<PCクエストノベル(1人)>


蹄状の迷路〜一角獣の窟〜
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【冒険者一覧】

【 1194 / ロイラ・レイラ・ルウ / 歌姫 】

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☆序章

 雑多な文化、人種、種族、あらゆるものが混沌の中で混ざり合い、融合と断絶を繰り返していつしか、一つ一つの粒子は明らかに個別の形を保ちながらも、数え切れない程のそれらが集まって新しい一個体を形成している、それが聖獣界ソーン。それらの粒子の下となったのは、各地に残る古の遺跡からの出土品、冒険談、或いはインスピレーションなのだと言う。
 だがしかし、それでも尚、ソーン創世の謎が解けた断言するには真実は程遠く、誰もが納得する真実を手に入れる事が出来たのなら、富と名声を一気に手に入れる事ができると言われている。
 それ故、今日も冒険者達・研究者達が名誉と財産を夢見て、仲間と、或いは一人でソーン各地の遺跡へと、果てなき冒険の旅に出る。ある時は危険な、そしてある時は不可思議な冒険に…。
 それがこの世界での言う冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。


☆本章
〜証〜

村人:「ロイラちゃん、本当に行くのかい?」
ロイラ:「大丈夫です、おばさん。後の事はよろしくお願いしますね?」
 今はまだ夜も明けぬ、とっぷりと塗り潰したような闇が広がる時刻である。当然、村人の誰しもが深い眠りについており、それはロイラの両親も例外ではない。その中で、何故この村人とロイラだけが起きて活動をしているのかと言うと、ロイラはこれから一角獣が棲むと言う洞窟へと冒険に向かうからであった。
 本当は黙ってこっそり出て行く筈だった。置き手紙でもして行けば、両親も驚きはするだろうが、それ以上には心配を掛ける事もないだろう、と。ロイラは時間をかけて、こつこつと冒険の準備をして来たのだが、ある日、ひょんな事からこの村人にその計画がばれてしまったので、こうして彼女にだけは旅立つ日を知らせたのである。
村人:「本当はあたしは止めたいんだけどねぇ…ロイラちゃん、今でないと駄目なのかい?もう少し、気候が良くなってからの方が良くないかい?」
 両手を胸の前で揉み合わせながら村人が言う。ロイラは、くすくすと笑った。
ロイラ:「今でも充分いい季節よ。長雨もまだだし、雪が降る前だし、なんと言っても私が目指す所はそんなに危険が渦巻く所じゃないですもの。…私ね、確かめたい事があるんです」
 そう呟くと、ロイラは今から向かう一角獣の窟がある方向を望む。まだ赤ん坊の頃、勿論その当時の記憶はロイラにはないが、森の奥深くで動物達に囲まれ、まるで護られているかのように、見ように寄っては傅かれているかのように眠っていたと言う。そして、今の両親がそれを見つけて近付こうとすると、動物達は一斉に彼等の方を見詰め、暫くじっと円らな瞳で見詰めていたが、やがて左右に、まるで両親達を迎え入れるように場所をあけてくれたのだと言う。それは、この人間達になら任せられる、そんな意思が向けられたような感覚がしたと言う。
ロイラ:「私を守ってくれていた動物達の中には、狼や大山猫もいたそうですね。いつから赤ちゃんの私がそこに居たかは分からないけど、普通に考えたらそんな場所に無防備な赤ん坊が一人でいたら、格好の獲物にされてあっさり命を落としている筈だと思うんです。それでも私はこうして生きている。今も、動物達は私の大切なお友達です。…それには、何か理由があるような気がするんです」
 自分の知らない、身の上の秘密。それを知らなければこの先生きて行けない訳ではない、今の両親は愛しているし、彼等の娘と言うだけで充分幸せだ。だが、もしも自分には何か隠された秘密があるのなら、それを知りたいと思うのもまた当然の真理で。そして、その秘密を知った所で、ロイラが今の両親の愛する娘である事にも変わりはなく…。
ロイラ:「じゃ、ね。いってきます!」
 時間帯を慮って、小声ではあるが元気よくロイラが笑う。片手をひらひらと振ると、背中に旅立ちの荷物を背負って歩き出した。その小さな背中を見送りながら、村人はいつまでも心配そうに両手を揉み合わせていた。


