<PCクエストノベル(2人)>


夢を追うものの末路

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【冒険者一覧】
【整理番号/   名前    /  クラス  】
【1054/フィロ・ラトゥール/  武道家  】
【1265/  キルシュ   /ドールマスター】

【その他登場人物】
【村の長/フェデラ村の長老】
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 聖都エルザード北部に広がる海洋。そこは古代文明の眠る、夢を追う冒険者の憧れの場所でもあった。海底の村フェデラより少し離れた場所に沈む神殿も、昔高度文明で栄えていた都市の名残である。現在の建築技術ではとうてい作り出せない高度な技術で建てられた建物が青い海の底で永遠の時に埋もれようとしていた。
 フェデラに住む海底人が見つけたのも、まったくの偶然だった。たまたま漁にでていた折にはぐれ精霊の後を追って見つけたものらしい。その風景にひとめ見て魅了され、彼らはより多くの人に知ってもらおうと、近年始めたフェデラ観光ツアーに神殿見学を追加したのだった。

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 フェデラの観光話もそろそろ尋ねられなくなり、普段の生活に戻りつつある頃。
 ふいにキルシュはフィロ・ラトゥールに告げた。

キルシュ「もっかい、行かない? あそこ」
フィロ 「ああ、いいね。もっと色々見てみたいと思っていたところだよ」

 2人は早速フェデラに向かった。だが、今回の旅行は何かが違っていた。案内人の表情もどこか暗く殆ど無口であったし、村の活気も前回ほどではない。

フィロ 「……こりゃ何かあったね……」
キルシュ「村の人に聞けば教えてくれるかな?」
フィロ 「いや、観光客にそういった不利な情報は教えちゃくれないよ。ちょっと待ってな」

 言うが早いかフィロは村の外に出て行き、周辺にいた魚達を数匹捕まえてきた。塗り薬の効果で、魚介類との意思の疎通が出来るのを利用して、事情を彼らから聞きだそうという魂胆らしい。
 もっとも、フェデラ周辺に住んでいるだけあり、魚達も観光客に対しての態度の取り方をわきまえているのか、最初はかたくなに口を閉ざしていた。だが、キルシュの真摯な瞳と、フォロの少し威圧的なまでの問いかけに魚達はぽつりぽつりと話し始めた。
 それは先週のことだった。2人と同じく観光に来ていた冒険者のちょっとした好奇心が原因だったらしい。神殿の周囲を案内している際、イルカの背から飛び降り、勝手に遺跡の中に入り込んでしまったのだという。

フィロ 「ふーん……行方不明ねぇ」
キルシュ「あれ、でも遺跡って立ち入り禁止……だったはずだよね?」

フィロ 「怖いもの知らずのそれで……その後を追って、探しにいったイルカや村人が帰ってきてないんだね。観光客はともかくとして……遺跡調査してあるはずじゃないのかい?」
キルシュ「うん、そう……だよね。地図とかあれば迷子にならないんじゃないかな?」
フィロ 「きっと探してるうちに何かに遭遇したんだろうね……」
キルシュ「そだ、私達も協力するよ!」

 案の定、これ以上、観光客を被害に巻き込みたくないと魚達は否定の声をあげた。
彼女達が冒険者と知ると、彼らは互いの視線を合わせて何やら話しこんだ後、ふいと岩陰に2人を案内した。
そこには少し古ぼけた地図と神殿の彫刻類が無造作に置かれていた。どうやら、街の子供達が神殿遺跡で拾ってきたものを集めた、彼らの秘密の宝物部屋のようだ。

キルシュ「わー、キレイ!」

 淡い光を放ちながらゆっくりと泡を吹き出すツボや、人魚の姿をかたどった彫刻など美術品が数多く置かれている。キルシュは楽しそうに宝石類を手に取り眺め回した。

フィロ 「あんまり時間がないから程ほどにしておきなよ」
キルシュ「わかってるって、海の中にいられるのは1日限り、だもんね」

 当初は観光目的できたため、海中にいられるのは日没までだ。それ以上は薬の効果も切れてしまい、海の中で自由に動くことが出来なくなる。

キルシュ「ね、この地図って神殿の中なのかな」
 
 キルシュが見つけてきた1枚の地図には無機質に部屋の間取りが書かれていた。外側からしか遺跡を眺めていなかったが、大体のつくりからどの位置かは把握できる。
 海中という特殊な環境におかれていたせいだろうか、かなり古い羊皮紙のように思えたが殆ど劣化していない。子供達があやまってちぎってしまったと思われる、真新しい傷がある以外はほぼ原型をとどめていた。

