<東京怪談ノベル(シングル)>


◆ 可愛い小瓶と少年微熱 ◆


 ■はじめまして

「こんにちは〜〜♪」
 ボクはシェルリの店の扉を開けた。
「いらっしゃいませー」
 シェリルさんの元気な声が聞こえてくる。
 …と、同時にとっておきの彼女の笑顔。ボク達、ソーン世界に迷い込んだ冒険者にとって、このお店と彼女の笑顔は元気の素。
 ボクは嬉しくなって、同じように笑顔で返した。
 今日は色々と買出しをしなくっちゃいけないんです、本当はね。
 溜まってる用事もあるし。
 でも、彼女の笑顔と品物の質の良さに、同じような店を幾つかと市場を通り過ぎてきちゃうんですよね。


 あ。……ボクの名前はトール・ウッド。
 いろいろ勉強中の若輩者ですけど、これでもまだ10歳ですから、まだ先は明るいですよね?
 なぁ〜んて考えてたら立派にはなれませんよ。
 ですから、今日も頑張るんですvv
とにかく今日はお買い物。
 いいことあるといいな♪


 ■茶色の小瓶と苺ジャム

 ざわつく店内を眺めながら僕はぼんやりと考える。
 所狭しと日用品や不思議なものが置いてあって、戸棚やカウンターは品物の名前と値段を書いた可愛いカードが貼られ、とっても賑やかな感じがする。
 とっても明るくって、おいしいご飯も食べれて、白山羊亭は大好きなお店の一つ。
 他にも数人のお客さんが居て、今日はのんびりと営業中みたいです。

「どーしようかなぁ」
 僕は溜め息を付いた。
 だって、どれもこれも欲しいし。両手で抱えきれるだけしか持って帰れないしね。
 色々と必要なものがあって、今日はシェルリの店に買い物に来たんですけども、ボクのウチからはちょっと遠いのが難点……
 今回のお買い物は、お昼用のふわふわ白パンとイチゴジャムと取れたて野菜。あとは、夕飯用の鶏肉。石鹸も残り少ないから買わなくっちゃいけないし。
「どれにしようかな……」
 実を潰してないイチゴジャムとペースト状の物の二つを持ってみれば、どっちも良いような気がしてくるし、悩むなあ。
 でも、ブラックベリーのジャムも気になるし。こっちの杏ジャムも初物だし、甘酸っぱい林檎ジャムもおいしそう♪
 あぁああああああああッ! マーマレードなんか10種類もある!!!


―― オレンジ・レモン・はっさく・甘夏・レッドグレープフルーツ・原種のグレープフルーツ・ライム・金柑・ブラッドオレンジ・スイーティー……あぁ、至福♪


「うーん……ボクとしては午前中に買い物を済ませないと……」
 ぐるぐるしてくる頭を抱えて、ボクは唸った。
「何悩んでるのかしら?」
「エッ!?」
 ウンウン云いながら考えていると声が聞こえて、慌ててボクは振り返った。
「シェリルさん」
「こんにちは…。…トール君…・だっけ?」
 恐る恐ると言った見上げるような視線でシェリルさんが訊ねた。
「は、はい。トール・ウッドです」
 最近ここに来るようになったんだから、しゃっきりしなくっちゃと思えば段々緊張してくる。

―― ど、どうしよう……

「何が欲しいのかしら?」
「あ……えっと、パンに塗るジャムを……」
「ジャムね。……うーん、さっき出来たばっかりの胡桃のペーストと豚肉のリエットもあるんだケド」
「え!! リエット? ボク、好きです!!」
 ボクは思わず拳を握って満面の笑顔で答えた。
 そうなると他の物が気になって仕方なくなってくる。
 ボクは丁度戸棚にあった小瓶を手に取った。それは、ちょっと小さな茶色の小瓶でジャムと同じお花のシールが貼ってある。
 中身は見えないけど、瓶の中でたっぷんたっぷんいってる。
「あッ、それは!」
「え??」
 慌てる様子を見るとジャムじゃないみたいで、ボクはそれを置こうと上の棚に手を伸ばした……瞬間。


 どんッ!!!

