<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


†植物パラダイス†


 ■神父の庭■

「ですからね、掃除の手伝いをしていただきたいんですよ」
 その人は紅茶のカップを乗せたトレーを持ったまま言った。
 一動作ごとに、麗しき神父の新緑色の髪が揺れる。
 常に笑みを絶やさない人物だが、本当のところ中身の方は怪しいものがあった。丁寧口調で毒舌を吐き、言葉一つで一触触発、無条件開戦などは当たり前の人物なのである。
 その人物に呼び出され、若い異種の二人は教会に来ていた。

 窓からは柔らかな光が投げかけられ、広いキッチンを明るく照らしている。
 作業台の上には作りかけのクッキーと出来たクッキーが所狭しと置いてあった。作業台の前には若いシスターがそれらをどんどん鉄板に並べてオーブンに入れていく。
 集会あとのお茶用のクッキーを作っているのだ。
 作業台の前に椅子を並べて、フィーリ・メンフィスとケイシス・パールはそんな様子を見つめていたところ、不意に声を掛けられて同時に振り返る。
「なんだよ、いきなり……」
 面白くなさそうな口調でケイシスが言った。
 目の前のクッキーを摘んではボリボリと食べる。
 爪と角を見れば、彼が人間と鬼の混血種であることは分かる。腕に刻まれた刺青で鬼の力と本性を封じて人間として生きているが、一度、感情が昂ぶればその本性そのままに行動するのである。
 とは言え、普段はその辺に居る少年と何ら変わりない人物であった。

「あなたは最初っから、話を聞いてませんでしたね?」
 やれやれと言った風にその人は言う。
 カトリック教会の司祭、福音を宣教する聖職者でハーフエルフのルーン・シードヴィルは、「困りましたね〜☆」と言いつつもにこやかに笑った。
 そんな二人のやり取りを横目で見ながら、フィーリはさっき貰ったクッキーをドラゴンのジークに食べさせていた。
 フィーリはケイシスと年端も変わらぬ青年で、仲間内からは『幻翼の忌み子』、『黒翼の死神』の異名で呼ばれていた。
 女性と間違えられると怒るのだが、整った顔立ちは青年というよりは少年と言った方が相応しいだろう。
 一見、乱暴粗忽なケイシスの隣でのんびりと相棒のジークと戯れていた。
 子供のドラゴンのジークの愛らしい姿はその場の雰囲気を更に長閑なものにしていた。
 くりっとした可愛い瞳でジークは見つめてくる。
 にこぉっと笑うとジークは羽をバタバタさせて喜びを表した。

