<PCクエストノベル(1人)>


深夜の来訪者
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【冒険者一覧】
【 0812 / シグルマ / 戦士 】

【助力探求者】
【なし】

【その他登場人物】
【なし】
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プロローグ
 ――夜が更け、誰もが眠りに就く時刻。
 ひとつのいびつな影が、とある遺跡へと向かって移動していた。石畳に映える影の手には、いくつもの武器があり、時折他の影に溶けては再び姿を現している。
 普通ならば、決して出歩く筈のない時刻に。しかも、只1人で。
 怪我でもしているのか、時折苦痛に満ちた声を喉の奥で鳴らし、金属鎧の重々しい音を寝静まった街に響かせながら、街の外へと消えていく。
 その、目的は――。

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シグルマ:「うぉぉぉぉぉぉ!」
 グシャッ!
 怒声一発、振り下ろされた鉄球の下敷きになった機獣がジジジ…と小さな音を立て、活動を停止する。黒い、つんと鼻に来る匂いのオイルが床に小さな染みを作り、それを見てシグルマが顔をしかめた。
シグルマ:「…ったく、何匹いやがるんだ?まだ入り口だってのに…」
 夜故か、機獣遺跡の中程に辿り着く前に赤ん坊程の大きさのクモ型機獣から大歓迎を受けた。どうやら最初にシグルマが見かけた一匹の機獣が見張り番だったらしく、幸先良いとばかりに不意打ちをしたまでは良かったのだが、一発で倒しきることが出来ずに遺跡全体に響く程の大音量がクモ型の機獣から溢れ出したのが事の始まりだった。
 あっという間に無機質な廊下も壁も天井も埋め尽くされ、普段なら遺跡の中を照らしている明かりも機獣の群れにぼんやりとした光しか送ることが出来ないでいる。
シグルマ:「さー、お次はどいつだ?いくらでもいいぜ、かかって来いよ」
 床に点在する機獣のなれの果てを見て、浅黒い精悍な顔ににやりと笑みを浮かべつつ、4本の腕にそれぞれ獲物を携えてじりじりと機獣たちに迫っていく。人語を解するのかどうかは分からないものの、単純に侵入者を襲うだけのモノではないらしく、シグルマが進む分だけ綺麗に統率の取れた動きで下がっていく。
シグルマ:「…っ、つぅ…」
 不意に。
 シグルマがぴたりと足を止め、眉根を寄せて顎に手を置く。その予期せぬ動きに戸惑ったか天井辺りを這っていたクモ型の機獣が数匹ぼとぼとと床に落ちてきた。そして次の瞬間、床に居た機獣たちが一斉にシグルマの元へわさわさと意外に素早い動きで近寄り――そして。
 びよん。びょんびょん。
シグルマ:「な、何しやがるっ!」
 顔目がけて俊敏な動作で飛び掛ってきた一匹を、体を翻してかわす。がしょん、と目標が見つからずに床に落ちた其れをすかさず足で踏みしめながら、腕や足に取り付こうとしている機獣たちを斧で薙ぎ払った。斧の刃部分に引っかかった一匹がそれで大破し、其れを免れたモノでも壁に激突し、無機質な壁を噴出したオイルが彩っていく。
シグルマ:「俺様は非常に機嫌が悪いんだ。手前らは大人しく壊されてやがれっ!」
 無茶なことを喚きながら、男は足元でもがいている機獣の腹に剣を突き刺した。

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シグルマ:「…眠れねえ…くそっ」
 ――その少し前。
 月満ちる時刻を過ぎても一向に訪れない眠りに苛立ちながら、毛布を跳ね除けるシグルマ。原因はさっきから顎の奥で疼いている親しらずの痛みだった。軽く上から触れてみると、熱を持っているらしくその周辺が妙に暖かい。
 安静にしろだって?
 ただじっとしていろと言うのも性に合わないが、それ以上に医者に酒を禁止されたことが堪えていた。お陰で痛みが出始めた時でもこうやって、体を抱えてじっとしていることしか出来ない。
 恨みがましく外を睨みつけても時間が早く過ぎるわけでもなく。
シグルマ:「明日の午後までこうしてろって?……ふざけんじゃねえ……」
 予約している――コレ自体かったるくて苦手だった――時間まではなんとか耐えるつもりでいたのだが、こうも痛みが断続的に襲ってくるというのに気を紛らわすための酒の一つも飲めず、眠って時間を飛ばそうとしても痛みで眠れるものではない。
 ぎり、と歯がきしみそうな程噛み締めながら、ベッドの上で暫く考える。それを打ち砕いたのは、再び襲ってきた歯の痛みだった。
 殺気とも言える気を歯に送ってみても意味のないことだが、今なら顎ごと捨て去っても後悔しないだろう――それほど、この痛みを持て余していた。
シグルマ:「ち。仕方ねえ、少し気晴らしに行って来るか」
 どうせ眠れないのなら、とベッドから降り、身支度を始める。自分でも何処に行くつもりなのか分かっているらしく、軽い運動だ、と言い訳がましく呟きながら鎧を身に纏い、4本の腕それぞれに武器を携えて宿から出たのだった。
 ――街を出る前に、明日行く医療所のある場所へ闇色の鋭い一瞥を投げかけてから。

