＜聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記＞
ダイヤモンドを探して
●オープニング
一人の清楚な女性が、目に涙を浮かべている。
「‥‥ルディアさん。私を雇ってください」
「はあ？ だって、ミシェルさん、メルローズさんの所で‥‥」
「実は‥‥奥様に暇を出されてしまいました‥‥」
「えええっ！？ どうしてえええっ！？」
ミシェルが言うことには、主人であるメルローズ夫妻が出かけている間に、夫人の大切な指輪がなくなったのだという。出かける前には確かにあり、帰った時にはなくなっていた。その間、屋敷にいたのはメイドのミシェルだけ。
「だからって、ミシェルさんが盗むわけないじゃないですかっ！」
「でも、私が留守番していながら、こんなことになったのは、やっぱり私のせいなんです」
そう言って、ミシェルはしくしくと泣き出す。
「うー‥‥。誰か、ミシェルさんの濡れ衣を晴らしてっ。うまくいったら、一晩お酒飲み放題にするからっ！」
さて、その頃‥‥。
「まさかミシェルが‥‥。信用していたのに‥‥」
サラ・メルローズは悲しげにため息を吐き、部屋の隅で眠る小さな黒犬を見る。
「ねえ。ジョンだってそう思うでしょ？」
そのジョンが眠るクッションの下に、大切な指輪があることを、サラはまだ知らない。
●作戦会議
ルディアの呼び掛けに応じた冒険者は、まず４人。幼さの残る風貌ながら、どこか気品漂う鬼灯。羽の生えたウサギを肩に乗せたリース・エルーシア。青紫の、優しげな瞳が印象的なカイル・ヴィンドへイム。そして‥‥。
「はうぁっ！」
不意に立ち上がった客とぶつかり、よろけているケイシス・パール。
「何しやがるっ！ 気を付けやがれっ！」
「あ、どうもすいません」
全然済まなそうに見えない後ろ姿を睨み付け、ケイシスは毒づく。
「あ〜。ついてねぇ」
それに呼応するように、リースがため息。
「ケイシスも来るの？ その運の悪さで、あたし達の足を引っ張んないでよね」
「何だと！」
あわや喧嘩かと思われたところで、カイルが「まあまあ」と手を振る。
「とにかく話を聞こうよ。ねぇ、ユイスさん」
振り返った先では、目にも鮮やかな赤い髪の男が、グラスをカラカラ鳴らしている。先ほどまでカイルと食事を共にしていたユイス・クリューゲルだ。
「俺は今日美人の悩み事を聞く、と占いに出ていたのさ。どうやらお嬢さん、あなたのことらしいな」
やる気があるのかないのか分からない様子で、席を移動する。これで５人。
「その通りです。今のお話を伺う限り、ミシェル様が‥‥行われたという可能性が高いだけで、断定は難しいかと思われます」
鬼灯は、言葉を選びながらミシェルに問い掛けた。
「他に変わったことはありませんでしたか？ 留守中にどなたかがいらしたとか。閉まっていたはずの窓や扉が開いていたとか」
促されて説明を始めるも、ミシェルの言葉はしばしば途切れる。それを辛抱強く聞いた結果は、こうだ。出掛けていた女主人サラが帰宅すると、ドレッサーの上にあった宝石箱が絨毯の上に落とされ、中身が散乱していた。ほとんどの物は残されていたが、なぜか一番大切にしていたダイヤの指輪だけがなくなっていた。泥棒の仕業かと思い、家中を調べたが、他に荒らされた形跡はない。
「‥‥ねぇ。もしもよ。もしもミシェルさんがやったとして、どうして宝石箱をひっくり返したままにしておくの？」
リースの疑問に、その場にいた冒険者達は皆頷く。
「何らかの方法、例えば、魔法の力で、誰かが悪戯したのかもしれないな」
ユイスが含み笑いを見せる。
「そしたら、指輪はまだ家ん中にあるんじゃねぇの？ 俺が探してやるぜ。安心しな」
言うが早いか、外に出るケイシス。慌ててリースが追い掛ける。
