<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


封印一時委託願い

■オープニング■

 薄暗い酒場の空気。
 何処か澱んだその中に、袈裟を纏った――人間風の男が現れた。
 服装は仏道の僧侶のなりをしているが、頭は剃髪してはいない。やや童顔と言える、無国籍な整った顔立ち。なのに、何処か『夜の闇』を思わせる、その人物。
 この酒場――黒山羊亭に居るのに不思議は無いと思わせる、場に馴染んだ雰囲気を持つ男。
「…あら? 蓮聖(れんしょう)さん?」
 カウンターで彼を呼ばわるエスメラルダの声。
 その声に蓮聖と呼ばれた男――風間(かざま)蓮聖は軽く頭を下げた。
「はい。久しいですね。エスメラルダさん」
 にっこりと微笑み、カウンターのスツールに腰掛ける。
 …その仕草もいちいち堂に入っていて、むしろ不釣合いなのは蓮聖のその風体の方、に見える。
「どうしたの? 普段は顔も見せない癖に。そもそもこんな酒場に来て良いの?」
「こちらの心配なんぞしないで下さいよ? どうせ拙僧は生臭坊主で」
 にやり、と笑い、蓮聖。
 エスメラルダは静かに微笑んだ。
「そうだったわね。で、何か御用かしら? わざわざいらっしゃるなんて?」
「さすが、読まれておりますね」
「貴方は基本的になんでもおひとりで片付ける。そんな貴方がここに依頼風にいらっしゃるのは、余程の厄介事が多いでしょう?」
「然りです。拙僧の弟子の話はした事がありましたよね」
「龍樹(りゅうじゅ)さん、だったかしら?」
「奴の『魔性』を抑える『封印の鎖』の効能が、そろそろ薄れてきましてね」
「…で?」
「拙僧が新しい『封印の鎖』を取りに行っている間、龍樹の面倒を見てやってもらいたく思いましてこちらに依頼に。拙僧が戻るまで、封印の効果が切れなければそれで良い。ですが効果が切れたなら…何とかして龍樹を抑えてやっていて欲しいんですよ。
 つまり拙僧が戻るまで、龍樹の中の『魔性』が人様に迷惑を掛けないよう、見張っていて欲しいと」


