<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


迷うメイドさん【3】
●オープニング【0】
「プールに行くのにゃー☆」
 白山羊亭に入ってくるなりそう言い放ったのは、街外れに住む元騎士ガーナルの屋敷で働くメイドさん3人娘の1人、猫耳メイドさんのマオであった。マオの後ろには残りの2人、エルフのメイドさんのユウミと、三つ編み眼鏡っ娘メイドさんのカオルが立っている。
「プールに行くのにゃー☆」
 にこにこと嬉しそうに同じ言葉を繰り返すマオ。……何か同じ場面が以前にもあったような気がするのは、気のせいだろうか?
 マオを無視してユウミとカオルに詳しい話を聞いた所、明日街外れにあるプールに3人揃って遊びに行くのだという。それでもしよければ、一緒に行ってくれる人が居ないかと誘いに来た訳である。
「大勢の方が楽しいですし」
 こう言ったのはユウミだった。が、その後でカオルがぼそっと付け加えた。
「あの……また迷うと困っちゃいますし……」
 ああ、そうだった。このメイドさん3人娘、揃いも揃って方向音痴だった……。
 仕方ない、明日1日付き合ってみますか。

●行くまでに一苦労【1】
 翌日――街外れにあるプールは、いつものように遊びに来た人々で賑わっていた。去年のオープン当初には3つ程度しかなかったプールも、この1年の間に数が増え、ウォータースライダーなる物がちょっとした目玉となっていた。
 さてそのプールの入口付近。中へ入ろうとしていた者たちが、後方から近付いてくる気配に気付いて慌てて道を開けていた。それはそうだろう、気難しそうな表情を浮かべこちらに歩いてくる者が居たのだから。
 やってきていたのは、エルフの騎士であるウィリアム・ガードナー。むすっとしながらも、確実にプールへと近付いてくる。手には荒縄がしっかと握られており、その先に縛り付けられていたのは――。
「もう大丈夫にゃー! 迷わないにゃー!」
 マオがウィリアムの背中に向かって、頭をふるふると振りながら叫んでいた。荒縄でぐるぐる巻きにされているものだから、逃げようもなかった。
「…………」
 だがウィリアムはマオの叫びにはまるで耳を貸さず、無言でマオを引きずってゆく。よくよく見れば手の甲や、頬の辺りがちと紅い。……どうもマオに引っ掻かれたようである。
「解放するにゃー! こんなの拉致にゃー!!」
 なおも叫び続けるマオ。その少し後ろから、申し訳なさそうについてくるメイドさん2人の姿があった。ユウミとカオルである。
「……いつもああなの?」
 2人のすぐ後ろを歩いていた高町恭華が、引きずられてゆくマオの姿を見ながら尋ねた。こくっと頷く2人。
「すみません……マオちゃんが」
「マオちゃん、好奇心旺盛ですから……」
 カオルとユウミが口々に言う。しかしこの2人も、プールまでの道のりで迷いそうにならなかった訳ではない。事実別の道へ行きそうになった2人を、恭華は肩をつかんで何度か止めたのだから。
 けどもマオの場合はちと違う。方向音痴に加えユウミが言うように好奇心旺盛、つまり目を離すとすぐに居なくなるのだ。プールまで距離はそれほどないというのに。
 で、今回苦労させられたのがウィリアムだ。何せ猫を見付けてはあっちの路地へ、美味しそうな物を売っている屋台を見付けては向こうの通りへ……というように、終始落ち着いていないのだ。
 結果、業を煮やしたウィリアムが取った手段が、見ての通り引きずってゆくという方法であった。強制的に。
 ウィリアムは入口の門をくぐると、近くに居た従業員を捕まえてこう言った。
「……あの3人……特にすぐそこのメイドの方向音痴振りは手に負えない。敷地内に居れば探しようもあるが、外に出てしまってはお手上げだ。付き添いなしで外に出ないよう、注意してくれ」
 口調としては確かに頼んでいるのだが、有無を言わせぬ勢いがあった。なので従業員も断ることは出来ず、ウィリアムの言葉を了承するのだった。
「出ないにゃー! だから早く解くにゃー!」
「……更衣室に着けば、解いてやろう」
 と静かにつぶやき、ウィリアムはくいと荒縄を引っ張った。
「そんなのまだ距離あるにゃー!」
 抗議もむなしく、さらにずるずると引きずられてゆくマオ。恭華やユウミ、カオルも続けて門をくぐっていった。
「一手に引き受けてくれたのは楽だったのかも……」
 ぽつりつぶやく恭華。ウィリアムがマオにかかりっきりだったので、必然的に恭華は残る2人に対応することに。確かに楽だった。
 そして恭華たち3人も更衣室へと向かった後、ひょっこりと門をくぐってきた者が居た。黒髪で細身の人間の青年である。
「面白いな」
 青年――ルカは5人の向かった方向をしげしげと見つめながら、何かを納得するように言った。
「……からかい甲斐がある。ついてきてみて、正解だったなぁ」
 そう言い、ルカはふっと笑った。そして自らも更衣室へと向かった。

