<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
小さな冒険者達
●オープニング
いつものように、白山羊亭は昼飯をとる多くの客で賑わっていた。
その大半は冒険者達だが、近所の住人達も少なくない。
家で食事を作るのが面倒になった時。作る事が難しい食事を食べたい時。そんな時に近所の住人は白山羊亭を訪れる。
気軽に白山羊亭の者に話しながら食べている家族連れも、そうした客なのであろう。
ほのぼのとした、そしていつもとは違う食卓。
だが、突如父親がテーブルを叩き、子供に怒鳴った。
「馬鹿者! 何を考えてるんだ!」
「いいじゃないか! ボクだって冒険に出たいんだ!」
「おまえにはまだ早すぎる!」
そう言うと、父親は幼い少年の頬を殴る。
痛みで頬を押さえ、少年は泣くのをこらえるが、どうしても涙が零れてしまう。そして、泣き出す前に白山羊亭を飛び出していった。
父親は騒ぎを起こした事を皆に謝り、やれやれとテーブルに戻る。
食事が終わっても少年は戻ってこなかったが、父親は気にする様子もなかった。
翌日。
その父親が白山羊亭に飛び込んでくる。
「息子が‥‥カルが家出した」
父親を落ち着かせ話を聞く。
どうやら、昨日から息子が家に戻ってきていないようだ。夜までには戻ってくると思ったが、朝になっても帰ってきた気配はない。
ふと不安に思って、近所の友達の親に話を聞くと、揃ってエルザードの外に出たらしい。
子供の部屋を見てみると、簡単な旅に必要なものがなくなっている。台所からは日持ちのする食糧がなくなっている。
カルと友人達は冒険をしに外に出たのだと簡単に予測できた。
「どうか‥‥息子を探し出してください!」
父親はそう、あなた達に頼んだ。
皆が頷くと、安心した表情を見せ、その父親はよろよろと家に戻っていった。
父親と入れ替わりに、カルの友達――シンの母親が白山羊亭を訪れた。
丁度いた冒険者達の話を聞き、苦笑する母親。
「あの人は本当に心配性なんだから。ねぇ、あたしからもお願いがあるのだけど、いいかぃ?」
シンの母親は、少年達を見つけてもすぐさま連れ戻さないで欲しい、と頼む。
何でもかんでも押さえつけず、のびのびと子供達にやらせたいようにしたい。でも、外の世界はまだ幼い子供達にとって危険だ。
「だから、子供らが満足するまでそれとなく見守って欲しいんだ。そんなに報酬は出せないけど、カルの父親からも出るんだから、いいでしょ?」
●大きな冒険者×2+小さな冒険者×2
「まったく‥‥旅がどれだけ大変なものなのか知ってるのかしら?」
テーブルから立ち上がったのは10歳ぐらいの年齢の少女。とは言っても、260年も年経た玄武族の少女だとは誰が思おうか。まぁ、人間年齢に換算したら、やはり10歳ぐらいだが。
「黎沙よ。よろしく」
灰 黎沙は微笑んだ。
「よろしく‥‥って、カルとそんなに年違わないじゃないか」
シンの母親はただ驚くばかり。こんな年の少女が冒険者をしているのだから。
「大丈夫。黎沙はこれでも色々知ってるのだから」
それは大人達から話を聞いてるから。経験はなくとも、知識だけは豊富だ。わざわざそんな事は言わないが。
そして、また一人、同じように少年が立ち上がる。
「しょうがないなぁ‥‥。俺が行ってやるよ」
こちらも、年の頃は10ぐらいか。赤い瞳と繊細な顔立ち。またしてもシンの母親は驚いてしまう。
ヒルコ。
遠い世界で、6〜10歳の子供しかいない種族。そのような事を母親は知らない。
「いちをちゃんと旅支度を整えて、二人の後を追うから」
秋刃と名乗ったこの少年はそう言うが、不安がつのってしまう。慌てて辺りを見回すと、大人は知らん振り。金はよさそうでも、面倒ごとに関わりたくない、というのが見え見えだ。
「お子さんの扱いでしたら“神”さまでなれていますから、私も行きましょう」
その様子を見かねてか、腰まで届くエメラルドグリーンの長い、豊かな髪の女性が声かけた。
暖かな微笑みを浮かべたきれいな女性で、すらりとした身体つき。一言で表せば、美人。
その女性は、みずね、と名乗った。
「仕方ないねぇ」
カウンターでワインを飲んでいた、みずねとはまた違う美人が近づいてきた。
セレネ・ヒュペリオンと、その男どもの視線を釘付けにしている女性は名乗る。
「子供なんてほったらかしといた方が強く育つ気がするけどねぇ。ま、私に言わせりゃどっちも心配性に変わりはないよ」
クスッ、と笑う。その笑いは嘲りではなく、苦笑するような暖かい笑みだった。
「興味云々は置いといてま、仕事自体は楽そうだし私も行くとするかね」
