<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
白山羊さんの奇術大会
■〜Prologue〜
「これでよしっと」
白山羊亭看板娘ルディアは酒場の本来の営業時間を無視し、真昼間から店の外でいそいそとポスター貼りをしていた。
「『白山羊亭奇術大会〜優勝者には店長からの豪華景品!』……?」
仕事の休みでそこを通りかかったリィンは、ポスターに目を惹かれ、その場に立ち止まった。
「おもしろそうでしょう? 店長の思いつきなんで詳しいことは知らないんですけど、なんか面白いらしいですよっ」
ルディアの大会説明に、リィンは淡く微笑み、ルディアの手をとった。その自然な動きに、握り返したルディアだったが、すぐに我に返るとその行動に赤面し、手を離した。
「えっ、えとっ」
動揺するルディアに、リィンは優しい目つきで言った。
「……ねぇ、豪華景品を考えさせてくれないかしら? 実家から送ったものがいっぱいで、家から溢れてるのよ……ダメかしら」
「そんなっ、もったいないですからいいですよっ」
ルディアは遠慮したものの、普段はおっとりとしたリィンのその押しの強さに押され続けると、わずかか数分で条件付の承諾をしてしまった。条件はひとつ、リィン自ら店長に申し出る……だけである。条件の数にもならない。
「では」
いつも通りの穏やかさを取り戻したリィンは仕事へと戻っていった。
■〜I am Only One?〜
参加者。ティア・ナイゼラのみ。
「う〜ん、そんなはずはなかったんだけどなぁ……」
白山羊亭のマスターが、カウンターで客に酒を出しながらぽつりと呟いた。今日は大会があるため人は多いが、肝心の大会参加者がひとりだった。この分ではどうやら……賞金云々ではないらしい。
ルディアはマスターに頼まれ、他の客に【奇術大会への関心】を急遽リサーチし始めた。
「マスター主催ってあたり、胡散臭すぎるだろ、ぐぁっはっは!」
――ごもっともで。
「豪華景品とかぁ、言っておきながらぁ、結局はぁ、酒だったりするんじゃないのぉ?」
――リィンさんが寄付してくださるまではそうだったやも知れません。
「っていうかそもそも奇術って何さ?」
――私も知りません。
「というわけで、ティアさんっ、よろしくお願いします!」
ルディアはティアに頭を下げた。
大会参加者であるティアは、普段よりもきらびやかな衣装をまとい、普段はおろしている髪を2つに結んでいた。
「そっ、そんなぁ〜。参加せずに見てるだけにすればよかったかなぁ。別に、景品なんてどうでもよかったしぃ〜〜」
ティアがそう答えるや否や、ルディアは店の客に呼ばれ、その場を立ち去ってしまった。ティアは机の上にのっている水槽に目を移し、その中で楽しそうに遊んでいるピンク色の生き物を見た。
水槽で遊んでいる生き物――カッパは、ティアの友達の〈ピーちゃん〉だ。ティアが水槽をのぞいていると、ぴーちゃんが不安そうにティアを見上げた。ぴーちゃんが自力で出ると、そのピンク色の手でティアの頬をぱちぱちとたたいた。
「ありがとう、ピーちゃん」
店のほうでは準備が完了し、客はいっそうざわついていた。
司会進行のルディアは舞台に出ると、店の奥にいたティアに、舞台袖に来るよう手招きをした。ティアは水槽を持ち、舞台袖に隠れた。
「えっ、えとっ、これから奇術大会をはじめまーすっ!」
ルディアがいうと、客は大きな歓声をあげる。
「今回は参加者が1人で淋しいですが、皆さん、何かあったら是非っ、飛び入り歓迎ですー!」
舞台そでで呼ばれるのを待ちながら、ティアの心臓の音は最高潮に達していた。
「ではではっ、ティア・ナイゼラさんですっ」
ティアは舞台に上がった。
■会〜Beautiful thing, and, That's Magic?〜
「みなさん、タネも仕掛けもありません……じーっと、この水槽を見ていてくださいねっ」
観客はティアの衣装を映している水槽に見入った。
「これから、このカッパのピーちゃんをこの水槽に入れます! はい、いってらっしゃーい」
ティアはピーちゃんの入っていった水槽の水を操り、空中に、ピーちゃんの絵をいくつも描いた。水槽の水はなくなったが、その中にピーちゃんの姿はない。
「あらぁ? ピーちゃんっ、ピーちゃーんっ!」
わざとらしいほどの大きな声でティナが呼ぶが、ピーちゃんは出てこない。観客はその展開にじっと息を潜めた。思った以上にティアの奇術に注目しているらしい。
