<PCクエストノベル(1人)>


終わらない階段〜遠見の塔〜

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【冒険者一覧】

【 1194 / ロイラ・レイラ・ルウ / 歌姫 】

【その他登場人物】

【 カラヤン・ファルディナス / 賢者 】
【 ルシアン・ファルディナス / 賢者 】
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☆序章

 一つの冒険はそこで終わらない。例え何かの証を見つけたとしても、すぐに新しい探求心が生まれ、人々は再び、冒険の渦中へと身を投じて行く。それは途切れなく、例え誰かが力尽きても、次の誰かがまた立ち上がり、人の、何かを求める欲求は消えてしまう事はない。先細る事もない。希望や欲求や夢で膨らみ、道筋を増やして行く事はあっても…。

 今ここにも、ひとつの礎を手にした少女が、また新たな冒険へと旅立とうとしていた。


☆本章
〜白亜〜

 その塔の天辺は確かに見える。つまりは、無限では無いと言う事だ。しかも、雲を突き抜けるような途方もない高さでもない。これから最上階まで昇ろうと思う人間を、昇る前から疲れさせてしまうような、そんな意地悪な高層と言う訳ではなかった。
 ロイラは今、遠見の塔と呼ばれる塔の足元にいる。聖都エルザードから南西へ少し行った所、流れる川が円形に形作った、中洲のような場所の真ん中に建つ、白亜の塔である。そこには賢者と噂されるファルディナス兄弟が住み、心からそれを求める人々に対して、自分達の持つ、溢れんばかりに豊富な知識と情報を惜しみなく与えるのだと言う。
 塔の最上階には、夜になると魔法に寄る光が灯されて、陸の灯台として、夜に道行く旅人に安らぎを与えている。その光を、昨夜泊まった近くの村で眺め、ロイラはその不思議な塔とそこに住む永遠に若い二人の賢者に思いを馳せたのであった。

 ロイラは塔のすぐ傍まで歩み寄り、その白くすべすべした表面の塔の壁をそっと撫でてみる。珍しい石を材料にしているのか、普段から自然と触れることの多いロイラでも、目にした事も触れた事もないような材質の石だった。兄弟の事が話しに昇るようになって既に百年を優に過ぎている事を鑑みれば、もしかしてこの石は、今は見られなくなった貴重なものなのかもしれない、とロイラは思った。
ロイラ:「…会って貰えるかしら」
 ふと、ロイラは独り言を漏らす。噂によれば、ファルディナス兄弟は至って温厚で人当たりのいい男達であるらしいのだが、知識人にはしばしば見られるような、多少小難しい部分もあるらしく、興味本位で塔を訪れる者や何や良からぬ事を考える者は、魔法を掛けられ、永遠と化した螺旋階段に阻まれて会えないのだと言う。知識や情報は、人々の為になるように正しく使われなければならない、そう言った兄弟の気持ちが篭められているような話ではあるが、それを聞くとロイラも多少は不安を覚えるのだ。自分の、エルフ族の集落への思いは興味本位ではないが、では何の為、と言われれば少し考えてしまう。たくさんの人、いろんな人に出会って話をして、自分自身の経験と知識を高めていきたいと言う気持ちと、後はやはり、謎に包まれたままの己の出生について、知識豊かなエルフ族なら何か、どんな小さな事でも知り得ないか…そんな所だろうか。それを聞かれれば躊躇う事なくそう説明するだろうが、それを『興味本位』ではないと受け止めてくれるかどうかは、ロイラでは分かる訳もなく。
ロイラ:「でも、迷っていても仕方ないもの。行ってみるだけだわ」
 ん、と一人自分を励まし、奮い立たせると、ロイラは大きな両開きの扉に手を掛けた。


