<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
●やっとこ! はげ太郎!!
「楽しくぅ〜♪ 作るよはげたろ〜〜♪ だ〜いすきなのは〜♪ 火〜まわりの……」
はげ太郎。それは、アルマ通りでも有名な鍛冶屋。歌はその促進歌である。最近なぜか街で流行っているので、白山羊亭の看板娘、ルディアもまた無意識に鼻歌を口ずさんでいたのだった。
と、そこに。
「その歌を歌うんぢゃねぇえええ!!」
突然、がしゃぁあん!というけたたましい音。隅のテーブルに座っていた男が、料理の皿をひっくり返したのだ。
さらに隣に座っていた少年の胸倉をつかみ、ものすごい剣幕でわめきたてる。
「てめぇんとこの武器を使ったおかげで、こーなったんだぞ?!」
「すみません、ごめんなさいうげ、くるし……」
慌ててルディアは駆け寄り、二人を止める。
「いったい、どうしたんですか?」
すると、おずおずと少年の方から話しはじめた。
彼は、はげ太郎の弟子で工房で作られた武器を客に届けている。目の前にいる傭兵風の男は、お客で、三日前に武器を渡したばかりだった。
が、しかし。
男が武器を使い始めたとたん、抜け毛が起こったというのだ。
現に男の頭は、午後の光をうけて、まばゆいばかりにきらめいていた。
「てめぇなんとかしやがれっ!!」
「なんとかしろといわれましても……。ボクだって困ってるんですよぉ」
武器を作っているのは、親方のはげ太郎。だが、このままでは、工房の評判がた落ちである。
「原因は、たぶん、最近、親方が手に入れた、やっとこです。
あれで作った武器はみんなああなんです。きっと、何か呪われているんです……」
●始まりは唐突に
――黄昏時。あたりは夕闇に包まれていく時間にもかかわらず、アルマ通りは人で溢れていた。手をつないだ親子連れ、一杯飲みに誘う男達、道で品物を並べる露天商……。様々な人々がせわしく行きかう中を、少年は進んでいた。彼は何度も後ろを振り返り、男がついてきているか確認する。
「もうすこしですから〜!」
少年は、男に向かって叫ぶ。男は無言でうなずくと、ゆっくりと歩を進める。黒衣に身を包んだ男、ルカ。彼が通るたびに、ほう、という感嘆の声がいくつもあがり、人々は皆振り返る。男の姿は人目を引いていた。
少年はルカの顔立ちに、改めて目をやった。ルカは、整った顔立ちをしていた。肌は、やや浅黒く、健康的である。まっすぐな黒髪は、無造作に切られ、ところどころ、ぴんぴんとはねている。きりと上がった眉の下には、ややつり上がり気味の双眸が覗いており、その奥に光る金色の輝きは、何か獣を思わせた。
突然、ルカとばちっと目が合う。人を射すくめるような、鋭い視線。油断のない目だ。少年は、慌てて目をそらす。
(でも)
しかし、そんな外見とはうらはらに、困っている少年に声を掛けてきてくれたのはルカの方だった。
(……この人なら)
少年は、改めてルカを見やる。その表情からは何も読み取ることはできない。けれど、彼はいつのまにかルカに信頼をよせていた。
●やっとこを回収せよ〜IN工房ツアー〜
「親方様ぁ〜、お客様をお連れいたしましたぁ〜」
少年の声が工房内に響きわたる。ルカは、腕を組み、入口の柱にもたれかかって工房の様子を観察していた。むわっとした暑苦しい空気。とんとん、かんかんというせわしない騒音がひっきりなしに響きわたっている。金床の上で際限なく槌をふるう男達の姿、飛び散る汗。ときおり金属を水につけ、ぶじゅうという音があがる。
炉から、こんなにも離れているというのに、ものすごい熱気を肌で感じるのは、こうした男達の仕事ぷりから来るのだろう。大きなかまどからは常に炎が立ち上り、煙突からは休みなく煙が吐き出されていく。
