<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


夜空の向こうに…

●オープニング

彼らが「居場所」とする黒山羊亭のカウンターの扉を
誰かが開いた。今まで見たことの無い女が扉を揺らして
入ってくる。

「隣、座ってもいいかしら?」

店の中には、酒を飲む多くの男達がいるが彼らには目もくれず
女は自分達の隣に腰を降ろした。
彼女の目が自分たちの装備を見ているのが解る。
そう、彼女は冒険者を探しているのだ。
真紅の口紅。青い瞳を引き立てるようなブルーのシャドウ。
際どいスリッの入ったドレスは、彼女の魅惑的な肉体を
ぴったりと包み、その大胆なラインを引き立てている。
フェア・ブロンドをなびかせて颯爽と歩く彼女にそれらは
よく似合っているが、胸元の派手に光る首飾りと共にどこか浮いている。
彼らは、そんなこと考えながら酒を飲み続けた。
甘えるようにしだれかかる彼女は耳元でこう、囁く。

「お願いがあるの。私の、大事なものを取り返して欲しいのよ。」

この街にもダークサイドは存在する。
夜の闇に蠢く組織のことは、いくつか彼らの耳にも入ってきていた。
上げた名前は、その中でも最近力をつけて来ている組織。
まだ大きいとは言えないがバックに大物をつけたと最近噂の所だ。
ルフィーネと名乗ったその女はそいつらに、大事なものを奪われたのだという。
「あいつらにとっては、ごく普通の商品なのかもしれない。でも私にとっては
命よりも大切な宝なのよ。」
ポトリ、ドレスに小さなしみがひとつ、浮かんで消えた。

「あいつらの居場所は解っているの。それもきっとそこに、でも私の力では
取り戻すことができないの…。」
「それ、とは一体なんだ?」
「今は、…言えない。でも見れば解るわ。それだとすぐに…」
「条件は?」
「私を連れて行くこと。私と、それを守ってくれること。」
「報酬は?」
「私の持っているその宝以外のすべて。もちろん、私自身も。」

彼らは立ち上がった。エスメラルダに向かって金を転がして外へと…
「どこへ行くの?」
その言葉を飲み込んだ追うような彼女の視線に、彼らはこう答えた。
「行くぞ!」

小鳥のように華やかに笑って後を追う彼女の姿は、思いのほか幼かった。

●出会い…そして始まり。

「力をお貸ししましょうか?」
ルフィーネは声に驚きあたりを見回した。この店に不似合いな、少女の声。
「こちらですわ。」
こつん、何かが後ろから足に触れた。柔らかいようで固い感触…?
振り向いたそこにいた「もの」に、彼女は目を見開いた。
「あなたは…に、人形?」
そこには、彼女が見たこともない存在があった。「人形」 幼子の姿をとった人形である。
腰までの黒髪。夜よりも黒い瞳。陶磁器のような白い肌。
もし、知るものだったら、それが遠い異国の「日本人形」と呼ばれるものに酷似していることに気付くだろう。
「鬼灯と申します。」
鬼灯と名乗った人形は、優雅にお辞儀をした。動き、仕草は人間と変わりはない。だが固く硬質な印象を受ける。背には大きなゼンマイ。
驚きながらもルフィーネは首を振った。膝を落とし視線を合わせ、寂しげに笑う。
「気持ちはうれしいけど、あなたのような小さな人にお願いはできないわ。」
「心配は無用です。私はこう見えても、自分の身を守る以上のことはできますから…。」
無表情で答えると、鬼灯は左手を真っ直ぐ伸ばした。
カタカタ…。
静かな音を立て、鬼灯の手が6尺はある大筒へと変化する。彼女の顔色が変わった。
(いいのだろうか…。彼女に頼んでも。)
彼女の心の戸惑いは鬼灯が人形であったためだけでは無い。だが…。やがて彼女はもう一度目線を鬼灯に合わせた。
「解りました。お願いします。でも、無理はしないで…」
「私の事はお気になさらず。人を守るのが私の使命ですから。」
無機質な声が、低いトーンで答えを返す。小さな会話。そこに今度は大きな声が頭上から注いだ。
「美女同士が物騒な話をしておるの。だが、女というものは、時に男の腕に甘えてもいいのだぞ。」
鬼灯とルフィーネが同時に顔を上げる。
「わしはファビオン・ブリッジ。ファンとでも呼んでくれ。」
声の主は男。質の良い装備を身にまとった騎士だった。年は壮年に近いだろう。年月を重ねた者のみが纏える大人の空気を感じる。だが、底に艶やかさを称えた不思議な男。
「力を…貸して頂けるのかしら?」
「美女の依頼を放っておくことなど騎士としてできぬし…な。」
「私には高い報酬は払えない。それでも…?」
「報酬は、そなたでかまわんさ。」
「いいわ。依頼が終わった後でも、私を欲しいとおもうのなら…。」
「よし、契約成立だ。この剣を捧げよう。ところで、ホントにこの嬢さんも行くのか?」
ファビオンは下向きに指を指した。その下には鬼灯がいる。
「どうぞご心配なく。あなた様のほうこそ、私の邪魔をいたしませぬよう…」
カタカタ再び手が…。ファビオンは慌てて手を振った。
「解った。まあ、怪我をせんようにな。」
「怪我などいたしません。わたくしは人形ですから…。」
「そうか…、そうだな。」
苦笑するファビオン、拗ねたように顔を背ける鬼灯。
かみ合わない、でもどこか暖かい、親子のような二人の会話を見守るルフィーネの頬に暖かい笑みが浮かんでいた。

