<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


■勇者を倒せ!

 隣町はある男の噂で持ちきりだった。
 勇者。
 しかし勇者は、人々に望まれてはいなかった。
「……みなさん、大変困っているのです」
 ふう、とルディアがおおきなため息をつく。
この自称勇者、えらい勝手な男で、勇者であることを鼻にかけている。
そのため、何をしてもいいんだと、勝手に人の家にあがりこんだり、商品に金を払わなかったり、
人の恋人に手をつけたりと、やりたい放題なのだ。
 このままでは、町は勇者に滅ぼされてしまう。
しかもこの勇者、何気に勇者の証を持っているため、うかつに手は出せない。この証は、町の人々
が無抵抗になってしまう魔法がかけられているからである。
「誰かが、ドラゴン退治にでも連れてってくれれば話は違ってくるんですけど……」
 そんなドラゴン、とりあえず見当たらないが、しかし。
「あの勇者、自分の力を見せ付けたいだけなんです。だから、あなた達に、この自称勇者を満足さ
せてもらえれば……」
 その時に、隙を見て奴から勇者の証を奪ってもらいたい、と。
 ルディアは一人、こうごちた。


■2そもそもなんでこんなことに?
 
 某弱無人な自称勇者を倒す、という呼びかけに答えたのは四人。
 彼らは、問題の町に到着すると、事前に待機していた秘書に案内され、町長室で事情を聞くこと
になった。
「……とにかく最悪なんです」
 隣町――もといオール町――の町長は沈痛な面持ちで、こうつぶやいた。
 昔と違って今は、勇者になるには、勇者選抜試験と呼ばれる試験を受けなければならない。その
試験は大変困難を極め、なかなか勇者になどなれるものではない。
 がしかし、勇者試験にはある落とし穴があった。
 勇者第一種と第二種。一種はもう世界を救うほどの大勇者を目指すものの試験。それは筆記から
始まり、実技、性格審査、神との面接……その他数々の試練をこなさなくてはなることができない
ものである。それをクリアした者達はまさに真の勇者と呼ばれるにふさわしい人々なのだ。
 しかし、この世はそんな勇者が求められるほどの大事件ばかり起こるとは限らない。むしろ、ち
まちました事件のほうが多いのだ。そこで設立されたのが、勇者試験第二種である。
 これは村の勇者、町の勇者といった程度の試験である。つまり、それぞれの町を守る勇者のため
の試験なのだ。この自称勇者も第二種勇者であった。
 この第二種試験、一種とは違い、そんなに難しいというものではない。筆記と、実技くらいであ
る。しかも、その選抜方法がまたゆるく、『筆記がだめでも実技が○ならよし』といったものなの
である。彼は、筆記がだめだったが実技が最高だったので晴れて勇者になれた、とそういったわけ
である。
 勇者には、その活動を最大限に生かすため、ある特権が認められている。それは、『全面協力』。
第一種勇者は、もうすべての市町村にこの特権を発動させることができ、宿屋もただで泊まること
ができる。第二種勇者も、例外ではない。ただし。
 派遣された町のみでの権利発動。その権利を証明するものが、『勇者の証』だという。
 この勇者はあろうことか、その権利を濫用し好き勝手なことをしているというのだ。
「そんな奴、ぶっ倒しちまえばいいじゃねえか」
 その言葉を聞いたジェイ・オールは、固く握りしめた拳を己の手のひらにうちつけ、吐き捨てる
ように言った。炎のような赤髪、ぴょんと飛び出た狼の耳が特徴的な獣人の少年である。ジェイは、
野性的な輝きを放つ金の瞳で、ぎり、と町長をにらむ。
 町長はその威圧感に、一瞬びくりとしたがこほん、と小さく咳払いをし話をする。
「できればとっくにやっています。だが、まあこちらとしてもいろいろ事情がありまして……」
 事情。それは『勇者の証』にあった。
 『勇者の証』には、勇者の権利を最大限に生かすためある魔法がかけられている。それは、町の
人々が無抵抗になるというものだった。緊急事態のときに、くだらない障害で何百万という人々が
死んでしまっては元も子もない。それを防ぐためにと、この魔法がかけられているのだが、この勇