元々、鍛冶屋という職業に興味のあったルカは、その様子をじっくりと眺めていた。とはいえ、就く気はまったくない。様々なことに対して見聞を広めることを好む性質なのだ。
どんな作業があり、いかにして物が作られていくのか。そういった点に興味を感じていた。
と、そこに。
「トールか。遅かったじゃねぇか」
職人の一人が手を止め、トールと呼ばれた少年に声を掛ける。
「は、はいっ、あの、その、工房ツアーに参加したいというお客様を……」
工房ツアー。それは毎月特定の日に、一般客に工房を見学させるという企画。もっとも鍛冶屋の事を知ってもらおうというのは建前で、本音は親方の自慢話である。その時に、親方秘蔵の道具も紹介するので、このお客として潜入し、やっとこをゲット、という寸法である。
職人はルカとトールの顔を交互に見ると、弱々しく笑う。
「あんたか。うまくやっとこを取り返してくれよ」
職人達にも、呪いの噂は広まっているようである。彼はトールをあしらうと、ある扉を指し示した。
「親方はあそこにいる。あんただけが頼りなんだ。よろしくな」
●一回戦〜風〜
「ぶわっはっはっは!! 工房ツアーへようこそ!!」
親方――もといはげ太郎。本名ファルコ・ドラウド――は腰に手を当て陽気に爆笑した。ムキムキマッチョな大男で、なぜか上半身裸。服は、焼け焦げのついた前掛けを腰にまとっただけである。
「じゃ、さっそくはじめるか!」
ずらりと並んだ道具を一つ一つ手に取り、説明していくはげ太郎。ルカもよく回る口を使い、親父をおだてる。だが、実際ルカはそんな話は聞いていなかった。
それより、ある事が気になっていた。
(……はげていない)
はげが有名、はげ太郎。だがしかし、そこにはふさふさした黒髪が誇らしげに揺れていた。
(……ニセモノか?)
ルカは悩む。だが。
(とりあえず、考えていてもしょうがない)
そう考えると、ルカは目をつぶりなにやら呪文をつぶやく。
はげ太郎は説明に夢中でまったく気づいていない。
いつのまにか、ルカの足元に不思議な魔方陣が現れ、青い光を発する。
(我が呼びかけに答えよ、シルフィード!)
呪文が完成し、ルカがかっと目を見開く。すると、はげ太郎の後ろに四枚羽を生やした妖精のような少女が現れた。
ルカは精霊に目配せし、やれ、とあごで命令する。はげ太郎の腰にはホルスターが装着されており、その中にやっとこが入っているのだ。精霊は言われたとおりに、風の魔法を使いやっとこを奪おうとする。
と。
ふわり。
「!!?」
それは、確かに浮いていた。黒き物体。つまり……。
(づ、ヅラ?)
髪の毛。それはヅラだった。そして精霊のまとう風が、ヅラを浮かせている。肝心のやっとこはびくともせず。
「……ん? なんか涼しいな」
はげ太郎が、自分の頭に手をやろうとする。
(うわーっ!! うわーっ!!)
ルカは慌てて、精霊を異世界へ返す。瞬間、ぽたっとヅラは元の居場所に戻り、難を逃れた。
(な、なかなか手強いぢゃなぃか……)
冷や汗をたらしつつ、頬をひきつらせる。ルカの心に何かが宿った。
●二回戦〜狼〜
はげ太郎は相変わらず、自分の話に夢中だった。そして、例のやっとこを愛おしそうに取り出すと、こんなことを話し出した。
「このやっとこなんだがな、最近倉庫で見つけたんだ。ものすごい掘り出し物さ。このやっとこを見た瞬間、こいつが呼んだんだ。俺を使ってくれと、な」
「……ほほぅ」
やっとこに頬をこすりつけているその姿は、はっきりいってかなり不気味である。
……やはり、呪われているな。ルカは思った。と。
「……すまんが、ちょっとトイレにいかせてもらうぜ!」
延々と説明をしていたはげ太郎だったが、ここで彼は席を立った。と、無意識にやっとこを机の上に放り出していく。
(!!)
