<PCクエストノベル(2人)>


チームワーク〜底無しのヴォー沼〜

------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】

【 1285 / オズ・セオアド・コール / 騎士 】
【 1284 / エンテル・カンタータ / 女騎士 】

------------------------------------------------------------

☆序章

 雑多な文化、人種、種族、あらゆるものが混沌の中で混ざり合い、融合と断絶を繰り返していつしか、一つ一つの粒子は明らかに個別の形を保ちながらも、数え切れない程のそれらが集まって新しい一個体を形成している、それが聖獣界ソーン。それらの粒子の下となったのは、各地に残る古の遺跡からの出土品、冒険談、或いはインスピレーションなのだと言う。
 だがしかし、それでも尚、ソーン創世の謎が解けた断言するには真実は程遠く、誰もが納得する真実を手に入れる事が出来たのなら、富と名声を一気に手に入れる事ができると言われている。
 それ故、今日も冒険者達・研究者達が名誉と財産を夢見て、仲間と、或いは一人でソーン各地の遺跡へと、果てなき冒険の旅に出る。ある時は危険な、そしてある時は不可思議な冒険に…。
 それがこの世界での言う冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。


☆本章
〜一攫千金〜

オズ:「底無しのヴォー沼?」
 確認するようにその地名を繰り返したオズに、エンテルはこくんと頷いた。
エンテル:「そう、底無しのヴォー沼。有名な底無し沼で冒険者達の探索が後を絶たないんだって。何故だか分かる?」
 ここはエルザードのとある食堂、山の幸海の幸、あらゆる食材を独特の調理方法で出してくれると言う事で今一番人気のある食堂である。その店のテーブルに向かい合って座った二人は、美味しい食事に舌鼓を打っている所であった。
オズ:「何故って…冒険者達が集うのなら理由なぞ限られているだろう。その沼には何か伝説があって聖獣界の謎を解く鍵となるものが眠っているとされているか、或いは一攫千金、財宝が眠っているとかその程度のものじゃないのか」
エンテル:「アタリ〜」
 にっこりと微笑んでエンテルが立てた人差し指を振る。
エンテル:「そうなの、その底無し沼には数多くのお宝が眠っているそうなのよ。ね、面白そうじゃない?」
オズ:「…と言うか、底無し沼なのに底に宝が眠っていると言うのは矛盾してないか」
 オズの的確な突っ込みにも、エンテルはまた立てた人差し指を振って、
エンテル:「だから魅力的なのよ、そしてそんな場所に眠っているとされるお宝って何だろう!って。謎が謎を呼んで…って感じよね」
オズ:「エンテルは、金が欲しいのか?」
 ふと思った疑問をオズはエンテルに聞いてみる。エンテルは、首を左右に振って否定を示した。
 エンテル:「違うわ、お金にはあんまり興味が無いけど、お宝って言うのに興味があるの。結局、何が眠っているのかってのははっきりされてないのよね。実際に手に入れたって言う人も居るらしいけど、その人が何を手に入れたかってのは明確にされてないの。だから、どう言う物なのかな…人を幸せにするようなものかな、それとも破壊兵器みたいなものかな、もし後者なら私が手に入れたら何処かに封印して誰にも使わせないようにするわ、とか。出来れば、役に立つようなものだといいな、って思って。だから行ってみたいのよ」
 ね?と強請るようにエンテルは小首を傾げてオズを見る。その表情に、オズも口元で微笑んで頷いた。
オズ:「いいさ、付き合ってやるさ。俺も、冒険者達がこぞって狙うお宝とやらが、どんな物か気になるしな」
 オズの了承を得ればわーいと無邪気に喜んでエンテルが両腕を上げる。前祝い!とか理由を付けて、はちみつ酒のお代わりをした。


