<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


マンドラゴラを探して
●オープニング
 その少女が白山羊亭に現れたのは、ある昼下がりのことだった。
「いらっしゃいませ〜」
「ええと、わたし、錬金術師のリリナって言いますぅ。錬金に使う材料を採りに行くのに、手伝ってくれる人を探してるんですけどぉ‥‥」
「冒険者への仕事の依頼ですね。はい。扱ってますよ」
「わぁ☆ よかったぁ」
 リリナは安堵の笑みを見せる。
「ええと、採りに行くのはぁ、マ‥‥マ‥‥マンダラゴッコ?」
「‥‥もしかして、マンドラゴラですか?」
「あ、それですぅ☆」
 あの有名なマンドラゴラをど忘れするような人に、錬金などやらせて大丈夫なのか。いや、きっと酒場に来るのが初めてで、緊張のあまり思い出せなかっただけだろう。ルディアは、自分にそう言い聞かせる。
「お客様は、こういう所、初めてみたいですね」
「はい〜☆」
「それじゃあ、報酬の相場とか、渡し方とか、簡単に説明しますね」
 ルディアの勧めに従い、リリナは相場の半分の金額を、前金としてルディアに渡した。
「引き受けてくれる人が見付かったら、この住所に連絡しますね」
「はい。色々教えてくれて、ありがとうございました〜☆」

 リリナが帰った後、ルディアは居合わせた冒険者に話し掛けた。
「ちょっと頼りないけど、かわいい子よね。15歳くらいかなぁ? 前金も預かってることだし、引き受けてあげても損はないと思うんだけど、どうかなぁ?」

●立ち上がる冒険者
 ルディアの話を聞き、真っ先に手を挙げたのは、リース・エルーシアと名乗る冒険者だった。青い瞳がキラキラと光っている。
「あたし、マンドラゴラの実物って見たことないんだよね。面白そうだから、あたしにやらせて!」
「え? あ、ありがとう。でも‥‥」
 ちょっと不安。まさか口には出せないが、ルディアは助けを求めるように店の中を見る。すると、気持ちが通じたのか、落ち着いた雰囲気の女性が近付いて来た。
「依頼主の方は、見習いさんでしょうか? 何となく心配です。私にもお手伝いさせてください」
 女性の名は、みずね。白山羊亭では常連の域に入るだろう。ルディアも、みずねが同行すると聞いて、一気に安心した様子を見せる。
 リースは人懐こく笑って、みずねに挨拶。
「よろしくね。ところで、マンドラゴラって、抜く時に悲鳴を上げるって知ってる? その悲鳴を聞いた人は死んじゃうって」
「‥‥リリナさん、ですか。この方は、そういうことを知っているのかしら?」
 ルディアから渡されたメモを見ながら、みずねは首を傾げる。
「わかんないねー。あたし、マンドラゴラのこと、ちょっと調べておこうかな。どこで採れるかとか知らないし。リリナちゃんが知ってれば問題ないけど」
「そうですね。私は、その間に、リリナさんのことを調べてみましょう。一緒に採りに行くのなら、リリナさんの分の準備も必要ですし」
 こうして、二人は一度別れ、それぞれに準備を整えることにした。

●地獄の沙汰も金次第(?)
 夜が更け、白山羊亭もますます賑やかになる。リースは、髭面の男が一人でエールを飲んでいるのに目を留めた。
「おじさーん。冒険のベテランと見込んで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
 向かいの椅子に腰掛け、にこにこと笑いかけると、男は一瞥を食らわせて素っ気なく言った。
「ねーちゃん。酒場の流儀を知らんのか?」
「う‥‥」
 リースは店の奥に向かって声を張り上げる。
「お酒と、何かおいしい物。じゃんじゃん持って来てっ!」
 男の口元がほころんだ。
「で。何が聞きたい?」
「マンドラゴラって知ってる?」
「あー? 知らない冒険者なんていねぇよ」
「それって、どこで採れるのかな?」
 男は、顎髭を撫でた。
「俺は遺跡専門でな。薬草の方はよく知らねぇ」
「えー? そうなの?」
 こんなことなら、酒なんて奢るんじゃなかった。リースは口を尖らせる。そんなリースを見て、男はニヤニヤと笑った。
「そういえば、最近、ちと困ったことが起きてんだ」
「あたし、おじさんの愚痴を聞くために、お酒奢ったんじゃないからね」
「まあ、慌てるな。さっきも言ったが、俺は遺跡専門だ。ところが‥‥。大事な仕事場を荒らす輩がいる」
「それが、マンドラゴラと何の関係があるの?」
「遺跡掘りのABCも分かってない奴らが押し掛けて、散々荒らし回ってんだ。どうやら、どこかの遺跡にお宝が眠っているとかいう情報が流れてるみたいだな」
「だから何なの」
「そんなに一度に冒険者が増えるなんて妙じゃねぇか? おそらく‥‥薬草採りや狩りをやっていた冒険者が、遺跡に流れてんだ」
「‥‥あっ」
 何かに気付いたリースを見て、男は満足そうに頷く。
「マンドラゴラの根なら、魔法ギルドでも手に入る。わざわざ採りに行く依頼を出すってことは、ギルドでも払底してんだろ? 今なら、採り尽くされたような場所でも、見付かるかもしれねぇな。‥‥おっと、ここから先は別料金だぜ?」
 リースは渋々、金貨を1枚テーブルの上に置く。男は、信じられない速さで、それを掌に収めた。
「OK。明日、同じ時間にここに来な。懇意にしている情報屋からネタを仕入れておく」
「‥‥騙したら酷いよ?」
「情報屋は信用商売だ。俺だって、もう半分は情報屋みたいなもんだ。自分の首を絞めるマネはしねぇよ」