■実は急ぐと言う気配■

 蓮聖がそう告げた途端。
 そろそろと横から手を挙げている少女がひとり。
 部分鎧を基本とする軽戦士風の装束に、純白の翼が一対、背中に生えている。
「あ、あのぅ…」
「はい? どうされました天使様?」
 即座に気付き応対する蓮聖。
 衒いなく見つめ返され、紫銀の瞳が、う、とたじろいだ。
「え、…っと、今のお話聞こえてしまったんですが…。対魔だったらあたしの専門なので。それは、あの、封印管理は別の部署でしたけど、人様のお役に立てるのでしたら頑張ってみたいんですっ! …どうでしょう…か?」
「立候補して下さいますか」
「はい!」
「有難う御座います」
 静かに頭を下げる蓮聖。
「…拙僧は風間蓮聖と申します。貴殿の御名前を伺っても?」
「メイと言います。宜しくお願いしますっ」
 言ってぺこりと勢い良く頭を下げるメイ。
 そこに。
「なあなあ、俺も連れてってくんねぇ?」
 次には、ちょこん、と金色の角を二本生やした青年が来た。
 同色の瞳に、髪の色は淡い青。
 その剥き出しの肩には九つの尻尾を持つ狐がしがみ付いていた。
 蓮聖はその姿を見てぱちくりと目を瞬かせる。
「…こちらの世界にも鬼がいらっしゃるんですね」
「あ?」
「いえ、拙僧の故郷にも鬼が居ましてね。ちと懐かしくなりまして。と、失礼。まだ名乗っておりませんでしたね」
「聞こえてた。蓮聖だろ。俺はケイシスっての。ケイシス・パール。お前の言う通り半分鬼の血引いてんだ」
 ちなみにこいつは焔な、と肩にしがみ付いている九尾狐を指差し、ついでに紹介。
「半分、ですか。道理で気配は静かなんですね」
 納得したように頷く蓮聖。
「ま、封じてもあっからな。…それより今の話だけどよ、俺も手伝うぜ」
「貴殿もお手伝いして下さると」
「つまりァその…龍樹ってお前の弟子の? …奴に掛かってるその『封印』の効果が切れちまったなら…暫くの間何とかしといてくれって依頼なんだよな?」
「ええ。要点を言えばそうです。ま、先程申し上げた通り、『封印』の効果が保てば…拙僧が戻るまでただ龍樹のところに居てもらう事になりますがね」
 どちらにしろある程度の時間を割いて頂く事になる訳ですから、その場合でも報酬は払います。
 ケイシスはぽりぽりと頭を掻く。
「いやな、俺退魔師やってんだけど…っても見習いなんだけどよ、そっちの腕を上げる修行にもなりそうだと思ったんだよな。で」
「そうですか。修行…ま、ちょうど良いかもしれませんね。歓迎します。貴殿は…拙僧や龍樹の故郷と文化的素養が近そうですから、お使いになられる術法もそれなりに効果的かもしれませんし」
 静かに微笑み、ケイシスに頷く。
 と。
「お久しぶり。エスメラルダ」
 暗い店内に玲瓏な璧の如き声が響いた。
 華麗に結い上げられた、長い長い黒髪の女性が、滑るように足を運んでそこに歩いてくる。
 悠然とカウンターまで来ると、当然のようにスツールに腰掛けた。
「あらシェアラさん? いらっしゃい。お久しぶりね」
 エスメラルダの応対を見てから、そこに居た蓮聖はシェアラと呼ばれた彼女――シェアラウィーセ・オーキッドに向け静かに会釈する。
「初めまして…ですね。拙僧は…異界にて僧籍にあります風間蓮聖と申します」
「ふぅん…蓮聖…で良いのかな?」
「ええ。そちらがファーストネームです」
「そんな風体だと思ったよ。…と、さて。早速だが――」
 言いかけ、シェアラは美しい薄紗を懐から取り出した。白い花が織り込まれたショール。
「――手土産だ。踊りに使えそうだと思ってね。久しぶりだから何も無しじゃ来難くかったんだ」
 少しもそう思ってはなさそうに言いつつ、シェアラは、そ、とエスメラルダにそれを差し出した。
 エスメラルダの顔が輝く。
「まぁ、有難う! シェアラさんの織物は格別なのよ。次に踊る時には是非使わせてもらうわ」
「喜んで貰えて嬉しいよ。で…何年ぶりだっけ、ここに来るのは?」
「…前にここで会ったのはまだ数ヶ月前だけど」
 薄紗のショールに喜びつつも、さくっと返るエスメラルダの声に、シェアラは暫し沈黙する。
 そして。
「………………そうだったか?」
「お疑いのようならもう少し詳しい日付言いましょうか?」
 くすくすと含み笑いつつ、エスメラルダはそう告げる。
「いや、そこまでしなくとも構わない。どうも最近惹かれる仕事の注文が無くてな、表に出ていなかったから…時間感覚が狂っていたようだ」
 素っ気無く言いつつ、シェアラは蓮聖を見た。
「改めまして自己紹介をしよう。私はシェアラ。聖都の外れの森で織物師をしている者だ。ま、仕事は好みで選んでいるから…隠居しているようなものとも言える。…ところで、何か困り事でもあるようにお見受けするが?」
「ええ。ここには依頼に参りました」
「私で良ければ手伝おうか?」
「え?」
「これと言った注文も無いし、暇なもので」
 お付き合いして差し上げても。
 依頼の内容も聞かぬまま、シェアラはあっさりそう告げる。
「宜しいんですか?」
「言ったろう、暇だと?」
 シェアラは重ねる。
 …見た目そうは見えないが、どうやら機嫌が良い様子。
 更に言うならこのシェアラ、並々ならぬ力を持つ様子でもある。
 それを察したか、蓮聖は小さくその美貌に会釈した。
「有難う御座います」
 と。
「ついでに俺も参加して宜しいものでしょうかね?」
 そこにふと横から口を挟んだのはひとりの男。
 どうやら聞き耳を立てつつ、ひとりで呑んでいたらしい。
「お付き合い頂けますか」
 くるり、と振り向き男――ルカに告げる蓮聖。
「何やら『特別な封印』のようなので興味を覚えたのですがね。良ければ教えて欲しいとも思いまして」
「それは構いませんが…この場で『作れる』かどうかは疑問なんですがね」
「ほう?」
「拙僧や龍樹の故郷に当たる異界に、龍樹の『魔性』と関りの深い巫女が居ましてね、結局は彼女に頼らないと何処か抜けてしまうんですよ。何をしても」
 単純な力の強弱を言うなら、彼女以上の封印能力者は幾らでも居るでしょう。
 が、龍樹の場合は――力の強弱とは別の要素が大きく物を言うようで。
「…深い関連性が物を言う、ですか」
「詳しい原理は拙僧にもわからないのですがね。その可能性が高いようで。ただ強い封呪の力でさえあれば良いのでしたら…貴殿らに頼めばそれで済みそうにも思えますけれど」
 メイ、ルカ、シェアラと順繰りに視線を流し、蓮聖はさらりと言う。
「…なのでお願いしたいのは時間稼ぎになってしまう訳ですよ」
 そして最後に、ケイシスを見る。
「では、無駄に時間を食うのも避けたいので…早速ですが宜しくお願いしますよ」
 …詳細は道々話します。
 蓮聖は静かにそう告げた。


■佐々木さんちの古道具屋さんにて■

 で。
 途中までは説明がてら蓮聖も同行したのだが、結局途中からは四人に古道具屋の場所を教えるだけ教え、蓮聖だけは早々に引き返すと天使の広場に――つまり異界への転移をする為――向かった様子。
 なのでメイ、ルカ、シェアラ、ケイシスだけで龍樹の元に来る事になる。
 …蓮聖は余裕綽々、ゆったりした態度の男ではあったが、彼が最後に取った行動を考えると…この依頼の件、かなり切羽詰まっている様子でもある。
 即ち、本当に『いつ封印が解けても不思議ではない』ような状態だと。
 四人ともそれぞれ察しは付いた。