者は自分の欲のためだけに使っているのだ。
「……許せません!!」
 背中の羽をぱたぱたとふるわせ、少女が突然大声を上げる。
 メイ。ぬけるような白い肌に、細い銀の髪が美しい、戦天使見習い。正真正銘の天使様である。
メイは、ぐぐっと拳を握りしめると、力説した。
「勇者がそんなんだから、天使が悪役やったり、神様がゲームとかでラスボスになったりするんで
す!! 元祖勇者様を導いたこと数百回という先輩天使の言葉を借りて、『へにゃちょこ』勇者を
矯正したいと思います!!」
 そして、どこからか、ぴかーんという効果音が聞こえてきそうな、荘厳、かつ、ぶあつい本を取
り出した。
 そこには、金の箔押しで『勇者を導く100の方法』と書かれていた。
「まだ見習いのあたしでも、この学科と仮免くらいはありますから大丈夫です!!」
 メイは本をぎゅっと抱きしめ、自信満々に叫んだ。心なしか、後ろにめらめらと燃え立つ炎が見
えるのは気のせいだろうか。
「そ、それは心強い……」
 町長は、メイのそんな態度に気おされつつ、ややひきつった笑みを浮かべた。そしてちらり、と
視線を移す。そこには……。
「ゆうしゃさまって、そんなわるいやつなの?」
 大きな瞳をうるうるさせ、小首をかしげるドラゴン。正確には、ドラゴンパピィのヴィー。
フリーデスヴィーデ・???である。ふさふさしたエメラルドグリーンの羽毛につつまれている。
「悪いというか、まあ許せない存在ではありますね……」
 隣で腕を組み、ふう、と大きくため息をついたケトゥ・クォン・シールがヴィーの後に続く。
学者先生というにふさわしい雰囲気の持ち主。真っ白なシャツに、茶色のベスト、ネクタイといっ
たこざっぱりとした姿の男である。しかし正体は竜の末裔と呼ばれる亜人種のナーガだ。少しの間
なら、エクリプスドラゴンにも変身できるという。
「あなた達、本当によろしいのですか? 彼はドラゴンを退治したがっているのですよ? 自分の
力を見せつけたい、ただそれだけのために」
 町長が不安そうに二人に尋ねる。 
 しかし、ヴィーはぷるぷると長い首を左右に振ってこう答えた。
「あのね、ゆうしゃさまにね、わかってもらいたいの」
 ヴィーは、知っているのだ。勇者がドラゴンを退治したがっているということを。それを承知で
あえてこの依頼を受けたのだった。
「あなた達への迷惑行為も気になるところですし、なにより、なんでもかんでも、ドラゴンを退治
するというのはいただけませんからね」
 ケトゥもぽつりとつぶやいた。
 それを聞き、町長はほっとした表情を見せた。そして、四人にこういった。だめ勇者は、勇者派
遣委員会に連絡を入れれば、委員会からの派遣員がやってきて、勇者資格を剥奪することができる
という。だが、それが通るまでには、なんと一ヶ月以上もかかるという。それではあまりにも遅す
ぎる。だから、あなた達のような冒険者に依頼をしたのだと。
「私達が、彼を止めるのは無理です。だから、派遣員が来るまであなたたちが、彼を止めてくださ
い。でないと、本当にこの町は滅びてしまいますから……」
 町長は改めて、お辞儀をした。
「まかせときなって! この俺が、そのバカ勇者をぶち倒してやるから!」
 ジェイは、片目をばちんとつぶって、にっと笑った。歯の隙間から犬歯がのぞいている。
「倒すとゆーか、改心させます!! 絶対です!!」
 あさっての方向を指差したメイが、力説する。
「っしゃ、とりあえず、その勇者に会いに行こうぜ!! そいつの強さも気になるとこだしな!」
「ちょっと待ってください」
 熱くなるジェイを、ケトゥが止める。
「俺達が行っても混乱を招くだけでしょう。どうです、ここはひとつ、分担してみては」
 くいくい、とヴィーがケトゥのシャツをくわえ、ひっぱる。何かいいたげな目だ。
「ぶんたん、ってなんなの?」
 その問いに、ケトゥは優しく答える。
「お互い、別々で行動するということですよ。うまく勇者を乗り気にさせて、おびきよせる。その
時に彼を捕まえるんです。きっと油断もしていることでしょうしね」
 そういって、ケトゥはにこ、っと笑った。
「では、作戦開始です」