「聞ーてなかったけどさぁ」
 ぶすくれてケイシスが言った。
 ルーンをじと目で見つめる。
 そんなケイシスの様子をルーンは微笑んで見遣った。
 二人の目の前にルーンはカップを置いていく。
 ゆったりした動作でトレーを脇に置くと、ケイシスに向かって微笑んで言った。
「若いうちに使わないと、脳細胞はどんどん死んでいくんですよ?」
「余計なお世話だっつーの!」
 ドンッ!っと作業台をケイシスは叩いた。
 ビクリとジークの背が跳ね、音に吃驚してケイシスの方を見る。
 九尾狐の焔もケイシスを見た。
「若いうちにボケたくはないでしょう。私は良い機会を提供しているのですが?」
「提供もクソもないだろうがッ!」
「消えてゆく細胞を救ってさしあげようかと……」
「更に一層、余計なお世話だよ! てめえの老後を心配してろ。お前、寿命が長い種だろうが。ボケたら後が長いぞ」
「最近の若い者は酷いこと言いますね。お掃除手伝ってくださいませんかねぇ……」
 両手を胸の前で組んで、見上げるような視線でルーンは言った。
 そんな様子をケイシスはケッと言ったような目で見る。
「いきなり年寄りモード突入かよ、呆れるな。『脳細胞』云々言う奴のお願いする態度がな……気に入らないんだよな」
「クッキー食べたじゃないですか」
「あぁっ? 何言ってやがる。これっぽっちで俺らを使おうってーのか?」
「終わったらご飯食べさせてあげますから」
 ケイシスはそれを聞いて、はぁ…と溜息をついた。
「大体、何で俺らが掃除なんかしなきゃなんないんだよ」
「今日は集会があって人手が足りないんです」
 ニッコリというか、キッパリというか、そんな口調でルーンは言う。
「それでもやれよ…お前の管理してる教会だろうが」
「それでも人数足りないんですよ〜う」
「どうせ、また倉庫全部掃除しろとか言うんじゃないのかぁ?」
 殊の外、嫌そうな顔でケイシスはルーンを見遣った。
「そんな事無いですよ、『今回』は鉢植えに生えた雑草を取っておいてもらいたいだけです」
 にこにこと笑ってルーンは言った。
 『今回も』と言えば、前回もあった訳で…思い出すと嫌な思いが感情を支配するが、ケイシスはあえて何も言わなかった。
 カップを持ったまま、フィーリはルーンを見る。
「それだけでいいの?」
「えぇ…勿論です」
「ふ〜〜〜ん……」
 紅茶の残りを飲み干すと、フィーリは立ち上がった。その場を去ろうと一歩踏み出す。
『フィーリ、どこいくのぉ??』
 きゅいきゅい鳴きながら、ドラゴンのジークが訊いてきた。
 話すのを止めて二人がフィーリの方を見る。
「雑草取りぐらいなら、すぐに終わるからね。さっさとやっちゃおうと思ってさ」
『ジーク、フィーリと一緒に行く!』
 羽をバタバタさせて床からジークは飛び立った。
 ふら〜りふら〜りと空を飛んでフィーリの肩に止まる。
「ほら、フィーリさんは行っちゃいますよ?」
「だぁーもお! わかったよ、やりゃーいいんだろう!」
 ケイシスはひょいひょいとクッキーを自分の口に放り込むと、紅茶をがぶ飲みしてスツールから飛び降りた。
 丁度、部屋を出て行こうとしたフィーリの後を付いて出て行こうとする。
「礼拝堂の裏のハウスの中ですよ。数は少ないですからぁ〜」
「少ないんだったら自分でやれよ!」
 ケイシスは怒鳴り返したが、当のルーンは相変わらずに笑顔を向けただけだった。


 ■鉢植えの円舞曲■

「「なんだこりゃ??」」

 ハウスのドアを開けるなり、二人の表情は氷付いた。
 どでかい鉢植えには『ヤコブ』『ユダ』『アンデレ』『ヨハネ』『フィリポ』…等など。
 大きな字で名前が書かれていた。
 全部で十二個。
 十二使徒の名前がついていた。
 それよりも何よりも二人が驚いたのは、鉢の中のものが巨大植物だったからだった。
 巨大なたらこ唇の『ヤコブ』が張りのある蔦をクネクネさせながら、ケイシスの方へと近づいてくる。

 ぶしゅるるる〜〜〜〜〜〜〜…

 声なのか、葉が揺れる音なのか、不気味な音と共に蠢いていた。
 ジークの後を追いかけてきたバロメッツのシーピーなんぞは、メーメー鳴きながらドアの外から顔も出さない。
 九尾狐の焔とジークは二人の隣にいた。
「どうですか、可愛いでしょう?」
 にこにこ笑いながらルーンがやって来た。
 ドアの外から顔を覗かせる。
「どこが……」
 嫌々とそれをケイシスは見る。
 ケイシスが気に入ったらしいヤコブはヌルヌルの蔦を巻きつけようと、ケイシスの傍で滑っていた。