〜道のり〜

 聖都で出立の準備を整えた後、オズとエンテルの二人はエルザードより南に位置する、
底無しのヴォー沼を目指した。ユニコーン地域の南端にあるこの場所に行くには、幾つかの拠点を通過していく必要があった。エルザードから南南東に流れる川に沿って二人は歩く事にする。川下りで一気に目的地まで行っても良いのだが、ヴォー沼は初めて行く場所なので、周辺地域で情報を仕入れながら行った方がよい、と言う事になったのだ。
エンテル:「…あれね、温泉で有名な村って。いいわよね〜、私も温泉に浸かってゆっくりのんびりした〜い」
オズ:「まだエルザードを出たばかりだぞ?今から疲れていてどうするんだ」
 エンテルの言葉は半分冗談だと分かっていても、ついオズはそう言ってしまいたくなる。そしてエンテルも、そんなオズの言葉も冗談なのだと分かっているからこそ、大袈裟な程にむくれたような顔をしてみせた。
エンテル:「いーじゃないの、そう思う事ぐらいー。温泉って身体にいいのよ?傷とかも言えるしね。今はオズもどっこも怪我も後遺症も無いからいいけど、オズの仕事はいつ何時そう言う目に遭うか分からない仕事なんだもの、いつか湯治に来なきゃならなくなる時だってあるかもよ?」
オズ:「それを言うなら、エンテルだって同じだろう」
 オズの言葉に、そうなんだけどね、とエンテルもしれっと付け足す。にっこりと笑って、エンテルがオズを見上げた。
エンテル:「だーいじょうぶよ、オズが危なくなった時は私がオズを逃がしてあげる。守ってあげたいの。私は大丈夫よ?だって、オズが守ってくれるもん」
 エンテルの言葉にオズも微笑んで頷く。先を急ごう、とエンテルの肩を軽く押し出すようにした。