■3A とりあえず作戦開始(メイ&ジェイ) 

 勇者がいるというその酒場は、荒れ果てていた。
 空き瓶が何本も床に転がり、グラスの破片があちこちに散っている。椅子やテーブルもめちゃく
ちゃで、何人か倒れている姿も見受けられた。そんな中でただ一人、カウンターで平然と酒を飲む
男がいた。
「うわっはっはっはっはっは!!! おい! てめぇ! もっと酒もってこい!!」
 黒鎧に身を包んだその男は、カウンターに足を乗せ、ジョッキを片手にふんぞり返っている。
 顔は赤く、すでに焦点は定まっていない。男は、カウンターの中で震えながらグラスを磨いてい
るマスターに向かってもう一度、言い放った。
「きこえねえのか!? さ・け・を持って来いっていったんだよ!!!」
 だん、と持っていたジョッキを大きくカウンターに叩きつける。瞬間、ぱりんという音とともに
ジョッキは粉々に砕けた。
「ひ……ひぃっ……」
 マスターはびくん、と肩を震わせた。
「いいか? 俺は勇者様だぞ? 勇者様にはあつ〜〜〜いもてなしをするのが、筋ってもんだろう
が!!」
 そういうと、勇者は胸元に下げているペンダントを、これでもかとマスターに見せつける。
「誰が、この町守ってやってると思ってんだ?」
 その瞬間、マスターの表情が一変した。ほうけたような表情になり、一言。
「はぃ……」
 そうつぶやいたのだ。
「よ〜〜し、じゃあ早く酒を持って来い!!」
 勇者は、持っていたジョッキの取っ手をマスターに投げつけた。その時、またマスターの表情が
変化する。はっと気づいたような表情だ。
「で、でも、本当に酒はないんですよ……」
 喉のおくからしぼりだしたような声で、そうつぶやく。その言葉を聞いた勇者は、恐ろしい形相
で突然立ち上がり、カウンター内に侵入してきた。
「な……ひぃえ!?」
 驚くマスターをよそに、勇者はあちこちの戸棚という戸棚をすべて開け放つ。ときおり、ちっと
舌打ちをし、戸棚ごと蹴り倒した。がしゃぁん、と派手な音が響き渡る。しばらくそんなやりとり
が続いたあと、勇者はにやり、と歪んだ笑みを浮かべ、こう叫んだ。
「【1000G手に入れた!!】」
 ぱぱららった〜、とどこからかファンファーレが聞こえる。勇者が高々と掲げたその手には、白
い袋が握られていた。そして勇者は中から、金貨を取り出すとマスターに投げつけた。
「おらっ!! この金で酒買ってこいっつーんだよ!!」
「そ、その金は店の……」
「うるさいっ!! 俺が見つけたんだから、俺のものだ!! わかったか!」
 そういって、勇者はだん、と椅子に座った。
 店に入ってから、その様子を一部始終見ていたジェイは、遠い目をしていた。
(うっわ、サイアク……マジめんどくせぇかも……)
 そして、はぁと大きくため息をつく。
 ちらり、と横目で隣を見やると、メイはぷるぷると震えていた。
(やっぱ、こえぇのかな……)
 しかし、メイは、突然きっと顔を上げると勇者に向かってこう言い放った。
「勇者! このあたしが来たからには、みっちりお仕置きしてあげます!!」
 そして、びしぃっ!と勇者を指さす。片手にしっかり本を抱きしめつつ。瞬間、ごうっとメイの
背後に炎が見えた。その炎は、瞳にも宿っていた。
(ンなっ!?)
 ジェイは慌てた。話がちがうぢゃないか、と。
 もちろん、この言葉を勇者が聞き逃すはずもない。ぴぴく、と体をふるわせると、ゆっくりと二
人のほうに向き直った。
「……いま、なんつった? たしか呼び捨てにされた気がすんだが」
 笑ってはいるものの、その笑顔はひきつっている。しかしメイはそんな様子を気にせず、さらに
話を続ける。
「その通りです! 勇者!! 様はいりません!!」
「いや様はつけといたほうがいいんぢゃね!?」
 ジェイがフォローを入れるが、メイは聞いちゃいない。
「あなたのその行動、あたしがしかと拝見しました! これから勇者のいろはを教えるから、覚悟
なさい!!」
「んだとてめぇ!? いったい何様のつもりなんだよ!!」