●プールは流れ行く【2】
「……来ねーなー……」
 流れるプールのプールサイドに腰を降ろし、やや前屈みになって頬杖をついていた人間の青年――レイ・ルナフレイムは溜息混じりにつぶやいた。
 とても長く伸ばされた銀髪を持つレイは、ゆったりした半袖をまとっていた。そしてプールの中へ漬けた足を、ばしゃばしゃと動かしている。
 その姿は傍から見れば、不機嫌そうにふてくされた美人に見えないこともない。少なくとも真後ろから見たなら、女性と誤認することだろう。事実ここに来てから、何かしら視線は感じていたのだから。
「……あっちーし、来たのはいいけど……」
 再度つぶやくレイ。酒場でメイドさん3人娘の話を聞き、悩みに悩んで結局来てみたはいいが、肝心の3人がまだ姿を見せていなかった。
 そんな時だった。何かを問い詰めている様子の、女性の声が聞こえてきたのは。
「どういうことですの?」
「……申し訳ございません、お嬢様」
 見れば、揃いで色違いのビキニに身を包んだ2人のヒュムノスの女性がそこに居る。
 問い詰めているのはウェーブのかかった金髪を持つ美しき女性。水着姿ながらも、気品ある雰囲気と仕草の端々に愛らしさを漂わせている。お嬢様であるマリオン・エジスフォードだ。
 反対に心底申し訳なさそうに謝っているのは、マリオンよりは小柄で幼気に見える顔立ちの女性。まあこれはマリオンが大人びて見えるために、そう感じられるのかもしれないが。しかし、どこかしら意思の強さを感じられる雰囲気も持ち合わせていた。マリオンの侍女であるリーズである。
 マリオンは機嫌悪そうに、なおもリーズに言った。
「いいですこと、リーズ。わたくしは今、謝りなさいと申している訳ではないのですよ。理由を尋ねているのです、理由を。ならばそれについて納得のゆく答えを返すのが、侍女としてのお前の役目ではないの?」
「はい……申し訳ございません」
 リーズはただ謝るしか出来なかった。激高する訳でもなく、理詰めでくるマリオンの言葉。これはこれで怖い。
「なら、どうしてわたくしをあのような狭い更衣室に連れていったの?」
「お嬢様。そのことにつきましては、あちらに場所をご用意しておりますので、そちらで……」
「…………」
 リーズの言葉に、渋々といった様子で示された方角へ歩き出すマリオン。2人に集まっていた視線も、再びあちこちへと分散した。
 もちろんレイの視線も、また流れるプールへと戻る。と、そこに楽し気な歌声が聞こえてきた。
「プ〜ルは流れ〜るぅ〜の〜、ど〜こま〜で〜もぉ〜♪」
 歌声が聞こえてくるのは、流れるプールの中央をぷかぷかと漂っている木製のヨットからだった。無論、子供が工作でよく作るような模型のヨットだ。
 当然のことながら、こんなヨットに乗ることが出来る種族など限られる。エルフなんかであるはずがないし、ドワーフは問題外。乗っていたのは半透明なアゲハ蝶のような羽根を持つシフールの可愛らしい少女、ディアナであった。
「わ〜い♪ お〜い♪ は〜い♪」
 模型ヨットに乗ったディアナは、流れるプールで行き交った人々全員に対し、誰彼構わずぶんぶんと小さな手を振っていた。ちょうどレイの前を通過しようとしていたので、つられてレイも小さく手を振り返していた。
「楽しいね〜♪」
 にこにこ微笑むディアナ。流れに任せ、緩やかに漂う模型ヨットの旅。人々が泳ぐことによって適度に波も生まれ、なかなか楽しい物になっていた。
「……いいなー」
 少し羨ましそうな視線を向けるレイ。楽しさがひしひしと感じられる。が、それを邪魔する者が居た。
「ねーねー、カ〜ノジョ? 1人?」
 軽薄な感じの青年が、レイに声をかけてきたのだ。そして青年がレイの肩に手を置こうとした次の瞬間――。
「おりゃー!」
 流れるプールに、派手に水しぶきが舞い上がった。哀れ青年は手首をつかまれ、そのままレイに放り込まれてしまったのだった。
「きゃ〜っ!」
 大変だったのは、とばっちりを受けたディアナ。青年が投げ込まれた衝撃により生じた波で、模型ヨットが大きく揺れる揺れる。だが何とか転覆を回避し、模型ヨットの旅を続けていった。
 ……なんてことがあったそのうちに、メイドさん3人娘もようやくプールに姿を現し、準備体操を終えて各々泳ぎ始めたのだった。

