<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
略してJDKK
健やかに空は晴れ、爽やかな風が肌を撫でる、穏やかな午後。
ジュディ・マクドガルはその日、メモを見ながらアルマ通りを一人で歩いていた。メモには10項目を越えるおつかいの内容が書かれている。
「おさかな屋さんとお肉屋さんとお豆腐屋さんと金物屋さんと薬屋さんは行ったから、後は八百屋さんだけね。…智美お姉ちゃん、なに作る気なんだろ。これ…」
ジュディは尻を擦りながら、首を傾げた。先程の『お仕置き』の所為でまだひりひりする。
「思いっきり叩くんだもんなぁ…」
手提げ袋に入ったおつかい品をブラブラさせ、ブツブツと一人で文句を言う。無論、ジュディには一人の時にしか文句を言う度胸がない。何せ相手は絶対無敵にして世界を八巻するという巨大な白蛇が化身、八俣智美なのだ。怒った彼女が半端なく怖いという事は今更確認するまでもない。むしろジュディの場合、彼女の妹分として長年親しく付き合ってきたがゆえ、余計にその事を良く知っていると言えた。
だが。
『ちゃんと一人でおつかいできる?』
出掛けに智美がジュディに向かって言った一言。これにはさすがにカチンと来た。
「あたしだってもう15歳だもん!おつかいくらいこの上ないくらい完全無欠にこなして見せるわよ!なーにが、…なぁにが『できる?』よ!」
思い出しながら、仏頂面で通りを歩く。すれ違う人達の怪訝そうな表情になど全く気が付かない。
…八百屋は確か、もうちょっと先。
「心配だなぁ」
八俣智美はキッチンで準備をしながら、罰として買い物に行かせたジュディの帰りを待っていた。
「…心配だ」
智美は顎に手をあて、ふう、とこれ見よがしな溜息を吐く。
ジュディにしてみれば『15歳なのに』だが、智美にとって見れば彼女など『たったの15歳』でしかない。だからこそ、智美のジュディに対する心配はどうしても少々過剰になってしまう。
調理器具を全て出し終えて、時計を見る。ジュディが出て行ってから、まだ四半時も経っていない。
「もー30分も経ってるよ。遅いなぁ…」
客観的に見れば全然遅くないというか、むしろ幾らも経っていないと言える時間(何せ10項目以上のおつかいだ)だったが、智美は心底心配そうに眉根を寄せた。
「よーし。ここで最後!」
言いながら、八百屋の前で立ち止まる。ジュディは目当てのキャベツとにんじんとパパイヤを探す為、陳列棚に目を走らせる。
「…パパイヤなんか売ってるのかな…」
少し迷ってから彼女は店主に直接聞いてみる事にした。こんな入り口でまごついていてもしょうがない。
そんな訳で、ジュディが店主を探して店の奥に入ろうとした瞬間だった。入れ違いに出てきた男に、やおら乱暴に突き飛ばされる。
「…わっ、とと。セーフ!」
尻餅を付いて、強かに腰を打ち付けながらも手提げ袋を咄嗟に死守する。中には豆腐やタマゴなどの壊れやすい食材も入っているのだ。帰った時にそれらがバラバラでした、では、また智美に何を言われるか、知れたものではない。
「ふう、…危ないなぁ!」
安心した途端、怒りが沸いてきた。ジュディは、ぶつかった彼女の方を見向きもしないで通りを遠ざかっていく男の後ろ姿に、何か言ってやろうとするが…、
「う、売上を盗まれたー!!」
「…へ?」
頭上でいきなり叫ばれて、ジュディは意気を挫かれる。
見上げると、男が去っていく方を見遣りながらワナワナと肩を振るわせる八百屋の店主と目が合った。
そしてすぐに逸らす。
「…眩しいし」
太陽光を激しく反射する頭頂部の所為で店主の表情は確認できなかったが、とりあえず状況は、多分、その、あれだ。
「売上泥棒?」
呟くが早いか、ジュディは素早く立ち上がる。その目にはありありと好戦的な光が宿っていた。
「ふっふーん。あたしの目の前で不逞を働くとは…いい度胸じゃない!」
こうして、別に誰に頼まれた訳でもないのに、ジュディ・マクドガルは全力疾走で追跡を始めたのだった。
「…む、なーんか、嫌な予感がしたよ?」
智美はキッチンの椅子にちょこんと座りながら、『そわそわ』という擬音を絵に描いたような様子で呟いた。
「僕のこうゆう時の予感って、良く当るんだよねぇ…」
言いながら立ち上がり、次の瞬間、既に足は玄関の方に向かっている。
…今、この時に嫌な予感がするという事はすなわち、ジュディの身に何かがあった、もしくは。
「まぁ、ぶっちゃけ確率的にはこっちの方が圧倒的に高いから、その点に関してはあまり心配ないと思うけど…」
ジュディが何かやらかした。または、やらかそうとしているか、だ。
「全く、僕もホントはあんまりガミガミ言いたくないんだよっ…」
後者のうちの更に後者で、なおかつ自分が間に合う事を願いながら―――
智美は大慌てで外に飛び出した。
「追い詰めたわよ!さぁ、今こそ正義の鉄槌を食らうが良いわ!」
逃走した売上泥棒は、いずこよりの声にはっとして周囲を見渡す。…が、周辺には誰も居ない。
「ふっふっふ…上よ!ジュディ・デンジャラスきりもみキッーク!!」
どがっ!!