「天使様です!!」
 がたり、と椅子をたった勇者に、メイは一喝した。今にもつかみかかりそうな勇者を無視し、マ
イペースにいろはを語り始める。
「いー!いろいろ、ろー!ろは(タダ)で、はぁああーー!! はたらくぅぅ!!」
 最後変な気合をいれ、瞬間、何を思ったかメイがいきなり勇者に本を投げつけた。
「!!?」
 ごめす!!!
 本は、ありえない回転速度で見事に勇者のあごに命中した!
「ごっこのアマあぁああ〜〜〜!!」
「勇者を導く愛の鉄拳です!!(勇者を導く100の方法第12章引用)コインを漁るのは悪しき習性
と知りなさい!!」
「ちょっと待ってくれーーーー!!!」
 一触即発の展開に、ジェイがたまらず二人の間に割り込む。
 そして、不自然な笑いを勇者に向けると、メイの肩に腕を回し、酒場の角でぼそぼそとメイにつ
ぶやく。
(これは作戦なんだから、まだ、そーゆーことしちゃ、だーめ♪ ね? だーめなの)
 普段は絶対使わないであろう口調で、ジェイがメイを優しくさとす。でないと、またあんなこと
になるかもしれないとジェイは恐れたのだった。
(そうでした! ジェイ様、あたしすっかり……)
 ぽむ、と手を叩くメイ。どうやらわかってくれたようだ。ジェイはやれやれ、と頭を振ると、勇
者のほうに向き直り、
「すべて解決しました」
 と微笑んだ。
「どこが」
 勇者はぼそりとつぶやいた。
「つうか、お前ら何しに来たんだ? あ?」
 勇者の機嫌は、明らかに悪くなっている。ジェイは、今こそこの作戦を実行に移すべきだと確信
した。
「いやいや、えーとそのーあのー……、ほらっ! 俺……いやボクたちがここにやってきたのは、
とっても強い勇者様がいらっしゃると聞き、ぜひ、わたくし達めをシモベにさせていただきたくて、
まいりましたー!」
 ジェイとメイは、互いの手を取り合い、なぜだかくるくると無意味に回転する。
 最後はびしぃっ!と勇者を指さし、ひざまづいて勇者の手をとる。その表情は、きらきらという
言葉がふさわしいほど輝いていた。
(……いよっし! これで掴みはオーケーッ!! 勇者は油断したぜ!)
 自分をシモベといって、勇者を油断させ、外におびき寄せる。これが、彼らの本来の作戦だった。
とはいえ、セリフも棒読みであるし、その行動はあきらかに不自然なのだが、勇者はなぜか納得し
たようだった。たぶん、シモベという言葉に心惹かれたのだろう。
「ほぅ。俺のシモベか。なら、たっぷり働いてもらおうか」
 勇者がにやり、と歪んだ笑いを浮かべた。と、その時。
「ドラゴンがでたぞーーーー!!」
 通りから、けたたましい叫び声があがった。勇者は、慌てて外に飛び出す。メイとジェイもあと
に続く。あまりの暗さにふと、天を仰ぐと、そこには黒々とした巨大な竜が、悠然と空を飛んでい
た。ドラゴンはしばらく空を迂回していたが、やがて山の向こうへと姿を消した。
「え、エクリプスドラゴン……!」
 まさか本物が出るとは思わなかったのか、勇者は初めて動揺した表情を見せた。
 そんな勇者を後目に、ジェイとメイはお互いの顔を見合わせると、にやり、と微笑んだ。
「ゆうしゃさま〜? どうします〜? まさか、ここでひきさがるとかいいませんよね〜?」
「あ、あたりまえだ!! 俺はかならずあいつを倒してみせる!」
 勇者は叫んだ。その時、はるか前方から一人の男が、こちらに向かって歩いてきた。銀の髪をか
きあげつつ、困ったような表情でぼそり、とつぶやく。
「いや〜、びっくりしましたよ〜。いやね、さっきドラゴンを偶然見かけたんですよ。しかも、す
ぐ目の前で、ですよ?」
「な、なに!?」
 勇者は、男の肩をがっと掴む。
「それは本当か!! ぜひその場所へ案内しろ!!」
 男はにっこりと微笑むと、こういった。
「ええ。もちろんですよ。勇者様」
 ぱち、と男は片目をつぶった。ジェイとメイも、同じく片目をつぶる。
 男は、ケトゥ・クォン・シールその人だった。