●潜入?突入?
3人は、一軒の館の前にやってきていた。
外見は3階建てのごく普通の家。
だが、怪しい外見の男どもが、出たり入ったりを繰り返していた。
「あの家の中、多分2階の奥に、それはあるはずです。」
ルフィーネはそう言ってのけた。ファンと鬼灯の顔に、わずかな影が浮かぶ。
「なぜ?そんなことまで解るんです?」
答えは無い。が、二人はルフィーネを信じることに決めたのだ。だからそれ以上聞かなかった。

表には人が多いので、彼らは裏に回る。表よりは人が少ない。今は一人。   
「さて、どうするか…。おい、嬢ちゃん。」
ファンが考えている隙に、鬼灯はトトトと裏口に近づいていった。たちまち下っ端らしい男が目を止める。
「?なんだ?おめえ。」
「こちらにルフィーネ様の大切なものがあると伺ってきたのですが…。」
「は?何を言ってやがる!」
「教えていただけませんのね?なら…。」
ナイフを突きつけようとする男に向かって、カタカタカタ…鬼灯の手が動く。
「こら!」
「鬼灯ちゃん!!」
ボカッ!!
「あっ。」
ファビオンは、鞘に入ったままの剣で男の頭を叩いた。男は声も無く気絶する。そして、鬼灯は小さな悲鳴を上げて倒れていた。ルフィーネの腕の中でである。
「ルフィーネ様?」
「嬢ちゃん、こんなところでぶっ放そうとする奴があるか?すぐに見つかっちまうぞ。」
ため息をついて鬼灯を見つめるファン。ルフィーネはまだ、鬼灯の身体を離さない。囁くように彼女は言った。
「無理は、しないで…。」
ルフィーネは、鬼灯を庇った。自分は人形。ナイフなどなんでもないのに。
「お二方とも、申し訳ありませんでした。」
頭を下げた鬼灯にファビオンは笑った。ルフィーネもその手を解く。
「まあ、いい。入り口は確保できた。行くぞ!」
3人は屋敷の中に、無事潜入することに成功した。

