<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


永久なる花言葉

□オープニング□

 ジェンカの村は一年で一番豊かで、華やかな時期を迎えていた。
 大人の背丈ほどの木々が至るところにあるこの村は、爽やかな口あたりと甘酸っぱい味が、多数の女性支持を得ているフォズ酒の醸造で有名な場所であった。
 晴れやかに澄んだ青空の下で、多くの来客と祭りの準備に忙しい村人達が行き交っている。
「お招きありがとうございます。村長さん」
「いえいえ、あの時ロウ先生が来て下さらなかったら、この美味い酒には出会えなかったんですから」
 フェンリーは混み合う人の多さに、時折身の置き所を失いながら、すでに赤ら顔の村長の顔を見つめた。屈託のない笑顔の向こうに、まだ記憶に新しい仕事のことを思い出した。
 フォズの実がそろそろ収穫という頃、一本の古株が「レン」を発病したのだ。「レン」とは古い樹木の掛かる呪いのようなもので、それは周囲にいるものすべてに悪影響を及ぼす。「レン」を治すリレン師であるフェンリー・ロウは、この村長に頼まれて治療したのだった。
「そんな……。あ、そう言えばあれから何か影響が残りましたか?」
「女たちが実踏みを嫌がったくらいですかな……ま、それも初めだけでしたよ」
「まぁ、それはよかったですわ!」
 まとめ上げた黒髪に挿してある花が風に揺れる。新緑色の長いローブも足元の草に当って音を立てた。
「そろそろ祭りが始まりますぞ。今年は特別ですからなぁ〜」
 フェンリーは促されるままに、村中央に設置された長いテーブルについた。白いクロスが眩しい。見上げれば、ドライフラワーで作られたブーケがロープで支柱に固定され、シャンデリアのように空を飾っている。

 大きな歓声が上がった。
 穣酒祭の中心であるはずの酒――それを上回る主役たちが現われたのだ。フェンリーの横をゆっくりと通り過ぎていくのは、3組の新郎新婦だった。一様に白い衣装が輝いている。
 花嫁の胸には、それぞれ趣向を凝らしたブーケが抱かれていた。


□空は高く ――オンサ・パンテール

 楽器が清らかな旋律を刻んで、会場は一気に華やかで和やかな雰囲気に包まれていた。その澄んだ調べは、石塀で囲われた村の外へも、風に乗って流れ出ている。
 森との境界があやふやなジェンカ。年中、よい気候に恵まれるこの地には、良質の薬草も自生していた。
「なんだ、祭りか?」
 藪から少女の顔が飛び出した。手にはいっぱいの薬草。露出した文様の描かれた褐色の肌。艶やかに光る背を滑り落ちる汗。
 森の放ついつもと違う空気に、不思議そうな表情を浮かべて動きを止めた。立ち止まった姿は女豹にも似て、しなやかで勇艶さを持ち合わせている。
 少女は敏捷な体を跳ねて高枝に飛び乗った。動きに追いつかない空気は音を立てる。それはまるで、鈴の音のようであった。

 獣牙族であるオンサ・パンテールは、貴重な薬草を探すためジェンカと隣接する森へとやってきていた。
 日頃、人の多い場所へ足を向けることはないのだが、この地方は別だ。さすがに良い土地柄らしく、探していた薬草をたんまりと手にいれ、オンサは役目を果たしたことに安堵していた。
 だからこそ、木の上からみた光景に珍しく興味を抱いた。
「楽しそうだな……ま、日の暮れるまでに帰ればいいだろう。ちょっと寄ってみるか」
 まだ日は高い。かざした手の平の向こうで、太陽が眩しいくらいに輝いていた。

                           +

「フェンリー!! クレストの樹医が、どうしてこんなところにいるんだ?」
 行き交う人の群れのなかに見知った顔を見つけ、オンサは驚いた。名を呼ばれたフェンリーもまた、同様の顔をしている。
 そして、互いに目をしっかりと見た後、吹き出した。
「オンサ!! あなたこそ、どうしてここに?」
 心底嬉しそうな笑顔に、オンサは嬉しくなった。たった一度彼女の以来を受けただけだが、すでに心を通わす友人となっている存在。仕事が忙しくなかなか会う事はできなかった。自分よりも年上であるのに、その表情は幼くも見える。離れていても変わらぬフェンリーの姿に、安堵と歓心を抱いた。 