              * * *

 なぜ、ケトゥが現れたのか。それは、こういう作戦展開の元、それぞれが動いていたからである。
 まずメイとジェイ達が酒場に行き、勇者を油断させて外におびきよせる。そして、勇者が外に出
てきたところで、ケトゥがエクリプスドラゴンに変身し、勇者の興味をひく。その後、ケトゥは、
人間の姿に戻り何食わぬ顔で勇者達と合流、最終的にヴィーの待つ場所――山へ、勇者を案内する
というものだった。そしてヴィーは、勇者と直接対決するドラゴンの役として、山で到着を待って
いる。――勇者を説得するために。
 
              * * *

■4 ヴィーと勇者と結末と

(おい、まだつかねえのかよ)
 山道を歩いている途中で、ジェイが小さくつぶやく。あきらかに勇者の機嫌が悪くなっているの
だ。
(このあたりのはずなんですけど……)
 ケトゥがきょろきょろと辺りを見回す。一度、自分達がヴィーを見つけて勇者を案内する。そう
しないと、勇者が突然ヴィーに襲い掛かるかもしれない。それはなんとしても避けたかった。
 だが、なぜか指定の場所に、ヴィーがいないのだ。
(大丈夫なの?)
 メイは心配そうだ。
(ええ、いざとなったらなんとかします)
 真剣な表情で、ケトゥはメイを見つめた。
 と、その時。
「……ドラゴンだ!!」
 突然、勇者が叫び声をあげた。そしてあっという間に駆けていく。
「?!」
 その予想外の行動に、ジェイはしばらくぼうっとしていたが、はっと気づくと即座に駆け出して
いた。
「おい、やべぇぞ!!」
 メイとケトゥもお互いの顔を見合わせ、慌てて後を追った。