そんな騒ぎを背中で聞いていた一人の男が、クイクイと指でルディアを呼ぶ。
「なあ。さっきの条件、嘘じゃねぇよな？」
「え？ 条件って‥‥」
「あのお姉ちゃんの濡れ衣晴らしたら、酒飲み放題って」
「あ、ええ、まあ‥‥」
いつになくルディアの歯切れが悪いのは、相手が底なしウワバミのシグルマだったからだ。
「で、あのお姉ちゃんがいたお屋敷って、どこだ？」
「ええと、サンタール通りの赤い屋根の‥‥って、シグルマさん、一人で行く気ですかっ！？」
呆気にとられるルディアを残し、シグルマは悠然と白山羊亭を後にした。
●２日目：犬と犬との関係
初日、指輪を探し出すと張り切って出て行ったケイシスとリースだったが、結果としては、自分達が泥棒と間違われる始末。しかし、全く無駄足というわけでもなかった。犯人がメルローズ夫妻の飼い犬で、指輪はサラの部屋にありそうだということが確認できたのは大きな収穫だ。
翌日、ユイスとカイルは連れ立ってメルローズ邸に向かった。道中、カイルがユイスに話し掛ける。
「後は、それを、サラさんに納得してもらえればいいんだよね。僕、ちょっと考えたことがあるんだ」
カイルは、ユイスの耳元でごにょごにょと囁く。そんなことをしなくても、盗み聞きする者など周りにいないのだが、そこはそれ、気分というものだ。
しかし、ユイスは渋い顔を見せた。
「ケイシスの一件がなかったら、それもいいと思うぜ。だけど、向こうも警戒してるだろう？ そこへ、いきなりテレポートして『はい、こんにちは』はマズいな」
「うーん‥‥。それじゃ、どうしよう？」
ユイスは、カイルの出した案を少し変えて、逆に提案した。
「なるほどー。そっちの方がいいね。そしたら、友達を呼んでくるよ。後はお願いね」
「おいおい。俺に全部任せて、おまえは休憩か？」
「だって‥‥僕が行っても、足手まといになるから」
「おまえがそう言うなら、仕方ないな。まあいい。大魔道士の俺に任せておけ」
自宅に駆け戻ったカイルは、身に着けていた首飾りに手を掛ける。頭をくぐらせると、元々小柄だった体はさらに縮んでいく。それだけではなく‥‥。ほんの一呼吸する間に、カイルの体は、焦げ茶色の小さな犬へと変化した。
床の上で、首飾りが淡い光を放つ。茶色い犬――カイルは、大切な物をしまうように、長袖のシャツを被せた。
家を飛び出し、ユイスの待つメルローズ邸の前へと急ぐ。
「‥‥んー？ なんだ、カイルの『鼻の利く友達』って、これかぁ？」
気が抜けたような、呆れたような声で、ユイスはカイルを迎えた。
「なんだ。犬と待ち合わせか」
見上げれば、白山羊亭で見掛けたシグルマが、あちこち包帯を巻いた姿で、メルローズ邸の門を守っている。
「そんなところだ。邪魔したな」
ユイスはカイルを抱えると、シグルマに向かってヒラヒラと手を振った。
「さて、こんなもんでいいだろう」
最初の角を曲がり、シグルマの視界から隠れたことを確認し、ユイスは軽く精神を集中する。一瞬の後、ユイスはカイルを抱えたまま、メルローズ邸の台所に立っていた。
（メルローズ夫人はここには来ない。ケイシスが調べておいてくれて助かったな）
その代わりかどうか、ケイシスが侵入した窓は、薄板で塞がれていたけれども。
「さて、お友達。うまいことやってくれよ」
台所を出たカイルは、サラの部屋に真っ直ぐ向かった。ジョンという名の犬が出入りできるように、廊下側の扉はすべて少しずつ開けられていることも、ケイシスから聞いて分かっている。目的の部屋に迷わず飛び込むと、当然のことながら、ジョンは驚いて吠えようとする。
（待って。僕は敵じゃない）
犬同士にしか通じない「言葉」で、カイルはジョンを制する。戸惑っている様子のジョンに、カイルはたたみ掛けるように訴える。