「薬草を探していて、音楽が聞こえたんだ。これは結婚式か?」
「ええ、穣酒祭のイベントのひとつらしいわ。ほら、あれが花嫁よ」
 友人の指した先に、3組の新たな夫婦となるべき男女が立っている。追い風で絡んでくる長い髪をどけていると、フェンリーが声を上げて笑った。
「ふふふ、てっきりお酒につられて現われたのかと思ったわ」
 以前の依頼完了後、ふたりは店がつぶれるほど飲み食いした。フェンリーにはオンサの酒豪ぶりがよく分かっているらしい。
「悪かったな……」
「ああ、怒らないで。ジェンカはね、とっても甘くて美味しいフェズ酒の産地なのよ」
 まだクスクスと口の端から笑いを零しながら、友人がグラスを差し出す。
 オンサも本気で怒ったわけではない。ニカリと白い歯を見せると、透明なグラスに揺らぐ淡い赤色の酒を手にした。
「実はね、知り合いが誰もいなくて緊張してたの」
 逢えてよかったと笑顔を見せるフェンリー。オンサは穏やかな気持ちで乾杯した。爽やかな味とともに、悦びが喉をすべり落ちていった。

 式は時折厳かに、始終賑やかに行われている。
 その間にも、臨時に設けられた台所から、暖かい料理や飲み物がテーブルを埋めていく。その横では、丸く膨らんだスカートがクルクルと回っている。村の女性たちが酒造に使う桶で、実踏みを象った踊りを披露しているのだ。
「ねぇ、オンサはブーケトスって知ってる?」
 式ももう終わりに近づいている。フェンリーが満足して椅子に体を委ねているところへ訊ねてきた。
「いや、知らない。何か楽しいことなのか?」
「楽しい……、ううん。どうかな……」
「じゃ、イヤなことなのか?」
 フェンリーは笑いながら首を横に振った。陽艶な姿とは裏腹に、あどけない表情で真剣に聞いているのが可笑しいらしい。
「そうね、楽しいっていうよりも嬉しいって感じかもしれないわ」
 笑みに誘われ、オンサはブーケトスについて詳しい説明を求めた。
 ゆっくりと丁寧な説明。それにより、意味とどうすればいいのかを知りった。面白そうだと判断した少女は、このイベントに参加することを決めた。

 厳粛かつ歓喜の中で、それぞれ誓いのくちづけが終わった。
 一段高い場所に立った新しい夫婦は、互いに目を合わせ笑顔を振りまいている。
 風は南風。微風なり。


□舞い上がるモノ

「ここでいいのか?」
 村中から若い女性たちが集まってきている。食事の世話なども既婚者に任せて、皆一様に心躍らせた表情をして一点を見つめていた。
 オンサは友人の手をひいて、中央辺りに位置していた。
 どこにこんなにも隠れていたのというのか――。
 女性の放つ甘い匂い。ふたりの周囲に充満している。男の中に自分ひとり、という状況は数多く経験したことがあるが、女性に囲まれるというのはあまり慣れていない。
「人多いわね……。3組もいるんですもの、仕方ないのかもしれないわ」
 オンサ同様、独身であるフェンリーは熱気に汗を滲ませている。彼女の言葉と表情から、きっと欲しいに違いない――オンサはそう思った。
 ここでは身動きが取りづらい。
「あんたはここにいる方が取りやすいだろ。あたしは後ろにいくよ」
 そう言うと、フェンリーを中央部分に残しオンサは後方へ下がった。

 司会者が声高に叫んだ。ステージ横で演奏していた楽団も、少し音を下げ様子を見守っている。
「さぁ、皆様お集まりありがとうございます! 幸せを手にするのはあなたかもしれませんよ〜」
 ジリと群集が前へと移動する。
 終始和やかそうに笑顔をみせてはいるが、手に力の入っている女性のなんと多いことか。

 慣わしとそれに付随するジンクス。
 確率を出せば、そんなにも高くないのかもしれない。が、信じたいと思うのは女性ならではに違いなっかった。

「天に幸あれ! 次なる幸福へ!」
 掛け声とともに、3人の花嫁の手からブーケが空へと放たれた。
 抜けるように青い天井の高みを舞う。
 色鮮やかな花々。零れ落ちた花びらが、雪のように風にそよぐ。

