<東京怪談ノベル(シングル)>
◆恋の倒錯美少女三姉妹◆
■またですか?■
「トールくぅ〜〜〜〜ん☆」
店中にハートマークをいっぱい飛ばす勢いで、かのマッチョマンは暑苦しい視線を投げかけていた。
この店の看板娘ならぬ看板『美』少年のトール・ウッドは、うんざりした表情を隠すことなく、突き刺さりそうなその視線をマッチョマンに向けた。
愛ゆえなのか、動じることなくマッチョマンはその視線を受け止める。
苦々しい表情でトールはその姿を見遣った。
ここはきっちりとお客様と店員の態度を決めておくべきだとトールは思い、ぎこちない表情のままこう言った。
「怪しい物から日用品まで、全てここで揃います。生活の友、冒険の命綱、雑貨店シェリルにようこそいらっしゃいましたぁー」
やや棒読みチックな口調でトールはそれだけ言えば、掃除をはじめてしまう。
「ううン、もぉー。トール君のいけずぅ〜〜♪」
ぶっとい太ももをくねくねさせて、マッチョマンはウィンクを投げる。
がっしゃーん!!
思わず箒の柄で棚の瓶を落としてしまった。
「あ…う…」
「トール君……給料から天引きね……」
落としてしまってショックを受けているところに、シェリルの容赦無い一言が突き刺さる。
商人はタダでは転ばない。
シェリルはそのいい見本である。
深い溜息をついてから、マッチョマンを睨み据えた。
途端、シェリルからの叱責が飛ぶ。
「自分が落としたんでしょ。……おにーさんを睨まないの!」
「はぁ〜〜〜〜い……」
半ば投げやりになってトールは言った。
「返事は元気良く、歯切れ良く!」
「は・いッ!」
トールはガラス瓶を箒で掃き、まとめてごみ箱に捨てた。
地面に落ちて張り付いているジャムは紙で包んで捨てて、床を濡らした布でふき取った。
その間、じーっと忠犬よろしく、大人しく待っていた。
作業も終わるとなると、嬉しそうに見えない尻尾を振って纏わりつく。
上半身裸に太いベルトを十字に巻きつけて、猛者ともいえなくない風貌の男が、内股で恥ずかしげな表情を浮かべて纏わりつく姿はおぞましいの一言に尽きた。
―― うえぇ……きしょい……
トールは吐き気を堪えてそっぽを向く。
箒にしがみついて、胃からせり上がってくる酸っぱい感覚を堪えていると、濃い顔を突きつけてきた。
「な……何なんですかっ」
「トール君ってば…気分悪いのかなぁ〜って……」
「お…お気遣い……ありがとうございます……」
心配そうに覗き込む相手の顔を見て、頬を引き攣らせる。
―― 貴方の顔が原因ですって……
……とは、流石に言えずに、黙って愛想笑いを浮かべていた。
―― 助けて……誰でも良いから……
じわりと滲む汗を拭いつつ、後に後退する。
「何処行くの、トール君。具合悪そうなのに……」
「へ…平気デス……」
片言になりながら、更にトールは後退した。
だがしかし、既に後が無い。
「トールくぅん☆」
分厚い唇を寄せてきながら、マッチョマンは囁いた。
「やめ…やめてください……」
壁に張り付いて、トールは首をブンブンと振る。それでも気持ち悪い鱈子は近づいてきた。
思いっきり目を瞑ってトールは奥歯を噛んだ。
―― 南無三!!