●ごく普通に泳いでみましょう【3B】
「…………」
「…………」
 普通のプールに入っていたルカと恭華は、非常に不思議そうな物を見る目でプールサイドに視線を向けていた。視線の先に居るのは白のビキニ姿のマオ、熱心に何やら準備体操を行っていた。すぐそばでは、ウィリアムが軍隊式の体操を行っている。
 それはいいのだ。だがマオのやっている準備体操が、何とも形容し難い妙な物で……初めて目の当たりにすることになった2人には、首を傾げざるを得ない代物だったのだ。
「あれ……本当に体操なんだろな?」
 ルカが怪訝そうに、そばに居たワンピース姿のユウミに話しかける。こくっと頷くユウミ。とすると、体操であることは間違いないらしい。
「どう見てもラジオ体操……じゃないよね?」
 恭華も隣に居たパレオ姿のカオルに聞いてみた。もちろん今は眼鏡をかけていない。ラジオ体操第87辺りになればそういう体操もあるのかもしれないが、あいにく現存するのは第2までである。
「……ポージング体操って言うんです。ある方に教えられてから、マオちゃんお気に入りで……」
 カオルも困ったように答えた。
「出来るの?」
 何気なく突っ込む恭華。若干ためらってから、カオルはこくんと頷いた。
「世の中は広いもんだ……」
 何か釈然としない様子でつぶやくルカ。しかしすぐに気を取り直して、ユウミに言う。
「じゃ、さっきの続き教えてくれ。クロールの手がどうだって?」
「あ、はい。クロールはですね、こう前から後ろへと大きく水を掻いて……」
 場所を少し移動し、手の動きをしてみせるユウミ。泳ぐのが初めてというルカに、先程から泳ぎ方をレクチャーしていたのだ。
「あの……」
 恭華にカオルが恐る恐る話しかけてきた。
「何?」
「その水着は……どちらで?」
 カオルが恭華の水着を指差して言った。前から見ればごく普通の、おとなしめの水着に見える。しかし後ろへ回ってみると、背中がぱっくりと見えており、お尻の辺りのカットがとても大胆だったのだ。
「……これしか残ってなくて」
 乾いた笑いを浮かべる恭華。いや、確かにこれしか残っていなかったのだが、前から見て大胆であったのなら決してこれは選ばなかったであろう。けれども普通に見えたがゆえについ手を取ってしまい……現在に至る。
「ね、カノジョたちぃ? 2人だけ?」
 そこにナンパの青年が現れた。こういう場所には付き物である。
「あっ、いえ、あのっ……」
 焦るカオル。だが恭華が一睨みして威圧すると、青年はもごもごと言い訳を口にしてその場から立ち去っていった。
 少しして――。
「うごっ!!」
 青年の呻く声が聞こえてきた。見れば青年の真正面から、ルカが勢いよくぶつかっていたのである。
「ああっ、そっちじゃないです!!」
 泳ぎをレクチャーしていたユウミが、慌てて叫んでいた……。