キルシュ「うーん……どの辺りに迷い込んじゃったんだろう?」
フィロ 「……私達がその立場ならどこへいくと思うかい?」
キルシュ「え?」
フィロ 「迷い込んだのは私達と同じ冒険者じゃないか、だったら興味をもつところはそうたいして変わらないだろう?」
キルシュ「と、いうことは……もしかして」
フィロ 「そ、多分この辺に行こうとして罠にはまったんだろうよ」

 フィロはすっと地図の一点を指差した。神殿のほぼ中心地、大聖堂の奥の宝物庫。

フィロ 「まだ眠ってるお宝を起こしに、ね」
キルシュ「よぉし、大急ぎで準備して行かなくちゃね!」
フィロ 「……そのためにも、やっぱり村人を説得しなくてはいけないわけか……やれやれ」

 村人との交渉はあっさりと成功した。丁度彼らも捜索に行き詰まり、新たに人を雇おうとしていたところだったようだ。村人は自分達の知る範囲の情報を(噂程度のものばかりで到底役に立つとは思えなかったが)提供し、必要な道具を渡してくれた。

フィロ「薬は3人分か……足りるかな」
キルシュ「え? 迷子になった人達の分がないよ?」
フィロ「噂だと団体ごと迷子になったそうだけど……その事件が起こったのが1週間前だよ? 予備の薬を持っているとは思えないし、そう考えると……」
キルシュ「……だったら早く行こう! 少しでも望みのあるうちに!」

キルシュの予感は的中した。
冒険者が入り込んだと思われる神殿の壁の隙間を潜り抜けた二人を迎えたものは、無残に漂う冒険者の水死体だった。

キルシュ「……っ!」

思わずこみ上げてくる不快感を押さえつけ、キルシュは静かに瞑想する。脱出を図る途中で薬が切れてしまったのだろう、どの顔も苦痛と恐怖でゆがんでいた。
奇妙だったのは、同行していたのだろうフェデラの海人達もその中に混じっていた。だが、それを調べている悠長な暇は無い。今は生存者を探し出し、一刻も早くここから救い出すことが先決だ。
フィロは淡々と彼らの装備品をいくつかはずし、腰の袋に入れていく。遺品として彼らの知人に手渡すためだ。
さすがにこのままにしておくのは忍びないと、同行してくれたイルカ達に遺体を村まで運ばせて、2人は神殿の奥へと入っていった。

フィロ「それにしても、ずいぶんと綺麗に残っているんだな」

 神殿の外は潮の流れのせいでずいぶんと侵食されていたが、建物内は沈没する前の当時の姿のままだった。さすがに布や銀といった調度品は錆びれてしまっていたが、それでも柱に刻まれた彫刻や建物のつくり自体の美しさは、衰えていなかった。

キルシュ「なんか、変だよね……」
フィロ 「何がだい?」
キルシュ「全然、生き物の気配がしないんだもん。まるで何かが来るのを拒んでいるみたい……」

 確かに神殿に入った時から妙な不快感を感じていた。フィロは単に水の流れがないために、よどんでいるせいだと判断していた。が、冒険者の肌が警告していた。ここは長くいるべき場所ではない、と。

キルシュ「イルカさーん、どこにいるのー?」
フィロ 「あんまり奥に行くと危ないよ」
キルシュ「私だって冒険者だよ。自分の身くらい守れるもんっ」

 その時だ。キュイとイルカの甲高い鳴き声がかすかに聞こえてきた。急いで声の主のもとへ泳いでいくと、イルカが瓦礫に挟まれ、身動きが取れずにいるのを見つけた。かなり大きな壁面がくずれたらしく、少し力を加えた程度ではびくともしない。