 背中に感じた衝撃を感じた時には既に遅く、ボクの手からそれは滑って僕の頭にゴチンッ!!とぶつかって跳ねた。
「アッ!!」
 目から火花が飛びそうな痛みを堪えて、小瓶を咄嗟に掴もうと手を伸ばしたけど遅くって。
「だっ、ダメぇッ!!」
 シェリルさんが大慌てで叫ぶ。
 掴みそこなったボクの手は、何故か小瓶のコルクを掴んでいて、飛び出した液体を頭からもろに被ってしまった。

―― ひゃぁあああ! 襟からシャツの中に入ってくるぅううう〜〜〜〜!!!

「冷た〜〜〜〜〜い!!!」
 思わぬ冷たさに飛びすさって、さっきぶつかってきた男の人の分厚い背中に頭が当たった。
「ごめんなさいッ」
 ボクは振り返ってその人に謝った。
 その人はボクなんかより大きな人だ。ボクがその人の隣に立つと分厚い筋肉に覆われたお腹位のところに頭がくる。
 勿論、足もおっきいし、顔だって……ん?

―― き…きしょい……(涙)

 笑顔は不気味なマッチョマンスマイル。
 彫りの深い顔立ちに似合うぶっとい眉は端正とも云えなくないんだけど、云えなくないんだけどぉ……何しろ、笑顔が凄いとしか云い様が無かった。

 何で瞳がそんなにキラキラしてるんですかぁ?
 どおして、ボクの背筋が凍るような、熱〜〜〜〜い視線で釘付けにしようとしてるんですか?
 なしてそんなに近付いてくるんですかぁッ!!!
 ボクは恐くなって後ずさった。背後には机。背水の陣てこういう事なんだと遅ればせながら実感した。

「そこの可愛い少年vv」
「ははははは……はいッ!」
「おじさんとLOVE・し・な・い?」
「はぁ〜っ!?」
 むんずっ!とボクの肩をグローブみたいな手で掴んで、暑苦しい顔を押し付けようとしてくる。
 なんか、濡れた鱈子みたいな物がボクの頬っぺたにくっついたと思ったら、それはマッチョおじさんの唇で。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!」
「OHー♪ 少年よ。そんなに嬉しいか〜いvv」
「嬉しくないですぅ」
「はははッ! 私は少年は範疇外なんだが、どうでも良くなってきたね」
「良くないです!」
 ボクは後退しながら逃げようと試みる。
「少年愛……甘美な響き♪」
 うっとりと夢見る漢の眼差しを、遠くイスカンダルまで馳せるようにあっちの方向に向けた。
「君の可愛らしい薔薇のような頬やグミの実みたいな唇や、雅に天使のごとき愛くるしさ……罪だ」
「ひぃ〜〜〜〜っ! 僕は何もしてません!」
 首をぶんぶんと振って机に張り付く。
 ずいっとマッチョマンが歩を進める。
「さぁ、愛のレクチャーを受けてくれ……」
「そ、それは犯罪です!」
「愛があれば歳の差なんて!」
「それ以前の問題ですぅ(泣)」
 ダッシュで店から逃げようとボクは走り出せば、流石に経験多い冒険者らしく追い詰めてくる。
 小柄な体を利用して、ボクは机の下やら、お客さんのスカートの中に逃げ込んだ。
 当然、アッと言う間に店内は蜂の巣を突付いたように騒然となる。
「た、たすけてシェリルさん!」
「犬に噛まれたと思ってあきらめて」
「出来ません!!」
「しょぉ〜〜〜〜〜〜〜ねん、お茶をしようじゃないか!」
「嫌ですぅ!」
 段々、ぶっきーな顔が近付いてくる。
 そそり立つような巨体がボクの行く手を阻む。
 僕の前に巨大で圧倒的な恐怖が圧迫してくる。
 あぁ、この人のお腹は何でこんなにテカテカしてるんだろう?
 それさえもボクの恐怖になっているというのに……

「ぎゃぁあああああああああああああああああッ!!!!!!!!」

―― さようなら、ボクの美しい世界よ。

 ボクの意識は暗黒に飲み込まれた。


 ■END■