〜聖なる洞窟〜

 一角獣の窟は川沿いにある。その周囲の川は流れも穏やかで水も美しく澄んでおり、この周囲に何か清らかな魔法が掛けられているかのような印象を受けた。噂に寄れば、一角獣の窟にはエルフ族の集落と繋がっている箇所があると言う。その噂が事実ならば、恐らく、安易に人を近付けさせない為にそう言った結界を築いている可能性もあった。
 エルフ族はユニコーンと心を通い合わせる事の出来る、思慮深くて知性の高い種族である。人よりも遥かに長い寿命故か、その知識は他のどの種族からも抜き出ており、他種族との交流を拒む傾向にある。ロイラの目的は、この冒険でロイラ自身を周囲の人に認められたい、と言うのがメインだが、出来る事ならエルフ族の集落を見つけ、広く深い知識を兼ね備えたエルフに聞いてみたい事があるのだ。

 どうして自分はあらゆる動物達から無条件に愛されているのか。
 どうして自分の歌には人や動物達を癒し、操る力があるのか。

 ロイラが住む村は至って平凡且つ平和な村で、そう言った特殊能力が育つような場所ではない。村人の中でロイラと同じ能力を持つ者は居ないし、だからロイラの歌の力は、彼女自身の資質と言う事だ。それは恐らく、彼女の出生の秘密に繋がる手掛かりだろうし、今の生活環境に何の不満も無いとは言え、それは自分の生い立ちに何の疑問も持たない事と、イコールでは結ばれないのだ。

 今、ロイラが立つのは一角獣の窟の正面である。他にも入り口はあるらしいのだが、ここが一番分かり易く、また安全であると言われている。尤も、一歩洞窟の中に入ってしまえばそこは閉ざされた空間、中には飢えた野獣も居るし危険な毒花も咲いている。それを肝に銘じつつ、ロイラは湿って柔らかな下生えを踏み拉きながら、窟へと足を踏み入れた。
 暫くは、大きく切り開かれた窟の入り口から差し込んでくる陽光のお陰だと思っていた、だがどれだけ奥を目指して歩き続け、振り返っても入り口が見えなくなっているのにも関わらず、洞窟の中は自然な感じでほんのりと明るかった。どこに光源があるのかも分からないが。ロイラは不思議な感じを受けながら、サクサクと微かな音を立てて草を踏んで歩いて行く。
ロイラ:「これも、ユニコーンの、或いはエルフの不思議な力、なのでしょうか…神秘的と言うよりは、何か…そう、容易に犯してはならない、静かで激しい拒絶のようにも思えるわ…」
 不思議な事に、この洞窟にはちゃんと昼夜の区別があるようだ。窟に辿り着いたのは、太陽が真上に昇った頃だった、あれから数時間、休み休み探索を続けているから既に世間は夕刻の筈である。すると、周囲もどこか薄暗く、薄らと茜色に明かりも変わったような気がするのだ。この分だと、夜になれば洞窟の中も闇に包まれるかもしれない。そう思うと、ロイラは早めにどこか安全な場所で野営の準備をした方がいいような気がして来た。
 そしてロイラにはもうひとつ、不安に感じる事があったのだ。
 それは、窟に入って暫くは、人が五人程横に並んで歩ける程度の広さだったのが次第に広くなって行き、今ではどこかの森の中かと思う程、洞窟の中は広い空間になっていたのだ。地上で生きるのとは多少種類が違うようだが、それでも緑の樹が生い茂り、微かに動物達が走る物音も聞こえる。時々、鳥達がやっていてはロイラに挨拶もしていった。そんな中、ロイラは目印を付けながら歩いていたのだが、どうにもさっきから同じ場所をぐるぐる回っているだけのような気がするのだ。曲がる位置を変えてみても同様に。どうやらここには何らかの結界か魔法が掛けてあり、容易に重要な場所には踏み込めないようにしてあるらしい。トラップと言う程にはまだロイラを拒絶してはいないが、どこか試されているような感じはした。