 ドラゴン――もとい、ヴィーは、木の実を拾っているところだった。お腹がすいたので、木の実
拾いに夢中になってしまい、いつのまにか指定の場所を離れてしまっていたのだった。しかし、ヴ
ィーはそれに気づかず、ふんふんと鼻歌まで歌っていた。
 と。
「おい」
 突然誰かに呼び止められた。ゆらり、と背後に気配を感じ、ヴィーはゆっくりと振り返る。
 すると、そこには黒鎧に身を包んだ、凶悪な面構えの男が立っていた。
 ばちん。
 思わず、男と目があう。その燃えるような視線に射すくめられ、ヴィーの瞳はいつのまにか、う
るうるしていた。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「あ、おいっ!?」
 後ろから声が追うのにもかかわらず、その巨体からは考えられないほどの速さでヴィーは逃げ出
した。
(み〜〜……やっぱり、こわいの〜〜〜!!)
 そして茂みに頭だけを突っ込み、ぷるぷると震えている。
 だが、頭隠して尻隠さずとはこのことである。おっきなヴィーの体がそんなちっぽけな茂みに収
まるはずもなく。やがて、その男に尻尾をつかまれ、ずりずりと引きずり出された。
「とうとう捕まえたぞ、ドラゴンめ!! おとなしく俺に成敗されろ!!」
 男――勇者は邪悪な笑みを浮かべた。
(ふぇ……)
 その表情に、ヴィーはさらにおびえる。しかし。
(ヴィー、が、がんばるの……)
 ぎゅ、と前足を握りしめ、大きな瞳で上目遣いに勇者を見る。ドラゴンは悪い奴ばかりじゃない。
ヴィーはそのことを伝えるために、必死で勇者に語る。
「あのね、ヴィーよりおっきなドラゴンさんも退治しちゃだめなの。ドラゴンさんはわるいやつば
かりじゃないの。ゆうしゃさま、おねがいなの」
 意外にも、しばらくのあいだ、勇者はヴィーの言葉をおとなしく聞いていた。
「……おめーのいいたいことは、よーくわかった」
「え? ゆうしゃさま、ほんとなの?」
 ヴィーは自分の言葉が勇者に通じたと思った。
 だがしかし。
 勇者は突然、ヴィーを見下した態度をとり、ふっと鼻で笑う。
「……てめぇみたいな弱いドラゴンで、ほんとよかったよ!! これで簡単にハクがつくぜ!! 
ドラゴンを倒した勇者様ってな!!」
 そう吐き捨てると、勇者は剣の柄に手をかけ、一気に剣を抜き放った!! ぎらり、と刀身がに
ぶい輝きを見せる。
「みぃ〜〜〜〜〜!?」
 ヴィーの叫び声がこだまする。
「おとなしく、俺の経験値となれ!!」
 勇者は、狂った笑い声をあげながら、剣を振りかざすと、ヴィーに向かって一気に打ち下ろす!
「!!」
 もうだめだ。ヴィーは、ぎゅっと目をつぶった。
 と、その時。
 ごめすっ!!
「うぼっ!?」
 突如、高速で飛んできた本が、勇者の後頭部に見事に炸裂した。それでバランスを崩したか、ず
っしゃあぁあ!と派手に転倒する。
「んな……!」
 勇者は、血走った目つきで後ろを振り返った。そこには、後光の差した純白の翼の天使が、びし
ぃっと勇者を指さしていた。
「天知る、地知る、人が知る!! 勇者! このあたしの教育の目を逃れようとしても、許しませ
ん!! 弱いものいじめは恥と知りなさい!!(勇者を導く100の方法第22章引用)」
「んだと、このアマ!! ゲボクのくせに邪魔するんじゃねぇええ!!」
 そういって、勇者は剣を構えなおすと、突如、空に向かって剣をかざした。
「――真空風刃斬!」
 びゅごうっ!!
「んきゃぁぁああ!!?」
 次の瞬間、猛烈な突風がメイを襲った。メイはそのまま、はるか後方へと飛ばされてしまった。
「……っち、とんだ邪魔が入ったぜ。だが、それもここまでだ。死ねーーーー!!!」
 勇者はふたたび、ヴィーに向かって剣を打ち下ろした!
「みーーーー!!」
 ヴィーは、ぎゅっと目をつむり頭を抱えた。
 がきぃん!!
「!?」
 勇者は、確かに剣を打ち下ろした。だが、刃はヴィーに届かなかった。剣は、アイアンクローに
よって見事に受け止められていた。
「……勇者さんよぉ。少々、おいたが過ぎるんじゃねーか?」
 にやり、とその人物が笑う。うつむいていた顔が、ゆっくりと上がる。それは、ジェイ。一瞬の
隙を突いて、ジェイは攻撃を受け止めたのだった。
「……て、てめぇ!! なんのつもりだ!!」
 勇者はつばをとばしつつ叫ぶ。
「ヴィー、にげろ」
 ジェイは冷静に、ヴィーに語りかける。ヴィーは、あたふたとその場から離れる。そして、ジェ
イは金色の瞳で勇者をにらんだ。
「なんのつもりだ? 見れば、わかるだろーが! てめぇをぶち倒すんだよ!! 今まで、我慢し
てたけどな、もう我慢できねぇ!!」
「ほーう、俺を倒すというのか!? おもしろい!! 来い!!」
「言われなくても、こっちからいってやらーーー!!」
 次の瞬間、ジェイは強烈な回し蹴りを勇者の腹に叩き込んだ。だがしかし。
「甘い!!」
 勇者は、それを腕でガードした。と同時に、勇者の体が光に包まれた。呪文が完成したのだ。次
の瞬間、ものすごい衝撃波がジェイを襲い、ジェイの体は後方に吹っ飛んだ。 
「うぐっ!」
 木にしたたかに体を打ちつけ、ジェイは倒れた。
 勇者は平然とした表情で近づき、ジェイを見下ろす。そして、ぐぃと首元を掴みこうつぶやいた。
「なんだ? その程度なのか? ……しょせんは、ゲボク。つまらない、い・ぬ・だな」
「……ンだと?」
 ジェイは、小さく体をふるわせた。
「今、なんつった?」
 勇者は、歪んだ笑いを見せた。 
「何度でもいってやるさ。犬。負け犬め。わんわん、っていってみな! ほらうぐぅ!?」
 勇者の言葉は、最後まで続かなかった。勇者の体は、きれいな軌跡を描いて後方へ吹っ飛んでい
た。ジェイが放った鉄拳が決まったのだ。勇者が落ちた瞬間、ずざぁっ!と大きな砂煙が上がった。
「……俺は、犬じゃねえ――狼だ!」
 ジェイは固く拳を握りしめると、苦々しげにつぶやいた。


