<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


覗き者には天罰を

 湯煙が視界を覆う。流れる湯の音が耳に心地よく響く。
「う〜ん‥‥やはり、温泉はいいねえ‥‥」
 気持ち良さげに、セレネ・ヒュペリオンは胸まで湯につかって、大きく伸びをする。
 ここは、聖都から程遠い山の中にある露天風呂。日頃の疲れをゆったりと癒す為に、訪れているのだ。
 他人の視線を気にせずに済んでいるせいか、惜しげもなくその豊満な身体をさらしている。そう、この温泉はセレネ一人っきり。貸しきり状態だ。
「最近は苦労する事が多かったから‥‥こうやってのんびりとするのもいいねえ」
 聖都では家出した子供を連れ戻したりと、ここ最近は気疲れするような仕事ばっかりしていた。
 疲れとストレスを癒すのに、ここに温泉があると噂で聞き、飛ぶようにして来たのだったが、大当たりだった。

 ガサッ。

 そうやってリラックスしてると、物陰から音が聞こえた。
「‥‥?」
 熊などの危険そうな動物は既に追い払ったし、小動物が立てるような小さな物音でもない。不審に思い、タオルを身体に巻きつけると、こっそり音がした場所へと忍び寄る、セレネ。
「誰だぃ!」
「うげっ!」
 物音がした草叢に蹴りを一発かますと、男の悲鳴が上がった。
 誰かと思いよく見ると、虎王丸。
「やべっ」
「待ちな!」
 慌てて逃げ出そうとする虎王丸の首を逆立ちの要領で挟む。そして、温泉の中に投げ飛ばした。
 水音を派手に立て、虎王丸の身体が湯に沈む。
「いい度胸だねえ、この覗き」
 頭を左右に勢いよく振って水を弾く虎王丸の頭を踏んで、また湯の底へと沈める。
「この私の裸を覗こうとするなんて‥‥お仕置きが必要だねえ。どうしてやろうか‥‥」
 思案するセレネ。
 その足元ではまだ沈んだままで、泡を吹き出してる虎王丸の頭。
「ぷわはぁっ! おまえ、俺を水死させてぇのか!?」
 息が切れる前に何とか押さえているセレネの足から抜け出て、虎王丸が水中から飛び出る。
 顔を真っ赤にして怒鳴る虎王丸を見て、セレネは思いついた。
「そうだねえあんたの名前は今日からトラだよ」
「へ?」
 きょとんとした虎王丸にお構いなく、セレネは二言三言、呪文を呟く。
 危険を察知し、虎王丸は逃げようとするが、既に遅く、呪文は完成していた。
「トラ」
 最後の一言が終わった瞬間、虎王丸は身体に痺れを感じた。
「な、何やったんだっ!?」
 自分の身体に纏わりつく違和感に、不安を隠せない。
 セレネを問い詰めれるが、邪悪な笑みを浮かべるのみ。
「そらトラ、おすわり」
 その言葉を聞いた瞬間、反射的に虎王丸は犬のしつけでやるような――文字通りお座りの姿勢を取る。
「な、何でだーっ!」
 必死に立ち上がろうとするが、おすわりの姿勢を保ったまま、身体が動かない。
「そらトラ、お手」
 差し出されたセレネの手に、自分の右手をのせる、虎王丸。
「そらトラ、裸踊り」
「な、だ、誰がそんな‥‥ぐ、あ‥‥ああ!」
 どうあがいても、セレネの命令に逆らう事ができない。口では拒んでも、身体が命令に従う。
「ぐ‥‥」
 命令通りに裸踊りをする為、己の衣服を自ら脱ぎだし始める、虎王丸。ゆっくりと、必死に抵抗しながら衣服を取り除くが、その手は止まろうとしない。
「いいザマだねえ?」
 ククッ、と含み笑いをして、愉快そうにそのざまを眺める、セレネ。
 キーワードは『トラ』。その言葉を使い、呪いをかけたのだが、こううまくいくとは。ただ単に対象が単純だったのかもしれないが、これで暫くは暇つぶしができそうだ。
「あぁ、別に汚いもん、見たくないからそれはいいよ」
 下帯に手をかけた虎王丸を止める、セレネ。
「誰が好き好んで‥‥っ!」
「トラ、ふせ」
「げふっ」
 虎王丸は抵抗する事ができず、犬の芸をさせ続けられてしまう。
 抵抗しようにも、抵抗できず。口では拒んでも、身体はそれを甘んじて受け入れる。ただ、命令に従う事しかできない。
「‥‥いい加減にしろよっ!」
 いくら怒鳴っても、負け虎の吠え声にしか聞こえないのか、セレネは面白がって、次々と芸を仕込む。
「そーらトラ取って来い」
 セレネはそう言うと、虎王丸のベルトを拾って、温泉の奥へと力いっぱい投げた。
 ベルトが落ちた場所は、温泉でも最も温度が高い場所。
「あっちーぃっ!」
 ただ従うのみの虎王丸はわかっていてもわかっていなくても、命令されるがままに行くだけ。
 熱さに悲鳴を上げる虎王丸を面白おかしそうにセレネは眺める。
 ふと、足に何か紙が当たったのを感じて拾い上げると、それはこの近辺の温泉マップだった。しかも、女湯限定で赤丸がつけられている。
「へえ〜、これで覗き回ろうとしてたのかい?」
 全身を真っ赤にして戻った虎王丸に、セレネは温泉マップをひらひらと振って見せた。
「そ、それは‥‥」
 たじろぐ、虎王丸。顔を真っ青にし、一歩二歩後退するが、「トラ、ふせ」の一言で逃げるのを許されなかった。
「すぐそこにもう一つ女湯があるねえ‥‥フフフ‥‥」
 いい事を思いついた、と言わんばかりの表情で、セレネは笑った。


