<東京怪談ノベル(シングル)>


希望の明日
今は、何も解らない。けど、胸がドキドキする!
何かが始まる。
何かと出会える。そんな予感が…する!

「なんか、思い出せない事があるよーな…?」
彼は小さく呟いた。
今、自分は街の中にいる。これは、間違いない。
どうも、知らない街らしい。これは、見覚えがないから、多分間違いない。
問題なのは、自分がどこからここに来て、どこに行こうとしていたのか、まったく、まああったく!思い出せないことだ。
これが、噂によく聞く、記憶喪失と言うものだろうか?でも、どこで噂に聞いたかも、解らない。
道の端に腰を降ろして、小さくため息をつく。
本当なら、頭でも抱えて唸るものなのだろう。
でも…
「キッキ〜〜!」
肩に乗った白い、小さな猿が彼の髪をじゃれ付くように引っ張ると
「やめろよ!こら!!」
明るく笑いながら猿を押さえ、立ち上がった。
「まっ、いっか!」
自分の名前はメム・ユペト。
この子は、僕の相棒。一緒にいてくれると言っている。
それだけ、解れば、とりあえずは十分だ。
あたりを見回してみる。街には人々の笑い声が湧くように響き、活気に満ちている。
こんな面白そうなところでボーっとしているのは勿体無い!
服の埃を軽く払うと、メムは、髪の中の相棒を肩の上に乗せなおし、声をかけた。
「行こう!探険だ!」
「ウキッ!」

「さてさて、これからどうするか?」
そう呟きながら、メムは歩く。
彼のいた通りは、アルマ通りというらしい。
道の両端には野菜売り、果物売り、香ばしい匂いを立てる食べ物売りなど香具師が店を連ねている。
「らっしゃい、いらっしゃい!」「安いよ!美味いよ!」「取れたて!甘くてほっぺが落ちるよ!」
まるで、祭りのような賑わいが、明るい声が、そこかしこで見られ、聞かれる。
メムも、そんな出店を覗き、冷やかしながら歩いた。何もかもが珍しい。そして、楽しい。
大きな城を背に、アルマ通りを下っていくと、大きな円形の建物が見えた。
そして、その横には天使の像を頂く小さな噴水と、それを取り巻くような広場があった。
人々が、憩い、休む安らぎの場所だということは一目瞭然。旅人達も大勢いるようだ。
よく見てみると、向こうでは吟遊詩人の歌声も聞こえてくる。
「ん?」
目を閉じていた彼の服を、誰かが引っ張った。
「あっ、おさるさん♪」
背は低い方ではないが、自分より、どう考えてもはるか下から聞こえた声に彼は目を開け首を下に向けた。
見ると、小さな女の子が、キラキラとした目で自分を見つめている。いや、見ているのは相棒?
「おに〜ちゃん。そのおさるさん、ほんもの?」
メムはニッコリ微笑むと肩に手をやった。
「うん、ほら、ご挨拶は?」
「ウッキュ!」
相棒は、スルスル〜と手から足へと滑り降りると女の子の手にぴょん、と飛び乗った。
頭の帽子を尻尾で回すと、ペコリと小さくお辞儀をする。
「うわ〜、かっわいい。」
楽しそうな女の子の声に、退屈していた人々の視線が、徐々に集まってきた。
メムは、心のどこかが、妙に浮き立つのを感じていた。服のあちこちををポポン!と叩いてみる。
するとどこからか、赤や黄色のボールが数個、ナイフが数本。
「どこから出しだんだい?」
誰かのというツッコミは無視。自分でも解らないのだから。
(でも、何かが出来る気がする。)
拾ったボールを両手に取ると、メムは
「ハッ!」
声を上げて一気にボールを空に放った。落ちてくるボールを手に取り、そして、また投げる。
右に、左に、高く、低く。ようはジャグリングだ。
「ほおっ!こりゃあすげえな。」
一人、二人、見物人が増えていく、通行人も足を止めて、小さな人垣が出来始めた。
最初の女の子は相棒を手にまだ、最前列だ。
「わっ!」
ボールが一つ女の子の方に飛んでいく。手元を外したのだろうか?観客達の声が小さな悲鳴になる。
だが。
ポーン!
女の子の手の猿が、上手にボールをキャッチすると、メムに放った。メムはそれをキャッチしまたボールを回す。ジャグリングをしながらのキャッチボール。それは絶妙のタイミングで…。
パチパチ、パチパチパチ!
やがて、拍手がわきおこった。蒼い髪の少年と白い猿。
珍しい取り合わせも目を引いて、何時の間にか吟遊詩人が楽しげなリズムを合わせ、広場は楽しい手拍子と笑顔で溢れていった。

