<PCクエストノベル(1人)>


地底に眠れるはあの日の 〜ムンゲの地下墓地〜

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【1244 /ユイス・クリューゲル/古代魔道士】

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【序章】

 ――「彼」に取って、それは幾日ともかからぬ行脚であった。
 ともすれば、一刹那の事であったのかもしれない。
 彼がそれを望み、その指先が弧を描いたその時から――彼は「此処」に存在し――その虚空を、見つめていた。
 地下墓地。
 伝説の、等と謳われるならば聞えは良いが。

ユイス・クリューゲル:「――要するに、今は欲に駆られた"化け物"、と言う事で…‥・良いのかな?」

 薄いレンズの眼鏡の奥で、楽しげに瞬かせたユイスの双眸がゆっくりと…細められる。
 近年「大賢者」と持て囃された(当然だ、クリューゲルからすれば悠久の時ですらも刹那に過ぎない)ムンゲの存在が、今は明確な悪名となって人々を脅かしていた。
 生と死の間には、決して越えられぬ――いや、越えてはならぬ深い溝がある。
 魂と言う名の純潔を、その大賢者と呼ばれた男は玩び、蹂躙すると聴く。
 ネクロマンサー等と呼ばれ土くれと戯れているだけに留まる間ならば良いが、術者が己の術に溺れればその先にあるのは――

ユイス・クリューゲル:「破滅、のみだ。…その在り所そのもののな」

 ユイス・クリューゲル。
 古代魔法術の黎明・文明期よりこの世の狭間に生をなし――世の理そのものにすら、直接関与したとされる者。
 この墓の主が森羅万象の理を違え、その欲望の赴くままに力を行使せんと望む者であるならば――その始末を、取らねばならないと。
 彼はその一足を、蘇りの土くれが息を潜める地下墓地へと、踏みだした。

【本章】1

 その祠へと趾を踏み入れた途端、先ずその肌に感じさせられたのは鋭い悪寒、だった。
 緩やかな、それでいて幅の狭い階段の一段一段を、クリューゲルは物怖じする事も無く確実に踏み締めて行く。
 時折、その彼を威嚇するかの様に高く…尖った咆哮が何処からか成される事も有ったが。

ユイス・クリューゲル:「・‥…少し黙っていてはくれないか」

 彼が差し出した二本指が、宙に何がしかの複雑な図形を――それが、意識界の全ての事象を司るモノであった創生文字である事を知る者は未だどれほど残っているのだろうか―――描く。
 そこから発せられる仄かな暖色の灯に細い通路が照らされる事となると、"気配"は彼の背後に細長く落とされた彼自身の影へと、その成りを潜める事となった。

ユイス・クリューゲル:「流石、自我を持たぬ土くれ共だ…素直で良いね」

 仄灯はクリューゲルの眼差しを、眼鏡のレンズに照り返しを与える事によって隠す。
 彼の視線はまっすぐ目の前の濃密な暗闇を見つめていた。
 そしてさらに一足、一足――と、陰鬱な空気漂う墓地の深くへとクリューゲルは歩を進めていく。

 カツン。
 彼の踵が、最下層の床を叩いた。
 緩急有りながらも深く、地底までをも誘われそうな長い階段を降り切ったそこからは、濃密な闇に支配された回廊が――続いている。
 クリューゲルは、その回廊の入り口にあたる冷たい石の壁を指先で照らし、そしてから暗がりへと視線を移行した。
 照らした瑣末な燭台は、過去にここを築いた者達がその作業に使用した物だったろう。長い時の流れと共にその蝋は風化し、ただ燭の土台だけがそこに形だけを残している。
 目を閉じれば、耳に届くのは…猛き咆哮。それは、そう遠くは無い回廊の果てに棲む何がしかのモノのそれか。

ユイス・クリューゲル:「命知らず、と言う言葉の意味を教えてやりたい所なんだが…‥・生憎、お前はもう"命"を持たないだろうが?」

 ざらり…‥・ざらり…‥・
 摺る様な趾音と共に、ソレはゆっくり、ゆっくりと前進している。
 目的はおそらく一つであろう、異端の侵入者――クリューゲルを、この聖地から排除する事。
 クリューゲルの知る真理からすれば、異端はどちらなのか…そう問いたくなる所だったが、いつの時も視野の狭い者は存在し得る。
 そう、いつの時にも。

