<PCクエストノベル(3人)>
ファイアー・オン・ザ・ウォーター〜豪商の沈没船〜
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【冒険者一覧】
【0925/みずね/風来の巫女】
【1063/メイ/戦天使見習い】
【1091/鬼灯/護鬼】
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ソーンと言う世界を知っているかい?
☆プロローグ
小さな船が、海原に浮かんでいる。
本当に小さい。漁船でももう少しはスペースがあってもよいものだろう。
しかし、それが、船の是非を決めているかと言えば、否である。
いっぱしの船乗りであれば、この船が、極限まで小型化されただけの、自然と実用の粗い波に耐え得る造りをしていることを理解するはずだ。
硬質の木材と、要所を絞る軽量の金属……借りものであったが申し分無い。
その船の上に立つ人影が、ゆっくりと帆をしまい、そして錨を下ろした。
潮風に同化するような、流麗な髪がとても美しい。
声:「ん……良い天気。探索にもってこいの状況ね……」
みずねであった。
先日の調査から数日後、確実な目的遂行のために、必要なものや人員を揃えてここにやって来ていた。
みずね:「しかも静かだわ……本来はよい海なのだから、ことも穏便に済ませたいものだわ」
声:「無益な殺生は禁物ですか」
みずね:「ええ……そのつもりでいていただけると、うれしいです……鬼灯クン」
声:「……心得ました」
みずねの傍らに、ちょこんと座る、人形のような姿がこくりと頭を垂れた。
いや、人形のような、ではなく、彼女は人形そのもの――陰陽の魔性、鬼灯。
単衣に包まれた、漆黒の瞳とかりそめの体を持つ、心強い仲間……そして、もう一人。
もう一人:「…………うう」
みずね:「あら……まだ、飲んでいなかったのですか?」
もう一人:「……飲めないっ。これは飲めないです!」
声の主――が手に持っているのは……木製の筒。
水差しのような形状をしている。
小さな弁が付いている。どうやら水筒の類であるらしい。
その筒を持ちつつも、体全体を背けて、全身で嫌悪を表現する娘。
みずねはその筒に顔を何と為しに近づけた……同様のひきつりを顔に起こし、持ち主と同じ様に身をよじらせる。
みずね:「す、すごい匂い……でも、メイ? 水中で活動出来ないのはあなただけだから、飲まないと」
メイ:「飲むの? これを、あたしに飲めと言うのっ?」
鬼灯:「言ってますわね……既に」
天使の卵たるメイ。
美しい銀髪と一対の羽が包む軽装鎧の凛々しさは本物だ……しかし、それらは、彼女に水中での活動を促すにはなんら効力を為さない。
人魚の血を引くみずね、本質的に人形という物質であり、呼吸という生命活動を必要としない鬼灯とはわけが違った。
折りしも、近所の村で海女が使用している、水中での呼吸を可能にする秘薬があるとの情報を入手し、空だけではなく水中でもそれなりに能力が期待できるということで、何よりも友のよしみでこの場所――沈没船の海域に来たメイであったが……今まさに、その秘薬を前に躊躇していた。
……匂いが強烈過ぎるのである。
初めてその匂いを吸いこんだ時、彼女は、海老の屍骸の匂いを連想した。
メイ:「……飲まなきゃ、だめですか」
みずね:「……お願いしますっ」
メイ:「…………飲まなきゃ、だめですか」
鬼灯:「……飲まないと、海に住まう魔性とは渡り合えないと思います」
メイ:「…………」
鬼灯:「誰一人として、不必要な動きが出来ません。頑張りましょう」
メイ:「ううっ……」
胃、もとい意を決し、メイは水筒の中身に口づけた。
ほとんど一気に流し込み……形容不能な音声が、彼女の喉から漏れた――
☆前編
みずね:「うまく引きつけてくれているみたいですね……」
鬼灯:「さすがです。あとはこちらがしっかりと、やるべきことをやれば完璧です」
みずね:「そうね……」
二人は沈没船の中にいた。
つまり、無論、海中である。
びっしりと張った水の中を、二人は軽やかな動きで通り抜けて行く。