〜薄暮〜

 その見た目の重厚さとは裏腹に、壁と同じ材質で出来ているらしいその石造りの扉は、ロイラが両手で押しただけで簡単に開いた。見た目から、きっとずっしり重いのだろうと思い込んでいたロイラは、むん!と力と気合いを込めて押したので、そのあまりに呆気ない開きように、気合いを入れ過ぎていた事が逆に恥ずかしくなり、慌てて辺りを見渡し、誤魔化すようにスカートの付いていない埃をぱたぱたと手で払った。
 気を取り直して、ロイラは塔の内部へと足を踏み入れる。先程の事を踏まえて、扉はそっと力を込めて閉めた。ぱたん、と扉が閉まり切って繋ぎ目からも外界の太陽光が漏れなくなると、ロイラは初めて、塔の内部がほんのりと明るい事に気づいたのだ。
 だが、光源がどこかにある訳ではない。扉を抜けるとそこは広めのホールになっていて、その奥に例の螺旋階段の登り口が見える。天井を見上げてみたが、明かりを灯すようなものの存在は見当たらない。窓がある訳でもなく、完全に密封された空間なのに、室内は、その白い壁自体から光を放っているかのように、目に優しい程度の薄らとした明かりに包まれているのだった。
ロイラ:「不思議ね…これもファルディナスさん達の魔法の所為なのかしら」
 ふと、ロイラは呟く。綺麗に装飾の施された壁に、ひとつひとつ感心したような声を漏らしながら、まずはぐるりと一周してみた。その彫刻は何かの物語の一連か何かなのだろうか。ストーリー性のあるようなその絵模様は、いつまで眺めてても飽きない美しさがあった。が、今回の目的はそれではない。ロイラはひとつ息を飲み込み、また先程のように己自身に気合いを入れると、螺旋階段の一段目を昇り始めた。

 螺旋階段も、ホールと同じように薄らと明るく、それに加えて壁に埋め込まれた、内部で炎が揺らめく石、永遠の炎が所々に埋め込まれている。どれも小さなサイズとは言え、貴石の谷の深層でしか採取出来ない、貴重なそれがこれだけたくさんあると言う事にまずは驚き、ロイラは指先でそっと、その赤く炎を内部で燃やす石に触れてみる。熱くはないが、指先を近付けると何故か内部の炎は大きく揺らめき、ロイラの指先の血潮を赤く透けさせた。
ロイラ:「あ、でも、壁の材質も見た事ない石だったし…もしかして、この塔が建てられた当時には、永遠の炎も今ほど珍しいものでは無かったのかも知れないわね」
 独り言を漏らして、ロイラは再び階段を昇り始める。ふと、どこかから声が聞こえてきたような気がした。

 か弱い女の子だからね。あんまり長い距離昇らせたら可哀想だよ。

 え?と思った瞬間、ロイラの目の前の光景がぐにゃりと歪んだような気がした。眩暈を覚えて咄嗟に目を瞑り、壁に片手を掛けて身体を支える。そして暫くして目を開いたその時、ロイラの目の前にあったのは、さっきまではまだまだ続いていた筈の螺旋階段は途切れ、その先にひとつの扉が出現していたのだ。


〜黎明〜

声:「ようこそ。遠見の塔へ」
 扉を開けたロイラを出迎えたのは、黒髪に眼鏡が知的な印象を与える白皙の美青年だった。レンズの向こうの瞳は穏やかで、全てを見抜くような鋭い視線を、その人好きのする笑顔で緩和させている。恐らく彼が、兄のカラヤンなのだろう。その背後には金髪で青い瞳が好奇心でキラキラ輝いている、快活な笑顔の少年。こちらが弟のルシアン。そう確信した時、ロイラの表情がぱぁっと明るくなった。
ロイラ:「…う、わ〜〜!も、もしかしてもしかしなくても、ファルディナス兄弟のお二方ですね!?」
 両手の指を胸の前で組み合わせ、ロイラの表情は喜びと驚きに満ち満ちている。それは上擦った声からも知れ、このお年頃の少女特有の、『箸が転んでも可笑しい』に通じるような感情らしかった。さすがにそう言った少女の相手は珍しいのか、カラヤンもルシアンも目を白黒させて驚いている。それに気付く事はなく、ロイラは満面の笑顔でぺこりと頭を下げ、尚もにこにこと笑顔を浮べ続けていたのだった。