 そして、目的地である古道具屋の店先で。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
 四人組のお客様に対し、にこっ、と人が好さそうに微笑んだのは黒髪黒瞳の和装の男。
「貴公が佐々木龍樹、ですかな」
「…と、仰ると言う事は、皆様、蓮聖様に?」
 頼まれて?
「その通り。風間蓮聖と言う男に頼まれて君の面倒を見に来た者だよ」
 私はシェアラ。宜しく。…と、静かに笑む。
「俺はルカと申します」
「あたしは…メイと言います」
「俺ぁケイシス。…こいつは焔な」
「御丁寧に有難う御座います。私が佐々木龍樹と申します…皆様には厄介事に巻き込む事になってしまい申し訳無い。この『封印』の効力は…私の状態によって期間が色々に変わってしまう上に、作り置きの出来ない物なんで…ご面倒お掛けしますが、宜しくお願いします」
 言って、龍樹は深々と頭を下げる。
 メイが慌てた。
「そ、そんな、頭を上げて下さい!」
「?」
 龍樹は不思議そうに首を傾げる。
「えと、あたしたちはそれぞれの思惑で来た訳なんで、あまり腰が低い態度取られちゃいますと…こちらが困ります!」
「それでも、結構迷惑な事だという自覚はありますんで。それ故に…ソーンに住む事に決めた訳ですしね」
 聖都から離れた、まだ拓けてない場所であれば…人様に迷惑を掛ける可能性は減りますから。
 龍樹は苦笑しつつ言う。
「ところで、取り敢えず俺たちァ何をしてりゃ良いのかな?」
 …現状、『封印』とやらが解けている気配は全く無い。
 となれば今すぐには用は無さそうだ。
 手持ち無沙汰げにケイシスが問う。
「まずは…居て下さるだけで良いですよ。俺の様子を見張っていてくれさえすれば何をしていても。何か気に留まる物がありましたら、店の物を見ていても構いませんし」
「でも…それも何だか悪いです…あ、お店で手伝う事あったらやります」
 ぽん、と両手を叩いて、メイ。
「…手伝って下さいますか?」
「はい!」
「って…この状況で店を開けておく訳か?」
 店主の『封印』が解ける解けないで大騒ぎしているような時に。
 怪訝そうな顔でシェアラが言う。
「……本日、予約の方がいらっしゃるので」
 蓮聖様が取り付けて来たお客様なんですがね。
 続けられた龍樹のその科白を聞き、ルカは肩を竦め苦笑した。
「俺たちの受けた依頼とは対極じゃないか?」
 人様の迷惑にならないようにと言うのなら――つまりは店を閉めておくのは最低条件のような。
 しかも、この客を呼んだのは黒山羊亭に依頼を持ち込んだ当人と言うのは。
「つまり、メイさんの仰る店のお手伝い…もひょっとすると依頼に入っていたのかもしれません」
「…聞いてないぞ?」
「もし予約の方がいらっしゃったその時私の『魔性』が暴走していたなら…その時は、皆様、その方に何らかの説明はして下さるでしょう?」
 積極的に手伝えと言う話ではなくとも。
「…私は無視するかもしれないが」
 あっさりと言うシェアラ。
「そうですね…危ないですから今日のところはお帰り下さい、くらいは言うかもしれませんね」
 うーん、と考えつつ、ルカ。
「…俺もまぁ、そんなもんかな」
 何となくルカに同意するケイシス。
「あたしは…確り説明させて頂きますっ」
 怪我しちゃ大変ですし、元々予約で来たと言う方なら、どうしてこうなっているのかきちんと説明しないとまずいでしょうし。
 ぐっ、と拳を握ってメイが力説。
 有難う御座います、と礼を言いつつ、龍樹は苦笑した。
「では…改めまして、宜しくお願いしますね」

■■■

(Ver.ルカ/シェアラウィーセ・オーキッド)

 と。
 シェアラは店の奥、簡素な机の周りに置いてある椅子のひとつに腰掛けていた。
 龍樹が居るのはその真正面。
 ちなみにルカもその横に座って、興味深そうに――机上に置かれた龍樹の手首を、延いてはそこに付けられている『封印の鎖』を見ている。
「その手首の…一見、枷にしか見えないそれが『封印の鎖』と言う訳ですか」
「ええ。実際、右手首と左手首の環が鎖で繋がれている訳では無いんで…枷ではないんですが」
 …見た目は間違いなくそっち側ですね。
 その環から鎖が伸びてはいる訳ですし。何処にも繋がってはいませんけど。
「よくよく見ると…とても微細な彫刻が入っていますね。炎の…図案化でしょうか」
 漆黒の、冷たい枷の如きそれをじーっと見、ルカが呟く。
「恐らくは」
 龍樹は頷いた。
「…ところでこれを『造る』となると…とても時間が掛かるんじゃないのか?」
 ふと思い付いたように龍樹を見上げ、シェアラが問う。
 受けて、龍樹が微笑んだ。
「この環自体は私の故郷の方で昔から伝えられているものなので、わざわざ一から造る訳じゃないんです。ただ…私の再封印に使う際には、舞姫様の『魂込め』が必要になりまして。そちらは…予め用意しておく事が出来ないんですよ」
「舞姫?」
「私の封印を唯一為せる巫女の名です」
「と、なると…魂込めと言うのは…つまり、新たに魔力を込めると言う事ですか」
「そう…考えて頂ければ、だいたい似たようなものだと思います」
 少し考えてから龍樹は頷く。
 ソーンと言う場に適した言い方をするなら、『魔力』と言うのが一番馴染み易そうだから。
「…さて。だったら取り敢えずは…その『封印の鎖』の代用品でも試しに織ってみようか」
「出来ますか?」
「話を聞くに…効力の程に自信は無いがね。それより…結界でも張っておいた方が無難かな」
 住まいの周りに。
 もしもの場合も――他に被害が出ないように。
 考えながらシェアラは椅子から立つ。
「うーん。その枷と同じように腕輪みたいな方が良いかな? 何か好みの形があったら聞くけれど」
「…お任せします」
「そうですか。じゃ、形は適当にさせて頂こう」
 シェアラは頷き、そこの部屋を出て行こうとする。
 と。
「なあなあ、さっき言ってた予約の客ってのが来たみたいだぜー?」
 そのタイミングでケイシスの声が飛んできた。