ユイス・クリューゲル:「この世の理を知るか、腐った土くれのままで螺旋の苦痛を味わうか――二つに一つなら、おまえはどちらを望む?」

 ほ…‥・っ。
 音も無く、クリューゲルの指先から灯ったのは殊更にまばゆい、光。
 それは高温に過ぎるために、浄化の聖光と言っても過言ではないほどに白い――炎、だった。
 照らされたのは、クリューゲルの鋭利な横顔と、大きな影。
 長い回廊の果てから確かな質感を以て歩みを進めた、巨大な土の塊――激しい腐臭を纏ったそれは。

 この回廊で息絶えた工士の成れの果て、だった。

リビングデッド:「ヴァアアァァァ―――!」
ユイス・クリューゲル:「――良いだろう」

 不吉な趾音を立てながら、尚もクリューゲルに歩み寄るリビングデッドに向けて、炎を灯らせた指先を彼は向ける。
 あたかもリボルバーの銃口をターゲットに向けるかの様な戯けた仕草で、その腹部目がけて――

ユイス・クリューゲル:「バァン」

 "引金"を、引いた。

 耳を劈く銃声の代わりに、響かせられたのは炎が一際唸りを上げて燃え上がる燃焼音。
 放たれた炎の矢は震えながらも真っすぐに、リビングデッドの鳩尾目がけて空気を裂いて行く。
 それは果たして怪物の腹部を大きく抉り出し、貫通し――大きな風穴を開け遣るに至った。

リビングデッド:「・‥…ヴ…ア…ァ―――」

 焦点が定まらないままで見開いた双眸。
 その左目が支えきれずにだらりと垂れ、糸を引いた。
 俯き、哀れな土くれは己の腹に開いた大きな虚空を見下ろす。当然だろう――おそらくはムンゲに拠って、訳も判らないままその生を引き戻されたヒトの魂。己がもうその生を終えている事にすら気付いていないのに違いない。
 その大穴の意味を汲みきれぬのは、あながち愚鈍であるから、なだけでも無さそうだった。

ユイス・クリューゲル:「いくら愚鈍で胡乱なおまえにでも、これ以上の邪魔がどういう結果を導くのか位は――その身を以て知っただろう?」

 クリューゲルが、その傍らを通り過ぎた時。
 湿った音を立てながら、"元工士"は崩れ落ちた――バランスを失った上体と下肢、その中心から真っ二つに折れ曲がって。

 冷たくじめついた石床の上で、苦悶にのたうち回るリビングデッドの湿った不快音が響く。
 その様子をぼんやりと照らしていたクリューゲルの指先が少しずつ遠くなって行き、異様な音を立てるその土塊が暗闇の中に呑み込まれて行く。
 やがてその音が、距離の所為では無く――ふつり、と止んだ時。
 濃密な漆黒に向かい、クリューゲルが朗々と声を響かせた。

ユイス・クリューゲル:「俺の機嫌を損ねる前にその姿を現せ、ムンゲ。おまえに抗う術は無い」
ムンゲ:「――ご最もで」

 かくしてここに、大賢人ムンゲの――気配、のみが。
 ユイス・クリューゲルの言葉に従い、茫洋とながらも…その意識の輪郭をあらわにしたのである。

【本章】2

 その姿までをも見留める事は出来なかった。
 希代の大賢者と言えども、その在り所まで捧げるのには些か向こう見ず過ぎると言う事だろう。
 この地下墓地のどこかにムンゲは眠り――そしてその意識を、クリューゲルの前に晒しているのである。

ユイス・クリューゲル:「貴様か。かつては人に崇められ、敬われ――今はただ土に還った魂を掌に創造主の真似事をしていると言う…哀れな輩は」
ムンゲ:「否、とは…申せませんでしょうな。如何にも。私がこの墓地の主にして孤独な王――かつてムンゲと呼ばれた者、にございます」

 その意識は、どこか疲弊している様にも感じられた。
 遠くどこかで聞えていた負の猛りや咆哮は今やその成りを潜め、彼らを司る大賢者と――そして、この世の始まりの一端とも言える気高い古代人の束の間の同調をじっと見守っている様だった。
 そこに、あらゆる者の敵意は感じ取れなかった。

