<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


海開きを監視せよ

○オープニング
 夏です。暑いです。
 白山羊亭の看板娘ルディアもだれ気味だ。
 お店にいるのが常連さんばかりというのに気を許し、カウンターに両手をつきだしひれ伏して、「はあ暑いわね〜」と舌をだして唸っている。
 と、そこに。
「おーっす、ルディアちゃんいいポーズだな」
 勢いよくドアを開き、店に入ってきた若い青年がいた。
「きゃっ。あ、すみません」
 あわてて姿勢をただし、微笑むルディア。青年は、この辺りの貴族のひとりルジェ・リオという金髪碧眼の青年だ。
 城に勤める兵の一人だが、顔が広く色々なところから頼みごとを受けることが多いらしい。
「冒険者の人に頼みたい仕事があってね。信用がある人がいいんだが、ここはルディアちゃんの見聞きを信じて。頼むよ」
「あ、はい。どんな仕事ですか?」
「この近くの海岸で、明日から海開きをするんだ。しばらくでいいから、その監視役をお願いしたいんだよね。ついでに海の家の売り子さんも探してるらしいんだが」
「この暑いのに、泳ぐみんなの監視役ですか・・・・・・それは大変そう」
「そうだろう? だから誰もなりてがいなくて困ってるんだ。どうかよろしく頼むよ。お代ははずむからさ、ね」
 可愛くウインクを決めて、ルジェはそれじゃ、と店をあとにしていった。
 
 その背中を見送ったあと、ルディアはうーんと腰に手を当て、「海かぁ・・・・・・」とぽつりと呟き、店の常連達に愛想笑いを浮かべるのだった。 

○朝の海

 朝の太陽が、静かに海を照らし始めている。
 広い海。青い波は、ただ寄せては返すを繰り返すだけ。今日は快晴。たくさんの水泳客達がこの海に訪れるだろう。
 けれど、その影もまだまばらな早朝だった。

 槌の音がその静かな海に、カンカンと響いていた。
 海岸にある何軒かの海の家のうちの一つからである。
「大丈夫ですか〜? 危ないですよぉ〜」
「わかってるって……でもなんとか……」
 古びた海の家の入り口に、はしごをかけて、柔らかそうなエメラルド色の髪の少女が看板を打ちつけていたのである。
 可愛らしい大きな赤い瞳は、高場にいる緊張からか何度も瞬きを繰り返している。けれど細い腕は休むことなく、槌で釘を打ち込んでいる。
 早春の雛菊・未亜(そうしゅんのひなぎく・みあ)という名の12歳の少女である。
「かわりましょうか〜?」
 はしごを下からおさえながら、まるで彼女の姉のようにも見える、豊かなエメラルドグリーンの長い髪を持つ女性が呼びかけた。
 優しげなコバルトブルーの瞳で、はしごの上の少女を不安そうに見上げている。みずね、と名乗る人魚族の女性だった。
「大丈夫です。できました!」
 未亜は明るく笑って、それを見上げた。
 『月兎亭夏季限定支店』
 ちょっと歪んだ筆文字で書かれた木の看板。
「曲がってないよね?」
「ええ、これで完成ですね……」
 はしごから手を離し、みずねはぱちぱちと拍手を送った。
「うんっ!」
 未亜は元気よくうなずく。おかげでぐらぐらはしごが揺れたが、なんとか落ちずに済んだ。
「さあ……頑張るぞぉっっ」

○海の家オープン

「やあ、君たち早いね」
 太陽が東の空に完全に浮かび上がった頃、ルジェ・リオは海岸に姿を見せた。
 金髪碧眼の鼻筋の通った美青年である。根っからの色男で、軽薄さが感じ取れるのが弱点だろうか。
「おはようございます、ルジェ」
 海の家の支度を手伝って、店の外に木のテーブルを運んでいたみずねが先に気がついて振り返った。
 以前に打ち合わせで出あった時に「堅苦しいのは嫌いだから」と、呼び捨てでよんで欲しいといわれていた。
「やあ、ミス・みずね。今日も美しいね。……おチビさんは元気かい?」
「誰がおチビさんですか!」
 店の中で洗いものをしていた未亜が叫ぶ。
 ルジェは目を細め、「元気そうだ」と笑った。
「それにしても、すごいものだね。すっかり綺麗になっている。……二人でやったのかい?」
「ええ。朝日がのぼる前には着いてましたから」
 微笑むみずね。感心したようにほうと息をつき、ルジェは「手伝おう」とみずねのテーブル運びを手伝いはじめた。
「そろそろお客さんも入り始めるからね。二人とも頼んだよ」