「じゃぁ、ぴーちゃんが出てくるように、みんなで歌を歌いましょうか。せーのっ」
ティアが歌いだそうと息を吸い込んだ瞬間、ピーちゃんは止めようと、懸命にティアの服のそでから出てきた。突然ピーちゃんが、しかも水槽からではなくティアの服のそでから出てきたことに、観客はざわついた。
「もぉう、だめでしょ、ピーちゃん」
ティアにそういわれても、ピーちゃんはピーピーと騒ぐのをやめていない。ティアが歌を歌おうとするとき、ピーちゃんはいつもこうだ。ティアは気にせず、いつも通り歌おうとした。
「じゃ、気を取り直して歌を歌いましょう。せーのっ」
ピーちゃんが必死で衣装をたたくのをかまわずに、ティアはのどをふるわせた。
下手の横好き決定版、歌声で飛ぶ鳥を落とす人魚の歌。
酒に酔いつぶれた人間が突然起きて頭を抱えだし、景気よくショーを見ていた人々が、腹痛を訴え腹を抱えた。
「へ……?」
驚きでティアが歌うのを止めたとたん、店が暗闇に包まれた。舞台を照らす照明も、店内を照らしていた明かりもなくなってしまった。ティアは立ち尽くし、その場に座り込んだ。
ピーちゃんを胸に抱き、床に座り込むと、スカートのポケットからごつごつした感触があった。取り出すとそれは珊瑚だった。
ティアは珊瑚を取り出すと両手のひらにのせ、その珊瑚に集中し始めた。珊瑚から光の粒が溢れ、珊瑚自身が輝きだした。珊瑚は、虹ように様々な色の光で輝いていた。
頭や腹を抱えていた観客はその光へと視線を移し、暗闇の中で心を和ませた。
「きれい……」
客の1人がぽつりとこぼした。ティアは珊瑚を持ったまま、それを水の中に入れた。水の中で光が屈折し、水中で鮮やかな光の幻像を作った。
どれくらいの時間がたったか、しばらくして店の照明が元に戻ると、珊瑚の光は消えた。
「以上、ティアさんでした――――!!」
観客は今までにない盛り上がりを見せた。ティアはお辞儀をし、舞台袖にすぐに引っ込んだ。店長が『豪華景品』を手に持ち、ティアの前に現れる。
「お疲れ、綺麗だったよ。はい、これ」
赤い包み紙に包まれたそれを店長が差し出したが、ティナは首を横に振って遠慮した。
「いいです。最初から、面白そうだから参加しただけで、商品なんて興味なかったし……可愛いものならいただきますけど」
「いや、期待にそえそうにないな……食べ物だよ」
「ならなおさら。珊瑚をきれいって言ってもらえただけで、私は十分ですっ」
「そうかい? じゃぁ、またやってくれると嬉しいな」
「はいっ……」
ティアが店から去ると、店長はあからさまに胸をなでおろした。
「何か不満でも?」
ルディアが問い掛けると、それをじっと店長が見つめた。
「人魚が人魚の肉なるものをもらっても、意味ないだろうなぁ……」
「最悪ですよ、ソレ」
人魚の肉、と言っても本物ではない。動物の肉を、そういった名前にしてどこかが名産品として売り出しているのだ。
「はははは。リィンさんに返すのももったいないから、明日こっそりメニューにしちゃおう」
舞台では、酒のまわった観客が一様に自分の技をさらしていた。次回の大会は参加者が多そうである。
■〜Epilogue〜
「今日の珊瑚、綺麗に光ったねっ」
衣装は着替えずに、髪をおろしただけのティアが、ピーちゃんを片腕で抱えながら、夜道を歩いていた。夜道を照らす光はもちろん、珊瑚である。
「今はそうでもないんだけどなぁ……」
片手に持つ珊瑚をじっと見つめながら、ティアはつぶやいた。ピーちゃんはピーピーと叫びながら、そうでもないと主張している。
「そうねっ」
夜道を照らす珊瑚は、明るい七色の光をしていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【1221 / ティア・ナイゼラ/ 女 / 16 / 珊瑚姫】
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■ ライター通信 ■
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発注、ありがとうございました!
初受注ということもあり色々とありましたが、
喜んでいただければ幸いです(^^
これからもよろしくおねがいします。
天霧拝
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