ユイス・クリューゲル:「牙を剥くつもりが無いなら何故、そこの土くれを俺に仕向けた」
ムンゲ:「これも牙城を守る為の手段の一つ――あれらに恐れを成す者との対話は望みませぬ」
ユイス・クリューゲル:「大した独裁者気取りだな、ムンゲ?」
ムンゲ:「気取る事すらを忘れてしまえば、誰が私を王と認めましょうか」

 濃密な、漆黒の中。
 既に指先へ炎を灯す事を止めてしまっていたクリューゲルは、回廊の隅――その壁に凭れかかり、ずるずると床に腰を下ろした。
 ムンゲは物問わずにそれを眼差しで追い、長く果てない回廊の狭間で暫しの沈黙をクリューゲルに与える。
 悠久の時の流れに漂う古代人は虚空を見上げ、その肌に感じるムンゲの"意識"へと、語りかけた。

ユイス・クリューゲル:「古代人が憎いか」
ムンゲ:「もう思い出す事が出来ません」
ユイス・クリューゲル:「今は、憎いか」
ムンゲ:「―――いいえ。あなたを目の当たりに致しました故」

 何処までも続く長い回廊は、視界の届かない暗がりの向こうで捻じ曲がり、次元を越え、その果てを無数の分岐に違え、そして再び一つへと繋がり――それらを無限に繰り返している、大賢者ムンゲの思想と苦悩、そのままの姿だ。
 果て無く続いたその苦悩の、今この瞬間己が腰を下ろしている此処は、如何ほどの場所であるのだろうか。
 どれ程その聡明さを"賢者"として讚えられ、その功績を崇められたとしても。
 彼にはたった一つだけ、解き明かせない真理が在ったのだ。

ムンゲ:「――なぜ、あなた方は…ご自身と等しく、人間をお造りにならなかったのか。なぜ私達は限られた命の中で笑い、哀しみ…そして哀しまれ、その在り所を失って行かねばならないのか。そんな、有意識への執着が・‥…死して尚私を此処に繋ぎ止めていました」

 クリューゲルが俯いている。
 その面持ちは、眼鏡のレンズと言う薄い障壁と髪に隠され――漆黒の中、伺い知る事は出来なかったが。

ユイス・クリューゲル:「――おまえの回廊は、今に終わりを告げるだろう。俺には、この先にある・‥…果てが、見える」

 す、と。
 クリューゲルが指差したのは、暗がりの中、おそらく今はどこまでも続いているのであろう――ムンゲの深淵、その長すぎる苦悩の回廊の、果て。
 俯き、おそらくはその双眸を緩やかに閉じたままで。
 クリューゲルは小さく頷く。
 ムンゲはその気配に幾許の感情を吐露する事も無く、ただ――そのこうべを垂れた。

ムンゲ:「あなたが果てを私にお見せ下さる…訳では、無いのですね」
ユイス・クリューゲル:「未だおまえの内に眠っている、あと幾許かの執着と…その未練が、断ち切られた時。自ずからその果てが見えるだろうさ」

 未練。
 その言葉をクリューゲルが唱えた刹那。
 ムンゲの気配の輪郭が――僅かに、震えた。
 
【終章】

 そして。
 再びクリューゲルがその目を開いた時。

 目の前に広がっていたのは、そびえ立つ山岳を背にひっそりとその口を開けている地下墓地…その入り口、だった。
 ぐるりと首を回して肩の骨を鳴らしてから、クリューゲルが大仰な溜息を吐く。

ユイス・クリューゲル:「・‥…キャラじゃ無ぇよな。ちょっとカッコつけすぎ俺」

 ずれた眼鏡をぐぐいと指先で直してから、穴の中へとそっと耳を澄ませてみる。気配と言う名の微かな音の糸を解す様に、深く…。
 そこに存在する筈の、ムンゲの輪郭を探る。
 ぽつり、呟いた。

ユイス・クリューゲル:「人には、無理だ。・‥…そう造ったんだ」
 
 その声が届くか否かは、彼の知る所では無い。
 遅かれ早かれ、彼は理を手にする日が来るだろう。
 それならば、それで。
 良い。

 クリューゲルが、その長い指先を宙へ向けさせ――す、と弧を描かす。
 と。

 そこには、元より「彼」など存在為えなかったとでも言う様に。
 再び、息吹の渦巻く大自然となる。
 彼を成す細胞の爪の先ほどにしかこの世に生を受けずとも、それでも全てを知り、受容する空が、山々が、木々が、そして大地のみが。
 ひっそりと、その記憶を共有するのみとなったのである―――