<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
閃く褌
むすっとした顔をしながら街中を歩く虎王丸に対し、隣を歩く影楼丸は何食わぬ顔だ。
盗賊団の一件以来、虎王丸は機嫌が悪く、文句ばっかり言っている。耳元でブツクサ言われても、当の影楼丸は普段どおり。それが尚更、虎王丸の勘に触る。
互いに言葉で貶めあう、二人。
「てめぇっ! あの時の事は忘れねぇからなっ!」
「あの時? 何の事かな?」
「‥‥ぐぅっ。俺を‥‥」
思い出すのも恥ずかしくて、顔を朱に染めて言おうとする虎王丸の先手を打つ、影楼丸。
「あぁ、あの夜は兄さん、激しかったから、俺も忘れられないよ‥‥」
「ちがうだろぉぉぉーっ!」
今度は耳まで真っ赤にして吠える、虎王丸。何処行く風か、影楼丸は全く気にせず、「あぁ、勘違いしてるな? 激しく洞窟の中で戦っていたじゃないか」と、飄々として言った。
「だぁぁーっ! 違うっ、その前だ!」
「ん? ‥‥もしかして、俺が助けに行った時に、盗賊に襲われて貞操の危機だった事か?」
「そうだ!」
思い出すように視線を宙に躍らせていたが、影楼丸は虎王丸に視線を戻すと、即座に視線を逸らした。
「‥‥兄さん、あんな声出して‥‥しかも、何て‥‥言えない。俺の口からそんな恥ずかしい事言えない。拘束され、盗賊達にやられて、酷い事されても、喜んだように必死に求めていた姿だなんて‥‥」
「言ってるじゃねぇか! つか、内容違ぇぞ!」
そのまま、成人用に入りそうな影楼丸の言葉を遮って怒鳴る、虎王丸。
ぜーぜーはーはー、と、息を荒く虎王丸であったが、今いる場所に気付いて、ニヤリと姑息そうな笑みを浮かべた。
街の中を気ままに歩いていたのだが、何時しか大橋まで来たようだ。
何か思いついたか、虎王丸は影楼丸を誘って橋の端に行こうと誘う。
「なぁ、あそこにでっけぇ魚いるぜ」
「別にそんなのどうでもいいじゃないか」
「いいから、見てみろよ」
しつこく服の裾を引っ張る虎王丸に、渋々ながら影楼丸は欄干に近づく。そして、手すりに手を置いて、川を覗く。
その時。
「でぇぃやっ!」
力任せに影楼丸の身体を川に突き落とす、虎王丸。先日の仕返しに、と思ってやったのだが、これ程うまくいくとは。
調子に乗って、川に落ちた影楼丸をからかおうとするが、ふと、気づく。
(「そういえば、落ちる水音がしなかったな‥‥」)
不審に思い、川を覗き込むが、影楼丸の姿はどこにも見当たらなかった。何処に、と、慌てて周囲を見回すが、弟の姿は全く見当たらない。
川はただ、流れる水の音を心地よく流しているだけ。視界の隅に、浅瀬に生える雑草にひっかかっている何かが見えたが、それは違うだろう。
橋の上では、道往く人々が虎王丸を見ていたが、あんなに騒いでいたのだから仕方がないだろう。
やや視線が下の方に行ってるのには気にするが、今はそれどころではない。
「ここだよ。兄さん」
ぬっ、と、声と共に足元から影楼丸が飛び出てくる。丁度、虎王丸の影辺りだ。
「のわっ!」
突如予想だにしなかったところから現れた影楼丸に驚き、仰け反る、虎王丸。
どうやら空蝉の術で咄嗟に逃れたらしい。
仰天する虎王丸に対し、不敵に笑う、影楼丸。
その時、何か違和感を感じたのに気づいた。
空は青いな。
上を見上げて、天弓の澄み切った蒼さに瞳を向けた時、下半身の風通りを感じた。
太陽は赤いな。
空の頂点に輝く光球は、燦々と暑い日差しを振り撒いている。地面の石畳にその、暖められた熱を素足の裏に感じた。
ふんどしは薄汚い白だな。
汚れなき純白ではなく、薄っすらと汚れた白い――ふんどし?
「あっ、あぁぁぁぁぁっ!」
やっと、虎王丸は己が下半身を褌一つの格好でさらしているのに気づいた。
慌てふためいく兄の様子に微笑を浮かべ、影楼丸は川を指で示した。欄干に駆け寄り、手すりを力強く掴んで川の中を虎王丸が覗き込むと、見慣れたものが流されているのが見えた。
それは、己の袴。
「てめぇっ! 何てことをしやがるんでぇっ!」
怒鳴り声を上げるが、いつものように影楼丸は涼しい顔をしたまま。
更に掴みかかろうとするが、周囲のクスクス、と笑う野次馬の目線に赤くなってしまう。
「兄さんこそ、何をしようとしたのか」
苦笑というか冷笑で返す、影楼丸。
ただ、自分は自己防衛の為にしただけだ、と、言わんばかりである。その事に反論できず、虎王丸はただ唸るのみ。
「それよりも兄さん‥‥いつまでそんな恥ずかしい格好をしてるんだ?」
現実的に今の状況を指摘すると、影楼丸はクスッ、と、笑った。
下半身だけ褌のみ、という、微妙に裸のようで単に半分裸のような――そんな、びみょーな姿は人々の視線を一斉に集めている。
「ねぇねぇ、奥様。あの人って、この前の‥‥」
「え、えぇ‥‥。例のストリーキングですわね」
「あらぁ‥‥。何てはしたない」
「あんなの見ちゃ駄目よっ!」
先日の一件が更に野次馬の囁きあう声を高めさせる。
「――じゃぁ、俺はこれで」
そういえば、こんな人物を兄と呼び続けていいのだろうか。それに、このまま一緒にいては同類と思われてしまう。そのような危機感に煽られ、影楼丸はさっさとその場を逃げ出した。
「待たねぇかっ!」
逃げる影楼丸を追いかけて、虎王丸は走った。
未だ周囲の視線を釘付け状態なのを気にして顔を真っ赤にしながら。そして、股間に照りつく太陽の日差しを受けて、白く輝くふんどしをひらつかせながら。
風が、良くも悪くも全てを流す。
「どわぁぁっ!」
逆風で跳ね上がった褌に視界を塞がれ、虎王丸はこけた。あ、即座に立ち上がった。
「影楼丸、許さねぇぞぉぉぉぉぉぉっ」
地の果てまで届きそうな怨嗟の声を上げると、先程より速度を増して追いかける。
「‥‥それは、俺のせいではないぞ」
その影楼丸の呟きは聞こえたのか、聞こえてないのか。虎王丸は「待てぇぇっ!」と、叫びながら必死に追い続ける。
そうして、また新たに『ストリーキングβ版』の、伝説を生み出していったのであった――。
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