人が行き交う場所だ。そのため各地の様々な情報があふれている。
 みずねは深淵の噂をしていた少女たちに詳細を聞こうとしたのだが、少女たちは噂以上のことを何も知らなかった。そこでもっと深い情報を求めて、天使の広場へとやってきたのである。

みずね:「すみませ〜ん。どなたかフェデラの近くにあるという深淵について何か知りませんか〜?」

 中央の噴水の前に立って呼びかけてみるも、旅人たちは無言でみずねの前を通り過ぎてゆく。
(反応がないなぁ)
 しばらくそこで粘ってみたが、誰もみずねに話かけてくる者はいなかった。
 途方に暮れるみずね。
(やっぱりフェデラで調べた方が良かったかしら?)
 そう考えた時だった。

???:「深い深い海の底に 眠る神の声を聴いたのは誰?
     暗い暗い海の底に 祈る人の声を聴いたのは誰?
     それは昔 ずっと昔 不可侵の水が語うた
     この中に住まおうか 住まえぬなら帰ろうか
     帰れぬなら共に逝こうと――」

 噴水の反対側から、そんな唄が聞こえてきた。
(深い海の底……? ――それって、もしかして深淵のこと?!)
 みずねはすぐにそちらへまわりこむ。
 唄っていたのはカレン・ヴイオルド。いつもここにいる吟遊詩人だ。

みずね:「カレンさん! 今の唄は一体……?」
カレン:「やぁみずねちゃん。今の唄は昔からこの地域に伝わるものだよ。この唄がどうかしたのかい?」
みずね:「実は――」

 みずねはフェデラで聞いた噂話を、カレンに話して聞かせた。

カレン:「――ナルホド。みずねちゃんはこの唄の詩がフェデラの近くにあるという深淵のことを差しているんじゃないかと言うんだね?」
みずね:「そうです。昔から伝わっている唄なら、可能性はありますよね?」
カレン:「そうだね。……うん、ちょっと調べてみようか」
みずね:「ホントですか?!」

 嬉しそうな声をあげたみずねに、カレンは苦笑して頷く。

カレン:「構わないよ。どうせいつもここにいるのだし」

 それからカレンは腕組みをして、「うーん」と考えこみ。

カレン:「もしみずねちゃんの予想が当たっているのなら、海人たちの中にもこの唄を知っている人がいるかもしれないね」
みずね:「そうですね! じゃあ私、もう一度フェデラへ行って訊いてきます〜」

 そう告げるやいなや走り出したみずねだったが、何故か噴水を一周して戻ってきた。

カレン:「? どうしたの?」
みずね:「すみませんカレンさん。もう一度唄って下さい……」
カレン:「あはは。オーケイ、いくらでも唄ってあげるよ」


■■3.噂の真相

 またフェデラへとやってきたみずねは、今度は深淵についてではなく唄について訊いてまわった。するとカレンの予想どおり、この唄を知っている者がいたのだ。
 それは若者ではなく、1人の老人だった。――いや、この唄自体が古いものである以上当然のことなのだが。

みずね:「じゃあこの唄を知っているんですね?!」
 老人:「ああ。わしが小さい頃、母親がよく唄ってくれたよ」
みずね:「この唄の詩の意味は、わかっているんですか?」
 老人:「意味? 意味などないわ」
みずね:「え……」

 期待して問いかけたみずねは、言葉に詰まる。
 すると老人はにやりと笑って。

 老人:「この海には神がいる。それは昔から言われていたことじゃ。その神のおかげで、海は穏やかに保たれておるのじゃからな」
みずね:「それは聖獣とは違うんですか?」
 老人:「そりゃあまったく違うさ。聖獣は……例えばこの地域を守っていると言われるユニコーンは、この地域全体を守っているのじゃろう? 海の神が守れるのは海だけじゃろうからな」
みずね:「あ、そっか」

 言われてみればそのとおりだ。
(――つまり……)
 老人の話が本当ならば、唄に出てくる”神”というのは、本物の海の神様である可能性が高い。
(それなら――)

