＜聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記＞

夏祭り、海へ

＜オープニング＞

白山羊亭。
そこには様々な依頼が張り出されているが、中には
招待状…もとい、案内チラシのようなものも掲示されていたりする。

時折、この白山羊亭にやってきてはマスターと大騒ぎする
ティアがまたしても、その一枚の紙を眺めていた。

「…なんだ、またまた祭りかぁ？　だからな、ティア……」
何か言いかけようとしたマスターをティアはうりゃ！と蹴り上げた。
一瞬にして訪れる沈黙。
ふん！　とティアの声が響いた。
「…どーせ彼氏はいないわよ！　でもね、それに何の問題があるっていうのっ」
…大有りである（汗）。
「だ、誰もんな事は……痛たたた」
いや、そういおうとしていたが問題ありなのだからどーにもできまい。
が、これ以上何かを言って暴力に訴えられたのではたまらない。
苦笑いを浮かべつつ、マスターはその場所を後にした。

ティアが「むぅ」と唸りつつ見ているのは祭りへのお知らせの紙。

「静海祭」と書いてある。
どうやら現代でいうところの花火大会の様なもの……らしい。
が、一人で行くのも空しいし……という所だろうか。

良ければ誰か一緒に行ける人…と言うか行ってやってあげられる人、募集中（笑）
無論、仲の良い友人方もご一緒に、どうぞ。


＜―ある日の白山羊亭、再び―＞

「静海祭……？」
「そうそう」と頷くティアとマスターを見ながらきょとん、とした顔をするのはみずね。
人魚族の美しい、何処かたおやかな雰囲気を持つ女性である。
コバルトブルーの瞳が怪訝そうな色合いに変わるが、ティアはそれに対し気づくことも無く話し出した――何気に雰囲気を読めなくなってるのは行きたい！という強い願望があるからなのだろうが、これに対しても
みずねは少々びっくりした。
元々、ゆっくりと喋るように会話を楽しみたいと思うところもあるから「ああ…こう言う子もいるんですねぇ〜……」なんて思ったりしつつ。
「静海祭ってのはね、マスター曰く…本当に風がぴたりと無くなるこの月の日にやるお祭なんだって。もう一度、風を起すために火を祀るの」
「平たく言えば、そう言うこったな。まあ、最近じゃあ祀るとか鎮めるとかそう言う風潮よりも、この夏一番に海に上がる火を見てはしゃぐ奴らの方が多くなっちまってるが……興味あるなら行ってみるのも良いだろう」
「…じゃあ、本当に”凪”の状態な訳ですか……ええ、そうですねぇ……行ってみるのも…いいかもしれませんねぇ〜♪」
「ほんとっ？」
やったあ！とティアが飛び上がり、みずねの手を握り締めようとしたその時。
「ちょ、ちょっと待ってください！　僕も行きます！」
近くで手をあげた人物が居て。
ティアは数度、目を瞬かせた。
「おう、ニール久しぶり…なんだ、またこのじゃじゃ馬に付き合ってくれるのか？」
「まあ…そう言う事ですね。ええっと、僕はニール・ジャザイリーと言います、宜しく」
「はい。私はぁ、みずねと申します〜…こちらこそ、宜しくお願いしますねぇ？」
ぱちぱちと、まだ目を瞬かせているティアをよそに、二人の人物は挨拶を済ませた。
あとはとりあえず、当日を待つのみ。
その前に、ニールがあることをティアに囁いたりもしたのだけれど。
こちらの件についても当日へと持ち越しで。
―――さて。
色々と思うことがあるかもしれない静海祭、どうなる事やら。