●宝物。それは…
潜入後、彼らはルフィーネを庇いながら慎重に先に進んだ。
何度か敵と出会ったが、鬼灯がガードを固めて、ファビオンが攻撃するという戦法で無事やりすごすことが出来た。
1階を過ぎ、2階へ。ルフィーネの言葉が正しければ、ここに「宝物」があるはずである。
部屋を確かめながら、進むうち、彼らは怪しい部屋にたどり着いた。
「ここは?」
部屋の扉に不思議な札が数枚。鬼灯にはそれが、主である陰陽師が使う魔物封じの札に見えた。外見や文字は違うが、纏う空気が同じなのである。
ファンもその扉の異様さを感じ、見つめる。ふと、ルフィーネを見つめると彼女は顔を真っ青にして膝をついていた。今にも倒れそうなほど弱々しい。
「大丈夫か?ルフィーネ殿?」
「しっかりしてください。」
「だ、大丈夫です。どうか、その札を剥がして、中に入ってください。間違いなくそこに宝があります。」
おかしい、と鬼灯は感じた。でも、ルフィーネを信じると決めた。頷き、札を剥がし、彼らは扉を開けた。

部屋の中には、何も無かった。宝石も、本も。
一人の女の子が、不思議な魔方陣の中に座らされていた以外には何も…。
「リサ!」
「ママ!」
ルフィーネは魔方陣に駆け寄った。だが、二人は触れ合うことができない。不思議な障壁が二人の間に立ちはだかったからだ。
「ママ〜!?」
らしからぬ、頓狂な声を上げたのはファンだった。義理の親子、という感じではない。「宝」の意味も理解できた。
(つ、つまり子持ちってことなわけか。ハハハ…。)
鬼灯も二人を見つめていた。魔方陣に触れるたび、ルフィーネは苦しそうにしている。
でも、それでも、彼女は近づいていくのだ。少女の為に。
(ルフィーネ様は、あの子を助けたかったのですね。その為に命を賭けた…。)
少女の年頃は自分の外見に少し近い。彼女は自分と、あの少女を重ねたのかもしれない。
そう、思った。

二人が呆けたのは一瞬。
だが、その一瞬の間、その間に部屋の中に侵入者を知った組織のものたちが、次々集まってきた。そして…。
「待っていたよ。」
ねっとりと絡みつくような声の男が、その中から一歩進み出てきたのだ。
それが、ボスであろうことは簡単に想像がついた。
「やっと見つけたヤーカラ。さあ、私たちのところに来てもらおうか…。娘もいいがやはり純血種でないとな…。お客さんがお待ちだ…。」
ヤーカラ?ファンと鬼灯はルフィーネを見た。涙と、魔方陣の障壁でボロボロになった
彼女の顔を見た時、全てを理解して彼らは動いた。
ファンは、剣を抜き、ルフィーネを庇うように立ちはだかる。鬼灯は魔方陣を調べるようにくるくると回った。
「なんだ?お前らヤーカラを横どるつもりなら許さんぞ!」
「残念だが。美女の依頼を断るのも、人攫いを見逃すのも、騎士としては許せないのでね。」
下っ端どもが、ファンに向けて攻撃してくる。総攻撃だ。彼は剣や拳にオーラを篭めて、彼らを地に沈めていく。だが、1対多数の物量作戦。じき、彼の身体が限界を感じ始めた。その時
「あった!」
鬼灯は小さな声を上げた。カチカチカチ…手を変化させ魔方陣の一部を大筒で打ち抜く。
ドゴンッ!
結界の壁が消える。お互いに向き合っていた少女と母親は、お互いに倒れこむようにして触れ合い、そして抱き合った。
「くそ!ヤーカラ封じの札や、魔方陣は高かったんだぞ。お前ら!ただじゃおかないからな。」
ボスはさらに、下っ端をけしかける。
ファンは、少女とルフィーネを窓際まで連れてくると、鬼灯に手招きした。
「嬢ちゃん!思いっきりやれ。今なら大丈夫だ!!」
「解りました。遠慮は、いりませんね。」
下っ端どもの足が止まる。目の前には美しい人形。しかし、手には大筒。
そのギャップが、あまりにも美しく、あまりにも異様で。動けなかったのだ。
しかも、その大筒は自分達の方を向いている(ニコッ)