みずね:「唄に出てくる、”人”の方はわかりますか?」
 老人:「そりゃあお前、海の神に仕えている巫女さんだろうよ」
みずね:「巫女……」

 確かに巫女ならば、”祈る”だろう。

みずね:「それじゃあ深淵に潜む凄いものって、神様と巫女さん……?」

 独り言のように呟いたみずねの言葉に、老人は笑って答えた。

 老人:「なんじゃ、やはりその噂が原因で調べておったのか。それなら話は早いわ」
みずね:「え?」
 老人:「噂の出所を教えてやろう。直接会ってみるといい」

 そうして老人に紹介されたのは、なんと今日みずねが観ていた例の試合で、前半の最後にシュートを外していた少年だった。
 既に競技の行われていない広場で、老人に呼び出された少年はみずねと対峙している。
 広場にいるのは、今は2人だけだ。

 少年:「――え? 深淵の噂?」
みずね:「ええ。出所があなただって聞いたんだけど……」

 すると少年はバツの悪そうな顔をして、みずねから顔をそむける。

 少年:「ったく、じいちゃんのやつ……」

 そう呟くのが聞こえた。

みずね:「え?」
 少年:「そうだよ! 俺が流したんだその噂。じいちゃんが唄ってた古い唄題材にしてさ」


■■4.秘められた過去

カレン:「――な〜んだ。じゃあ深淵の噂自体はまがいものだったのかぁ」

 天使の広場でカレンと落ち合って、みずねはフェデラで聞いてきたことを伝えた。
 2人で噴水の縁に腰かけている。

みずね:「でもこの唄自体は本物だったんだもの。深淵は確かにあるんだわ」
カレン:「そうだね。その老人の話によれば、唄に出てくる神と人は”海神”と”巫女”だと?」
みずね:「ええ。唄の後半部分に関しては、話を聞けなかったけど……」

 言いながらみずねの表情が曇った。そこまで気がまわらなかった自分を責めているのだ。
 するとカレンは、みずねの背中を強く叩いて告げた。

カレン:「大丈夫だよっ。そっちは多分私が掴んだから!」
みずね:「え?!」

 驚きながらも、みずねは叩かれたのが背中でよかったと思っていた。もし逆だったら……噴水に落ちていたからだ。

カレン:「ソーンの歴史を調べている旅人に聞いた話なんだけどね――」

 そうしてカレンが話し出した内容は、みずねにとっても実に興味深いものだった。
 今でこそ当たり前に存在する海人。けれど昔は、水中で生活できる者など誰一人いなかったのだと言う。
 そんな頃、海で溺れた1人の少女を可哀相に思った海神が、その少女を救うために水中でも呼吸できるよう鱗を与えた。それが海人の始まりであるらしい。

みずね:「じゃあ”不可侵の水”っていうのは、人の住むことができなかった水という意味?」
カレン:「その水に住もうか、住めないなら帰ろうか。でも溺れた少女は自力で帰ることなどできない」
みずね:「それなら一緒に逝こう……どこへ?」
カレン:「それはもちろん――」
みずね&カレン:「深淵へ!」

 2人の声が重なった。

みずね:「一緒にって言うのは、海神と少女のことですよね」
カレン:「おや、まだ気づかない?」
みずね:「え?」
カレン:「少女は”ただの少女”じゃない。唄の前半に基づくなら――」

 そこまで告げられて、やっとみずねは気づいた。

みずね:「そうか――巫女、なんですね」



■終章

 最初の海人である少女は、海神に祈りを捧げる巫女になった。
 その祈りに支えられて、海神は今も、深淵に眠り続けているのだろうか。
 ――もしも、そうならば。
(会ってみたいな……)
 カレンの唄ういにしえの唄を聴きながら、みずねはそんなことを考えていた。
 会ってみたい。
 深い深い海の底に眠る、優しい海神と優しい巫女に――。