 そう彼が言ってまもなく、浜辺には次々と水着姿の親子連れやカップル、グループ達がやってきていた。
 未亜とみずねもそれぞれ水着に着替えて、店の前に姿を見せた。
「これはこれは……」
 ひゅうと口笛を鳴らすルジェだった。
 未亜は可愛らしいエメラルドのビキニ。 まだ幼さの残る体のラインに、みずみずしい肌。面立ちはまだ童女なのに、発育はよいらしい。
「……似合いますか?」
 少し恥ずかしそうに、尋ねる未亜に、ルジェは一瞬悩んでしまうほどだった。
「よく似合うよ……」
 ちょっと刺激的だな、なんていうと、自分は変態扱いされてしまうかも、と。
「それじゃ、準備に入りますね。焼きとうもろこしは時間かかるしっ」
「うん、よろしく。後で手伝いに戻るよ」
「はーい」
 店内に戻った未亜と入れ違いに、白いセパレートの水着をつけたみずねが出てきた。
 未亜とは正反対に、清楚で目立たない水着ではあるが、その豊満な胸元やウエストの芸術的なくびれをはっきりと示している。
「!」
「すみません……お待たせしました」
「い、いや……さ、行こうか」
 視線に困り、ルジェは回れ右をするように彼女に背中を向ける。
「この辺りの地形を案内してくるよ。未亜ちゃんは悪いが、店を頼むよ」
 「はーい」と店の中から返事があった。
「よろしくね、それじゃ行こうか」
「……はい、よろしくお願いします」
 みずねは優しく微笑んだ。


「手伝いに来てくれる人が見つかって、本当に助かったよ。……あの海の家は、別の持ち主さんが持ってたんだけど、今年は怪我をしてしまったらしくて町にいるんだ。空いてるのも勿体ないし、使って欲しいって言われたんだけど、海の監視も引き受けておいて、二つはさすがに無理だし……」
 浜辺の端の、岩礁のところまで歩き、引き返して浜辺に戻る道すがら、ルジェは苦笑を浮かべながら言った。
 彼はいい家柄の貴族の出であったが、気さくな人柄と庶民的な性格で、町や村の知り合った人々から、用事を頼まれることが多いらしい。
「お役にたてて、よかったです……。私、子供達や海で遊ぶ方に怪我をさせたり……したくないですし」
 みずねはその横を歩きながら、小さく微笑んで言った。
「そう。優しいんだね」
「優しいってほどじゃ、あっ!!」
「ん?」
 突然みずねが叫んで走り出したので、ルジェも慌ててその後を追う。
 海に走り出した子供達の一団にみずねは駆け寄ると、「待ちなさいっっ」と叫んだ。
「……?」
 振り返る子供達。近くには子供達を連れてきた両親達も怪訝な顔で彼女を見つめる。
「海に入る前は準備運動しなくちゃだめ……ですよ?」
 きょとんとする子供達に、みずねはもう一度繰り返す。
「そのまま冷たい水に入ったりしたら、心臓がびっくりしちゃいます……。まずは準備運動をして、それから足から順にゆっくりと水に浸かってください」
「……は、はいっ」
 言いながら、みずねは膝の屈伸運動を始めて見せる。
 子供達もそれを真似して運動を始めた。
 近くで子供達の様子を心配そうに見守る両親達に、ルジェが「やあ」と話しかけた。
「彼女は海の監視員ですから。従ってください」
「まあ、ルジェ様。ご機嫌うるわしゅう……わかりましたわ」
「ええ、よろしく」
 一生懸命子供達と一緒に準備体操をしているみずねを、ルジェはとても優しい視線で見守っていた。

