<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
† キミの側に居るよ †
もうすぐ冬がやってくる。
あの日の嫌な思い出がよみがえる。
トール……どうやったら、私は自由になれる?
■立ち枯れた森の少年達■
「…あふっ……」
小さな欠伸をついて、トールは窓の外を見た。
今まで寝ていたベットからその窓はすぐ近くにある。
天蓋付きのベットには、ベルベットがカーテンみたいに下がっていた。
四角く空間を切り取った小豆色のカーテンは薄く開かれていて、そこからその窓が見えたいる。
夜半になって、風はさらに強さを増していった。
「嵐が来そう……」
眠たげに目を擦って、ぼんやりとトールは窓の外を眺める。風に千切られた落ち葉が吹き飛ばされて、視界から消えていった。
細い白樺の木は風に乱されて、か細い幹をしならせて堪えているようだ。
バサバサと遠くで葉の擦れる音が聞こえる。
森の悲鳴に思えて、トールは首を竦めた。
怖いんじゃない。
ただ……
寂しいだけ。
辛いだけ……
そんな思いに駆られて、トールは瀟洒な造りの窓から目を背けた。
十三夜の見事な月も、吸血鬼の徘徊する夜の月に見えたから…
「ジル…どこかな?……」
小さく呟くと、トールは上半身だけ起こしていた体を横たえて、そのままの状態で、するりと大きなベットから降りた。
ベットから起き上がれば、流石に体温が奪われたか、寒さが身に染みて震える。
上等な羊毛のガウンをベットの脇のサイドテーブルから取って羽織った。
素足に室内履きを引っ掛けて、部屋を出ようと歩き出す。
今日はジルの屋敷に遊びにきていたのだ。
貴族のジルには友人が少ない。
店で知り合ってから、良く話すようになり、歳も近いせいか二人はすぐに仲良くなった。
遊びに行く約束をして、やっとこうしてここに来る事が出来たのだ。
夕飯もきっちりと揃えられた食器とシルバーに多種多様なメニューが並べられた。嬉しくって、あちこちに手を伸ばして食べ過ぎ、満足したままソファーで居眠りしてしまい、ベットに寝かされたようだ。
そして、今、目が覚めたのだった。
不覚にも寝てしまい、折角、屋敷に呼んでくれたジルに申し訳なくてトールは捜し歩いた。
と言っても、寂しかったことは否めない。
そんな自分の未熟さも相まって、どうしても、今、ジルに会いたかった。
でも、それ以外の理由もあった。
何でだろうか?
自分でも上手く言えない。
言葉が見つからない。
今までこんな事は無かった。
でも。
…どうしても、ジルに今すぐ会いたかった。
「ジル〜……」
眠たさに落ちてくる目蓋。首振って、眠気を飛ばしてはドアの方へと歩いてゆく。
ふかふかの絨毯を踏みしめながら、トールは部屋を出て行った。 何度か相手を呼んだ後、何か聞こえたような気がして振り返った。
…………。
そこには何も無い。
ふと聞こえてきた音に耳を済ませて、そちらの方に歩いていった。
近くにあった見事な樹材造りの階段を通り過ぎて、すぐの部屋から明かりが零れている。
近づけば、ますます何かが聞こえてきた。
小さな泣き声。
時折、呟く声が聞こえる。
「ジル?」
声の正体がわかって、トールは近づいていった。
金のドアノブを捻って、音をさせないように開ける。
驚かせないように。
そっと、ドアの隙間から忍び込めば、自分が寝ていた部屋と同じような大きな天蓋付きのベットがあった。
青に近い海老色のカーテンはぴっちりと閉められていて、そこから泣き声が零れていた。
室内履きのペタペタと言う音で気付かれないように、絨毯の上を滑るように歩いて近づく。
「…ぅ……ひっく……」
悲鳴を抑えたような小さな泣き声に胸が痛くなる。
同時に鼻の奥がつぅーんとして、目の周りが熱くなった。
2メートル近くまで近づいていった時、不意にカーテンの向こうから声が聞こえた。
