<PCクエストノベル(2人)>


母の胎内より〜落ちた空中都市〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【 1247/ 海之宮 光夜/ 退魔士】
【 1066/ エルレアーノ/ 騎士団階級『六の剣”ヴァルキリー”』】

【助力探求者】
【 キャビィ・エグゼイン/ 盗賊】

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 嘗て栄華を極めた文明は、その文明によってこそ滅びる。
 水の中の残滓は、深く、深く眠るそれを、包み隠す。完璧にではなくその揺らめきによって曖昧に。
 まるで母親の胎内のように。
 守られる胎児は嘗ての栄光都市。輪廻転生の理の如く、滅びたそこはまた生まれ出日を待っているのかもしれない。
 そう、羊水のなかで。

光夜:「って洒落ても仕方ないんやけどな」
キャビィ:「あんたが言い出したんじゃないか」
光夜:「まそこはそれ、ノリってもんやろ。しっかしまーそんなことの一つも言いたくなる位にすっごい眺めやなぁこれは」

 しみじみと呟く光夜に頷くエルレアーノ。

エルレアーノ:「城が水の中にあるというだけで、こんなにも神秘的なのですね」
光夜:「あんま『だけ』って話でもないんやろうけどな」
エルレアーノ:「『だけ』です。立地場所が通常の陸の上ではないという、だけの話ですから」
光夜:「へいへい。そんならそろそろ行かして貰いましょか。羊水の中のお宝なら赤ん坊ってトコかねえ」
キャビィ:「どっちに情緒がないんだか」

 溜息をつくキャビィ。

 羊水の中に沈む財宝。
 生まれいずる日を心待ちにしている無垢な赤子。
 それを求めて三人は漕ぎ出していた。
 落ちた空中都市の沈む、神秘の湖へと。



 湖へと漕ぎ出されたボートは水中に魔物の潜む湖に漕ぎ出すには余りにも華奢だ。
 
エルレアーノ:「強度は心許ないですね」
光夜:「ま、その辺は腕でカバーやろ」
エルレアーノ:「あなたに操船技術があるとは知りませんでしたが」
光夜:「そんなもんあるて誰が言うたんや?」
キャビィ:「今の流れ的にあんたで決定だと思うけど?」
光夜:「俺が言うたんは操船の方やないわ」

 軽く光夜が鼻を鳴らしたその刹那、水中から巨大な魚――つまりは魔物だ――がざばりと飛び出す。

光夜:「ま、こういうこっちゃ!」

 飛沫が三人の体を濡らし、勢いの余波がボートを木の葉のように揺らす。
 その手に握られた日本刀の名は阿祇羅【あぎら】。

光夜:「刺身にしたろーかい!」
キャビィ:「……楽しんでないでさっさといけー!!!」

 ボートにしがみ付き叫ぶキャビィ。

光夜:「いわれんでも♪」

 ボートから跳躍し阿祇羅【あぎら】を一閃させる光夜。巨大な魚は腹を断たれ、血を噴出しながら湖へと帰る。

光夜:「っと!」

 バランスをとってどうにかボートに戻る光夜。

キャビィ:「わーっ!!! 揺れるじゃないか!」
光夜:「あ、悪い悪い」
キャビィ:「心篭ってないだろあんた!」
エルレアーノ:「……それより手負いの魔物を放って置くのですか?」
光夜:「げ」

 大きさが大きさだけに致命傷には至っていない。
 痛みに逆上したか、今度は直接ボートを狙い、魔物は水中から突進をかけてくる。

光夜:「あー、俺らやったら落ちたら死ぬな」
キャビィ:「落ち着くな!」
エルレアーノ:「では私が……」

 エルレアーノは取り出したハルベルトを容赦無く湖の水面に突き入れる。
 刹那、浮き上がるような衝撃がボートを見舞う。

光夜:「うわ!」
キャビィ:「ちょ……!」

 慌てて舳先にしがみ付く二人。
 湖の澄んだ湖面が今度こそ赤に染められ、そしてややあってからそれは水に溶けて消え去る。
 再び湖面が澄み渡るまでにかかった時間は10秒程。
 後に白い腹を見せて、巨大な魚が湖に浮かんだ。