船は、現在でもソーンにおいて設計が採用されている標準的なガレー船の類で、事前知識として船のことを学んでいたみずねにしてみれば好都合の造りをしていた。
輸送船であるならば、船倉は船底にあると相場が決まっている。
しかも、その船底には、甲板まで付き抜けた、爆発による亀裂が走っている――目標まで辿り着くのは容易であった。
みずね:「鬼灯クン、何か……あるかしら?」
鬼灯:「ちょっと待って下さい――」
鬼灯の瞳が、船倉一体を大きく巡り回す。
すぐにそれは終わった。
鬼灯:「若干、みずね様の言われるところの、特殊な鉱石が残っています」
みずね:「動かして……調査の安全を確保することは出来るかしら?」
鬼灯:「そうですね。宝石が反応するのであれば、その逆を行えば良いかと」
みずね:「というと……?」
鬼灯:「最初に宝石をどうにかして持ち出すよりも、その宝石に反応する火山を無力化すればよいのです」
言いながら、鬼灯が亀裂の中心へと身を流していく。
みずねも後に続いた。
鬼灯:「土でこの亀裂を閉じつつ、重力波で固めます。その間に宝石を運び出してしまえば、反応するものも反応出来なくなるというものです」
みずね:「なるほど……冴えてます」
鬼灯:「良く言われますが、嬉しいです」
微笑を浮かべつつ、鬼灯は単衣の袖をすっと上げた。
鬼灯:「鬼鎧――」
鬼鎧。
土くれから剛重な板金鎧を生み出す力である。
自らの身を守ることはもちろん、個に向けての使用も可能な、彼女の能力の一つである。
魔力から生み出されたものであるゆえか、水の影響をさして受けることも無く、亀裂が土くれで埋まっていく。
もちろん、鬼灯の言う通り、まだこれで終わりではない。
鬼灯:「鬼筒、滞空発射……よろし」
からくりの銃と化した左腕から、重力波が打ち出される。
その重力波は、土くれで埋まった元亀裂部分に着弾――することもなく、見事にその上で留まるに至った。
鬼灯:「これで、火山の圧力でもなんでも防げます」
みずね:「どのくらい持つのかしら?」
鬼灯:「私がもう一回、鬼鎧や鬼筒を使うまで、ずっと持たせられます。だから、メイ様の陽動が必要でした」
みずね:「なるほど……彼女、大丈夫かしら?」
鬼灯:「メイ様なら、大丈夫でしょう。少なくともみずね様よりは、戦闘に長けてらっしゃいます」
みずね:「むむむっ。まあ、その通りではありますね……では、鬼灯クンは、この部屋の特殊と思われる宝石を回収して退避、私は調査を続けますわ」
☆中編
その頃、メイは――
メイ:「きえええいっ!」
まさしく戦闘状態であった。
甲板に停滞していた水棲をおびき出し――その怪物と対峙するに至っていた。
メイ:「このイソギンお化けめっ!」
うねうねと伸びる触手のような襞を、水中ならではの間一髪で避けつつ、その襞を手に持った聖鎌で切り裂いていく。
その太刀筋は美しい。戦闘者たるスキルに溢れている。
しかし、それでも不利は拭えない。
まず、水中であること。翼の運動による推進の効力は、明らかに低下している。
そして、あくまで陽動であるために、思い切った必殺に踏み切れないのが二つ目の理由。
最たるものは――精神面の問題である。
水中という空間で戦闘行為をすることのプレッシャー、そして……
メイ:「むぐ……気持ち悪いよう……」
薬との相性であった。
秘薬を摂取したことにより、本当に水中でも違和感無く呼吸が可能になった……だが、そう簡単にその事実に適応など出来るものではなかった。
実際、秘薬を扱う村の海女も、薬を使った漁の感覚に慣れるには、早くても半年の歳月が必要となるという話だったが……原因はもっとシンプルだ。
薬があまりに、メイの口に合わなかっただけである。
メイ:「このっ、このっ……いくら切ってもすぐに生えてくる……気持ち悪いよお!」
陽動の事前に、火山脈の場所も調査したのだが、その慣らしとも言える泳ぎの時点でメイは参っていた。
それに続いて、この水棲との戦闘状態である。
メイ:「空に逃げたら意味は無いし……つうかこのお化けが飛べるはずもないものね……」
ザシュッ!