■■■

「ああ、龍樹さん」
 奥から出てくる姿を見つけ、ほっとしたように店先に佇む客らしい女性――ティフェレトは龍樹を呼ばわる。
「お待たせしました。――紫水晶の乳鉢に、銀と塩の銃弾でしたよね」
「ああ。…どうも厄介な時期に頼んでしまったようで申し訳無い」
「いえいえ。これは…私が予定の経たない身体なだけの理由なので。ティフェレトさんが気にする事では無いですよ」
「そうか? 私としては…急ぐ物でも無かったので余計に申し訳無いのだが…蓮聖さんが今日のこの時間だったら貴方も手が空くだろう、と言っていたので…それを信じてみたのだが」
 ぼそりと。
 言った途端に皆の視線がティフェレトに集中した。
「何?」
「ふむ?」
「ちょーっと聞き捨てならねぇなあ…」
「えーと、蓮聖様にそう伺ったのはいつの事…なんでしょう?」
「つい先日…二、三日前の話だが」
「…で…今回、日時まで蓮聖様が指定したと」
 メイに続き、確認するように龍樹に言われ、ティフェレトはたじろぎつつも頷く。
「ああ。………………私は何かまずい事を言ったのか?」
「いえ、ティフェレトさんは何も悪く無いですよ。問題は蓮聖様です」
 龍樹は、ふ、と視線を逸らし考えるような顔をする。
「で、報酬は前払いしてあったと思うんだが…」
「ええ。それは蓮聖様からしかと頂いております」
「なら…早々に私は去った方が良いな?」
「そうですね。…ティフェレトさん御本人はともかく…今お渡しした乳鉢の方が危ないかもしれません」
「…何だか良くわからんが…幸運を祈ろう」
「有難う御座います」
 ぺこ、と頭を下げる。
 状況が何もわかってない割には随分と的確な言動を取っていたティフェレトは、龍樹から注文の品を受け取ると、言葉通り早々に踵を返し、歩き去る。
 そして、彼女の後ろ姿が見えなくなった頃。
 何となく、五人の間に緊張が走った。
 今の客人の言を考えると、密かに導き出される答えが――ある気がする。

 即ち、今の彼女がここに居るだろうその時までこそが――『猶予期間』なのでは、と。

 皆がその結論に辿り付いたそこで。
 予想通りと言うか何と言うか、がくり、と急に龍樹が倒れ込むよう身体を前に折った。
「…ぅ」
 気が付けば周囲の空気が、異様な熱を帯びている気がする。
 がたがたと震える姿。
 そのタイミングでシェアラは何処からともなく呪の編み込まれた包帯の如き細長い布を取り出し、しゅるっ、と素早く、龍樹の手首に付けられている『封印の鎖』の上から何度か巻き付けた。咄嗟だったので、両手を纏めて拘束するような形になってしまうがまぁ仕方無い。思い、シェアラは何やら口の中で呟くと、とん、と指先をその布の上に当てる。フォッ、と何か淡い光がそこを包んだ。
 刹那――龍樹の身体の震えが治まる。
「…あ、シェアラさん」
「今ので、解け掛かった――訳か?」
「ま、そうなります…けど…」
 囁くような小さな声で龍樹は告げる。
 何処か不安そうな瞳がシェアラを見上げた。
 察してシェアラはこくりと頷く。

 ――時には。
 焼かれるように、たった今シェアラの為した封印が黒く焦げていた。
 そして。
 シェアラの封印があっさりと焼き切れたかと思うと。

 かしゃん、かしゃんと『封印の鎖』が――両手首に付けられていた漆黒の枷の環が外れ、地に落ちた。
 龍樹が力無く地に崩れ落ちる。
 シェアラは後ろに跳び退っていた。他の三人も同様、龍樹から距離を取っている。

