<東京怪談ノベル(シングル)>


恭華の社会科見学 〜ゴーレム工房編〜
●なすがまま
 外の光が差し込む長く続く廊下を、1人の少女が駆けていた。両方の腕を、30代後半くらいのローブを羽織った2人の男にぐいぐいと引っ張られながら。
「こっちだ、こっち!」
「もうちょっと急いでくれ!!」
 男たちは口々にそう言いながら少女――高町恭華の腕を引っ張って廊下を駆けていた。額には汗がにじんでおり、ふうふうと少し息苦しそうにも見える。
「いや……まだ何が何だか……」
 引っ張られている恭華の方は、汗をかいたり息苦しいという様子は見られないが、自分の身にいったい何が起こっているのか状況がよく飲み込めないといった表情であった。
「事情を説明してもらわないと……」
 男たちを振り払おうと思えば、恭華ならまあ容易に出来る。けれどもそうしていないのは、男たちに敵意などが全く感じられないことと、恭華の今居る場所などが関係していた。
「事情なら、向こうに着いてから話す!」
「いいから今は急いでくれっ!!」
 微妙に駆ける速度を上げ、何とも必死な様子の男たち。少し可哀想にも見えるくらいだった。
(まあ……いいかなあ)
 とりあえず、男たちの言う『向こう』に着いてからでも遅くはないだろうと恭華は思った。
 男たちと恭華は、複数のゴーレム工房を繋いでいる廊下をなおも駆けていった。

●見学の理由
 さて、時間は少し前に戻る。そもそも、どうして恭華がゴーレム工房に居るのかをまず説明する必要があるだろう。
 きっかけは、先日にふとしたことで引き受けたモニターの依頼であった。その内容は、人間の子供くらいの大きさの特殊なゴーレムに関係した物だったのだが、それ以来恭華はゴーレムに興味を持つようになっていたのだ。
 特殊なゴーレムを見て興味を覚えたのなら、1度は普通のゴーレムなども見てみたいというのはごく自然な欲求。
 そんな折に、恭華の耳にこんな話が飛び込んできた。何でも、いくつかのゴーレム工房が一般市民からの見学者を受け付けるというのだ。これは意外な出来事であった。
 そもそもゴーレム工房は、程度に差はあれども部外者を工房内に招き入れることには消極的である。というのも、工房からの技術流出を好んでいない所が大半だからだ。特に新技術を開発している所であればなおさらで。
 部外者を多く招き入れると、それだけ技術流出の危険性も高くなる。だから一般市民でゴーレム工房の中を見ることが出来る者は、かなり限られていたのだが……。それゆえに、今回の話がいかに意外なのかは想像出来るだろう。
 どうして急にこんなことになったのか。いくつか噂や推測は流れているが、やはりエルザード内外で色々と事件が起こるようになってきたことに理由があるのだろう。
 要するに、もしも将来的に何らかの大規模戦闘が発生したとしても、エルザードにはこれだけの戦力があるから安心しろと、一般市民に広く知らしめる役割があるのではないか、ということだ。
 例え実際には一般市民からの見学者の受付が少数だとしても、彼らが酒場などで見てきたことを話してくれればよい宣伝になる訳で。口コミの効果は馬鹿に出来ないのだから。
 しかし、そんな裏の事情は別にどうだっていい。恭華にしてみれば、それは願ってもないいい機会だったのだから。
 恭華はさっそく見学のための手続き――思った通り、煩雑だった――を取ると、その数日後にゴーレム工房の見学を許されたのだった。
 ゴーレム工房の見学は、自由選択式ではなく振分指定式だった。つまり『この工房に行ってください』と指定される訳だ。
 ただ恭華の運がよかったのは、指定された工房が複数の工房を内包した大きな所だったことだろう。実際に恭華が足を運んだ所、内包した工房を順々に見せてもらえることになったのである。
 余談だが――複数の工房を内包しているのは、工房間で切磋琢磨させることが目的だと思われる。単独で存在しているゴーレム工房も多いのだから。
「どうです、このストーンゴーレム。バガンをベースに、うちの工房独自に改良を加えているんですよ」
 工房の1つに案内された恭華は、ローブを羽織った得意げな顔をした男の説明を聞きながら、目の前のストーンゴーレムを見上げていた。高さとしては、おおよそ恭華の背丈の2倍強といった感じか。
「へえ。どの辺りに」
 改良という言葉に反応した恭華が男に尋ねた。すると男は身振りを交えてこう答えた。
「ええ。肩の辺りの曲線のフォルムがですね、こう……くぅっと」
「はあ……」
 熱心に説明してくれる男には悪いが、もう少し別の所を改良すべきなのではないのだろうか、と恭華は思った。
 そんな時、工房に2人の男が飛び込んできた。30代後半のローブを羽織った男たちである。
 男たちは一旦恭華たちのそばを通り過ぎたが、思い出したようにすぐ引き返してきた。そして、恭華の身体を頭から爪先までじろじろと見始めたのである。
「…………?」
 男たちの行動に、眉をひそめる恭華。いったい何なのだろうかと思ったその瞬間、男たちは顔を見合わせてから恭華の両腕をぐっとつかんだ。
「居た!」
「君、ちょっと来てくれ!!」
 こうして恭華は、男たちに連れられ何処かへ行くことになったのである。

