<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
世界が終わる日
Prologue
煌びやかないくつもの街灯に照らされ、ベルファ通りは夜の歓楽街の顔を見せる。
その一角。
老舗中の老舗と呼ばれる黒山羊亭は今日も大盛況。一般の人々もいるものの、その殆どは様々な世界からの冒険者達で溢れかえっていた。
そんな無国籍な雑踏を背景に、踊り子であるエスメラルダはカウンターに肘掛けながら、向かいの男の話を聞いていた。
「――それで? いったいどうして欲しいのかしら?」
憂いを帯びた溜息をつきつつ、彼女は男に問い掛けた。男は無言のまま懐を探り、目当ての物を手にしてカウンターに置いた。
それは金貨の入った袋。ジャラリという音からかなりの量が入っているようだ。
「人を集めて欲しい。なるべく腕の立つ連中を」
男――傭兵ギルドに所属するウォッカ・リキュールと名乗った――は、そう告げてから依頼の説明を始めた。
「ある機関からの依頼で、とある邪教集団の調査をしていたんだが、ようやく拠点が判明してな。そこを叩くのに協力して欲しい」
「協力って……そちらのギルドにも屈強な連中は大勢いるでしょう?」
「あ、あぁ。だが」
思わず口ごもる男を見て、エスメラルダは呆れにも似た息を吐いた。
「なるほど。ご自慢の部隊は全滅というわけね」
「……ぐっ、その通りだ。奴ら、厄介な術を使って惑わすらしい。この世のものとは思えぬ快楽をな。ギルドとはいえ所詮荒くれ者の集まりだ。そういった事に慣れてるとは言い難い」
ハッキリ言ってしまえば部下の不始末だ。あまり外部に洩らしたくない筈だ。
だが、そうも言ってられない事情があった。
「なんとか逃げ帰った者たちの話では、連中は今度の満月の晩に儀式を行うらしい。もし、それが成功してしまえば――世界は崩壊する」
まさか、と言いかけたエスメラルダは、ウォッカの真剣な表情に言葉を飲み込んだ。彼がこんなことで冗談を言う人間でない事を彼女は思い出す。
満月の晩――つまり、あと一週間の後。
「頼む。なんとか奴らの企てを阻止せねば!」
「……わかったわ。それで、場所は何処なの?」
「この都の――西の外れだ」
「え、それって」
ウォッカの告げた場所にエスメラルダは覚えがあった。
そこには、彼女のよく知る館がある。男も女も、一夜の夢を買いに訪れる場所。
それは。
「ああ。どうやら奴ら、儀式の贄として娼館を選んだらしい」
それだけ言うと、ウォッカは手にしていたグラスをガシャンと砕いた。
Chapnter.1-2
「さて、街に出てきたはいいけれど……」
雑踏に紛れるようにして歩くシェアラウィーセ・オーキッド。スラリと長身の彼女は、人混みにいようともかなり人目を引く。
が、そんな視線には慣れている彼女。
特に気にした様子もなく、ただ、視線をあちらこちらへと向けている。
「なにやら嫌な予感がしたのだが、さてどうするか?」
当てもなくぶらぶらしていてもしょうがない。さりとてその予感に根拠があるわけでもない。
どうしたものかと思案に耽るシェアラの視界に、ふと入ってきた男性の姿が彼女の琴線に引っ掛かる。彼の歩む先にあるのは、エスメラルダのいる酒場。
「そうね、彼女の所にでも行ってみるか」
そうして歩き出した彼女より先に『黒山羊亭』に入った男。名をルカといい、人でありながらハイエルフに育てられた稀代の術師である。
その彼の姿を見つけ、エスメラルダが声を掛けてきた。
「あら、珍しいわね。貴方がこんな所に来るなんて」
「来たら悪いか?」
「くすくす、冗談よ」
駆け引きじみた言葉のやりとり。
二人の会話はいつもこの調子だ。
「邪教の集団が『世界を崩壊させる』事を目論んでいる、という噂を耳にしたもんでな。あんたの所に来れば何かわかると思ったんだが」
「……相変わらず耳が早いわね。先日、それに絡んだ依頼があったわ」
そして、彼女がかいつまんで内容を説明していると、不意にルカは背後に気配を感じてハッと振り向いた。
そこには、静かに笑みを浮かべているシェアラが立っていた。
「その依頼、私も引き受けよう。その娼館には私のお得意さんもいるしな」
名を名乗った彼女に、二人は少し驚いた顔になる。
この街で暮らす以上、ある程度の噂は伝わっている。ルカ自身、彼女の事も多少なりとも知っていた。
曰く、人ではない、と。
「あんたが受けるんなら、こっちの勝ちは確実だな。まあ、元々『世界を崩壊させる』なぞまず不可能の筈だが、どんな災害を起こされるかわかったもんじゃない。やるのは勝手だが、俺が住むこの街を巻き込むのは不愉快だ」
幾分横柄な物言いだが、彼の性格をよく知るエスメラルダは苦笑を浮かべるだけ。シェアラに至っては、特に何を言うこともなく。
「それじゃあ、すぐにギルドの方に行ってくれるかしら」
二人は即座に頷いた。
Chapter.2
深夜0時。
本来なら、今が一番の稼ぎ時である筈の娼館は、ひっそりと暗闇の中に沈んでいた。