＜夏祭り前日―みずねの場合―＞

まだ陽の高い時刻。
室内には燦々と太陽が降り注ぎ、気持いい昼下がりの風が窓から吹いていた。

（…本当に明日、ぴたりと風がやむんでしょうかねぇ……）

どういうわけか、ここ数日かなりの強い風が吹いていて。
みずねにしてみると祭の日、凪の状態になるだなんて考えられないほどだったりする。
だが白山羊亭のマスター自身、凪の状態になると言っていたのだし……「いけない、いけない、こんな事考えてちゃ…折角お祭があると言うのですから楽しまなくては」と思いっきり良く首を振る。
そして頬に手を当てじっと姿見を見ながら明日着ていくであろう服を今一度入念にチェックする。
何せ明日はお祭。
その場に着ていくだろう服装もしっかり選んで出かけたいからだ。
姿見に映る自分の瞳が自分を見ている。
海よりも深い瞳の色と髪が、その服に映えていた。
しっとりとした、落ち着いた雰囲気はあたたかな母性を感じさせ……漸く、みずねはにっこりと微笑んだ。
「…大丈夫、ですね…問題は…これを持っていって良いか、ですが……」
手に持つのは不思議な形の扇。
いや、扇よりも丸いそれは……とある世界では「団扇」と呼ばれるもので。
良く見るとみずねの着ているものも「浴衣」と言うものに良く似ていた。
ぱたぱた…と軽い音を立て団扇で煽ぐ。
微弱な風しか起こらないが気持良くて。
夏場の風物詩と言えばこれなんですよっとみずねが握り拳を作ってしまうほどの必需品。

「…い、いいですよね、持ってっても……」

風が無いときにこの団扇は便利かもしれないし！
そう、呟いてみずねは明日の準備を終わらせた。
――着替えたら、少しだけ外に出てのんびりしよう。
まだ風は吹いているから。


＜夏祭り前日―ニールの場合―＞

夕刻。
ちょっと前に早めの夕食を終わらせてニールは何処か遠くを見ていた。
いや、遠くというよりは目の前に居る――と思う「誰か」なのかもしれない。
『あのね』、そう呟いたときに何度となく瞬かせていた瞳の動きが漸く止んだ。
至近でしか聞こえないような呟きをして。
―――どう言って欲しかったんだろう。
少し前まで凄く大好きで大切な人が居た。
けれど、その人はもう居ない。
多分彼女は気付いていたと思う。
大好きで大切だと思う、けれどニール自身何処かに消せない存在があることを。
だからこそ、別れたとき心にぽっかり浮かぶ寂しさもあったけれど――何か、息をつけたのも本当だった。
嘘をつくのは苦手だし。
…と言うよりも無意識の嘘が苦手なのかもしれない。
嘘だとわかっていれば嘘をつくのは…簡単だとも思うから。
「………何て言うか、こう言う風に考えるのは」
……少しでも自分が。
今思う人の心に居て欲しいと願うから、―――なのだろうか。
それとも。
―――それとも？

何にせよ、答えは明日。
明日になれば、解る。
ティアの瞳の瞬きが止まった意味も、全て。


＜静海祭当日＞
そうして、それぞれの思いを重ね日は巡る。
朝方に、まるで見計らったかのようにぴたりと、風が止まり……それを気付いた鐘守りが街全体に教えるように鐘を鳴り響かせる。
市場が、わっ！と人で賑わった。
夏の時期一日限りの祭の開催である。