 オンサは獣牙族特有の柔軟性と敏捷性を持って、高く飛んだ。
 視下に驚いた顔が並ぶ。目の端にフェンリーを捕らえる。彼女の取れる位置にブーケは落ちそうになかった。
「取ってやるか……」
 風に流されることなく宙にあるブーケをその手に収めた。もちろんふたつ。
 少女の手に入ることのなかったひとつは、奥手そうな女性の胸へと落ちた。
 悔しそうな声が一部から漏れていた。だが、それ以上に素晴らしい跳躍で、後方からステージ前に飛びおりた美しい少女の姿が目を引く。
 拍手はより一層大きく響き渡ったのであった。

                        +

 熱と酒気の漂う会場。
 まだ先ほどの甘い雰囲気を残しているその横で、オンサは大切な友人であるフェンリーにふたつのブーケを差し出した。
「どっちがいい? あんたが好きな方をやるよ」
 フェンリーは戸惑いながら言った。
「花言葉を知ってる?」
「知らずに選ぶ方がいいに決まってる。さぁ、選んだ選んだ」
 フェンリーはちょっと苦味のある笑顔を返して、黒髪に似合うフリージアの花を選んだ。
 色は淡いオレンジ。
 白い歯を見せてオンサは、その中の一輪を抜く。
「無邪気――あんたにぴったりの言葉だな」
 笑いをこらえた顔をして、友人の編み込まれた長い髪に刺した。深いグリーンドレスに華やかなオレンジ色が栄える。
「まだ子供っていう意味かしら〜」
 怒った表情をつくって、すぐに吹き出した。
「ありがとう嬉しいわ。で――もうひとつの花はアマリリスよね。この花言葉は何?」
「素晴らしく美しい」
「まぁ!! それこそオンサのためにあるような花じゃない!」
「そう…なのか?」
 自分がどう見られているか…など気にもしていない少女が不思議そうな顔をしている。赤いアマリリスは大きな花弁と、しなやかに伸びた長い茎。凛と立つオンサに似ている気がすると、フェンリーが言った。
 やっぱり理解しがたい。だが、心底嬉しそうな友人の姿にオンサは満面の笑みを浮かべた。
 ふいに気づいたように手を打つと、フェンリーを待たせて少女は歩き出した。花嫁の元へ。
 腰袋から何か取り出す。それは丸く太った球根だった。
「これを植えるといい。花の礼だ」
 花嫁は花婿と目を合わせて、何の球根なのかを問ってくる。オンサはひとつひとつ手渡しつつ、解説を施した。
「根は病に効き、葉は心を癒す。万病に効く植物だが――それ以上に、咲いた花は永久の愛を象るとされる……」
 3組の夫婦の手に包まれた球根。それに込められた意味を知って、どの顔も幸せそうに笑った。
「非常に縁起の良いものだ。受け取ってくれるよな?」

 戻ってきたオンサにフェンリーが訊ねた。
「何を渡してきたの?」
「ん……ま、いつか。あんたにも渡すことになるかもしれないなぁ〜」
 フェンリーは訝しそうに首をかしげた。眉間にシワが寄っている。
「何よ、ちゃんと教えなさいよ」
「ははは、その分じゃまだまだそうだな」
 素早く身を躍らせてオンサは逃げた。困った顔と笑った顔半分で、フェンリーがその後を追う。

 終焉を迎えようとする会場を、ふたりがかけていく。
 テーブルに自分の席があったことなどすっかり忘れているようすに、村長が呆れた顔で見ている。
「やれやれ、先生と言えども、まだ幼いと見える……」
 もう充分に大人なフェンリーはまたしても子供扱いされている。通り過ぎた少女の敏感な耳に、村長の呟きが聞こえた。
 笑いを堪えることができずに吹き出した。振り向けば追ってくるフェンリーの姿。
 そんな彼女をオンサはますます好きになった。
 ずっと親友でいたい。心から思った。
 
 彼女が望むなら、いつでも翔けつけよう。
 あの森の向こうからでも――。


□END□


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 + 0963 / オンサ・パンテール / 女性 / 16 / 獣牙族の女戦士 +


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■         ライター通信          ■
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 ライターの杜野天音です。
 前回に続き、シナリオにご参加下さりありがとうございます!
 オンサはかなり書き込んだキャラなので、とても動かしやすかったです。その上、NPCのフェンリーとも友人であるので、心理的にも深く書くことができたように思います。
 お盆を挟んでしまい、他の方との納品がかなりずれています。本当はオンサを誰か他のキャラと絡ませたかったのですが、時間的に無理でした。
 今回は戦闘系ではなかったのですが、どうでしたでしょうか?
 気に入ってもらえたら嬉しいですvv
 
 相変わらずのゆっくり制作、ゆっくりアップですが、また別のシナリオで出会えることをお祈りしています。