人気もなく、静寂がただ辺りを包む。唯一の明かりは空に浮かぶ月のみ。
月齢13.5。
明日が満月の晩というギリギリで、ようやく依頼に対する人数は集まった。もっともウォッカを含む六人という少なさではあるが、それぞれの経歴から少数精鋭とも言えよう。
「人気がまったくねぇな」
ポツリ、とケイシス。
肩に連れた九尾狐の焔を撫でながら、周囲の気配を探る。隣にいたフィーリも人の気配がないことを不思議がる。
「それに…普通この時間だと娼館はもっと明るい筈だよね。ひょっとして、もう誰もいなくなっちゃった?」
クスリ。
冷淡に浮かべる笑み。
元々、娼館という場所にあまり良い印象を持っていないが為か。或いは感情が欠落しているが故なのか。
そんな彼のストッパーとして、ケイシスがやんわりと窘める。
「いいか。なるべく人も建物も傷つけないようにしろよ。おまえ、そういうとこ容赦ねぇからな」
「はいはい、解ってますよ」
気のない返事で答えるフィーリ。
「んじゃまあ、後は頼むぜ」
言うなり、シグルマは雄叫びを上げながら建物に向かって突進した。
彼提案の囮作戦を聞いた時、誰もが呆れたものだ。
「やれやれ、相変わらず猪突猛進だな」
ルカはそう言いつつ、後衛にて援護する準備は万全だ。仮に彼が幻術にかかったとしても、そこは自分にすれば得意分野、負ける気はさらさらない。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
他のメンバーが見守る中、ただ一人シグルマは娼館へと突入していった。
足を踏み入れた瞬間。
奇妙な違和感がシグルマを襲う。
なんだ、と考える間もなく、彼の心情は驚愕へと変わった。真っ暗な建物の中に突入した筈なのに、気が付いてみれば周囲は煌びやかな明かりに包まれているではないか。
(……こいつぁ)
「お客さん、いらっしゃ〜い」
「ふふ、新しいお客さんね。誰か指名はあるのかしら」
「お兄さん渋〜い。あたし、お兄さんならこれぐらいでもいいよぉ」
「お、おいっ」
絡んでくる柔らかい腕。押し付けられる胸。化粧の香りが充満する中、女性特有の甘ったるい匂い。
多少赤くなりつつもなんとか抜け出そうとするシグルマ。如何に経験豊富な方だとはいえ、若い女性に囲まれればそれなりに照れもある。
戦士としての無骨さが思わぬ徒となりかけた、その時。
不意に視界が歪む。
すぐに元に戻ったのだが、生まれた違和感をシグルマは必死に捉えようとする。
だが、次から次へと身体を包む甘ったるい感覚に意識が溶ける。正に今まで体験した事のないような快楽。伸びる腕。肌を舐める口付け。
「くっ……!」
幻術だ、と頭では納得しつつも、身体が快感を求める。
抵抗力を上げているとはいえ、予想以上の威力にもはや陥落寸前だった。
(くそっ、甘く見過ぎたか……)
思わず諦めかけたシグルマ。
瞬間。
「消えろ!」
声と同時に、それまでシグルマの周囲を包んでいた景色が一斉に光となって消え去った。
変わって現れたのは、薄暗い部屋。寝具があることから、娼婦らが客と使う部屋の一つなのだろう。
「やれやれ、だらしないな。あまり自分を過信しないことだ」
嫌味ったらしくルカに言われ、キツイ眼差しを彼に向けるシグルマ。
だが、言い得てるだけに言葉は返せない。
「結構練度の高い幻術だったが、まだまだだな」
ニヤリ、と笑む彼は、ベールの剥がれた連中に向けて更に何かの術を放った。
途端、数人の術師が身悶えた格好で口から泡を吹き始める。表情は悦楽とも苦悶とも取れる顔だ。
ざわつき始める邪教の術師達。
その隙を突くようにケイシスの槍がその身を打つ。倒れる仲間の姿に慌てて術を使おうとする彼らを、更に追い打ちをかけるようにフィーリが打ち倒す。
「フィーリ、手加減しろって言ったろ!」
「うるさいね、キミは。ちゃんと殺してないだろ」
そうは言っても、特に手を抜く様子はない。問答無用で敵を倒し、ただ結果として相手が死んでいないだけだ。
なるべく人間を傷つけたくないケイシスにとって、そんな友人の行為はちょっとだけ腹立たしい。
「ったく」
こうなったら、自分が多く敵を倒すしかない。
「くっそぉ、さっきはよくもやってくれたな!」
そして怒濤の勢いで敵に襲いかかるシグルマ。
鬱憤を晴らすかのようにちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
「おっと、逃げるなよ」
ルカの召喚したシルフィード(風の下位精霊)が、慌てて逃げようとした術師をあっさり捕らえる。
術師達との攻防は、終わってみれば一方的な戦いで幕を閉じた。
後は儀式の阻止のみ。
Chapter.3
慌てて屋上へと躍り出た男は、急ぎ自分たちが描いた魔法陣の所へやってきた。
「ハァ、ハァ、なんなんだヤツらは。くそっ、こんなところで邪魔されてたまるか!」
空を見る。
まだ満月になっていない。
だが、今となってはそこまで待つ時間はない。こうなったら不完全ながらでも儀式を終わらせなければ。
既に魔法陣の中には、この娼館の人間を全員並べて寝かしている。