（ご主人様、大切な物、光る石）
初めはキョトンとしていたジョンだが、やがて理解したらしく、自分が乗っていたクッションの隙間に鼻を突っ込む。次に、右の前足を。しばらくして、光り輝く小さな物が転がり落ちた。
（ご主人様、返して、大事な人、いない、石、返す、帰る）
懸命に意思疎通を図るカイル。突然、ジョンは、尻尾を激しく振り始めた。
（分かったね。ちゃんと返すんだよ）
カイルは、サラの姿が見えないのを確認して、ユイスの元へと走った。
「終わったか？ ‥‥うまくいったかどうか、俺には分からないが、カイルの友達なら信じてやるよ」
ユイスはそう言いながら、来た時と同じように、カイルと共に転移の魔法で空間を超えた。着いたのは人通りのない木立の中。
「ご苦労さん。俺は一旦白山羊亭に戻る。カイルにも、一度顔出すように言ってくれ」
そう言い残して去るユイスの背中を見ながら、カイルは心の中で呟く。
（ありがとう、ユイス。これできっと、うまくいくよ。ミシェルさん、もう少しだけ待っててね）
●報酬
その翌日の夜。カイルが自宅で休んでいると、扉を叩く者がある。
「よう。俺だ。報酬のワインを持って来てやったぜ。滅多に手に入らない高級品だ。でも‥‥よかったのか？ 白山羊亭じゃ今頃パーティーだぞ？」
「うん。僕は‥‥何の力にもなれなかったから」
「何言ってんだ。あれは、おまえの手柄だろう？ 犬に自分で指輪を返させるなんて。最初は俺も、そんなことができるもんかと思ったけどな。あの後、本当に返したらしいぞ」
「それより、ミシェルさんは？」
「ああ、心配ない。鬼灯ってお人形さんみたいな女の子がいただろう？ 彼女と一緒に屋敷に行って、そこで万事解決」
「そう。よかった‥‥」
「実は、このワイン、白山羊亭じゃなくてメルローズ夫人からの謝礼だ。つまり‥‥そういうことだ」
「サラさんも喜んでくれてるんだね」
「ああ。それから、こっちはミシェルからの謝礼。豪華すぎて、手料理って感じでもないけどな」
「おいしそうだね」
「ま、こっちはこっちで楽しくやらせてもらうか」
その頃、白山羊亭は大騒ぎだったのだが‥‥。ユイスとカイルは二人で静かに、あの真面目なメイドの料理に舌鼓を打つのだった。
【完】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ クラス】
【0812 ／ シグルマ ／ 男 ／ 35 ／ 戦士】
【1091 ／ 鬼灯 ／ 女 ／ 6 ／ 護鬼】
【1125 ／ リース・エルーシア ／ 女 ／ 17 ／ 言霊師】
【1217 ／ ケイシス・パール ／ 男 ／ 18 ／ 退魔師見習い】
【1244 ／ ユイス・クリューゲル ／ 男 ／ 25 ／ 古代魔道士】
【1256 ／ カイル・ヴィンドへイム ／ 男 ／ 124 ／ 魔法剣士】
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。「白山羊亭冒険記」の第２弾をお届けいたします。
もっとほのぼののんびりしたお話になる予定でしたが、皆さんから面白いプレイングをいただきまして、このようになりました。書く側としても、こういう予想外の展開は書いていて楽しいものです。
カイル様。はじめまして。とても優しい方なのだなぁと、データシートとプレイングを見ながら考えておりました。それがうまく表現できているといいのですが。それから、「正体」については、カイルさんのプレイングから、ユイスさんも知らないと判断させていただきました。
それでは、またお会いできますように。
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