襞を再切断しつつ、メイは決意した。
悩んだところで、どうにかなるものではない。
とにかく、目の前のモンスターを引きつけることが、今現在の至上行為なのだ。
メイ:「でも、もう二度とごめんです――」
それでも、喉元にわだかまる感覚は気持ち悪いの一言であった。
☆後編
船長室とも言える場所に辿り着き、みずねは目を丸くした。
みずね:「……ほぼ密閉されてる……そうとう頑丈なんだわ」
捻り式の取っ手を握り、下に傾けると、空気が大きく抜ける音がした。
みずね:(いけない……すぐに入って、すぐに閉めないと、中が水で一杯になってしまうわ)
思った通りに部屋へと、若干の水と共に侵入した。
押し寄せる水を、なだめるように己の魔力で押し戻し、ドアを閉め終わったところで、彼女は変化を解いた。
人魚の姿が、人型へと瞬時に変わり行く様は――他の誰かが見れば――神が人として生まれ変わるような……そんな印象を覗かせるものだ。
室内に入って、みずねはすぐに気付いた。
腐臭と、この部屋全体を包む何かに。
みずね:(何らかの魔力が働いている――この部屋を水に浸したくなかった理由があったんだわ)
ベッドに眠る、一体のミイラ。
骨格に似合わぬ、大型サイズの豪華な服を着ていた。
みずね:「この人が、豪商の慣れの果て……水死と餓死、どちらがなんて言えないわよね……」
そんな、悲劇的とも言える感慨の中、みずねは"彼"の枕元に、一冊の本を見つけた。
わずかばかりに煤けたその本を見て、みずねは直感で理解した。
みずね:「濡らしたくなかったのは、これだ……」
辺りを見回すと、ひとつだけ備えてある机の上に、稀有なモニュメントが置かれていた。
近づき、台座の上で回転する四角形状のそれに手をかざし、さらにみずねは事実を悟った。
みずね:「空間を守る効力があるのね……二酸化炭素を吸いこんで、空気に変えてる……でも、飢えだけはどうにもならなかった……悲しい話ね」
……埃を払いつつ、本を手に取る。
それは彼の日記であった。
反射的に、最後のページを見ると……
ああ、この日記を見ている者がいるというのか!
俺はもう死んで久しいのだろうが、とうとう、俺を実質的に殺した世界のヤツを出し抜いてやったぞ!
こんなに嬉しいことがあるか! こういうことを考えることでしか俺は狂わない手段を考えることはできなかった! すでに俺は狂っているのかもしれんがな! 体重も三分の1以上に減っていやがる! いやそれどころではない骨と皮だけではないか! 俺には確信がある! この機を逃して何も書かなければ、力尽きてこのまま死に至るだろうと! だから俺は最初に書いたようなことを思いついたのだ!
この船はユニコーンを離れ、他地域に向かう船だった!
だったと言うのは、沈没した、いや、させられて、生きている者が俺しかいない(であろう)からだ!
魔力を放つ宝石をたくさん積んでいた!
この部屋を守る「フォースフィールド」もその一つ! 俺はもう死んでいるだろうから持って行っていいぞ!
その宝石の中には、あらゆる火種に反応する危険な、しかし賢く使えば――ものってのは何でもそうだがな――ためになる宝石もたくさん積んでいた!
火種に反応するってえと危ないから、俺達はあらゆる火種を避けた!
事前に、海底火山の位置まで、近隣の村(こいつらは水中で息が出来るやつらなのだ!)に調査を依頼、完璧に安全なルートでユニコーン地域を飛び出そうとしていたのだ!
しかし!
結果はこうだ!
俺は即座に村の奴らの仕事に穴があったことを恨んだ!
だがそれはお門違いだったのだ……海域を抜ける案内役として、その調査を請け負った漁師に同乗して貰っていたんだが、こいつが信じられないといった顔で、
「こんなところに火山なんて絶対になかった!」
☆エピローグ
各々の役割を終え、ベース船に戻った三人は、しばし呆けていた。
日記の最後に書かれていた一節が、三人の心に疑問を持たせていたからである。
『世界が俺を追い詰めたのだ――』
豪商が、かつてソーンに召還されてきた異邦人であったことも、彼女らの深刻な表情に拍車をかけていた。
メイ:「ねえ……ここの世界の神は、無慈悲なの? 気まぐれなの? それとも、他に理由があってこういうことをしたのかしら?」
鬼灯:「……となれば、わたくし達がここに来たのも、何かの力が働いている、と?」
みずね:「……私はそうは思いませんわ……」
手に収まるほどに小さい、黄金色の宝石――フォースフィールド。
命を育む光を放ち、一人の男の無念を永きに渡って守り続けてきたもの。
みずね:「彼の意志が、私達をここまで導き、そして疑問を与えた……そういうことなんだと」
メイ:「……自分達の神について追うことで、ここの世界の神についても見えてくるのかしら?」
それは、彼女ら共通の問いであった。
MISSION COMPLETE.
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