●秘密の仕事
 恭華が連れられてきたのは、別のゴーレム工房であった。だが先程の工房と比べ、様子がちょっとおかしい。何故か警備が厳重なのだ。
 先程の工房の警備を1とすれば、こちらは3。いや、ひょっとしたら5近くあるかもしれない。
(……それだけ重要な技術があるのかな)
 恭華は感覚的にそう思っていた。警備を厳重にする理由など、そのくらいしか思い付かない。
「連れてきました!」
「この娘ならぴったりです!!」
 やがて男たちは、数人の男女が集まっている所へ恭華を連れていった。そこに居た男女も、やはりローブを羽織っていた。
「おお、なるほど」
「確かに……近いかも」
「これなら間に合うぞ!」
 嬉し気に口々に言い合う数人の男女。事情が飲み込めないのは恭華1人だけだった。
「間に合うも何も……全く説明がないのはどうかと」
 ぼそっと恭華が不満を漏らすと、そこに居た者の中で一番年配の男が驚いたように言った。
「何っ、説明されてなかったのか!? それは本当にすまない。だが、我々も事は急を要していたのだよ、許してほしい」
 男はそう言うと、恭華を連れてきた男たちをじろっと睨んだ。それから男が恭華に説明した理由は、次のような物だった。
 実は――この工房では、空挺ゴーレムの開発をしているのだという。開発が上手くゆけば、ゆくゆくは軍に配備されるかもしれない。しかし現在は機密事項なので、警備が厳重にされているのである。
 しかしそのことと、恭華が連れてこられたことに何の関係性があるのか。もしや恭華をテストパイロットに……ということは全くなく、もっと簡単な理由だった。
 この空挺ゴーレム、女性が乗れることを主体として開発が行われていたのだ。で、開発と並行して搭乗者のパイロットスーツのデザインも複数考えられていた。そして今日、1人の女性にモデルとなってもらい、デザインの候補を絞り込もうとしていた。本来の予定より、だいぶずれ込んでいたらしい。
 ところが、だ。何と今朝になって、モデルの女性が高熱を発して倒れてしまったのだという。これ以上予定を遅らせる訳にはゆかないのだが、用意したサンプルはモデルの女性に合わせて作っていた物。代役を立てるにも一苦労、何せ似たようなスタイルの女性を探さないとゆけないのだから。
 そうして関係者たちが代役を探して走り回っていた所に、スタイルの近しい恭華がちょうど居たという訳である。
「謝礼は弾むから、人助けと思ってどうか頼む!」
 男を筆頭に、一斉に恭華に向かって頭を下げる関係者たち。こうして頼まれたのでは、恭華も断る訳にはいかなかった。
「……私で役立つのなら」
 これも人助け、そう思った恭華は男たちの頼みを引き受けることにした。
 それを聞いた男たちの動きは早かった。恭華を別室へ案内し、中に置いてあるサンプルを順番に着て出てきてほしい、と言ったのである。
 ここから恭華のファッションショーが始まった。サンプルのデザインは、ほとんどが水着のような物であった。で、その肩口や胸元辺りにちょっとしたプロテクターの類がついている、という感じだ。
 競泳用水着みたいな物があるかと思えば、ビキニタイプと言うのだろうか、へその辺りが完全に露出した物もあった。前から見て普通かなという物でも、背中が大きく開いていたり……他にも、ここでは説明出来ないような過激なデザインもあるにはあった。
 ただ、どのようなデザインであっても、ぴったりと肌に張り付くような感じがあった。やはりこれは水着ではなく、パイロットスーツであるのだ。たぶついていたら、何かに引っかかる危険性もあるのだから。
 しかし、これは単なるファッションショーではない。着心地や吸水性、動きやすさなどのデータも、きちんと採取されていた。実際に恭華に、多少なりとも動いてもらって。
(いつ……終わるんだろ?)
 途中でそんなことを思う恭華。結局恭華がモデルの役割から解放されたのは、とっぷりと日が暮れてしまってからのことであった。
 さてはて、実際に採用されるデザインはどれであるのか。それが分かるのは、まだまだ先の話だった。

【おしまい】