●往復してみよう!【7B】
「位置に着いて……よーい」
 そのカオルの言葉に、恭華とルカ、そしてユウミが飛び込む体勢になる。そして――。
「ドン!」
 一斉に飛び込む3人。水しぶきが盛大に舞い上がった。
 ここで話は少しだけ前に遡る。
 泳ぎのレクチャーを受けていたルカを中心に、可もなく不可もなくといった様子でプールを楽しんでいた4人。最初のうちは悪戦苦闘していたルカだったが、元来器用であるのだろう、時間が経つうちに適度に泳げるようになっていた。
 そして、何気なく言ったルカの一言がきっかけとなった。
「これだったら、だいぶ泳げるようになったんじゃないかな。ユウミよりも速いかもなぁ」
 少し挑発気味に、かつ冗談混じりのルカの言葉。それに恭華が反応した。
「……なら、競争してみる?」
 思うに、その時恭華は少し退屈していたのかもしれない。こちらも何気ない一言だったのだろう。
 しかし何気ない一言がまた何気ない一言を呼び、いつの間にやらルカ、恭華、ユウミの3人で競争をすることになってしまったのだ。
 勝負はプールを1往復、勝者は飲み物を奢ってもらえるという約束となった。
 かくして始まった競争は、ルカが身体1つ抜きん出ていた。さすが、言うだけのことはある。次いで恭華、そしてユウミという展開だ。
 やがて3人は往路を終えようとしていた。後はターンして戻ってくるだけである。その時だ。
 ガツ。
 鈍い音が聞こえたかと思うと、ルカが頭を押さえて立ち尽くしている。その間に恭華はターンを済ませて折り返しており、ルカの異変に気付いたユウミが泳ぐのを中断してルカに近付いていっていた。
 どうやらルカ、しこたま頭をぶつけてしまったらしい。そういえば、ターンの仕方はまだレクチャーされていなかった気が……。
 結局この競争は、半ば無効の様相がありながらも、恭華の勝利で終わったのだった。

●日も暮れ、泳ぎ疲れて【8】
 やがて日も暮れて、プールから帰る人々の姿が見られるようになっていた。
「帰りますわよ、リーズ」
「はい、お嬢様」
 先を歩くマリオンにぴたっと付き添い、歩いてゆくリーズ。その手には荷物がしっかと握られていた。
 その後方で――駄々をこねる声が聞こえていた。
「嫌にゃー! まだ遊ぶにゃー!」
 ウィリアムに背負われ、じたばたと暴れるマオ。その身体は荒縄でウィリアムの身体にしっかと縛り付けられていた。
「…………」
 無視して先を急ぐウィリアム。マオの様子があまりにあれなので、強制手段を取っていたのである。表情は、完全に呆れ返っていた。
「駄々こねちゃダメだよ〜」
 パタパタとウィリアムの回りを飛び回りながら、ディアナがマオを諌める。
「遊ぶのにゃー!!」
 じたばたじたばたじたばた。
「だからダメだよ〜」
 ディアナがぽんぽんとマオの頭を叩いた。
「あの……大丈夫です……か?」
 カオルがルカの頭を覗き込むように見ていた。よく見れば、ルカの頭にはぷくっとたんこぶが出来ている。カオルの言葉に、ルカはただ苦笑するばかりであった。
「今日は本当にありがとうございました」
 ユウミが隣を歩く恭華に礼を言った。恭華は競争に勝って奢られていた飲み物を飲みながら、こくっと頷いた。
 そしてさらに後方、1人首を傾げながら歩くレイの姿があった。
「……俺……今日何しに来たんだろーなー……」
 どうも釈然としない様子のレイ。それもそのはず、結局最後まで泳いでおらず、ただ次々に人をプールへ放り込んでいただけ。首を傾げるのも、当然のことであった――。

【迷うメイドさん【3】 おしまい】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 
             / 種族 / 年齢 / クラス 】
【 0698 / ウィリアム・ガードナー / 女
             / エルフ / 24 / 騎士 】○
【 0664 / 高町恭華 / 女
             / 人間 / 19 / 高校生 】◇
【 0984 / マリオン・エジスフォード / 女
          / ヒュムノス / 18 / お嬢様 】◇
【 1131 / ディアナ / 女
     / シフール / 18 / ジュエルマジシャン 】◇
【 1167 / リーズ / 女
           / ヒュムノス / 18 / 侍女 】◇
【 1295 / レイ・ルナフレイム
       / 男 / 人間 / 24 / 流浪狂剣士 】◇
【 1490 / ルカ / 男
       / 人間 / 24 / 万屋 兼 見世物屋 】◇


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■         ライター通信          ■
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・『白山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全11場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通されると、全体像がより見えてくるかもしれませんよ。
・大変お待たせいたしました、夏もすっかり遠くへ行ってしまった中、プールでのお話をようやく皆様にお届けいたします。体調不良などでご迷惑をおかけしておりますが、完全復調まではもう少しかかるかと思われます。その点、深くお詫びいたします。
・去年に比べ、種類が増えたこのプール。また来年になると、さらに種類が増えてゆくことになるのでしょう。この先でプールに入る機会があるのは……寒中水泳? さてさて、楽しんでいただけたでしょうか?
・ルカさん、初めましてですね。プールは今回でしっかり知識となったのではないでしょうか。ポージング体操という謎の知識もおまけについていますが。競争の結果については……まああり得ないこともないだろうと判断し、本文のように。それから、OMCイラストをイメージの参考とさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。