なんたる幸運。これで任務完了。素晴らしい。そうルカが思ったその時。
がしゃがしゃがしゃん!!
「!!?」
突然、棚が倒れてき、落ちてきた大量のやっとこと共に混ざってしまったのだ。
「ど、どれだ……!?」
慌ててやっとこを探す。だが、まったく見分けがつかない。ルカは珍しくあせっていた。
(……しかし、こんな時こそあいつの出番だ)
そして、彼はまた目をつぶり、呪文を唱えて空中に複雑な印を切る。すると、黒き狼が召喚された。
「匂いをかぎ分けろ」
ルカが命令する。黒狼はうなずくと、ふんふんとやっとこの匂いを嗅ぎ出した。
……くんくん。ふんふん。
そうして一分ほどしただろうか。狼は、たしっと前足でひとつのやっとこを指し示す。
「これかっ!」
ルカは満足そうにやっとこを握る。そして。
「やー、すまんすまん」
はげ太郎が戻ってきた。またおもむろに、自慢話を始める。だがしかし、ルカはもういなかった。ミラーイメージ。幻術でだしておいたルカとやっとこに、はげ太郎はいつまでも話すのだった。
●呪いを解いて
「ふむぅ、なるほどな」
眼鏡の端をつまんで、鑑定士はそのやっとこをまじまじと見た。
「どうだ、爺さん何かわかったか?」
眉をひそめ、ルカは鑑定士に尋ねる。その横には、依頼者トールと、あのはげた傭兵もいた。二人ともそれぞれ神妙な面持ちで、じっと様子を眺めている。
「わしはプロじゃぞ? 馬鹿にせんでもらいたいな」
「すまん」
ルカは軽く、一礼する。ここは街のはずれにある骨董屋。ルカはここで例のものを鑑定
してもらっていた。
「ふむ、ま、いいがの。……このやっとこじゃが、確かに呪われておる。それも魔術師のかけた特別強力な奴じゃ」
鑑定士は、やっとこを手でもてあそびながら話し始める。
「魔術師、だと?」
「そう、それもかなり変わっておるな。ここ、見えるか?」
鑑定士はやっとこの持ち手部分を指さす。するとそこには、小さくなにやら刻印がしてあった。
「シュトルム・ドラウド……。でも、こいつ誰なんだ?」
ルカはやっとこを手にしながら尋ねる。すると、少年が、何か思い出したようにしゃべり始めた。
「あ、僕、知ってます。確か、親方の先祖ですよ」
「そうじゃ」
鑑定士は、ふんと鼻を鳴らす。
「もうひとつ、あるじゃろ」
「……ソーグ」
傭兵のつぶやきに、鑑定士はうなずく。
「数々の付与魔術品を作った男じゃ。こいつは、シュトルムの友達じゃった」
鑑定士は、皆に目配せする。
「ある日、シュトルムは魔法の力を武器に付与させたいと思い、ソーグの元を訪れた。そしてその道具で作った武器は、魔法の力が宿るようにと」
「それがあの、やっとこか」
ルカがつぶやく。
「そうじゃ。しかし、ソーグには、ある悩みがあった。それは、はげじゃ。しかも一度はげを気にしだすと、仕事がまったく身に入らなくなるという癖を持っていた」
鑑定士は声をひそめる。
「そして……。シュトルムの依頼の品に魔術をかけているときも、その悩みで一杯だったのじゃ。できたやっとこには、魔法の力が付与された。しかし、それは……」
「まさか、はげる魔法じゃねえだろうな」
傭兵がぼそりとつぶやく。
「ご名答。そういうことじゃ。そのことに気づいたシュトルムは、やっとこを封印した。しかし、誰かが封印を解いたんじゃろ」
「……親方」
ぽつり、と遠い目をしながら少年がつぶやく。
「このやっとこには、はげた人物が触れると封印が解けるようになっておる。同じ悩みを持っていれば、なおさらじゃろう」
「そういえば」
ルカは、はげ太郎がかつらを使用している事実を伝えた。少年は驚き、答える。
「親方が? かつら? 信じられない……」
「なぜだ?」
「だって、僕らの前ではそんなものつけていないんですよ? 悩んでいたなんて……」
「じゃあ、あの歌は誰が考えたんだ」
傭兵が尋ねる。
「あ、あれも親方ですよ。自分の面白いところを使え、とかいって」