どうやら、この4人だけが依頼を受けるようだ。これ以上立ち上がる者はいない。
まずは、と、シンの母親から得られる限りの情報を手に入れようとする、一同。子供の事は、やはり母親が一番よく知っている。
「子供のこった。そう遠くには行ってやしないだろ。特徴とか先に教えといてもらえるかい、まず見付けないとねぇ」
セレネがそう尋ねると、快く母親は教えてくれる。
家出した少年二人の名は、カルとシン。カルがシンを誘って出て行ったようだ。
二人は近所同士で、共に年は10歳。シンの方が体格はよく、同い年なのに兄のように見られている。
「よく食うんだよねぇ」と、母親が溜息をついたのはともかく。
カルはやんちゃで気が強く、一度やる、と言えば成し遂げようとする性格。
シンは穏やかで面倒見がいい。
まぁ、そのような性格とか外見的特長を教えてもらった。
一同は白山羊亭を出ると、みずねの提案で街中で聞き込む。すると、聖都の外にある森の方に歩いて行っているのを見ている人がいた。
「あらあら。確かその森って、ゴブリンとか出ると噂があったような‥‥」
みずねの言うように、子供ぐらいの体格で臆病な性格だが、人を襲うというモンスターが棲みついているという噂があった。近く討伐隊が出せれるようだが、今はまだ放置状態だ。
「そうだな。子供の足なんだから、今から行けば森につく前に追いつけそうだ」
まぁ、秋刃も子供なのだから、移動速度は変わらないというのは気にしない。同じ子供と言えども、旅慣れている分、自分の方が有利だろう。
「見つけたら‥‥まあ最終的には捕獲するとして気がすむまで‥‥要するに泣いておうちに帰る言い出すまでほったらかしときゃいいだろ」
セレネが言った言葉に、みずねは反論する。
「それでは、かわいそうじゃないですか。私は、見つけても、偶然通りかかった旅人として振舞いましょう」
黎沙も同じように少年達と同行するつもりだ。
「楽しいばかりが旅じゃないってこと、ちょっとは教えてあげましょ。そうね‥‥黎沙も彼らと一緒に旅してみようかしら。年も近いし」
「俺もー」
と、秋刃も一緒するようだ。
やれやれ、と軽く溜息を吐いて、セレネは苦笑いを浮かべた。
●旅は道連れ
「わー、冒険してるの!? 黎沙も一緒に行く!!」
森の直前で二人の少年に追いつく事ができた。
一同は旅の途中に見せかけて、少年達の話を聞き、同行したいと少年達に申し出た。
「二人はどうして旅に出ようとしたの?」
黎沙が尋ねると、カルは得意そうになって「男だからさ!」と言った。シンの方は「カルに強引に誘われたからね」と苦笑した。
「じゃぁ、君達はどうしてだい?」
逆に問われ、言葉につまる。
何故、と自分が問われれば、自分でも何故なのだろう、と思う。里の外に出て世間を知る為に。それはきっかけだろう。
「楽しいからさっ♪」
そう言ったのは、秋刃。
あぁ、そうか、と単純な事に気づかされる。
「そうね」
くすっ、と、みずねが微笑む。
「まぁ、楽しいばかりが冒険じゃないさ。危ない目にも遭う。それが冒険者高の日常だからねぇ」
風になびく髪をおさえて、セレネは呟くと、「帰らないのかぃ?」と二人に言った。
「まだ子供なんだ。親が心配しているだろ?」
「やだっ! まだ何も冒険らしいことしてないよ!」
「‥‥強情だねぇ‥‥」
「子供に乱暴しちゃ駄目ですよ」
一発ぶん殴ってやろうかとすると、みずねが慌ててセレネの前に出た。
暴力では何事も収まらない。カルの気持ちを納得させなければ、また同じような事が起きるだろう。
それに、ある程度の冒険は男の子だからしょうがない。ここは気が済むまでやらせた方がいいだろう。
やれやれ、とセレネは溜息を吐く。この日何度目だろうか。
「まぁ、夕暮れになるまでに都へ戻るのが条件だよ」
森の中。
そう深くはないが、それでも危険と接した事がない、子供達にとっては恐ろしいものなのだろう。
太陽の日差しが木々に遮られ、薄暗い。やや脅えた様子で、カルはシンの服の裾を握り締めているのを、秋刃は見た。
だが、からかいはしない。
「大丈夫ですか?」と、みずねが優しく二人の少年に声をかけると、「平気だい」と答えた。強がっているが、完全に脅えてない。
ガソコソッ、と草叢から物音が立つと、シンはカルの前に立って勇敢にも護ろうとする。まぁ、危険なものではないとわかっていたので、セレネはのんびりとその様子を見ている。
出てきたのは、兎。
少年達はほっと、胸を撫で下ろす。
その様子を見て、黎沙は察せられぬように冷めた瞳で二人を見る。
旅に出る以上、危険に対応できなければ死んでしまう。その事はこの少年達は理解してるのか。理解しているのだろうと黎沙は思った。