●マンドラゴラの秘密
 それから数日後。城下町を出て西へ西へと歩く3人の女性の姿があった。
「この靴。とっても歩きやすいですぅ☆」
 リリナが嬉しそうに、みずねに話し掛ける。
「良かったです。これから、だいぶ歩きますから」
 冒険慣れしていないリリナのために、みずねが装備品一式を見立てたのだ。普段と違う格好をして、リリナは、まるで遠足に行く子供のようにはしゃいでいる。
「あまり急いで歩いてはいけませんよ。無駄に体力を消耗すると、危ないですから」
「は〜い☆」
 その後ろから、リースが、情報屋から買った地図と景色を見比べながら付いて来る。
「ねえ、みずね。このまま真っ直ぐ行くより、ここの岩場を越えた方が近いけど、どうしようか?」
「真っ直ぐにしましょう。私たちだけならいいのですが、リリナさんを危険な山道に連れて行くのは気が進みません」
 リースのリュックの上に陣取り、肩から顔を覗かせていたウサギのような動物が、アゲハ蝶のような羽をパタパタさせながら「みゅう」と鳴く。
「みるくもそう思う? じゃ、安全な方にしよう。急がば回れって言うしね」

 やがて日は暮れる。歩き慣れないリリナの顔に疲れが見え始めた頃、木立を抜けた3人の目の前に草原が広がる。
「うわあ〜。町の近くに、こんな場所があるなんて知らなかったですぅ☆」
 早速マンドラゴラを探そうとするリリナを、みずねが引き留める。
「ちょっと待ってください」
 モンスターや野盗は、それほど出ないと聞いている。だが、もっと怖いのは、他の冒険者と「獲物」の取り合いになることだ。みずねは精神を研ぎ澄ませ、気配を探る。
「‥‥私たちの他には誰もいないようですね。それはそれで、変な気もしますが」
「情報屋さんが言ったとおりだよ」
 そう言いながら、リースはリュックから耳栓を取り出す。
「はい。これ使って。マンドラゴラを抜く時は、みるくにやって貰うからね」
 きょとんとしているリリナに、マンドラゴラの悲鳴を聞いた者は死んでしまうからと説明すると、リリナは怯えた目をした。
「そんな‥‥。そんなことしたら、この子が死んじゃいますぅ」
「あ、それは大丈夫。ほら、ね」
 みるくを抱え、耳を倒して見せる。
「こうすると、何も聞こえなくなるんだ。だから大丈夫」
 それでも不安そうなリリナに、みずねが尋ねた。
「そういえば、リリナさんは耳栓を用意していませんでしたね。どうやって採るつもりだったんですか?」
「これを‥‥」
 リリナは、腰に下げた剣を抜いた。ただのアクセサリーだと思っていたが、どうやら違うらしい。
「マンド‥‥ラグラ?の周りで、3回、こうやって回すんですぅ。これだけは絶対に忘れちゃいけないって、魔法学院の先生に教わったんですぅ」
 少々ぼんやりしているが、大事なことはきちんと覚えているようだ。
「両方やったら、きっと完璧ですね」
 みずねが微笑む。

 他の冒険者の邪魔が入らないとはいえ、貴重な魔法の草。簡単には見付からない。ようやく、その紫の花を見付けたのは、夜が明けようかという時間だった。
 リリナが剣で三重の円を描き、リースがみるくに「耳を伏せたまま」掘り出すように頼む。
「うわあ。これですぅ。これで、新しい実験ができますぅ☆」
「1本だけでいいの?」
 みずねの問いに、リリナはこくりと頷いた。
「一度に使うのは、ちょっとだけなんですぅ」

 交代で仮眠を取った3人――実際のところは、みずねはほとんど眠らず、リースは居眠り程度、リリナだけが熟睡していたのだが――は、翌日の夕方になって町に戻って来た。みずねとリースは、その足でリリナが身を寄せているフェルマー家を訪れ、「成功報酬」を手にしたのだった。

 それから更に数日後。2人連れの冒険者がマンドラゴラの根を魔法ギルドに持ち込み、高値で売り払ったことは言うまでもない。

【完】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0925 / みずね / 女 / 24 / 風来の巫女】
【1125 / リース・エルーシア / 女 / 17 / 言霊師】

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■         ライター通信          ■
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 ソーンの皆様には、はじめまして。ライターの小早川です。大切なPCさんは、イメージ通りに書けているでしょうか? お気づきの点がありましたら、遠慮なくテラコン経由でお知らせくださいね。
 今回の依頼のキーワードであるマンドラゴラ。採取方法には色々な説がありますので、このノベルで書いた方法は「色々な方法の中の1つ」だとお考えください。あまり詳しく書くと、それだけで終わってしまいますので‥‥。

 リース様。マンドラゴラについて、よくご存知のようですね。こちらで用意しておいた方法は剣を使う方でしたが、みるくちゃんのおかげで、耳栓の方法も採用できました。
 みるくちゃんは、空を飛ぶのとリースさんの肩に乗せるのと、どちらにしようか迷ったのですが、リースさんが歩いているので、リュックの上に乗せてみました。ペットと仲の良いPCさんを書くのは楽しいです。

 それでは、またお会いできますように。