「まだ戻ってこないかなぁ……」
 未亜は首にかけたタオルで、額の汗を拭いながら呟く。
 午前中も後半に入ると、暑さも人手も尋常ではなくなってしまう。
 月兎亭支店には、たくさんのお客達が詰め寄せていた。
 その時にも「お姉ちゃん、とうもろこし1本!」「かき氷ちょうだい?」「両替はできるかしら?」など次々と声が飛ぶ。
「はーい。とうもろこしね、1本でいいのね。かき氷はどのお味がいいですか? 両替はすみません、他を当たってくださーいっっ!!」
 左手で商品を持ち、右手でお金の受け渡しをする。その間にも、網の上の、いかやき、とうもろこしは、じりじりと焼き焦げ、黒い煙をたてはじめる。
「わーーーっっ。こげちゃう。ちょっとお待ちくださいっっ!!」
「可愛い店員さん、大丈夫よ、待ってるから」
 お客さんが苦笑をしつつ微笑んでくれる。 
 急いで、網の上のものをひっくり返し、かき氷の新しい氷を氷室から取り出し、機械にかける。
 シャリシャリシャリ。
 その涼しげな音にひかれてか、店の中にはまたもやお客さんが入ってきて増えてしまった。
(忙しいよぉぉぉ。まだ戻ってこないかなー)
 待ち遠しくてたまらない。
 それでも、いない人を頼りにするわけにはいかず、けなげに一人で頑張る未亜だった。
「ただいま〜、うわ、盛況だねぇ」
 どこか暢気なルジェの声。
「未亜さん大丈夫ですか?」
 みずねの声も後に続き、未亜は「早くー! 手伝ってー!」とちょっぴり甘え声で叫んでしまった。
「ルジェは氷室から氷と、店の裏にある飲み物運んできてください! みずねさんは、お客さんの注文聞いて! 私は作る!!」
「はーい」
 それぞれが持ち場についたので、未亜は安心して、網の上のいか焼きととうもろこしの世話にかかる。
 様子を見ながらかき氷を作り、その後に飲み物をまとめて作る。
「未亜さん、いいですかー?」
 みずねが呼んだ。
「はーい」
 出来上がった氷と飲み物を差し出しながら未亜は明るく応答する。
 人手ってやはり大事だ。
「えーとですね。たこ焼きが3つ、かき氷がレモンが7つ、イチゴが2つ、メロンが4つ、練乳が5個。やきとうもろこしが4本、焼きいかが10本、飲み物が……」
 どたどたどたどたっっ。
 激しい音が響く。
「あら?」
 みずねの足元に倒れ伏す幼いサムライ。
「……だ、団体さん……なのかな? みずねさん……?」
「そうみたいですね……それより未亜さん、すごい格好……」
「ふにゃ……ぁ」
 倒れたついでに辺りのものを巻き込んで、未亜はすっかりシロップとソースまみれ。カラフル&ベタベタコーティングで、すっかりやる気を失いながら、未亜はその後、黙々と働き続けるのだった。

○人魚の監視員
「すみませーん。貧血ですーっっ」
 運びこまれる顔色の悪い子供や女性達。
 月兎亭の隣の避難所で、みずねは寝かした彼らの額に冷たい水でひたしたタオルを置いてやり、風の眷属に頼み、涼しい風を吹かせてあげた。
 午後に近づくにつれ、その数は多くなり、一気に野戦病院のようになってしまう。
 月兎亭の中のことも心配ではあったが、とても手が回せない状態だった。
「うう……」
 苦痛を訴える子供を前に「もう大丈夫ですからね」とみずねは優しく声をかけてやり、頭を撫でてあげる。
「……うん……」
 みずねに撫でられた子供達はほっとしたような笑みを見せ、眠りについていた。
「みずねさん、こっちもだ! 頼むっ」
 浜辺を駆け回り、けが人やおぼれて水を飲んだ人達を次々と抱えて戻ってくるのはルジェだった。
 彼はさっきから浜辺の端から端まで走り回りっぱなしだが、少しも疲れた様子は見せない。
 岩場で転んで足を切った子供を背負って戻ってくると、みずねに頼んで、今度は反対側から呼んでいる声に駆けて行く。
「痛いよぉ、痛いよぉぉ」
 わんわん泣き続ける男の子。
「大丈夫ですよ……。そんなに深い傷じゃないみたい」
 みずねは優しく声をかけて、少年の怪我を見た。
 手にとったのは透明の液体。少年の瞳が少しおびえを見せる。
「……いたいの?」
「そんなに痛くないですよ。はい、いいですか〜? ちちんぷいぷーい」
「ちちんぷいぷーい」
 言いながら、みずねはその液体を少し指にとり、傷口の周りから湿していく。
 傷は不思議なことにみるみると消えてゆき、少年は驚いたような表情でみずねを見つめた。
「お姉ちゃん、魔法使いなの?」
「いいえ、でも、よくなってよかったです。これからは気をつけないとダメですよ?」
「うん、ありがとう! じゃあボクもう帰るねっっ」
 少年は立ち上がると、迎えに来ていた両親の元に戻っていった。
 みずねは微笑んでそれを見送ると、また他の患者達の手当てに戻る。
 手当て以外にも道を聞きに来るものあり、待ち人を探す者もあり、へとへとになる程忙しい海の仕事である。