〜トラブル〜

 ヴォー沼は、その名の通り大きくて底の知れない沼だ。それ故に周辺の地域も湿地帯が多く、特に、エルザードとヴォー沼を繋ぐラインの途中にある湿地帯には、大蜘蛛が出没すると言う。今回は、モンスター討伐が目的ではないのでその湿地帯は避け、少し大回りになるが外周を回ってヴォー沼へと向かう事にした。が、周辺だからと言って、そこが安全であると言う保証はなく……。
エンテル:「……オズ」
 いつも元気で明るいエンテルの声が、珍しく低めのトーンで囁くようにオズの名前を呼ぶ。その訳をオズも承知しているから、ただ無言で頷いて分かっていると言う事だけを伝えた。
エンテル:「…数は……多くないみたいだけど……」
オズ:「数匹でも、相手によっては厄介だな。気を抜くなよ、エンテル」
 オズの言葉に、今度はエンテルが無言で頷く。腰に称えた剣の柄に手を掛け、二人は静かに戦闘準備に入った。
 ざわざわ…ざわざわ……二人を取り巻くのは膝下辺りにまで生え揃った草木の広がる草原である。草原であると言っても、その足元の土はしっとりと湿って柔らかく、ここが湿地帯の名残を充分に残している事が分かる。また、ざわざわ…と下生えの草が擦れ合う音を立てる。それは、さっきまでの風でなびく時の音とは、少し違っていた。
オズ:「来るぞ!」
 オズの鋭い声が飛ぶ。それを合図にしたかのよう、草の中から二人目掛けて飛び出して来たのは、例の湿地帯に生息すると言う大蜘蛛、大きさは野犬程で然程大きくないが、同じ種類の化物蜘蛛であった。
オズ:「エンテル、下がれ!」
 鋭いオズの声と共に、振り下ろしたオズの手が、二人の目の前に音を立てて昇り立つ炎の壁を立ち上げた。エンテルは、オズの声が聞こえる前に、既にそれを察して後方へと立ち位置をずらしていた。その爆風のような勢いは、エンテルとオズの前髪を煽る。ついでに飛び掛かったがいいが炎の壁に阻まれた蜘蛛達が、その足に生えた細かい毛を火で焼かれて、グギャギャと耳障りの悪い鳴き声を上げて後方に飛びすさった。
オズ:「……ッ!」
 一瞬にして消える壁の余韻で立ち昇る陽炎を乗り越えて、オズの剣が水平に薙ぐ。前方に居た一匹の大蜘蛛の頭が一瞬にして切り離され、草むらへと落ちていった。それを見た残りの蜘蛛達は、一瞬は怯むものの、なけなしの仲間意識が怒りへと転じたか、また厭な鳴き声を上げながらオズへと飛び掛かって行く。
エンテル:「オズ!」
 オズの斜め後ろで剣を構えていたエンテルが、オズの隙を突いて脇から飛び掛かろうとしていた蜘蛛に気付く、ダッシュで傍まで駆け寄ると、炎の威力を称えたままの剣を振り翳し、そのまま大蜘蛛の身体を真っ二つに断ち割った。大蜘蛛は炎に包まれながら、断末魔の叫びを上げて燃え尽きようとしている。その傍らでは――勿論、互の剣の切っ先が掠めない程度には離れていたが――オズが、数匹の蜘蛛を同時に相手にしていた。冷静で的確なオズの攻撃は無駄な部分が全くなく、時々その僅かな隙を突いて攻撃を仕掛けてくる蜘蛛に対しては、盾程度の大きさに形取った炎の壁を利用して、モンスターの攻撃を避けている。そんなオズとエンテルの戦いは然程長引きもせずに、お互い、幾体かの大蜘蛛をその剣の錆びに変え、一息付くのだった。
 エンテルの方へと振り返ったオズであったが、その瞬間に自分の項辺りをちりっと刺すように感じる、強い殺意に身体全体が緊張を孕む。全て倒したと思っていた大蜘蛛だったが、彼等にもそれなりの知恵があるらしく、息を潜めてオズ達の動きを伺っていた者が何体か居たようであった。
エンテル:「オズ、危な……きゃ!」
 オズの危機を知らせたエンテルが、そちらへと駆け寄ろうとした途端にその場にすっ転ぶ。どうやら長い草の葉が絡まって、自然の罠が出来ていたようだ。多少なりとも知恵があるらしいその蜘蛛達は、体勢が整わずに不利になったエンテル目掛けて襲い掛かって行く。それを見ていながら、何故かオズはその場から動かなかった。
 ギャギャギャ! 蜘蛛達が雄叫びを上げながらエンテルに飛び掛かる。長い草むらは転んだエンテルの身体を全て覆い隠しており、今、彼女がどのような体勢になっているかは、蜘蛛達は勿論、立ったまま顛末を見守っているオズにも分からない。と、その時、飛び上がった蜘蛛達の身体を貫いて、幾本もの赤い炎の細い柱が草むらの中から立ち上がったのだ。当然、蜘蛛達はそのまま火だるまになって転げ落ち、八本の足をばらばらにばた付かせながら息絶えていった。やがて草の中からエンテルがむっくりとその身を起こし、立ったままでこちらを見ているオズににこりと笑い掛けた。そんなエンテルに向け、オズもほっとしたような笑みを返す。エンテルの方へと歩み寄りながら笑み混じりの声で言う。
オズ:「エンテル、分かっているとは言え、その作戦はどうにも心臓に悪いな。もう少し、違うやり方で敵を引き付けられないのか?」
エンテル:「ごめんね、オズ。でもこの方法が一番効果的なんだもの。大丈夫よ、私には『回避』のすキルがあるし、勿論、油断もしていないわ」
 先程、草の塊に足を引っ掛けてすっ転んだのは、エンテルの作戦だったらしい。隙を見せて敵が油断し近寄って来た所を一網打尽にする。オズが、エンテルに襲い掛かる蜘蛛達を放置していたのは、突然の事で対処出来なかったからではなく、それを分かっていたから、手出しをせずにただ見守っていたのであった。
 さて、と立ち上がろうとするエンテルに手を貸して、オズは周囲に転がる化物蜘蛛達の残骸を見渡す。視線をエンテルに戻すと、その肩を軽くぽんと叩いた。
オズ:「さぁ先を急ぐか。お宝が待ってるぞ」