ジルの声だ。
「だぁ〜れ?」
いつものきっちりした喋り方じゃない、ジルの声。
「誰? …そこに居るのは……」
「ジル、ボクだよ。トール……」
そこまで言うと、ジルはパッとカーテンを跳ね除けるように開く。
カーテンの端が遠くに飛んで、重力に沿って端が床の方に落ちれば、ユラリと揺れる。
「どうしたんだい、ジル?」
トールは近づいて微笑みかけた。
嫌がらないかな?と考えればベットの脇に立って、ジルが自分から話してくれるのを待とうと立ち尽くす。
さっきのは…予感。
大事な人が泣いてるよって。
天使からのテレパシー。
赤くなったトールを見るジルの目が虚空を彷徨って、やっとトールを捉えた。
「トール……」
「何かあったの…かな?」
「何も…無い」
いつもみたいに、貴族に相応しいきっちりした物言いでジルは言った。
その答えが、自分を突き放したみたいに感じて、トールの胸を突き刺す。
はぁ…と小さく溜息を吐いて、トールはジルを見つめた。
こういう時は…いや、こういう時こそ目を離しちゃいけなかったから。
嫌がられたり嫌われたりするのを覚悟で、トールはジルのベットに上がりこんだ。
物凄く怖くって、トールはベットがとてつもなく大きく感じていた。
ほんのちょっとの高さで、少しの時間をかけて上がり込んだだけだったのに、大きな山を登らなきゃいけないみたいに辛く感じたのだ。
それは、ジルが一瞬、自分の事を怯えたような目で見たからだった。
「ジル……」
「トール…私は……」
「いいよ、言わないでよ」
トールは首を振って笑う。
いいよ、分かるから……
怖い事があったんでしょう? 思い出したんでしょう?
そんな言葉が頭を駆け巡ったのに、トールは言葉に出来なかった。
言ったら涙が出そうだったから、ちょっと堪えてジルを抱きしめようと腕を伸ばす。
言葉なんて手にするより、ジルのことを抱きしめたかったから、言葉なんて手放してしまった。
「怖い…嫌な思い出ばかりが…責め立てるんだ……」
苦しげに言って、ジルは首を振った。
「ジル…」
「どうしても…忘れられない」
また、涙がジルの瞳から零れた。
子守りが身分の差から、主人であるはずの貴族の子供に要らぬ折檻や虐めをする事があったと、トールは本で読んだことがあった。
子守りの少女達が皆、そうだと言うわけではない。
分かっているけれど。
ジルにそのような事実があったと聞いた事があるわけではなかったけど。
トールはその事が思い起こされて仕方が無かった。
もしかしたらあったかもしれない事実。
もしかしたら、もっと違った事で涙を零さなければならない理由があったのかもしれない。
でも、今、ここに居るジルは苦しんで泣いている。
それだけがトールにとって、事実だった。
「ジル…」
「…トー…ル…」
お互い名前を呼ばなければ、涙なんてたくさん零れなかったかもしれないのに。
呟いた名前は、たくさんの涙を呼んでしまった。
跳ね除けられるかと怯えながら出したトールの手は、受け入れられた。
そして、思わぬぐらいに相手は自分を抱きしめた。
拒否されなかった事が安堵を呼んで、また涙が零れる。
「キミの側に居るよ。傍に居るから…」
抱きしめたぬくもりは暖かくて、嬉しくて、ジルがないている事が辛くって、もっともっと抱きしめた。
「泣かないでよ……」
自分だって泣いているのに、トールはそう言ってジルを抱きしめた。
離れたら、どこかにこの暖かさが飛んでいってしまいそうだったから。
トールも、ジルも、手を離す事が出来ない。
そんな二人だったから。
朝まで寄り添って過ごした。
未完成な月は
成熟を待つ少年達と
風に揺れてささめく森を
その腕の中で
ずっと抱きしめていた。
■END■
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