○海の恐怖

「あーーーーっ、終わった終わったー」
 精一杯背伸びをして、高らかに未亜が海に向かって叫ぶ。
 実際にはまだ終わったわけではなかったが、夕方になり、確実に客足は収まった。
 その前にほとんどの材料が売り切れてしまっていたのもあって、月兎亭は「本日は閉店」との看板を出し、避難所&監視所もルジェに留守番を頼んで、未亜とみずねは、波打ち際で海を眺めていた。
「疲れたねっ。でも、目いっぱい働いたから、気分がいいかも」
「本当ですね……未亜ちゃん、頑張ってたわ」
 みずねは優しくまるで母のように伝える。
 その彼女の肩の上には、水色の羽の小鳥が止まっていた。先ほどから時々空に飛び立っては必ず彼女の肩に戻ってくる。
 これが風の精霊シルフィードの眷属の姿を変えた形とは気づかない。
「ちょっと泳いできていいですかっ?」
「あんまり沖に出てはだめよ?」
 未亜ははーい、と笑って、海の方へと走っていく。
 みずねはまぶしくその姿を見送った。
「君は泳がないのかい?」
 ルジェが近づいてきて、みずねの後姿に話しかけた。
「私は見てるだけでいいです……もしかしたら、また怪我をした方が来るかもしれませんし」
「私に任せていいのに。働きものだなぁ」
 ルジェは目を細めた。
 
 その少し沖合い。
 未亜は一人で海の中で泳いでいた。
 足が届くか届かないかの辺りで、そっと海の中にもぐると、色とりどりの魚が群れをなして泳いでいるのが見える。
「わぁ……っ」
 未亜は嬉しくなって、その間を泳いだ。
 人なつこい魚達。未亜が近づいても余り恐れることもない。
 それを追って泳いでいるうちに、未亜の背後に黒い大きな影が忍びよっていた。
 そしてまだ彼女はそのことに気がついていない……。

「あら……未亜ちゃん……どこかしら?」
 海岸でルジェと立ち話をしていたみずねは、ふと、未亜の姿が海のどこにも無いことに気がついた。
 見渡す限りの静かな海。
 他にまだ泳いでいる人影はあれど、エメラルドグリーンの髪の小柄な彼女の姿はどこにもない。
「……!」
 ルジェも緊張した視線で、海を見渡す。
「どこだ……?」
 その時だった。
 二人の正面の大分沖合いの場所に、突然白い手首が浮かんだ。
 さにら未亜が顔を出し、「助けてーーっっ」と叫ぶ。
「どうしたんだ!? いってくる!」
 上着を脱ぎ捨て、上半身裸になって、ルジェは海に飛び込んだ。
 未亜は叫んだ後、再び水の中に頭が沈んでしまっている。
「…………どういうことなのかしら……」
 みずねの肩から、その意思を受けて水色の小鳥が飛び立った。
 
 ゴボコボ。
 ゴボ……。

 未亜は海の底へと引きずりこまれていた。
 上へと伸ばした腕が何の望みもなく、海底へと引きずりこまれていく。
(……助けて……)
 泳いでいたら、突然背後からものすごい力で引っ張られたのだ。
 未亜はせめて敵の姿を見ようと、恐る恐る振り返った。
 そこには巨体な赤黒い蛸がいた。その太い巨大な八本の腕で、彼女の体を絡めとり、獲物としようとしているのだ。
(いやぁ…………っ)
 未亜は首を振りながら、もう一度暴れた。
 ふっとその力が緩んだもう一瞬を見つけ、彼女は逃れ、海の上に逃げる。
 海面から顔を出し、大きく息を吐いたその瞬間、再び細い足に太い足が絡みついた。
(『今度は逃がさないぞ……フフフッッ』)
 心に響く低い声。
 左足に右足に吸盤のついた腕が絡みつく。
 腕ではがそうとすると、さらに違う腕が、彼女のウエストからバストの辺りにまきついた。
(いやあああっっ!!)
 腕で何度も蛸の腕を叩き、未亜は懸命に暴れ続ける。息ももたない。海水を飲み込み、喉が痛い。苦しい。
 さらに吸盤のはりついた感覚が全身に妙なしびれをもたらしていた。
 もうだめかもしれない。
 未亜があきらめかけた時だった。
「未亜!!」
 叫ぶ声が聞こえた。
 見上げると、ルジェが泳いで近づいてきていた。彼は、ベルトにさしていた短剣を抜き、蛸の腕に斬りかかる。
 けれど、蛸はそのルジェの体を別な腕ではじき飛ばした。
「うわあっ」
 叫び、口から大量の空気を吐き出すルジェ。
 それでも懸命に海に沈みゆく未亜を追おうとする。
 その時だった。

