<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


雷思巡

 共に居て、共に過ごして。それでも共有した感覚というのは同一ではなく。

 天気は晴れ。空は何処までも青く、深い。雲は一つ見えず、ただぎらぎらと太陽が照り付けていた。
「……お使いか」
 小さく溜息をつきながら、オズ・セオアド・コールは溜息をついた。藍色の髪から覗く琥珀の目は、億劫そうに空を仰ぐ。
「そんな風に言わないの。受けた後で文句を言うのは、意味無いことでしょ?」
 苦笑しながら、エンテル・カンタータは言った。金の髪から覗く青の目は、オズと同じく空を仰いでいる。
「あのね、オズ。ちょっと気になったんだけど」
「何だ?」
「あれ」
 エンテルは空の中の一部分を指し示した。そこにあるのは、黒い雲の軍団。
「……雨雲だな」
「今から行く方向にあるように見えるのは、気のせいかな?」
「気のせいじゃないだろうな」
 オズはそう言って溜息をつく。あの雨雲は、きっと自分たちが次の町に着いた頃、同じく自分達に到達するのだろうと思い。
「あとちょっとなんだけどなぁ」
 ただのお使いの依頼を受けたのだ。本当に、何も危険の無いお使い。さっさと済ませてしまいたいほど、簡単な依頼である。
「そうは言っても仕方が無いだろう」
 だんだん翳ってくる、空。
「でも、本当にもうちょっとじゃない?」
 じっとりとした、湿気のある空気。
「ほら、町の門だ……」
 オズが町の門を見つけ、指し示した瞬間。ぽつり、と水滴が空から落ちてきた。
「あー!」
 エンテルが叫ぶ。「ついに降っちゃった!」
 オズは溜息をつき、エンテルの肩をぽんと叩く。
「諦めろ」
「だって!」
「この雨の中、進もうというのか?」
 オズの言葉に、エンテルはぐっと返答に詰まった。最初はぽつりぽつりと、だがだんだんその間隔は狭まってきていた。もうすぐザーザーという雨に変わろうとしているのは、明らかである。
「……分かった。諦める」
 エンテルはそう言って溜息をついた。そうして二人はついた町で宿を探すのだった。

 宿を見つけ、一室を借りてそこで休むこととなった。雨は相変わらず降り続けており、止む気配を見せない。
「今日はここで足止めだな」
 窓の外を窺いながら、オズはそう言ってエンテルの方を振り返った。
「仕方ないか。こういう日もあるよね」
 エンテルはそう言って、ベッドにごろんと寝転がる。
「明日は晴れるかもしれない。そうしたら、早々に出発すればいい」
「そうだね。さっさと終わらせるに限るよね」
「今日は早めに寝るか」
 オズはそう言うと、エンテルに倣って隣のベッドに寝転がる。ばふ、と包み込むシーツが、清潔で気持ちいい。
「気持ち良いよね。今日一日歩きっぱなしだったから、すぐに寝れそう」
 エンテルが言うと、オズも頷く。二人とも、今日一日ずっと歩いていたのだ。疲れないはずが無い。
「じゃあ、お休み」
 エンテルは早々にベッドに潜る。オズは苦笑し、灯りを消してからベッドに潜りこんだ。
「お休み」
 オズがそう言ったその瞬間。窓の外がピカッと光り、その後しばらくしてゴロゴロと空が唸った。雷だ。まだ遠くにいるようだが。
「雷か……」
 オズは呟くが、エンテルからの返事は無い。もう寝てしまったのか、と思い自分も寝ようとする。その瞬間、再びピカッと光り、灯りを消して暗くなっていた室内を照らした。オズはそこで気付く。エンテルは寝ているのではなく、かすかに震えているのだと。ちょっとしてから、ゴロゴロ、と空が唸る。だんだん近くなってきている。
「エンテル」
 オズはベッドから降り、そっとエンテルのベッドに近付く。
「怖いのか?」
「こ、怖くなんて……」
 再びピカッと光り、ゴロゴロと唸る。間隔が狭まっていた。もう、すぐそこまで来ているのかもしれない。オズは震えているエンテルの手を、そっと握る。
「オ、オズ?」
「怖いんだろう?」
「いいよ!怖くなんて、怖くなんて……」
 ピカッ!ゴロゴロ。思わずエンテルは「キャッ」と小さく叫び、握られたオズの手をぎゅっと握り返した。オズは小さく笑う。
「大丈夫だ」
「……オズは、平気なの?」
 エンテルの問いに、オズはこっくりと頷いた。
「凄いね」
「凄くは無い。エンテルの方が凄いと思える事をたくさん持っているんじゃないか?」
 オズの言葉に、エンテルは少し照れながら口を開く。
「そうかな?」
「さあな」
 悪戯っぽく言うオズに、思わずエンテルは「もう」と呟く。そうして再び、ピカッ!と光り、ちょっとしてからゴロゴロと唸った。
「……少し、遠くなったみたいだな」
「遠く?雷が?」
「ああ。もう、離れていくだけだ」
「本当?」
「あの雷はな。他にも雷が出来たら、また分からないが」
「それじゃあ、意味ないじゃない」
 エンテルはそう言って溜息をつく。
「大丈夫だ。怖くはなくなる」
 オズの言葉に、エンテルは気付く。オズの言う通り、最初ほど怖くは無い。手をオズに握って貰っているからだろうか。手は暖かく、そこに体温が集中しているかのようだ。意識も、手に集中する。先程までは確実に、あの憎々しい雷に集中していたというのに。
(怖くない……)
 それは不思議な感覚だった。先程まで怖いと感じていた雷が、今はそれほど怖くはなかったのだ。手を握られている、ただそれだけで。
(まるで、魔法の手)
 オズはジュカという種族だ。髪に花を咲かせる、砂漠では重宝される種族。そのせいで人身売買が多く行われているとか。
(それも、仕方ないかも)
 オズには白い花が咲く。藍色の髪に咲く白い花は、なんとも言えず綺麗だ。
(それに加えて、こんな手を持っているんだもの)
 エンテルは小さく笑う。この手は、きっとオズだけの持つ魔法の手なのだ。人の恐怖を和らげる、優しい手。
「ねぇ、オズ」
 エンテルが話し掛けると、オズは顔をあげてエンテルを見る。先を促すように。
「ずっと一緒にいたけど、こんな夜は初めてだね」
「……そうだな」
「孤児の頃から、ずっといたのにね」
「ああ」
「こんな夜、初めてだね」
 エンテルはそう言って笑った。オズもそれにつられたように笑った。明日になればきっと、雷雨も止んでいる事だろう。再び出発をし、依頼を完遂させるのだろう。だが、今はこうして手を繋いで雷の恐怖から逃れようとしている。そういう夜なのだ。
「……初めてだね」
 もう一度、エンテルは呟いた。窓の外の雷雨はまだまだ続いていたのだが、何故かエンテルにとってはどうでもいい事のように思えてならなかったのだった。

 同一でないからこそ、存在に意味は生まれる。新たな発見が、生まれるのだ。

<手の温もりを抱きしめながら・了>