〜一夜の夢〜

 大きな木の陰に乾いた草を集めて一晩の褥を作る。火は、木の枝で隠して小さく熾した。野獣を避ける為にはそれなりに大きく炎を燃やした方がいいだろうが、大抵の動物達とは仲良くできるロイラにとって、本当に怖いのは野獣ではなく、同じ冒険者なのである。冒険者達の多くは確固たる目的と意思を持つ、気高い人達が多いのだが、一部には私利私欲だけに囚われて他人を蔑ろにする事に何ら疑問を持たない輩も居るのだ。言葉が通じるのに意思の通じない相手、それがロイラには不思議で仕方がないのだが、好んで危険に身を晒す事はない。ロイラは、他人に見つからないように、小さな火で暖を取り、干し肉を焙ってお茶を煎れた。

 パチパチと木の枝が燃えて爆ぜる音を聞きながら、ロイラは横になる。緊張の所為か妙な疲れの所為か、眠れるような気はしなかったが、明日からまた探索に出る事を思えば少しでも身体を休めておきたかったのだ。荷物を枕にして身体を横向きにし、漆黒の闇ではないが視界が遠くまで利かない程度の闇に包まれた窟内を見る。村に居るだろう両親の事を思った。心配してるでしょうね、そう思うものの、ここで中途半端に引き返すのは厭だった。ここまで立派に自分を育ててくれた恩、それを、一人前に冒険出来るのだと言うことを実証して、両親へと示したかったのだ。
 やがて何のかんの言っても疲れていたのか、ロイラはとろとろと眠りに落ちて行く。瞼も重くて開けていられない。目を閉じ、ただ意識だけをぼんやりと周囲に漂わせていたその時、何かが近付くような足音がした。

 かさり、と草を踏み締めるその音は、靴音ではない。四つの音が規則正しく聞こえてくる、それは明らかに、四本足の動物のものだ。そして、多少硬質な感じのする足音、肉球で歩く動物ではない。…そう、それは蹄を持つものの足音であった。
ロイラ:『……誰…?…確かめたいけど…眠いわ、何だか物凄く……』
 瞼と一緒で、思考能力までも重く閉ざされていくようだ。そんなロイラの額に、何か柔らかなものが押し当てられる。ついで暖かな吐息が吹き掛かって。ロイラは、それに触れたくて手を伸ばそうとするが、それも気持ちだけで実際には指先が微かに引く付いただけであった。
声:『花。花を捜すがいい』
 そう、声が聞こえたような気がした。それは耳に届いた声と言うよりは、心に直接響くような声であったが、それも睡魔に思考を殆ど奪われていたロイラにとっては、どこか頼りない感覚であった。


☆終章
〜途切れる道〜

 朝、目覚めたロイラは昨夜の出来事を思い出そうとするも、印象ばかりで細かい内容は思い出せない。首を捻りつつ簡単に朝食を済ませ、再び探索に出立する。

 その日も注意深く周囲を観察しながら歩いて行く。やはり同じような場所をぐるぐる繰り返し回っているような気がする。それでロイラは、少しずつ方向や歩く位置を変えながら探索を続けた。すると、時々見た事の無い場所に出る時がある事に気付く。
ロイラ:「もしかして…歩く経路の順番とか向きとか方向で、結界を破る事ができるのではないかしら?」
 そして、昨夜夢現で聞いたあの言葉。花。花を捜せ、ってどう言う事かしら?
ロイラ:「………あら?」
 ふと、ロイラが歩みを止める。ここはさっき通り掛かったのと同じ場所だ。くねる木の枝の形状や草木の様子には見覚えがある。だが、そこにはさっきはなかったものが一つ増えているのだ。それは、白い小さな花だった。ロイラでも見た事の無い、可憐な花弁のその花は、夕暮れを迎えた洞窟の中で、ひっそりと佇んでいたのだ。
ロイラ:「……これは、……もしかして…夜にしか咲かない花?花を捜せって言うのは、この事なのかしら?」
 ロイラは、指先でその花弁に触れて見る。微かなその揺れは目に見えない振動を引き起こすのか、一瞬ロイラの目の前がぶれたような印象を受けた。そしてそのぶれた風景の向こうに、今まで見た事もない造形の建物が、そして美しい姿形をした人々の姿がほんの一瞬、垣間見れたような気がした。

 それは、エルフ族の集落への鍵だったのだろうか。少なくとも、鍵の一つであるような気はした。ロイラは思いもかけずに得たその収穫に思わず笑みが零れる。これで胸を張って村に帰る事ができるわ、そう思うと何故か無性に、両親に会いたくなってくるのであった。



おわり。