 どうやら、今度こそ――『魔性』の封印が完全に解けてしまったと見て間違い無いらしい。

■■■

 龍樹はゆらりと立ち上がる。
 立ち上がるその途中、手近な場所にあった品物を手に取っていた。ボロけた刀。鞘からあっさり抜き放つと、龍樹はぶん、とその刃を振った。
 ちなみにその時点で、たまたま振られた先にあった近場の棚がさっくりと斬られている。
 ごとん、と音がして、その棚の――上半分が落下した。
「…ところであの風間蓮聖と言う男、いつ『封印』の効果が切れるかまでわかっていたように思えるのは気のせいでしょうかね?」
 ぼやきつつも、ルカは即座に幻術を使っている。
 まずは、獰猛げなモンスターらしき姿を、龍樹の前に数体出現させていた。
 龍樹はその姿を見るなり、ぎ、と凄まじい目で睨み付けている。
 そして。
 その幻術のモンスターに突進して来た。
 刀を揮う。
 …が、当然の如く、すかっ、と、つんのめる。
 実体が無いのだから当然。
 何が何やらわからないながらも少々不機嫌そうになった龍樹は、再び別のモンスターに向かって行った。
 …が、同じ。
 ルカの幻術、上手い具合に時間稼ぎになっている模様。
「やっぱり、封印するにも専用のものが存在する――と言う事は、その専用のものじゃないと効果は薄い訳か」
 一方、龍樹から飛び退っていたシェアラは、ふむ、と冷静に納得。
「…とは言っても、見事に一時凌ぎにしかならないと言うのは凄いな」
 力だけで言うなら今の呪を編み込んだ布、簡易型のものとは言え――それなりに強力な封印だと自負している。
 それがほぼ無効とは。
「ど、どどどうしましょうっ!」
「焦るなメイ。まぁここはひとまず…」
 言いながらシェアラは意味ありげにケイシスを見る。
「俺が出るぜ!」
 答えるように片手に槍、もう片方の手に符を数枚取り出していたケイシスは、ルカの出した幻術のモンスターと暴れている龍樹の元に突っ込んで行く。龍樹の目がはっとしたようにケイシスを捉えた。が、時既に遅く、その額に呪符をぺたりと貼り付けた。そして複雑な印を幾つか結び、取り敢えず一喝。

「封縛!」


 一時停止。


「…ど、どう…だ?」
 本人含め、半信半疑な一同。
 次の瞬間。


 べり


 視界の邪魔に思ったか、自らの額に貼られた符をあっさり剥がしつつ、龍樹は面白そうにケイシスを見た。
 その表情は――やっぱり封印が解ける前と違うまま。
 何処か危ない雰囲気で刀も離さない。
「だああああっやっぱ駄目かぁッ!」
「やっぱ、って…」
「成功率は五分五分なんだよ畜生ッ!」
『こん』
「変なトコで同意すんじゃねぇ焔ッ!」
『…』
「言いたい事があるならはっきり言いやがれ焔ッ!!!」
 ややヤケ気味に言いつつ、ケイシスは槍を構える。そこに龍樹が相当に低い位置から突進して来ていた。刀の切っ先を前方に向け、体重掛けて真っ直ぐ飛んでくるような動き。咄嗟にケイシスは柄でいなした。まさかいきなり突進されるとは思わない。
 …まともに受けたら死ぬぞ、今の。
 思いつつケイシスは向きを変え、槍を構え直す。
 手加減してたらこっちが危ねぇんじゃねえの!?
 ぎゅ、と大地を踏み締め、ケイシスは構えた槍刃を龍樹に打ち出した。キィン、と音が鳴る。龍樹の刃とかち合った。再び繰り出す。
 何度も、何度も。
 …傍から見ていても早さと込められた重さが見て取れる。
 が、龍樹の方も龍樹の方でそれを受け、いなし、避けている。
 …簡単に決着は付きそうに無い。
 そこに一匹、鎧を纏った二足歩行型モンスターが斧を持って乱入する。げ、とケイシスは瞬間的に焦るが、即座にその正体に思い至り、そちらは気にせず再び槍を龍樹に向け攻撃を開始した。龍樹の方はと言えばモンスターの方も対象に入れ、一端ずざっと下がると、地に手を付いて――ケイシスに、乱入者ことルカの出した幻術のモンスターを両方見遣る。こちらは気付いていない。
「元気ですねえ」
 それらをのほほんと見ているルカ。
「ところで君は…彼を手助けしているようだが、ルカ?」
 同じく彼らをのほほんと見ているシェアラ。
「いえ、彼が…何処か危なっかしく見えましてねえ。保険みたいなつもりでしょうか」
 どうもあの龍樹の『魔性』とやら…単純な剣技以上に…妙な魔力を感じるもので。
「それで修行になるのかな?」
「気付かれない限りはフォローを入れますよ。幻術はそれなりにできますから」
「まぁ、修行で死んでしまっても困る、か」
 にこにこ。
 …狸が二匹居る。
「あ、あのぅ…」
 そこに恐る恐る口を挟んで来たのは戦天使見習いの女の子――メイ。
「大丈夫…でしょうか…」
「何を心配する? メイ?」
「そうですよ。貴公も認められたでしょう? ここは確かに人に迷惑が掛からないような場所にわざわざ作られている」
 ちょうど良いのでは?
「ですけどやっぱりケイシス様御一人に任せておくのはちょっと気が引けるんですけども…」
 だからって戦闘に参加したいって訳じゃ…いえむしろ戦闘になって欲しくなかったん…ですが。
「…戦天使でありながら戦闘を避けたいと言うのは…色々と御苦労をなさっているとお見受けしますが?」
 揶揄気味にルカが言う。
 と、慌てたようにメイの言葉が詰まった。
「う…えと、ま、確かに誇れた事じゃありませんが! …でもでも、何事も起こらない方が平和で良いじゃないですか! …ね?」
「それはもっともですが…この状況でそれを言いますか?」
 と、当然の如くケイシスVS龍樹の姿をこれ見よがしに指し示す。
 ついでにそれを見て、ふむ、とシェアラが考え込んだ。
「現在進行形で暴れてるところに再封印を試みる…と言うのも面倒臭いしな…」
 それ以前にここまで『魔性』とやらが表れていると思しき状態で…『専用』でない封印が少しでも効くのかな?
 他人事な状態でシェアラが呟く。
「確かに…先程の貴公の技も早々に破られてしまいましたし…依頼主は力の強弱は封印の効力にはあまり関係が無いようだ、と言ってらっしゃいましたしねえ…」
「ここはこのままケイシスに任せておくのが無難かな」
「取り敢えずはそう思います」
 ルカとシェアラは頷き合う。
「え…と、やっぱりあたしも一応フォローに入りますっ」
 言って、最後――メイだけが戦いの場に割って入って行った。