ドゴン!バゴン!ガツン!ゴツン!!!
彼らが最後に見たものは、人形の笑みか、空を飛ぶ龍の姿か。それとも燃え盛る炎か…。

それ以降、その組織の名が再び囁かれることはなかったという。

●依頼解決、そして…。
「本当にありがとうございました。」
ルフィーネは少女と一緒に頭を下げた。
彼らはヤーカラの隠れ里に向かうという。
二人とも、それを止めなかった。
「ホントはもっと、早くこの子を里に連れて行くべきだったんです。でも、あの人と出会ったこの街を離れたくなくて…。」
彼女は語った。外の世界を知りたくて里を飛び出したこと。
都で男性と知り合い、愛し合い、すべてを打ち明けて一緒になったこと。
彼は、子供を残して先立ってしまったこと。
そして、正体を闇のものに知られてしまい、娘を奪われてしまったことを…。
ルフィーネは鬼灯のそばに近寄った。最初に出会ったときと同じように膝をつき、目を合わせる。
「ありがとう。本当に感謝しているわ。」
「お礼には及びません。大したことはできませんでしたから。」
顔を背ける彼女の表情ははじめてあったときと同じ硬質で、無表情。でも…。
ルフィーネは首飾りを外し、そっと鬼灯の首にかけた。和服にその首飾りはお世辞にも似合うとは言えなかったが、鬼灯は何か嬉しくて、静かに手で触れる。そして…
「あなたの望みがかないますように…」
ルフィーネは鬼灯を抱きしめた。
(暖かい…。)
固い作り物の身体なのに、暖かいものが全身に感じられて…。鬼灯は不思議な気分だった。

ルフィーネは少女の元へ戻り、手を繋いだ。
もう一度二人に頭を下げると、薄闇の中、エルザードの街を後にして旅立っていく。
ヤーカラの隠れ里は遠い。だがヤーカラには道が開かれるという。
彼女らは、きっとたどり着けるだろう。

「さて、これをどうするか…。」
ファンは手の中の小さな小ビンを見つめた。中には赤いものが数滴封じ込められている。
ルフィーネが「自分自身」と言ってくれた報酬だった。自らの手首を切って。
欲しいと思うものは、人を殺めてでも欲しいと思うというヤーカラの血。
(私たちにはなんの意味もありませんが、あなたたちになら…)
「わしは、いらんの…。」
ビンを握り締めると、ファンは門の外に出て行こうとする。それを小さな声が引きとめた。
「わたくしのもお願いしますわ。」
鬼灯が彼の服を引き、自分の小ビンを差し出している。振り返ったファンは鬼灯に目線を合わせた。
「いいのか?嬢ちゃんの望みをかなえる力があるものかも…。」
「いいんです。」
「そうか。解った…。」
頷くと、彼はビンを受け取って小さくサインを切った。

その日、朝一番の太陽は、エルザードの空に二つの小さな光が舞うのを見つめた。
それはほんの一瞬、キラリと輝いて消えた。

ユニコーンの見守る、深い海の彼方へと…。

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■   登場人物                  ■
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【 1091/ 鬼灯 / 女 /6歳  /護鬼 】

【 2268/ ファビオン・ブリッジ/ 男 / 50歳 / 騎士】

 NPC ルフィーネ 女 25歳 ヤーカラ

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■         ライター通信          ■
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今回は発注ありがとうございました。
夢村まどかです。
まだ、新米ですが、一生懸命やっていきますのでこれからも
どうぞよろしくお願いいたします。

第一回は、お二人の参加で話を作らせて頂きました。
それぞれの方の分ではそれぞれの方を主に書いているつもりです。
遠慮なく大筒を打つという、鬼灯さんと、ルフィーネを口説く
というファビオンさんのプレイングはどちらも魅力的でした。
ただ、展開の都合上、ご希望通りにならなかったかもしれない
ことをお許しください。
ファンさんのお名前は、自己紹介以後は愛称で統一させて頂きました。

少しでも楽しんで頂け、読後に何かを感じて頂ければそれ以上の
喜びはありません。

改めて、今回はありがとうございました。