ちなみに、この静海祭は朝方から夜まで通して行われる。
市場でのバザール、そして踊りを披露する時間があり夜、鐘を打ち鳴らすよりも盛大な夜空に浮かぶ花火の打ち上げがある。
この花火の打ち上げは、本当につい最近祭の「締めくくり」として導入されたのだがこれがかなりの好評を得、毎年打ち上げられるようになった。
何せ、皆が皆、この祭を嫌いではなかったが盛り上がりに欠ける――と思っていたらしく。
お陰でこの打ち上げ花火を大事な人と見るとそれは友情であれ恋人への情であれ長続きすると言うジンクスも生んだ位なのだから。
そうして朝、鐘守りが鐘を打ち鳴らしたように終了する時刻、再び鐘を打ち鳴らして終わる。
鐘で始まり鐘で終わる祭と言っても良いのかも知れない。
尚、ティアが「行きたい―――！！」と言い、かつチラシにあった静海祭は主に夕刻を指す。
なので、ニールもみずねものんびりゆっくりと待ち合わせ場所に到達する事が出来た。
みずねの不思議な装いに目を奪われながらもニールも今一度自分の服装をチェックする。
すっきりした色合いのシャツにベストを合わせているがこれがまたニール本人に良く似合っていて
みずねもにこにことそれを見ていた。
「よし、おかしくない」
「ええ、とってもお似合いですよ？　やはりこう言うお祭の日は軽装でいらっしゃるのが一番ですよねえ」
「何と言ってもこの日ばかりは風がありませんからね」
「…まあ…風が無いって言うのは本当に不思議な物ですね……暑くも寒くもありませんけれど…何か物足りない、と言いますか……」
「そうですね、ところでみずねさんは何処を回る予定なんですか？」
「何処、といいますと？　私はティアさんについて回ろうとは思っていますよ？」
そのために一緒に来たのですしね、とにこにこするみずね。
ニールは、今此処で――もし自分が飲み物を飲んでいたとしたらだけれど――ふき出しそうになってしまった。
や、無論そんな行儀の悪い事はしないが。
くすっ。
そんなニールがおかしかったのかみずねは口元をやんわりとほころばせた。
「ふふ、冗談ですよ。そんな馬にけられそうな野暮は致しません」
「馬にけられる？」
「どこかの国の言葉であるんですよ？　人の恋路を邪魔する人は――馬にけられて地獄への超特急便！って言うのがね」
…微妙に言葉が違うような気がするが、まあ言葉も色々と変化するものだしさて置くとして。
そう言う言葉があるとは知らなかったニールは「へえ」と、かなり強く感心した。
「…って言うか、まだそう言う仲なわけじゃないんですけどね？　…解りました？」
「…見てたら充分に気付くと思いますけど…ニールさんの言葉の端はしで」
が、ティアという人物が気付いているか、という問題になると微妙だとは思うのだけれど。
でも普通に見てたら絶対に気付くだろう。
特に女性ならば、すぐにでも。
（……可愛いですねえ♪）
若いって良い事よねえ、と思いつつみずねはニールの肩をぽむぽむと叩いた。
漸く、二人の待ち人――ティアの登場である。


＜ゆっくりと歩こう＞
「ご、ごめんなさい、お待たせしちゃって」
「いえいえ、いいんですよ♪　丁度ニールさんと色々とお話できましたから」
「そうですね…貴重な言葉をお聞きできたというか……で、まずは何処をティアさんは回りたいですか？」
「うーんと……花火の時間まではまだあるから……市場でも覗こうかなってお二人とも大丈夫です？」
「問題ないわ」
「僕もです」
「じゃあ行くとしましょうか♪」
にぱ、と擬音が聞こえてきそうなティアの後姿を追うニールとみずね。
が、ふと思い立ったようにみずねはティアへあることを尋ねた。
「……ティアさん、時に花とお団子…いえ、お菓子ね…どちらが好きですかぁ？」
「ゑ゛？　な、何でですかっ？」
「いえ…どうなのかなあって思っただけなんですが…どっちです？」
「…どちらも好きですけど」
多分に、どちらがより大きなウェイトを占めるかと聞かれると解らない。
恋はしたい。
でも、それは相手が居てこそだし…ちらり、とティアはニールを見た。
視線に気付き笑い返してくるニールの姿。
いつもいつも、自分が何かしたいと思うときは一緒に居てくれた優しい人。
諭してくれた事もあったなあと、あの頃を思い返す。
どちらなんだろう。
今、本当にどちらを手に入れたいと思ってるのだろう。
思わず知らずうーんと唸った時に、ニールが「まあまあ」と制した。
「ティアさんにいきなりそう言うのを聞いても考え込んでしまいますよ…今はただ、楽しみましょう？」
「ふふ、ごめんなさいティアさん。ちょっと意地悪な質問だったかしら？　でも、そうね楽しまなくちゃ♪
ほら、あそこに美味しそうな絞りたてのジュースが売っているみたいだし…花市もやってるみたい」
みずねは通りを指し示すと「ほらほら」と二人の手をひいて再び歩き出す。
風の無い街を団扇で扇ぎながら、楽しそうに。
ニールとティアも団扇から作り出される微風を感じながら、作りたてのお菓子や色とりどりの細工物、切りたての瑞々しい花を見たり触れたり――時には試食させてもらったり、みずねは良く似合う髪飾りを薦められたり、ニールがそれを上手い具合に値切ったりも――した。
二人で過ごす、というのよりこう言う風に皆で楽しむのもいい。
ニール自身も惑わすために一緒に来た訳ではないのだから。
花火の時間まで、あと――もう少し。