チャリチャリン!
メムが歩くとポケット中の貨幣が音をたてて踊る。
「お財布でも買おうか。」
そんなことを思いながら、彼はアルマ通りをもう一度歩いていた。
さっきの「芸」でお客達は結構満足してくれたようだ。
相棒が帽子を差し出してお辞儀をすると、結構な枚数のコインが中へと入っていった。
「どのくらいなのか、わかんないけど、これで今日は宿にでも泊まれるかな…?」
キュルルル〜〜。
小さな音が耳に入ってくる。相棒の鳴き声ではない。お腹の中の虫が鳴っているのだ。
「そういや、お腹すいた。えっ、お前もかい?」
何度も首を前にする相棒に、しょうがないなあ、と笑いながら、横の店を覗いた。
さっきも鼻をくすぐった香ばしい匂い。焼きたてのパンにいろいろな具を挟んで打っている香具師がいる。
メムは、そこに並び肉と、野菜を挟んだアツアツのパンを一つ買った。
「あっつ!」」
手で軽く冷ましながら歩いていると誰かが彼を呼んだ。
「あっ!さっきのおにいちゃん!!」
知り合いのいないこの街で聞き覚えのある声。彼は振り向いた。
果物売りの赤い実の山の向こうに、果実のように赤いほっぺをした女の子が手を振っている。
「さっきはありがとー!」
その横では父親らしい男が、大きな身体を揺らして笑っている。
「見かけない顔だけど、あんた、旅芸人かい?」
「まあ、そんなとこだよ。」
照れくさそうに頭を掻くメムに女の子は目を輝かせて父に語る。
「すごいんだよ〜〜。おさるさんがねえ…。」
はいはい、軽く聞き流して、男はメムに店の果実をポンポン!と二つ放る。
ジャグリングより軽い要領で、それを受け取るとメムはじっと見つめた。
「?」
「うちのチビと遊んでくれてありがとよ。お近づきのご挨拶ってとこさ。これからもよろしくな♪」
「ありがとう。」
メムが礼を言うと、肉付きのいい顔で彼はニヤリと笑う。その横で、女の子は
「おさるさん、おにいちゃん、またねぇ。」
とぶんぶん、手を振り回す。
その手に当たっていくつかの、果実が地面に転がり…コラ!男の軽い怒り声が聞こえたのをメムは背中で感じて頬に笑いが浮かぶのを止めることはできなかった。

さっき、座った道の端に、もう一度メムは腰を降ろした。
食べごろになったパンと、貰った果物を半分に割り、相棒に、半分差し出した。
そして、自分も半分。同時にかじると、口の中に温かい味が広がっていく。
「…美味しい。なあ、そう思うだろ?」
相棒は、答えない。食べるのに夢中なようだ。
果実も服で軽く擦ってほおばる。爽やかで、どこか懐かしい味がする。
メムは顔を上げた。
「旅芸人も悪くないよな。」
さっき、図らずも女の子と父親に行った職業を、自分の中で反芻していた。
ここは、知らない街。知らない場所。どうして、ここにいるのかは、今も思い出せない。
でも…、明るい人々、優しい笑顔。
「ここなら、大丈夫。きっと…な?相棒?」
「ムキュッ?」
彼の肩の上で、赤い実を抱きしめたまま、相棒は首をかしげる。
そんな相棒に軽く微笑むとメムは空を見た。
夕日が、沈みかけている。
「さて、宿屋を探さなきゃ、今日の泊まるところを…。」
立ち上がって彼は服の埃を払った。相棒を肩に乗せなおし、前を見る。

明日は、どんな日になるのだろうか。
一体、誰と、出会えるだろう…。

きっと、ステキなことが起きるに違いない。

昔のことは解らない。先のことも、解らない。
でも、解らないからこそ!

メムは、この地で迎える「明日」が、「未来」が今、とても楽しみだった…。

END