エルレアーノ:「仕留めました」
光夜:「お、お疲れさん」

 冷や汗を流しつつ謝する光夜。
 母親の胎内に収まった財宝はやはり手強い。
 落ち着きを取り戻した湖面は静かに訪れるものを拒んでいるかのようだ。
 だが、

光夜:「諦める訳にもいかんしな」
キャビィ:「なんでさ?」
エルレアーノ:「…………」
光夜:「そんなもんきまっとるやろ。そこに財宝があるからや!」

 明るく、光夜は宣言した。


 深い水中もエルレアーノには然したる問題にはならない。
 問題は水中にたゆたう魔物だ。
 時に身を隠し、時に威嚇し、エルレアーノは水中を探索していた。

光夜:「楽なのはいーんやけど今一つ緊迫感にかけるわなあ」
キャビィ:「いや、あんたそういう事言ってるとさぁ?」

 光夜が水中に垂らしている釣り糸に当たりが来る。
 最もそれ水中でエルレアーノが見つけたものを彼女が引っ掛けては釣り糸を引いている、それだけの話である。

光夜:「お来た来た!」

 釣り糸を水中から引きあげる光夜。
 しかし探索を行っているのがエルレアーノの為か、若しくはその探索が魔物を避けながらのものであるためか、『これ!』と言う当たりは出ない。

光夜:「もうちょっとこう、なあ?」
キャビィ:「人に探させといてそれを言う訳?」

 あきれるキャビィににまりと笑む光夜。

光夜:「ま、世の中分業やろ」
キャビィ:「一方的にエルが損してる気もするけど」
光夜:「で? お前の方の分業はどうなんや?」

 引き上げたガラクタか宝物か分からないものを取り上げ、キャビィは溜息をつく。

キャビィ:「こんな何時転覆するか分からない舟の上で検分なんか出来る訳ないでしょ。ある程度溜まったら一旦岸に戻ろうよ」
光夜:「それもそかなあ?」

 光夜が小首を傾げた、その時。
 釣り糸が一際強く引かれた。



 水中に揺らめく都市。
 城壁の内部は多くの魔物が蠢いていて近寄れない。
 母の胎内の羊水は胎児を守る為に幾重もの障害を用意し、害し様と近寄るもの達を拒んでいる。
 エルレアーノは無論そこに近寄ることはしなかった。
 確かに城壁が最も目に付く。そこに一体どんなものがあるのか気にならない筈もない。だが、その好奇心の行き着く先、逆らわず求めた先に何があるのかを理解できないほどに、エルレアーノは愚かではなかった。
 同時にそれを知って尚その衝動に逆らえないほどに、人間的でもなかったのだ。
 だが、目を引くものはそればかりでもなかった。

エルレアーノ:「…………」

 崩れ落ちた城塞。残った乏しい城下の街並み。
 その片隅にある古ぼけた石造りの家。古ぼけているといえば何もかもが古い。ただその建物は酷くエルレアーノの意識を引いた。
 身にかかる水圧は決して軽いものではない。だがエルレアーノは迷わずその建物に近付いた。

エルレアーノ:「……?」

 極当たり前の生活臭が漂う石造りの家。
 家具らしきものは恐らく水に晒され最早跡形も無く風化(この場合は水化か)してしまっている。だがその片隅に鉄作りの箱が据えられていた。
 外から、湖面からこの都市を眺めたのでは決して見つからない場所。

 エルレアーノはその箱を開け、そして湖面へと繋がる糸を強く引いた。



 羊水の中に眠る胎児。
 胎児に準える事さえ出来る、包まれた財宝。

光夜:「なんだこりゃ?」
エルレアーノ:「わかりません」

 エルレアーノの気を引いた財宝を最後に岸に引き上げた三人はその場で検分を行う。
 宝石のような不思議な色身の、
 輝くような布。

キャビィ:「……ふうん。武器とかじゃないよね」
光夜:「当たり前やろ」
キャビィ:「けど、馬鹿にできたものでもないよ」

 布を日の光にかざして見せるキャビィ。

キャビィ:「この布、ずっと水の中にあったのに腐ったりほつれたり……劣化だけどさ、してないんだもん」
エルレアーノ:「もう、濡れているようにも見えません」
光夜:「言われてみれば……」

 キャビィの手から布を受け取る光夜。

光夜:「ただの布には見えんわなぁ。なんやろ一体?」
キャビィ:「うーん掘り出しものには違いないね」
エルレアーノ:「……おくるみ」
光夜:「あ?」
エルレアーノ:「胎児を守るものならば……」

 真実財宝の眠る城壁の中を十重二十重に守る水の中から取り出した布であるならば。
 胎児を守る、神聖で柔らかな布。

光夜:「成る程なあ」
キャビィ:「どーする? 値打ちもんだと思うけど売っぱらう?」
エルレアーノ:「…………」

 人ならぬ人形の目が訴えかけるように光夜を見つめる。
 溜息を落とし肩を竦める光夜。

光夜:「売ったりせんて。折角なんやしこれでなんかつくらへんか?」

 ぱっと、エルレアーノの顔が喜びに輝いた。