＜祭の後―何時の日か―＞

がやがやと人がある方向へと歩き出す。
人によっては海沿いから、やや離れたところへ場所を取ったり…「いや、こういうのは近くで見るものだ！」と断言して憚らない人は早めにいい所を取ったりしつつ締めくくり、でもある花火を今か今かと楽しみにしていた。

だが――ティアたちは、と言うと。

市場で色々と買ったり食べたりしていた所為か、ゆっくり歩いていた所為か。
少しばかり外れたところで花火を見ようとしている。

「…本当に此処から花火見えるんですか？」
「ですから、信じてくださいってばみずねさん。此処からが一番絶景なんです！」
みずねの問いに、そう焦りながら答えるニールにティアはただ空を眺める。

ぱんっ。

乾いた音が響き――花火が打ち上がった。
大輪の火の花が夜空へと舞い、踊る。

「あら……まあ、本当♪　結構穴場…かも。来年も此処で花火を見上げてみようかしら」
「ええ、来年も是非此処からまた見れるといいですね」

そしてニールは花火を楽しげに見るみずねへ微笑むと小声でティアへと呟いた。
ティアの肩を抱き寄せながら。
「この前は、突然恋人と別れた――なんて言ってごめん。でも」
「……うん」
「もし迷惑でなければ――今度は君を好きになったら駄目かな」

途切れ途切れのニールの言葉。
花火の音に消えてしまいそうになる声。
迷ったけれど――どうしたいのか考えたけれど、でもそれはきっと。

（相手のことが嫌いなら悩んだりしないから）

好きになられて迷惑なわけがない。
一緒に過ごせば楽しかったから――気になってると言うのが正解なのだと思う

「……駄目じゃない、と思うの。私も、少しはニールさんの事、気にしていい？」
「勿論、ええ…それはかなり、嬉しいです…ありがとう」

花火の所為なのか、赤く染まるティアの顔。
ニールの、ティアの肩を抱き寄せる手に、力がこもる。
みずねは花火を見上げながら二人をちらと見、少しずつ、この二人から距離を離す。
何せ、こう言うのは邪魔するべきものではないのだから。
二人の会話が聞こえない程度の距離にまで行くと空へ向かって一人呟く。

「――お幸せに♪」

――天に咲くは火の花。そして、地へと咲き満ちるのは人の心が咲かせる花。
少しばかり、祝福をと天が思ったかどうかは定かではないが――気の早い、風が一陣の風を引連れ涼やかに舞い戻る。


―END―


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■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■
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【1205　／　ニール・ジャザイリー　／　男　／　13　／　見習飛翔船乗り】
【0925　／　みずね　／　女　／　24　／　風来の巫女】
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■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■
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こんにちは、ライターの秋月奏です。
ニールさん、今回はこちらの依頼に参加してくださり有難うございました！
しかもソーンで投入、との事なので「わわ！」と驚きつつも
またいつもの如く楽しんで書かせて頂きました
ティアとはこの様な感じになりましたが如何でしたでしょうか。
のんびりゆっくりな子ですが、これからもどうか宜しくお願い致します。
今回は本当にご参加どうもありがとうございます。
また何処かで逢えますように祈りつつ。