<東京怪談ノベル(シングル)>
◆恋の微熱円舞曲◆
■雑貨=少年
「あーははははっ!」
雑貨店の店長 シェリル・ロックウッドの笑い声が店内に響く。
今しがたきた客に冒険者から聞いた話や、自分の店であった事件などを話してやっていたのだ。
元気で機転が利き、商売上手で話し好きな彼女はこの辺では人気者だった。
「それでね! 最高なのよ、その少年!!」
カウンターの奥でけらけらと笑って手を振りつつ、さっき紹介した惚れ薬なる怪しい薬品の効用を話す。
相手方もカウンターの反対側でゲラゲラと腹を抱えて笑い転げていた。
「シェリルさん、それ最高っすよ!!」
笑われている人の苦労も知らないで、客は言う。
「でしょでしょ?? これ、売れると思うのよね。だって男の子に効いちゃうんですもん!」
へらっと笑ってシェリルはそれを見せた。
可愛いリボンの掛かった茶色の小瓶がシェリルの手の中にすっぽりと収まっている。
一見、愛らしいその瓶の中身は悪魔の媚薬であった。
「強力媚薬『天使の涙』って名前に変えようかしらね……」
「効果は強力、範囲は無差別ってか?」
「その感はあるわね」
「そりゃもう、大儲けっしょ」
「いいわねそれ、いただきー☆」
パンッ!と手を打ち、嬉しそうにシェリルは言う。
相手も応じて親指を立てた。
そんな二人のやり取りを睨んで見ている人物がそこに一人居た。
年のころは10歳ほど。
丁度、頬かかかるか掛からないか位の長さの金の髪は、さらさらと涼しげな音をさせている。大きく透き通った青い瞳には苦悩の色が伺えた。
箒片手にうんざりとその光景を店の奥で見つめていたが、堪えきれなくなってシェリルたちのほうへ歩いてきた。
「もう! シェリルさん、やめてくださいよ!!」
上質な蒼紫の着衣に不似合いな愛らしいエプロンを着けた少年が、箒をシェリルの方にびしっと突きつけて言う。
「あら、噂の少年」
揶揄るようにシェリルは言って笑った。
「あら?じゃないですぅ……。ボクの名前はトール・ウッドであって、『少年』じゃないです!」
「どうしたのよ。倉庫の掃除は終わった?」
「とっくの昔に終わってます」
二人を見上げるような視線で見る。
自分では冷ややかに努めて冷静に言っているつもりなのだが、如何せん歳が若い所為なのか行動の端々にボロが出る。
箒の柄を握り締め、顔を真っ赤にさせて冷静に言ってみても可愛いだけである。
そんなトールを見て、シェリルは吹き出した。
「可愛いわねぇ〜〜〜」
「か、からかわないでくださいっ!」
『『あはははははッ!!!』』
トールが恨みがましそうな目で二人を見れば、シェリルと客の笑いは最高潮に達した。
「〜〜〜〜〜〜〜ッッ」
実に悔しそうな目で見つめるのだが、それは更に二人の笑いを煽るだけだ。
「お…可笑しー……」
「もうぉ……やめてくださいよぉ」
困ってしまってトールは眉をハの字に寄せて唇を尖らせる。
「可愛いっすねぇ」
「でしょう? 手伝ってくれるお陰でお客さんの数が増えたのよ……ね?」
くすくすと笑いながらシェリルはトールを見る。
「むぅー」
「ん?危うくってトコを助けられたの、忘れちゃったのかしら?」
「助けていただいたのは嬉しいんですけど……」
ぶちぶち言いながらトールは箒をぶらぶらさせた。
小さな溜息を吐いてうなだれる。
その様子は何処か怒られた子犬を連想させて、堪えていた笑いを押さえ込むのにシェリルは苦心した。
「よく助かりましたよね〜」
感心して客は言った。
「まぁね。ポケットにお金を入れたのよ」
「お金ぇ?」
「そう、お・か・ね」
手をひらひらさせてシェリルは言う。
不敵な笑みで客を見遣った。
「襲われそうになったから、トール君のポケットにお金を入れたのよ……代金として」
事も無げにシェリルはあっさりと言った。
話の筋がわからなくて客は首をかしげた。その様子をトールは眉を潜めて見つめる。
持ったペンをくるくるさせてシェリルは楽しそうに二人を見た。
「だからね、私がトール君を『お買い上げ』したのよ」
「あ…なぁ〜るほど。つまり、『私が買ったんだから手を出すな』と……」
「そうそう」
言われている事の意味が分かって、客は手を打った。
話を噛み砕いて飲み込んで、客はすっきりした表情になる。
その反対にトールの方は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「買ったモンは私のもの。だから店の手伝いをしてもらってるってワケ」
「ボク買って下さいって頼んでません」
「ん〜〜〜〜〜。じゃぁ……マッチョマンにお買い上げしてもらいたかった?」
「……………………」
海よりも深い溜息を吐いて、トールはシェリルを見遣る。
きっぱりさっぱりきっちりと言い捨てられて、表現しようもないほどトールは悲しくなった。
今日も倉庫の団子虫と一緒に戯れよう…と、トールは心の中で休憩時間の過ごし方を考える。
一日は長い。きっと明日の一日も長い事だろう。
「いじわる」
「落ち込まないの! ほら、ハニハニが来たわよ♪」
「へ?」
「お!?」
シェリルが指差した方向を見れば、怪しい人影が店の外から此方を伺っていた。
「トールくん☆」
噂のマッチョマンが此方に熱い視線を投げかけている。
途端にトールは眩暈を覚えた。
本日のおめかしは上半身裸スタイル。
ズボンはピタピタの黒皮製。何故かヒップハンガーで尻の上部分が見えている。
鍛えられた上半身は剥き出しにし、何やらテカテカしたものを塗りたくって筋肉美を見せようとしているようだった。
手には花束。
腰をくねくねさせつつ、ウィンクなんぞを飛ばして、今にも蕩けそうなご様子である。
「シェリルさ……いえ、店長。気分が悪いので、カエッテイイデスカ?」
何処か無機質さを感じる棒読みな声でトールは言った。
シェリルは暫し考えつつ、最終的には頷く。
「倉庫の掃除も終わったって言うし、検品は朝一でやってくれれば間に合うからいいわよ」
「アリガトウゴザイマス」
「気分悪いなら、『彼氏に送ってもらう』?」
「けけけっ……結構デス!!」
ギクシャクとエプロンを外すと荷物を引っ掴んで、トールは逃げ出そうとした。
「待ってよ、ハニー!! 俺を置いてかないで!」
脱兎の如く、勝手口から飛び出したトールを追いかける。
「ボクは綺麗でいたいんですぅ〜〜〜〜!」
「愛があるならいつでも綺麗でいられるよ、ハニー待てぇ〜〜〜〜!!」
何処かへと走り去る愛らしい少年と巨体をくねらせながら内股で追いかける男が、どこまでもどこまでも追いかけっこを繰り返していた。
■END■
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