「そこの貴方!! いたいけな少女に手を出すなんてもってのほかですわっ!」
「え?」
トールはその声に目を開けた。
鞭の一閃がマッチョマンに襲い掛かる。
「うぎゃぁああああッ!」
マッチョマンは仰け反って床に突っ伏した。
鞭を受けた皮膚からは、何故か湯気と焦げたような異臭が立ち上がっている。
トールは目を剥いてその惨劇を眺めるしかなかった。
金髪縦ロールの美少女がビシッと指を突きつけてマッチョマンに言った。
片手には薔薇の飾りがついた刺付きの鞭。
その鞭にはマッチョマンの血と思しき物が付着していた。
ピンクのスカートをひらりと靡かせ、うふっ☆…と笑ってポーズを決める。
「…あのぉ……ボク、女の子じゃぁ……」
眉を八の字に寄せてトールは手招きする。
美少女は眉をピクンと上げて、トールを睨んだ。
その美少女の後から、彼女より小さい女の子が顔を出した。
知的な印象の眼鏡を掛けた少女で意志の強そうか感じを受ける。
茶色の髪をきっちりと編んで、黄色いリボンで結んでいる。フリフリのワンピースか愛らしい。
愛らしいその少女がトールを指差して言った。
「お黙りなさいッ! 人の好意を無にする気なの?」
「あ……いえ…ごめんなさい……」
相手の剣幕に、トールはすごすごと引き下がるしかなかった。
ふと見れば、トールとあまり年の変わらないほどの少女が、眼鏡っ子の後から顔を出した。
じっと見つめると、恥ずかしそうに姉達の後に隠れる。
ぴくぴくと痙攣するマッチョマンを無視して、三人はニッコリと微笑んだ。
■るるりらぁ〜…お着替え中■
「あ…ありがとうございました!」
トールは三人を見つめて笑む。
あのマッチョマンはまだ店の真中でぶっ倒れている。
それを横目で見遣ると、金髪美少女はトールに微笑んだ。
「女の敵に天誅下しましてよ?」
「あの…だから…ボクは男……」
「御黙りなさい!!」
「は…はぇッ……ゴメン…なさい……」
「こんな可愛らしい男がこの世に存在するはずがありませんわ」
「嘘を言っては、お姉様の愛の鞭が飛びましてよ」
「ねぇ…お姉さま」
「当然ですわ……をーほほほッ!」
長女と次女の愛らしい微笑がトールの心を抉る。
―― こわッ…怖いよーう(泣)
「でッ…でもぉ。ボクが男だったら……どうするんです?」
恐る恐るトールは三人に訊いてみた。
『『『……脱がす』』』
「ひぃ〜〜〜〜〜〜〜っ!」
一致した三人の意見にトールは硬直した。
ニコニコと笑う三人から逃げるように、トールは後ずさった。
「これだけ可愛いなら…男でも女でも関係ありませんわね……」
「ありますッ!」
ブンブンとトールは首を振った。
ずずいっと三人が近寄る。
「キャハ☆やっぱり、メイド服でしょう」
キャピキャピ長女が何処から持ち出したのか、別珍のワンピースと綿のオーガンジーのエプロンを取り出す。後ろに控えた執事らしき存在が、黙ったままやたらとでかい衣装ケースを掲げて待っていた。
「いや! ロスゴリですよ」
次女がうっとりと言う。
「……裸…エプロン」
ぽそり…と一番大人しそうな末っ子が言った。
まるでそれが地獄の裁判官の宣告に等しく聞こえる。
『『それだ!!』』
「嫌です、やめてください」
泣きそうな声でトールが言った。
『『『嫌よ、嫌よも……好きのうち〜〜♪』』』
三人がそれぞれに『鞭とメイド服』、『一トン金槌&ゴスロリ服』、『トゲトゲ爬虫類&オーガンジーエプロン』を手に持って、トールに詰め寄る。
逃げそこなったトールの手足を掴むと次々と服を脱がし始める。
「あぁっ! トール君! 僕も混ぜてよぉッ!!!」
マッチョマンが腰をくねらせつつ、三姉妹の後ろで指を加えていた。
「シェリルさぁ〜〜〜〜〜〜〜ん!!! 助けてぇ!!!」
「あーはははッ! トール君ってば、流石に当店の人気者よねー☆」
トールの絶叫が店中に響き渡る。
その後でシェリルが笑い転げながら、カウンターを叩く音が木霊していた。
■END■
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