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シグルマ:「しつっこいぞ手前らぁぁ!」
 ココに入ってから何体目だろうか。鉄球を振り回し、剣と斧をふるい、金槌で火花を散らしながら潰し回り…通路内に累々と腹を出して横たわるモノたちを横目に、未だに飛び掛り攻撃をやめようとしない機獣へ一撃を繰り出していく。
 奥歯の疼きもこうなっては気に留める暇もない。
 キィン、と武器と敵の体がぶつかる度に起こる高い音が果てしなく通路に響き渡り…。
 ――気がつけば、何故か大人しく床の上で小刻みに震えている数体の機獣を残し、あれだけ大勢いた機獣の大多数がその更に奥に下がってシグルマの様子を伺っていた。
シグルマ:「っ、ち、くしょ…数、多すぎだ…」
 壁にもたれかかりながら、肩で大きく息をするシグルマ。そのままずるずると床にへたり込みたい誘惑をどうにかはねつけながら、腕をだらりと下にたらし、床に突いた剣でどうにかバランスを取っている。
 ヴ……ン
 そのうち、羽音にも似た耳障りな音がどこかから聞こえてきた。
シグルマ:「…なんだ…?」
 前方から意識を逸らさないように気をつけながら、上や背後に視線を送る。が、そちら側に敵がいる気配はない。
 ヴゥ……
 前方にいる取り残された数体は相変わらずカタカタと小刻みに動き続けている。それぞれ体の前方にある赤い目だけは、シグルマから離すことなく。
 ――何を、している?
 ようやく不審感がシグルマの頭に上ってきた頃。
 数体の、シグルマに向け続けていた『目』が赤く、明るく輝く。
 ウィィン、と何かしらの振動音が聞こえた直後、シグルマのうなじがちりちりと鳴った。――やばい。
 何か分からないがそう思うと同時にその場から飛び退る。その次の瞬間、
 ジュッ!
 いやぁな音と匂いがし、ついさっきまでシグルマがいた場所に数個の綺麗な穴が空いていた。下手をするとそれが壁ではなく、自分だったと思い至った男が噛み付きそうな顔で機獣を睨みつける。
シグルマ:「こ、この…俺様を、舐めるなぁぁぁっっ!!!!」
 一気に頭が沸騰した。
 4本の腕それぞれに装備していた武器をしっかりと抱えなおし、先程まで疲れ果てて座り込みそうだった様子など微塵も見せないまま、機獣の群れの中に突進していった。

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エピローグ
 ―――目を開けると、太陽がまぶしかった。
 体を起こし、ぼぉっとした頭で周りを見回す。
シグルマ:「ああ…いつの間にか、ソーンの近くまで戻ってきてたんだな」
 血ならぬオイルまみれの武器や、茶色くなってしまった白虎が刻まれている鎧を情けない顔で見る。そういう自分の顔も今は見れたものではないのだが…。
 ――ずきぃぃん!
シグルマ:「うぐおぉっっ!」
 気が抜けて油断した直後、襲い掛かってきた歯の痛みに耐え切れずその場でごろごろと転がる。
 とは言え、この痛みも今日限りと思えば多少のことは……。
シグルマ:「んなわけねえだろぉぉっっ」
 自分に突っ込みを入れ、勢いを付けて起き上がる。そろそろ予約の時刻だった。その前にせめて、顔だけでも洗っておかなくては。
 疲れきったおぼつかない足取りに苦笑しながら、口笛でも吹きそうなのんびりした顔付きでシグルマは街への門をくぐり、中へ消えていった。

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――追記。
 機獣遺跡の通路のひとつに、ある日突然現れた大量のスクラップが何を意味しているのか…情報を受けた研究者たちを悩ませているという噂が暫くの間街に流れていた。
 とは言えシグルマにはそんなことを考える余裕などなかった。
 前夜の『気晴らし』が祟ったのか、意気揚々と行った先で医者に顔をしかめられてしまい、患部が腫れあがっているために治療が長引くと宣言されたのだった…。