でなければ、旅に出ようだなんて思わない。だが、この少年達は強気を見せているだけ。
「出たよ」
短く秋刃は警告すると、兎が出てきた草叢の向こうを凝視する。
兎を追ってきたのだろう。現れたのは三体のゴブリン。人を襲うにも狩りにも使うのか、手には錆びた短剣。
「怖いっ」
そう言うと、黎沙は二人の少年の身体に隠れるようにした。
二人がゴブリン達を倒せるようなら、何もしない。手こずるようなら、手助けするまで。
しかし、どちらでもなかった。
カルは足をガクガクと震わせ、シンの身体にしがみついているだけ。腰でも抜けたのだろうか。
シンは、懸命に立っているが、その表情は恐怖に脅えていた。
「‥‥そこでおとなしくしとけっ!」
役に立たないのを見て、秋刃は舌打ちすると、炎の矢をゴブリンに向けて放つ。
ゴブリンの身体を炎が包み、断末魔の悲鳴を上げる。
みずねが呼び出した風の精霊――シルフィードが、優しく抱きしめるようにゴブリンの身体を包むと、鋭き刃に身を転じる。
もう一体は、というと、とっくにセレネがウィンドスラッシュで倒していた。
肉が焼ける匂いと、切り刻まれて風に漂う血の匂いが混ざる。
「旅に出る、という事はこういうことよ」
匂いに気分を悪くして、顔を白くしている二人の少年に、黎沙は辛らつな言葉を投げた。彼らの背中を撫でて介抱しているみずねは、視線で黎沙を咎める。
「まぁ、そんなに大した事じゃなかったんだし‥‥」
秋刃は少年達を庇うが、まだ黎沙の眼差しは厳しかった。
「まださっきは、ねぇ。でも、ゴブリンじゃなく野盗とか、もっと凶悪なモンスターが出たかもしれないんだよ。そして、あいつらは手加減なんかしてくれない」
こんな風に危険が、命を脅かす危険が、そして戦いが怖いものとは知らなかったのだろう。ただ、彼らの心の中にあったのは、『憧れ』。
未知の世界への憧れだけだった。
「‥‥さぁ、帰りましょうか。冒険がどういうものかわかったでしょう?」
微笑みを絶やさず、みずねはカルとシン、二人の少年に言うと、彼らは頷いた。
「あ‥‥夕焼け」
聖都へと戻る道。
西の空から橙色の光が一同を照らすのを見て、少年達は呟いた。都の外で見る夕焼けは、いつも見ている夕焼けとは違い、広大な大地を照らす。
「どうだぃ? いつもと違う夕焼けを見るのは?」
秋刃が尋ねると、少年達はわくわくしたような瞳を返した。聖都の高い壁の上から振り落ちる光とは違った光。
「ま、これに懲りたらおとなしくしてるんだね」
セレネはそう言うも、この少年達はおとなしくしていないだろう、と思った。一度広い世界を感じてしまえば、今までの日常は窮屈に感じられるだろう。そう、自分のように。
「旅は自分に見合う勇気と力と知識を得てからするもの。それなら父様も母様もちゃんと納得してくれるわ」
今度は無鉄砲に家出しないように、と、念押しする。
「もう、冒険に怖いものはつきものだとわかってるから、大丈夫ですよね」
穏やかな声で、みずねは言った。
「冒険の危険さとか、大変さとか、わかっただろ?」
秋刃の言葉に二人は頷く。
今日一日で色々な事を経験して、楽しさも辛さもわかった。
今度はもう少し大人になってから、そして、その為の強さも得てからだ。
夕焼けが紫に差し掛かる空で、一番星が輝いていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0859 / 灰 黎沙 / 女 / 260 / 族長の孫娘】
【0925 / みずね / 女 / 24 / 風来の巫女】
【1075 / セレネ・ヒュペリオン / 女 / 22 / 元王宮魔導師】
【1106 / 秋刃 / 男 / 10 / 外法術師】
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■ ライター通信 ■
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この度は、納品が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
月海の初めてのソーン・白羊山亭でしたが、如何でしたでしょうか?
二人の少年達は現実の厳しさを知り、そして更に冒険への好奇心をつのらせたことでしょう。
しかし、まだ彼らは幼く、冒険者になるのはまだまだ先の事。今回の事は、彼らにとっていい経験になったでしょう。
それでは、またのご参加、お待ちしております。
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