 ざばん。
 光り輝くような一匹の麗しいエメラルドグリーンの魚が、薄れゆく未亜の視界に映った。
 否。違う。
 豊かな長い髪を水に躍らせ、メタリックブルーの鱗に包まれた下半身で水を蹴りながら、ぐんぐんと近づいてくる人魚の影。
「……み……ずねさ……ん」
「もう大丈夫ですよ」
 みずねは未亜に近づいて微笑んだ。地上で見た彼女とはまるで違う。
 光輝くほどの神秘な光に包まれた、凛然とした雰囲気を持っていた。
 彼女は蛸に命令した。
『彼女を離しなさい!!』
 あまりにもあっさりと蛸は未亜を手放した。
 それは海を統べる王に恐れをなしたかのような素早さで、まるで尻尾をまいて逃げるかのようにいそいそと蛸は、海底の暗がりに身を隠していった。
「……さあ帰りましょう」
 未亜の体には吸盤に襲われていたせいで水着は破れ、海草が体を覆うように巻きついていた。疲れきった彼女はそれを取り払う力もなく、ただ、みずねの腕にもたれていた。
 海面に顔を出すと、未亜はようやくたくさんの空気を吸い込んだ。
 ルジェが顔だけ出して、みずねに話しかけた。
「……驚いたな……」
「ふふ。あなたはひとりで戻れますね」
「ああ、私は大丈夫だ」
 ルジェに微笑み、みずねは未亜を抱いたまま、岸にたどりついた。
「……み、みずねさ……ありがとう……」
「ご心配いりませんよ。……さあ、少し休まれたほうがいいかも……」
「うん……」
 みずねの腕で未亜はしばしの眠りにつくのだった。

○エピローグ
「ふぅ……」
 未亜を涼しい場所で寝かせてきて、みずねは月兎亭の席にすわり込み、小さく息をつく。
 姿は元の白の水着姿へと戻っていた。
「……お疲れさまでしたね」
 こちらも疲れ顔のルジェが海から上がってきて、ため息をつきながら、隣に腰掛けた。
「ご無事でよかったです」
 みずねが微笑むと、ルジェもゆっくりとうなずく。
「あんな蛸がいるなんてね、今まで一度もなかったのに。気をつけなければならないなぁ……」
「それは大丈夫です。よく言い聞かせておきましたから」
 みずねは目を細めた。
 蛸は自らの縄張りから離れた場所にきていた。なので言い聞かせたのだ。
 『ここはあなたのいる場所ではない』と。
「……ふむ」
 ルジェはあまり多くを聞かずに、うなずいた。
「君は不思議な人だ。ミス・みずね。……でも心から感謝しますよ」
「私も楽しかったです」
 みずねはルジェに優しく微笑んだ。


 白い雲。青い空。そして広い広い海の潮騒。
 夏はまだ始まったばかりだ。

                                        FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
 0925 みずね 女性 24歳 風来の巫女
 1055 早春の雛菊・未亜 女性 12歳  癒し手
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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、ライターの鈴猫と申します。
 初めてのソーンの依頼、ご参加いただき、本当にありがとうございます。
 ちょっと忙しいお話になってしまい、くたびれさせてしまったかもしれませんが、ルジェからは本当に助かった、礼をくれぐれも伝えて欲しいと頼まれております。
 私からも重ねて御礼させていただきます。

 未亜様と、みずね様のこれからの冒険も楽しみにしております。
 また機会がありましたら、お会いしましょう。

 それではまた。

                              鈴猫 拝