「トラ、褌腹踊り。トラ、女湯一周してこい」
 命令に逆らう事はできず、褌一つの姿で、虎王丸は女性が大勢いる女湯の真っ只中に飛び込んだ。そして、腹に書いた人の顔をくねらせながら、踊り回る。
「きゃーきゃーきゃっ!」
「この変態ーっ!」
「あっち逝きやがれぇぇぇぇぇっ!」
 怒号と悲鳴、そして湯桶が飛び交う中を涙流しながら虎王丸は進み続ける。
「俺じゃねぇ!」
 説得力もない言葉に、女性達は耳を傾けようとしない。変態のレッテルを貼られ、湯桶や洗い具などが虎王丸の頭に当たる。
「うわぁぁぁぁっ!」
 泣きながらも、まだ一周し終えていないので、まだまだ踊り回る虎王丸であった。


 場所は戻って、先程の温泉。
 跪いている虎王丸の頭にはたんこぶがあちこちに目立っていた。
「よくやったねえ。トラ、まて」
 ご褒美の餌を与えるように命令する、セレネ。
「それはいい加減にしろ!」
 泣き顔のまま虎王丸が訴えるが、セレネは無視する。
「トラ、お手」
「‥‥ところで、これはいつまで続くんだ?」
 お手をしながら、剣呑な面持ちで尋ねると、セレネは首を傾げた。
「いつまで、なんだろうねえ。効果時間は‥‥忘れた」
「お、おぃっ!」
 情けなそうな顔で、虎王丸は叫ぶが、どんなに思い出そうとしても思い出せない。
 まぁ、初めて使った術だし。と、自分なりに納得し、更に、自分には害はないし、と完結する。
「そこで終わるなぁっ!」
「うるさいねえ‥‥。トラ、ふせ」
 ずしゃっ、と潰れるようにふせの姿勢を取る、虎王丸。
「ともかく、このままでいいじゃないかい。覗きのお仕置きにしては優しいだろ?」
「優しくなんかねぇっ‥‥」
 それどころか、奴隷みたいじゃないか。続く言葉を抑える。この女の事だ。その事に気がつけば、いい気になって延々と自分を弄ぶだろう。
「というか、奴隷だねえ」
 既に気づいてたらしい。
 ニヤニヤと笑うその姿は、邪悪な魔術師そのものに見えた。
「さて、帰るよ。トラ、荷物持ちな」
 こうして、虎王丸奴隷人生の序曲は始まった。
「始まるなぁっ!」
 大丈夫、始まりがあれば、終わりもある事だし。――いつ、終曲になるかは、セレネ次第ではあるが。
「何ぐずぐずしてんだい。早くしないと‥‥」
「うるせぇっ、陰険女!」
「‥‥トラ。最後の汚らしいもの脱いで、その姿で聖都に戻りな」
 口は災いのもと。
 このストリーキング事件は後日まで語られる事となった。