 ぶしゅしゅ〜〜〜〜〜ぅ♪

「けったくそ悪ぃンだよ!」
 ケイシスはベシベシとロングソードの峰でヤコブを打っ叩く。
 その隙に鉢植えの中の雑草をすかさず引っこ抜いた。
 巨大マツタケのような姿のフィリポに懐かれたフィーリは、鎌の柄で容赦なく突付きまわす。
 そのたびに、う〜〜ねう〜〜ねとフィリポは揺れていた。
 動きを見て嫌になったフィーリは目をそらす。
「どこが……可愛いんだろう……切っていいかな?」
 鎌を持ち替えて、フィーリは構えた。
 目はマジになっている。
 慌ててルーンはフィーリを止めた。
「薬にもなるんですから、傷つけないで下さいねっ?」
「嫌だ……」
「困りましたねぇ……」
 既に興味が無くなったフィーリは、レンガ造りの花壇の上に座ったまま観覧モードに入っている。
 顎に指を当てて考え込んでいたルーンは何事かを思いつくと、ポンッ!と手を打つ。
 ニコニコ笑いながら、すすすっ…と焔の近くに近づく。
 焔の尻尾を掴んでグルグルと振り回し、ヤコブめがけてブン投げた。

「こぉおおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜〜〜ん!!(泣)」

 哀愁漂う焔の泣き声が耳に届く。
 ヤコブの蔦に絡まって、焔はもがいている。
「おぉぅ……ナーイスピッチング」
「エセ神父! てめぇ、何しやがる…う!?」
 ふわりとケイシスの体が中に持ち上がるとヤコブめがけて飛んでいった。
「うぁああああああああああッ!!!!」
 ケイシスの絶叫がハウス内に切なく響く。
 過去、退魔に失敗した時にかかった呪いの所為で、焔とは離れられぬ運命にある。
 磁石の様に引き合ってしまうため、ある一定の距離以上は離れられないのだ。
「ケイシスさん…焔さんと仲が良いですねぇ」
 僧衣服の袖裾で目元をスッと拭く。
 ルーンの瞳から、ほろほろと涙が零れた。
「言ってンじゃねぇよぉおおお!! 手に持った目薬は何なんだよッ!」
 ケイシスの言葉を無視して、なおもルーンは続ける。
「あぁ……ケイシスさん。なんていい人なんでしょう」
「覚えてやがれ、エセ神父!!」
「俺はやらなくていいのかな?」
「独りでやってくれるみたいですね、フィーリさん」
「ふーん」
「ケイシスさんに良い事あるといいですね……」
 胸の前で手を組んで、ヤコブに振り回されるケイシスを拝むような瞳で見上げていた。

『フィーリ、ボクおなかすいたよ?』
 ジークがフィーリの顔を見上げて言う。
 クッキーでは流石に足りなかったらしい。
 困ったようにフィーリがジークを見つめていると、横からルーンが顔を出した。
「クッキーの他にサンドイッチもありますから、もう一度お茶しませんか?」
「いいのかな……ケイシス置いていって」
「大丈夫ですよ」
 ニッコリと笑うとルーンはさっさとハウスを去ってゆく。
 興味を既に失ったフィーリもジークを連れて歩き始めていた。
「あ、コラ! 待てよ、おいっ!!」
 思わず慌ててケイシスは暴れた。
 もがこうとも巨大植物の蔦は中々離れない。
 そんなケイシスを揶揄るかのように、ひょいとルーンが顔を出す。
「あ……その子たちは食肉ですから、気をつけてくださいね?」
「そーゆーことは先に言えッ!!」
「では、お願いいたしますねー☆」
「馬鹿言ってんじゃね〜〜〜〜!!」
 ヤコブを打っ叩きながらケイシスは叫ぶ。
 遠くでルーンののんびりとした笑い声が響いていた。

 ぶしゅるるる〜〜〜〜〜〜〜♪

 植物たちの「いってらっしゃい、ご主人様☆」の声が、ケイシスの耳に忌まわしく届いていったのであった。

 ■END■