フィロ「キルシュ、危ないから少し離れてな」

 すう……と腹に力をため、フィロは崩れた瓦礫に強い蹴りを打ち付けた。不慣れな水中であるのと、足場が不安定のため普段の半分の威力もなかったが、それでも一瞬だが瓦礫を浮かび上がらせた。その瞬間を見逃さず、キルシュは従属させている精霊を召喚した。

キルシュ「精霊達お願い!」

 キルシュの声と共に、辺りの水温が一気に下がる。瓦礫の周りに発生した細かい氷の結晶が、浮き上がった瓦礫の周りに集まり、一瞬にして氷漬けにさせた。
 よろよろと隙間から抜け出すイルカに二人はすっと近づく。瓦礫に押さえられていたはらの部分は擦り切れ、わずかに出血していた。

キルシュ「ちょっと待ってね、すぐに痛くなくなるからね」
フィロ 「……それより早く出たほうがいいよ。血の匂いかぎつけて厄介なのが来たみたいだね」

 フィロの視線の先に黒い影のようなものが横切っていた。海のハンター達だ。
幸い、入り口が瓦礫にふさがれているため、彼らは入ってきてこられない……だとすると別の隙間を見つけて逃げるのが懸命だろう。いくら戦に長けているとはいえ、こんな不慣れな場所で戦うのは自殺行為だ。

キルシュ「それだったら余計に怪我を治してあげないと駄目だよ。すぐに治るから、少しの辛抱だよ」

 キルシュはそっと手をかざし、傷口に癒しの水を施してやる。その間にもフィロは外の動きに警戒しつつ、周囲に出入り口になる隙間がないか探索していた。

キルシュ「……これで大丈夫。もう痛くないよね」
フィロ 「キルシュ、動けるかい?」
キルシュ「うん、平気。そだ、この子に道案内してもらおうよ。この子達しかしらないどこか秘密の入り口があると思うよ」

 キルシュが言い終わるより早く、イルカはするりと彼女らの足元から離れ神殿の奥の方へと泳いでいった。門を潜り抜ける手前でくるりと振り返り、じっと2人を見つめている。

フィロ 「ついてこい、ということかな」
キルシュ「たぶん……」

 薄暗い神殿の奥をすり抜けると、その先には小さな中庭があった。地図には記されていない場所だ。幸いにもまだこちら側にはハンター達の姿が見えない。今がチャンスと、離れないようしっかりとロープでお互いを結びつけて、イルカに合図を放った。
 イルカは勢い良く水の中を駆け抜けていく。息も出来ぬ水流に半分意識を失いながらも、フィロとキルシュはしっかりと手を結び、押し流されないよう必死にイルカにつかまっていた。
 うっすらと細目を開けて見つめると、どんどん神殿が遠ざかっていくのが見える。
 神殿から運んだ遺体は無事に村についただろうか、それとも途中で獣達に襲われてしまっただろうか。
 そんな不安を抱えつつも2人はフェデラの村へと戻っていった。

 2人が報告した事実は村にとってかなりの痛手だった。村の長はしばらく神殿周辺を全面的に立ち入り禁止にし、危険な区域はいっそのこと封印することに決まったらしい。

キルシュ「え……それじゃあ、あそこへは行けなくなるの?」
村の長「残念だが仕方あるまい、犠牲者がでた場所をそのままにしておくわけにはいかないじゃろう? 専門家を呼んでしっかりと調査し終えた上で、安全となれば……話は別じゃがな」
フィロ「専門家ねえ……」

 もともと立ち入り禁止だったはずの場所に迷い込んだ方が悪いと思ったが、フィロはそれ以上口にださないことにした。折角見つけた綺麗な場所が見られなくなったと知り、がっくりと肩をおろすキルシュにそっと手を乗せる。

フィロ「また探しにくればいいよ。今度はもっと綺麗な場所を、ね」
キルシュ「うん……」

**********

 数日後、フェデラの村でひっそりと冒険者達の葬式が行われた。黒い布にくるまれた遺体は海の割れ目から海底にゆっくりと落ちていく。

 その胸に供えられた精霊を封じた宝石が何時までも海の底から小さな光を放っていた。

文章執筆:谷口舞