〜冒険者達の集い〜

 湿地帯を周って、多少は遠回りにはなったが、それでも無事に二人はヴォー沼に辿り着く事ができた。暫く前から、そろそろ自分達が目的地に近づいて来ている事は分かっていた。その要因とは、街道の前後を歩く人の姿が増えた事、その人達とは須らく一見して冒険者と分かる者達であった事、である。
エンテル:「…なんか私、想像してたのと少し違ってたわ……」
オズ:「…ああ、そうだな。俺も考えていたのとは違ったな…こんな、違った意味で活気のある場所とは思わなかった」
 オズの言葉に、エンテルもこくりと頷く。底無しのヴォー沼は、一攫千金を狙う冒険者達が集まり、財宝の探索に余念の無い場所で、沼自体にも危険が多いうえに、血の気の多い冒険者達がたむろうと言う事で治安も余り宜しくない。それだけなら二人の想像の範囲内だったが、その上何故か、沼の周囲には露店が並び、気のいい主人やおかみさん、肌の露出の激しい美女などが、食べ物や酒、日用雑貨、或いは武器などを売っているのであった。
おかみさん:「はいよ、いらっしゃい、いらっしゃい!今朝、ルナザームに揚がったばかりの魚だよ!今なら、お客さんの好みの調理法で料理するサービスつき!その場で食べられるよ!」
 元気な呼び込みの声は、エルザードなどの大きな街のものと殆ど変わらない。だが、ふと視線の向きを変えればそこには、鬱蒼と広がる沼があり、そこで作業に励む冒険者達の言い知れぬ欲望が渦巻いている感じがして、その雰囲気はあくまでも戦々恐々としているのだ。
エンテル:「なんか不思議ね…生と死、静と動、相反するものが同時に存在している、って感じがするわ……」
オズ:「どちらもこの世界には必要なものであり、切って切り離せるものでもないからな。ある意味、この形がごく当たり前なのかもしれない。…ところでエンテル」
 オズに名前を呼ばれ、ん?とエンテルが隣の青年を見上げる。オズは静かな眼差しでエンテルを見下ろしたまま、
オズ:「…どうやってお宝を捜すかは、考えてあるのか?」
エンテル:「…………え?」
オズ:「ここは沼だぞ。そしてそのお宝とやらは沼の底に眠っているそうじゃないか。見ていると、命懸けで潜ったり、或いは長い棒で突いて捜したりしているが、エンテルはどんな手を使おうと思ってたんだ?まさか、この底無し沼にそのまま潜るのか?」
エンテル:「………えーと………」
 オズに言われて、エンテルは眉間に皺を寄せて暫く考えている。その表情が、にこりと笑顔に変わると、
エンテル:「ゴメン。考えてなかった」
 その回答は予想の範囲内だったか、然程驚きはしなかったが、代わりにオズは額を指で押さえて軽く呻いた。
オズ:「…そんな事じゃないかと思ってたんだ……出掛ける時に、その類いの話が出て来なかったから、既に完璧に考えてあるのか、それとも全く考えてないのかのどちらかだろうとは思ったが…」
エンテル:「厭ね、そう思ってたのなら一言聞いてくれれば良かったのにー」
 自分の事は棚に上げ、エンテルが頬を膨らませてオズに文句を言う。その様子を見て、オズは少しだけ苦笑いを零した。
オズ:「…まぁ、何の準備もなく潜るつもりだった、とか言われなくて良かったよ。それだったら何としてでも止めるつもりだったからな」
エンテル:「さすがの私も、そんな事は考えてないわよ。…そうねぇ、沼に潜る為のアイテムとか、或いはそう言うのの得意な人を集うべきだったわね」
オズ:「全くの他人を引き入れるのは少し考え物だがな。だが友人を当たれば一人ぐらい都合のいい奴も居ただろうが」
 オズの言葉に、そうね、とエンテルも同意する。残念そうな顔で、沼に船を出して探索している冒険者達を羨ましそうに眺めた。


☆終章

 そうして二人はしばらくヴォー沼の周辺を探索し、或いは冒険者達の動向を見学して情報収集に努めた。沼はある程度は透明度がありそうだが、当然底まで見渡せるものではなく、だが、危険なのは視界の悪さではなく底で渦巻く対流のような流れであるらしかった。確かにそれでは素で潜っても危険なだけで、何か対策を講じる必要がありそうだ。

 結局、お宝の探索まで行き着く事ができず、多くの課題の残った冒険ではあったが、まだ楽しみが後に残っただけ、とそう考えるエンテルにとっては、得るものが全く無かった訳ではない冒険なのであった。


おわり。