■■■

 気が付けばシルフィードと言った精霊やら黒狼たちまで幻術に紛れていつの間にやらそこらを飛び回っている。
 どうやらこれもルカの仕業らしい。
 ちなみに、龍樹の刀では彼らを傷付ける事は出来ない様子。
 曰く、ルカの方で魔術が組み込まれたような武具に関しては、さりげなく避けておいたらしい。
 単純に、危ないのはケイシスだけのよう。
 槍が打ち出される。紙一重で躱した龍樹はその背後、叩き込むように刃で斬り付けた――斬り付けようとした。が、そこでぽ、ぽっ、と青白い火が龍樹の眼前をちらつく。焔の狐火。咄嗟に腕を止め、龍樹は一端退いた。
 油断無い金の瞳がその姿を見遣る。槍の方がリーチが長いこた長いが…避けられた時が少し危険だ。近付かれれば刀の方が小回りが利く。ついでに…少々息が切れて来た。ずっと動き通しだからか。けれど龍樹の方には少しも疲労の様子が見えない。ち、とケイシスは舌打つ。
 結局、ふたりはまた、ほぼ同時に地を蹴り出した。龍樹もそろそろ幻術のモンスターの方は見ていない。精霊や黒狼の茶々にはてこずっているようだが…さすがに気付き始めた様子。否、だからこそルカも幻術のみでは無く召喚術を使い出したのか。
 と。
「ケイシス様っ!」
 凄いタイミングで聞こえたメイの声。
 ケイシスと龍樹がまた激突しようと言うその瞬間、横合いから――メイの得物こと大鎌・イノセントグレイスの柄部分が、がんっ、と龍樹の肩口に叩き下ろされた。
「――ッ」
 想定外の打撃に僅かよろめく龍樹。
 が。
 そんな龍樹を中心に、異様な熱気がぶわっと湧く。
 ケイシスらがそう思った時には、龍樹はゆらりと普通に立っていた。

 ………………何やら少々嫌な予感がする。

 と、ケイシスが様子を見ようと距離を取ったその時。
 …龍樹の纏うそのオーラが真っ黒な炎に見えた。
 持つ刀にも、半透明の陽炎のようなものが巻き付いているように見える。
 つい先程までは…そこまでにはなっていなかった。
「げ…」
 ひょっとして…何かダメージ受けるとパワーアップするってクチか!?
 しかもそのダメージ、すぐ消えてねぇか!?
 龍樹は距離を取られてすぐ、刀を逆手に持ち直す。
 そして。

 がし

 確りと柄を握ったその両手で、叩き付けるよう、その切っ先を大地に突き刺した。
 刹那。
 ――大地に罅が入った。
 そして何か吸い上げるよう、ちろちろと刀の陽炎に大地の色が混じり出す。
 引き抜いた。
「…」
 これはどうも…退魔師の力も使わないとマズい気が。
 思う間にも龍樹は再び滑るようにケイシスに向かってくる。
 ぺろり、と舌舐めずりする楽しそうな顔が視界に入った。
 刀が揮われる。
 身に染み付いた反射の領域で、ケイシスはその刀を槍で咄嗟に受けた。
 重い。
 …先程までとは段違いだ。
「ち…っくしょマジ重いぞこのやろ…っ」
 気合いがてら吐きつつ、ボロけた刀に自分の槍刃をぎりぎりとかち合わせたまま、ケイシスは少し押されて後ろに下がる。
 目の前の男は本気で容赦無い。
 何処か楽しそうにさえ見える姿で刀を振り回している。
「ひょっとして鬼じゃねえのかこの男…」
 そう思えてしまうくらいの、破壊の権化。
 刹那。
 槍ごとケイシスの身体が弾かれた――。