…という訳で、たった今考えた天空よりの必殺キックで見事泥棒を捉えたジュディだったが、その後が悪かった。
犯人の延髄を足の側面でナナメに刺したキックのおかげで、うまく体勢を整える事が出来ず、ある意味芸術的と言えなくもない着地を余儀なくされたのだ。
その時の事を、後に彼女はこう語ったという。
「えぇ、もうなんていうか、未来が見えましたね。時が止まって、こう、未来への道程が全部見渡せちゃった風味って言うか」
勿論、彼女にそんな能力はない。
とどのつまり、彼女が尻から落下したと同時、その下から手提げ袋の中身があらかた粉砕されたような『ぐしゃり』という音が聞こえ、更に言えば、そこへタイミング良く(悪く?)正面の小道を曲がって来た智美の姿が見えただけの話だ。
そう、親愛なる智美お姉ちゃんの姿が。
「とっ…ととととととと智美お姉ちゃん!?なんでここにっ…」
「…」
小走りで曲がり角を曲がって来た智美は、そこにジュディの姿を発見して、笑っているような呆れているような怒っているような、どれとも言い難い味のある表情をして固まっていた。
「あわわ…。えーとえーと、あの、これはつまりなんて言うか。あの、つまり…その…、ね?」
「…つ・ま・り?」
にこにこ笑いながら歩いて来て、ジュディの両肩をがしっと掴む智美。
「な・に・か・なぁあ?」
「えーと…。ごめんなさい」
智美の額にうっすらと怒りマークを浮かべているのを見て、ジュディは自分がまた『お仕置き』を避けられない失態を犯してしまった事を認めた。
「さてと?」
準備が無駄になってしまったキッチンのテーブルで、おたまを弄びながら智美はジュディを半眼で睨みつけた。
「なんで、手提げ袋の中身がこんなぐっちゃんこになっているんだろうねー?」
「うぅ…、あたしがいけない子だったから…です」
智美の前に力なく項垂れながら立ち尽くすジュディ。毎度の事ながら、この瞬間は本当に足が竦む。それほど、智美の『お仕置き』は強烈なのだ。実際、ジュディは今から展開される最長15分にも及ぶ地獄を予想して、うっすら涙さえ浮かべていた。
「お願いは?」
「あたしがもっといい子になれるように、…お、お尻を…叩いて下さい」
「よろしい。じゃあ、ズボンを脱いでお尻を出しなさい」
ジュディは履いていたスパッツを下着ごと膝まで下ろし、形の良いお尻を智美の方に向ける。
けじめをつける意味で、彼女のお仕置きは、全部自分からお願いをする事になっていた。それから、下着を全部下ろして、お尻が真っ赤になるまで叩かれ、済んだらお礼を口に出して頭を下げなければいけない。
ばちぃーーん!!
一発目。それだけでも充分にその威力の程が知れる、鋭い音が部屋中にこだました。実際死ぬほど痛い。だが、本当のお仕置きはこれからだ。
「…っ!」
声に出して喚きたいのをぐっと我慢して、次の痛打を待つ。悪戯に騒ぐと回数が増えるだけという事を、良く知っているからだ。
しかし。
(…あれ?…二発目がこない)
数秒後、恐る恐る後ろを振り返ってみると、肝心の智美お姉ちゃんはテーブルで優雅に紅茶を飲んでいた。
「え?は?…お茶?」
智美はジュディに気が付くと、くすりと笑って言った。
「ふふ、いつまでお尻出してるの。もう済んだよ?…早くお礼言いなさい」
「あ、ありがとうございました…。え?こ、これだけ?」
「まだ叩いて欲しいのかな?キミは。だったら叩いてあげるけど」
「いっ、いらないいらないいらない!!」
ジュディが慌てて下着とスパッツを元に戻すと、智美は堪え切れなくなって「あはは」と笑い出した。
「お姉ちゃんは、キミが泥棒を捕まえようとしておつかいしたものを台無しにしちゃった事くらい、お見通しなんだよ。だから、お仕置きも今ので許してあげる」
「え、…あ」
理解した。智美は自分のやった事をちゃんと評価してくれていたのだ。だから今日のお仕置きはこれでオシマイ。
ジュディは智美が自分を褒めてくれたのだと分かって、なんだか無性に嬉しくなった。
「智美お姉ちゃん、大好き!」
智美は抱き付いてきたジュディを優しく抱き締め返す。それがまた嬉しくて、ジュディは智美の胸に顔を埋めたまま「えへへ」と笑った。時には怖いが、やはり、ジュディにとって彼女は、優しくて大好きなお姉ちゃんだった。
「あ、ところでお釣りは?」
頭上で智美の声がして、ジュディは彼女から離れる。
「うん」
サイフは確か、手提げ袋の中に入れておいたはずだ。ジュディは帰って来てテーブルの上に投げ出したままになっていた手提げ袋を引き寄せ、中身を探る。
「あれ…?」
手提げ袋を両手で翳して見た。底が抜けて、それは見事な穴が開いていた。
「あは…あはは…」
背後を振り向く。智美はやはり、笑っていた。
この後結局お仕置きが続行された事は、言うまでもない。
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