<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


君のそば、安らぎの場所
 森の湿気が肌にまとわりつく。湿気が多いのは、泉に近いせいもあるだろう。匂いが鼻孔をかすめ、剣が虚空を切る音が響く。汗がじんわりと、オズの背中を濡らしていく。
 エンテルはオズの様子を遠目に見ていた。距離は数十歩ほどにも満たない。オズはエンテルに気付く様子もなく、一心に剣をふっている。
 エンテルの二の腕が痛んだ。さっきまで寝ていたせいか、痛みはさほど感じられなかったのに。熱が出てきたのか、額、背中に汗が出てきた。頭の中で意識が途切れ、身体が重く感じられた。
 木に寄りかかろうと一歩動くと、足元の小枝が音を立てて折れた。オズが気付いたようにエンテルを見、――視線をそらした。不穏な沈黙があたりを包み、エンテルが1歩オズに近づこうとした。
「来るな!!」
「――どうして」
 エンテルは無意識に、傷に手を当てた。包帯が巻かれたそこに血の跡はないが、オズには血が見えるような気がしてならない。
「……オズだってけがしてるんだよ? そんなときに剣の練習なんて、しなくったって……」
 エンテルのけがもオズのけがも、依頼が原因だった。
 依頼そのものは、賊を追いはらう、単純なものだった。倒すわけでも降参させるわけでもなく、ただその場だけ追いはらってくれるだけでいい――というものだったのだ。単純だったから油断していた、と言えないわけでもない。依頼内容に対しては報酬が高く、内心……というのは十二分にあっただろう。
 結果、依頼自体は成功したものの、オズは腕に軽い切り傷を負い、エンテルは二の腕に重傷を負った。片手だけで剣がもてないことはないが、振り回すのは無理だし、片腕だけでは日常生活自体が心許ない。
「エンテルに、俺の気持ちはわからないよ。――けがした責任は、俺なんだ……」
「私が怪我したのは私の責任なんだからっ、……オズには関係ないでしょうっ?」
 声を上ずらせながらも、感情的になりそうなのを抑えながら、エンテルはいった。
「関係なくなんかない、エンテルがいなくなったら、俺は……」
「そんなこと言ったら、私だってオズがいなくなったらいやだよ!」
 森に風が通り抜ける。エンテルの髪がふわりと揺れ、オズの髪に咲いた白い花びらが暗闇の中へと散っていく。
 オズはひとまず剣を鞘に収め、エンテルを正面から見た。
 エンテルは体が思うように動かず、足を1歩前に動かそうとしたら、足元がぐらつき、その場に膝をついた。呼吸が幾分苦しくなり、肩で息をする。自制が利かなくなったこころで、声を荒立てた。
「身を挺して守らないで。自分の身体をもっと大切にしてっ」
 エンテルの身体を気遣って近寄ろうとしても、体調が悪いわけでもないのに足が動かない。オズは振り絞るように、森の中に声を響かせた。エンテルを見ることができず、身体を後ろに向けながら。――否、見られたくないからか。
「こわいんだ、エンテルがいなくなるのが」
 オズの声は震えている。
 エンテルにはオズの顔が良く見えない。けれどそれでも、オズが泣いていることは容易に察することができた。木に手を置いて立ち上がり、オズの方へと1歩足を進めた。小枝がひとつ、またひとつと、音を立てて森の中へと消えていく。
「来なくていい、――来るな」
 それでもエンテルはオズの方へと歩いた。オズの背中から腰に手をまわし、抱きしめると、オズの手から剣が地に落ちた。エンテルが1つしゃくりあげる。
「顔、見えないから。私、勝手に死なないから。オズのそばに、ずっといるから」
 大きく息を吸って、エンテルは腰に回した腕の力を強めた。右手に力の感覚がない代わりに、左手に、その分を。
「私を置いて、行かないでね……?」
 オズは振り返るとそっと背中に手を回し、答えるかのように強く、エンテルを抱きしめた。
 腕に入れる力を忘れ、喉を震わせ嗚咽を鳴らす――母に甘えるように、エンテルの胸に顔を預ける、その時まで。
< 君のそば、安らぎの場所・終 >