■帰還■

 ――ところに。
 白っぽい影が滑り込む。
 黒山羊亭で見た袈裟姿の小柄な男の姿。依頼主。
 男――蓮聖は弾かれたケイシスの身体をあっさり支えると、肘から手の先程の長さの鎖の付いた、漆黒の枷を手渡した。『封印の鎖』。龍樹が先刻まで付けていたのと同じ形の物。
「奴に付けるの手伝ってやって貰えますか? そうですね、右手首にお願いします」
 そして、ひそっ、とケイシスの耳許で。
 蓮聖は今ケイシスに渡したのと同じ形の漆黒の枷を自分の手許にも、ちゃき、と取り出して見せた。
「き、帰還されましたか!」
 一撃を加えた後、かなり距離を取っていたメイが安堵したように叫ぶ。牽制のつもりか、龍樹に向けイノセントグレイスを逆様に構えたまま。
「大変お待たせ致しました」
 告げながら、蓮聖はにこやかに笑う。
 笑いながらも――迷い無く蓮聖は龍樹の懐に駆けて行った。蹴り出される草鞋の音が微かに残る。龍樹は蓮聖の姿を見、普段の姿からは予想も付かないような邪悪な笑みを見せると、ちゃき、と鍔鳴りをさせ蓮聖に向かい切っ先を構えた。突進する。
 が。
 ぶつかる、その寸前、紙一重で蓮聖が左側にひらりと身を躱す。当然のように躱したその身の指先だけが龍樹に触れているような形。蓮聖が軽やかに着地した時、龍樹の動きが一端、止まった。
「…随分暴れたようですね。『第二段階』になっているとは」
 あっさりと蓮聖が言う。
「第二段階?」
「結構重いダメージを受けるなり疲労がピークに達したり…現段階で危機だと感じると、『魔性』の方で能力の限界値を甘くするんですよ。言ってしまうと段階的に強くなる。自分を殺さない為にね。ちなみに拙僧が確認しているだけでも『第五段階』まであります」
 確認しているだけでも。
 …そんな言い方をする以上、それ以上が…無いとは言い切れないと言う事にはなるまいか。
「そう言う事は予め教えてけっての!!!」
「…言い忘れてましたよ。失礼」
 静かに言いつつ蓮聖は龍樹を見る。
 動かない。
 よくよく見れば、蓮聖が先程手に持っていた、『封印の鎖』も無い。
「…って、ああ、お前ッ!!!」
「ええ。左手首の方は今着けてきました。右手首の方は――宜しくお願いしますね? 当てて、填まる形に押さえられれば、自然に閉じてくれますから、難しいものじゃありません」
「マジで俺がやんの!?」
「お願いします」
 にっこり。
 微笑まれるが…その視線を龍樹に向けると、ぎ、とケイシスを睨む目が。
 それを見てケイシスは深く溜息を吐いた。
 ち、と舌打ちをしてから、槍を片手に龍樹の元へ走る。近付くと振り上げられる龍樹の腕、そこにはまだ刀が握られている。揮われた。右。左腕は重くなったようにだらんとぶら下がっている。渡された『封印の鎖』と同じ形のものが左手首に着けられていた。そのせいで動かせないのか。思いつつケイシスは刀を槍で弾き、龍樹の隙を伺う。填めろったって…どうやってだよ!?
 思った――そこに。
 龍樹の刀を押さえる形で、上空からメイの大鎌の柄が突き出された。
 ついでに、シルフィードの風が龍樹の袖を捲る。
 ケイシスのすぐ手が届くと思しき部分に右手首が見えた。

 押さえて、当てられれば――自動的に閉じるらしいから…っ。
 ケイシスはそこに漆黒の環を。

 カシャン

「よっしゃ! 右、填めたぜっ!」
 ケイシスが言うなり。
 …がくり、と糸が切れた人形のように龍樹はその場に崩れ落ちた。
 反射的に、一同から安堵の息が漏らされる。

■■■

 落ち着いた後。
 再封印の反動で眠りについてしまった龍樹を奥の間に寝かせ、蓮聖は四人の元に戻ってくる。
 安堵したように息を吐き、休んでいて下さいね、と木製の机周りに座らせた
「皆様、大層御面倒を御掛けしました」
 合掌し、深々と頭を下げる。
「再封印は為されましたので、依頼はこれで完遂になります」
「…ってさっきのあれはさすがに焦ったぜ」
 もうこりごり、とでも言いたげにケイシスがぼやく。
 …まさか再封印自体の手伝いまでさせられるとは思わなかった。
 戦うだけならまだ許容範囲だが、その相手に『封印の鎖』とやらを着けさせろ…と来ると少々難しかったのだ。
 傷付けるの無しで、と来れば尚更。
 例えるなら――腕を切るのだったら簡単に済むが、腕に何か填めろと言うのはややっこしい。
「修行も兼ねて、ってお話でしたからね。ついでにお願いしてみたまでですよ」
 しれっとしてそんなケイシスに言う蓮聖。
「…って、お前それ、別に俺がしなくても良かったって事か!?
「ええ」
 鎖での再封印は拙僧がする気でしたから。
「て、こたァ…んっだよ俺ひょっとしてまた貧乏籤か!?」
 蓮聖に食って掛かるケイシス。
「まぁまぁ。そう怒らないで下さいよ。ちゃんと報酬も用意してきましたから」
 言って、笑いながらケイシスを宥める。
「…現物の方が良いと思いまして、『封印の鎖』のついでに幾つか持って来ました」
 拙僧の故郷の金子では…貰っても困るでしょうからね。
 龍樹の店もそれ程繁盛していませんし。
 …て言うか様々な異界からの客人が多いのでソーンでは使いようの無いような各地の流通貨幣と交換で商いやってる体たらくですから。
 言いながら蓮聖は懐から頭陀袋を取り出す。
 木製の机上に置いた。
「ってそれのせいで戻って来るの遅れたンじゃねえの!?」
「それは勘繰り過ぎですよ。これらは拙僧の寺から適当に選んで来ただけの物」
「…何ですかこれは?」
「珊瑚に琥珀です。故郷ではそれなりに珍重されているものでもあるんですが…この世界での価値はちょっとわかりませんね。…ま、珍しい物と言う事で…報酬代わりに受け取ってやって下さいな」
 言いながら袋の紐を緩め、中の塊を机上に出した。
「な、何ですかこれは!?」
 ひとつ見て、メイが叫ぶ。
 メイの見ているものには、金に近い色の半透明な樹脂の中に、蜂が一匹入っている。
「そう言う事もあるんですよ。琥珀ってのは樹脂の化石ですから。虫などが入ったままになってしまう事もね」
 ちなみに虫入りは特に珍重されていたりするんですがね。珍しい物なので。
「と、言う事は、結構感謝されている、と思って宜しいのかな?」
 珊瑚のひと欠片を翳して見ながら、ルカ。
「無論です。周辺を見るに…思っていたより被害も出なかったようですし。…ああ、その珊瑚は研磨すると綺麗な発色が出ますよ。宝飾の類にも使われます」
 ちなみにこれは血赤珊瑚――それとは色違いの物を研磨して作った物です、と蓮聖が袖から取り出したのは真っ赤な数珠。
「持って来た珊瑚の方は…もっと淡い色になりますがね」
「…いったいどんな被害を想定していたのでしょうね」
 珊瑚を机上に戻しつつ皮肉げにルカは言う。
 あっさりと蓮聖の微笑みが返った。
「被害を最小限度に抑えられたとして――この店くらい全壊していると思いましたよ」
「…」
「恐らく、依頼も何もせず――対処法を考えず放って行ったら…あの丘の、ほらちょうどキャラバンが来ているでしょう、あの辺りまで危険だったと思うので…それらを考えれば、殆ど被害が無いに等しいんです」
 なので感謝はしてますよ。本当に。
 平然と言う蓮聖。
 何を言う気も起きず、ルカは小さく肩を竦めた。
「ところで…各地の流通貨幣、の方も良かったら見せては貰えませんかね?」
 ソーンでは使いようがないと言うのなら。
 興味深そうにルカが言う。
 彼の興味は多方面に渡る。見聞を広めるのを好む為――そちらにもまた興味が行った。
 その横ではケイシスが獲物を狙う目で机上に広げられたものを見ている。…依頼では貧乏籤を引いた代わりに、せめて報酬だけは良さそうな物を選ぼうとしているらしい。
 が。
 彼が最後に目を付けた大振りの、蜂の入った琥珀に――横から、す、と細く白い指が伸びた。
 その琥珀を手に取ると、シェアラは素っ気無く立ち上がる。
 あああああ、とケイシスの叫ぶ声。
 けれどシェアラは微塵も気にしない。
「…私はこれを有難く頂戴しておくよ。蓮聖とやら。――ああそうそう」
 ぽん、とシェアラは思い出したように手を叩く。
「はい?」
 問い返す蓮聖に答えず、シェアラは再び、何事か口の中で唱えた。
 と。
 微妙な違和感が場を支配する。
「…結界を解いた。結界内にあるものは――幾ら壊されようと結界を解いた時に影響は及ぼさない。龍樹の『魔性』とやらが暴れた場所は私の結界内だったからな。これで被害は、ゼロの筈だ」
 最後にそう、あっさりと告げた。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/クラス