「いいつつ、内心は、気にしてたんだろうな」
ルカがぼそりという。
「じゃ、じゃあ……。親方はそれを気にしていて、みんな禿げればいい、それで呪いを?」
少年は真剣な面持ちだ。
「いや、知らずに先祖の名具を使った、というのが妥当じゃろ」
「どっちにしても、俺からすればものすごく迷惑なんだが」
傭兵がすかさずつっこむ。しかし少年は聞いていない。
「どうすれば? どうすれば呪いは解けるんです?」
少年が悲痛な叫び声をあげる。
「方法は、ひとつ、ある」
鑑定士は、ある言葉をつぶやいた。
●ある言葉
「それを、みんなで叫ぶのじゃ」
「ぇ」
皆の中から、不平がもれる。しかし鑑定士はがんとして譲らない。
「これが正式な解き方なのじゃ。呪いのかかった道具と、使用者の名を叫ぶ。そしてわしが道具に語りかける」
そして鑑定士は、なにやら口の中でもごもごと呪文を唱えている。
ルカもしばらくためらっていたが、やがて皆とともにその言葉を叫んだ。
「やっとこ! はげ太郎!!」
「はぁ!」
皆の叫びと、鑑定士の叫びがひとつに重なったその瞬間。
やっとこがまばゆい光を放ち、ぴきん、という乾いた音をたてた。
「……解けた、のか?」
ルカが目を細めやっとこをみやる。
「ああ……」
鑑定士が満足そうにつぶやく。少年の顔も心持晴れやかだ。だが。
「をぃっ!! どこが解けたんだ、どこがっ!!」
傭兵がぎゃあぎゃあ喚いている。皆の視線が一斉に集まったその先には、いまだ輝くはげ頭。
「……やっとこ自身の呪いは解けたが、はげが治るとまではいっておらん」
ぼそり、と鑑定士がつぶやいた。
「こぉらっ!! てめぇっ!! 話が違うじゃねぇか!!」
傭兵は、逃げる少年を追いかける。ルカは、喧騒をあとにし外に出てきていた。
――ま、結局のところ、自分が満足すれば、それでよし。
そんな言葉を胸に、ルカは空を見上げた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号1490 /PC名 ルカ/性別 男/年齢 24/職業 万屋兼見世物屋】
*NPC*
少年(トール)
職人
はげ太郎(ファルコ・ドラウド)
傭兵
鑑定士
シュトルム・ドラウド(回想)
ソーグ(回想)
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。こんにちは。雅 香月(みやび・かづき)です。この度は、発注していただき、まことにありがとうございました。
この依頼は、私の初めての仕事であり、また初ソーンという初づくしのものであります。
こんな依頼で仕事が来るのか……と内心どきどきしておりましたが、ほっとしております。
今回はお一人様でのご出発となりました。ほとんどシングルノベルみたくなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
このお仕事をするにあたって、ルカさんのOMCをすべて拝見させていただき、自分なりにイメージをまとめたのですが……。
イメージを壊していないか心配です。(汗)
お一人様なので、ここぞとばかりに活躍させよう! とした結果、ギャグっぽくなりましたし。(汗)
それでも、お気に召していただければ、幸いです。
PS:ルカさんの設定の能力ですが、はっきりとした描写が見当たらなかったので、こちらで勝手に創作しました。間違っていたとしたらすみません。
腕輪の封印も解きたかったのですが、本人は知らないことになっている上、プレイングに載ってないのでまずいかと。(汗)
もし、何かありましたら、テラコンの方からお知らせ下さいませ。
感想等も聞かせていただけると、嬉しいです。
ご縁がありましたらいつか、どこかで。それでは今回はどうもありがとうございました。
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