 エルフ族の集落について調べたいんです、喜びの興奮が収まった頃、ロイラは兄弟にそう告げて、この兄弟が有する膨大な書物を調べさせて貰うように頼んだ。ロイラの願いはあっさりと受け入れられ、今は書斎で何冊かの本を傍らに積んでぺらぺらとページを捲っていた。書物の数が余りに多い事もあり、どうもロイラが一番知りたい項目を探し出すだけでも一苦労なのか、さっきからめぼしい情報は何も得られず、さすがに溜め息が漏れたその時だった。
カラヤン:「疲れたかい?疲れた時は無理をせず、休憩を取る事も効率良く調べるコツだよ」
 そう言って、ロイラの前に紅茶のカップを差し出してくれたのは、兄のカラヤンだ。レンズ越しの瞳がロイラを見詰め、優しく細められる。礼を言ってカップを引き寄せたロイラが、自分の向かいに座ったカラヤンに話し掛けた。
ロイラ:「あの、…カラヤンさんは、エルフ族の集落に行ったことはありますか?」
カラヤン:「ありますよ。と、言っても結構昔の話だからね。彼等は慎重だから、あれからトラップも種類を変えているに違いないから、私の話を聞いても参考にはならないと思うよ」
ロイラ:「いえ、そう言うつもりじゃないんです。ただ、…どんな場所だったのかな、って少し聞きたくて。何か、想像しているばかりでは、私は今自分が探し求めているエルフの集落と言うのが、唯の伝説、唯の妄想なんじゃないかと思ってしまう時もあって…」
 ふと漏らしたロイラの弱気に、同じように紅茶のカップを手にしたカラヤンが微笑み掛けた。
カラヤン:「信じ続ける事は難しい事だからね。強い意志と希望、そしてその目的がしっかりしていないと持続する力を持ち続けるのは難しい。でも、特にそうありたいと願わなくても、興味が尽きなければ、意志も希望も目的も、皆意外と容易に自分の傍に居続けるものだよ。…エルフの集落はね…そうだな、とても静かな所だったよ。と言っても静寂を破るのが憚れる重苦しい静けさではなく、全ての音はどこかに吸収されているような、そんな感じ。空気が澄んでいて聞こえる水の音や風の音、小鳥や動物達の鳴き声も鮮明に聞こえ、木々の緑でさえ今まで見て来たものよりも数段濃く見えるような、そんな場所。…でも、多分、その印象は人に寄って違うと思うんだよ。君が集落を訪れれば、また違った印象を受けるかもしれない。そしたらまたここに来て、その話を聞かせて欲しいな」
 そう言ってそっと微笑むカラヤンに、はい!とロイラも笑顔と共に頷く。そんな様子を見てカラヤンは満足げな笑みを向ける。かつん、とカップをソーサーの上に戻した。
カラヤン:「君は、エルフが仕掛けたトラップ、あれはどう言った種類のものだと思う?」
ロイラ:「え?」
カラヤン:「君も知っているように、あの一角獣の窟にある森で、ある一定の順番に従って道を行けば、集落への道が開ける。それは、一定の順番でないと先の開かれない迷路であるのか、それとも、その順番で歩く事に寄って、例えば、掛けられていた魔法が解けて先への道が開ける、そう言った類いのものか」
 カラヤンの問い掛けに、ロイラは少し首を傾げて考える。自分が一角獣の窟に行った時、確かにある順番で歩くと、同じ角を曲がってもそこから先の風景が変わっていた。それは、カラヤンの言う前者、常にそこにある迷路のようなものなのだろうと思う。だが、ロイラが見た、夕暮れに咲く白い花。それを指先で突いた時、目の前の風景が少しだけ歪んで、違う風景が覗けたような気がした。まるで、違う映像を見せられていたのが、少しだけ本物の映像が垣間見えた、そんな感じ。
ロイラ:「…ええと、…両方、なんじゃないかと思います。勿論、それも一つずつと言う訳ではなくて。幾重にも仕掛けられていると言われるエルフのトラップ、それは自然のものもあれば、自然を利用しているものもあるじゃないのかな、…って」
 そうロイラが答えると、またカラヤンは満足そうに笑みを向けて頷く。片手を伸ばし、ロイラの頭に触れて優しく髪を撫でた。

☆終章

 その後も暫くロイラは遠見の塔に留まり、膨大な書物を調べたりファルディナス兄弟と話をしたりして過ごした。書物からは余り有益な情報は得られなかったが、エルフ族の生活や日々の様子など、今まで知らなかった話などを知る事ができ、まずは満ち足りた気分で兄弟の住処を辞したロイラであった。


おわり。



☆ライターより
いつもありがとうございます!ライターの碧川桜です。
大変お待たせしまして申し訳ありません。冒険らしからぬ内容になってしまったかもしれませんが、如何だったでしょうか?
ではでは、またお会い出来る事をお祈りしつつ、今回はこの辺で。少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。