 ■1063■メイ(めい)■
 女/13歳/戦天使見習い

 ■1490■ルカ(るか)■
 男/24歳/万屋 兼 見世物屋

 ■1514■シェアラウィーセ・オーキッド(しぇあらうぃーせ・おーきっど)■
 女/184歳/織物師

 ■1217■ケイシス・パール(けいしす・ぱーる)■
 男/18歳/退魔師見習い

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※オフィシャルメイン以外のNPC紹介

 ■依頼人■風間・蓮聖(かざま・れんしょう)■
 男/?歳/異界から来た正体不明の僧侶・剣術師範

 ■依頼の目的のひと■佐々木・龍樹(ささき・りゅうじゅ)■
 男/19歳/比較的最近ソーンに住みつき古道具屋を営んでいる蓮聖の弟子(僧侶ではない)

 ■予約の客人■ティフェレト(てぃふぇれと)■
 女/19歳/ソーン定住な拳銃使いの薬師

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■         ライター通信          ■
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 メイ様、ルカ様、シェアラウィーセ・オーキッド様、ケイシス・パール様、初めまして。
 このたびは御参加有難う御座いました。

 ひょっとすると発注の際、窓口が上の方にあったかもしれませんが(汗)「聖獣界ソーン」に関しましてはまだまだ新参者の深海残月と申します。…通常、殆ど「東京怪談」にばかり手を出させて頂いておりますもので。
 以後お見知り置きを(礼)

 まずは…初日に発注下さった方、納品期限ギリギリにて申し訳御座いませぬ…。
 更に…文章が長いです…辟易してたらごめんなさい…。
 …実は毎度のようにこうなる傾向があります…(遠)
 どーか御容赦下さいませ…。

 時代や世界をシャッフルするならソーンの方が適しているように判断し、何やら現代ではない和なNPCをソーンに乱入させたりして書かせて頂きました。
 …いえ、異世界ファンタジーな世界観でいきなり時代物もどきと言うのもアレかなとは思いつつですが…(遠)

 今回は、メイ様とケイシス・パール様の御二方と、
 ルカ様とシェアラウィーセ・オーキッド様の御二方が、それぞれ全面的に共通になっております。

 また、少々時間的に危ない橋を渡っております関係で、今回、個別のライター通信は省略させてやって下さいまし(汗)
 苦情御意見御感想はテラコンのメールででも御願い致します…。

 今回はこうなりましたが…如何だったでしょうか。
 口調、性格等、違和感あるようでしたらどんどん言ってやって下さいまし(礼)
 楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら…ソーンは時々になると思いますがまだまだ窓口開くつもりですので、今後とも宜しくお願い致します。
 では。

 深海残月 拝