こいつらは生贄だ。これだけの数がいるんだ。多少時間が早くなったところで大丈夫だろう。
男――邪教集団の教祖である彼は、すぐさま儀式に移ろうと手にした杖を魔法陣に向けた。
「我が信奉する大いなる神よ。これより捧げる数多の贄をもって、貴方様の御力をここに示し給え」
続く呪文に反応して描かれた魔法陣が淡い光を放つ。
光は、生贄達の身体を包み――途端、何かに弾けた。
「なっ!?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
だが、生贄を包む光が次々と弾け、急速に光が小さくなっていく。やがて、最後の贄の身体から光が弾けた時、魔法陣はすっかりその機能を失っていた。
その後、何度も呪文を繰り返そうと光を放つ事はない。
「こ、これはいったい……ッ!」
「――どうやら私の護符が役に立ったようですね」
聞こえた声に男はハッと振り向く。
そこには、落ち着いた笑みを浮かべるシェアラが立っていた。その後ろにウォッカの姿も。
「なんとか間に合ったか」
「におい袋として配ってたかいがありました」
そう言って彼女が差し出したのは、小さなにおい袋。
だが、実際は、その有り余る力によって作られた護符でもあった。それをお得意さんを通じて娼館の人間に事前に配っていたのだが、どうやら今回はそれが功を奏したようだ。
さすがは神に近い人間が作った護符。
邪教の教祖程度の魔法陣をあっさり無効化してしまったようだ。
「おのれ…貴様らに我らの悲願が……」
「これまでだな」
「単純な力の差だね」
静かに告げた言葉に、教祖はあっさり逆上した。
「き、きさまぁ〜!」
術を唱えようとした矢先、ウォッカの一振りがあっさりと右腕を切り落とした。
血飛沫が派手に吹き上がり、男の身体を真っ赤に染める。
やがて、音もなくその身が崩れ落ちていく――血だまりの海の中に。その流れが床面を伝い、そして魔法陣に触れた。
「………我が命で、神よ………」
途端、力を失っていた魔法陣が再び光を放つ。
「しまった!」
焦るウォッカ。
強烈に沸き上がる力。その圧倒的な気に、シェアラも息を呑む。
(これは……封印をとかないとまずいか?)
だが、その心配は杞憂に終わった。
何故なら。
「な、何を……神よ……ッ、ひぃぃ!」
光は巨大な手を模し、おもむろに教祖の身体を掴む。瀕死の彼にあがらう力もなく、淡い光に包まれたままその中に彼の姿が見えなくなった。
そして。
光の腕は何もなかったように、また魔法陣に吸い込まれて消えていった。
残されたのは、眠り続ける娼婦達だけ。描かれた魔法陣は既に跡形もない。
茫然とするウォッカと、封印をとかなくて安堵するシェアラ。駆けつけた他の仲間達は、いったい何が起きたのかの説明を二人に詰め寄った。
――こうして、事件は幾つかの謎を残したまま幕を閉じる。
Epilogue
「ったく、なんだったんだろうな、そいつ」
「別にいいよ、そんなこと」
ケイシスとフィーリが言い合う横で、シェアラがルカを相手に少しばかり説教(?)をしていた。
「そりゃあ積極的になれとは言わないけど、もう少し働いたらどうなんだ?」
「いいだろうが、んなのは。これが俺の性分だしな」
四人の会話を苦笑混じりに聞きながら、エスメラルダは彼らに飲み物を差し出した。
「なにはともあれ、お疲れさま」
チン。
グラスを合わせた音が、小さく『黒山羊亭』の中に響いた。
「――で? どうなんだ?」
「ああ。来週報告に上がるつもりだから、お前がその気なら一緒に来るか?」
「勿論。俺のこと、きっちり紹介してもらうぜ」
シグルマがニヤリと笑う。
対するウォッカは幾分苦笑じみた顔になった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 種族/ クラス】
【0812/シグルマ/男/35歳/多腕族/戦士】
【1112/フィーリ・メンフィス/男/18歳/幻翼人(変異種)/魔導剣士】
【1217/ケイシス・パール/男/18歳/半鬼/退魔師見習い】
【1490/ルカ/男/24歳/人間/万屋 兼 見世物屋】
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド/女/184歳/亜人(亜神)/織物師】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、葉月十一です。
この度は『世界が終わる日』に参加して下さってありがとうございました。さて、内容の方は如何だったでしょうか。
今回、最後の〆を提示してくださった方があまりいなかったものですから、このような形での決着となりました。微妙に尻切れトンボの感もありますが、ご了承下さい。
何か意見等ありましたら、テラコン等を通じてお送り下さい。
それではまた、どこかでお会い出来る事を願って。
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