 おもわぬジェイのカウンターを食らった勇者は、その場から逃げようとしていた。
 だがしかし、それは叶わなかった。
 突然、勇者の目の前に巨大な壁が立ちふさがったからだ。
「どこへ行くつもりだ」
「……?」
 勇者は、ゆっくりと顔を上げる。
「!!!」
 強靭な筋肉に包まれた体、黒光する肌。口中にはするどい牙がずらりと並び、岩をも切り裂きそ
うな鍵爪が前足から覗いている。そして頭には巨大な二本の角――エクリプスドラゴン。
 それが、勇者の目の前にいた。
「貴様を逃がすわけには、いかぬ!!」
 ドラゴンは咆哮すると、その前足で勇者に掴みかかった。
「いへぁああああ?!!」
 勇者の叫び声が、あたりにこだました――。


■めでたしめでたし

 彼ら四人の活躍によって、ひっとらえられた勇者は、その後『勇者の証』を剥奪された。そして、
勇者派遣委員会からの派遣員によって引き取られると、すぐに裁判にかけられ、彼は永遠に勇者資
格を失うこととなった。
 このような勇者が再び現れることがないよう、委員会では勇者監察制度を設け、さらに試験内容
を厳しくしたということである。

 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1563/ジェイ・オール/男/14歳/武闘家】
【1063/メイ/女/13歳/戦天使見習い】
【0631/フリーデスヴィーデ・???/男/10歳/ドラゴンパピィ】
【0036/ケトゥ・クォン・シール/男/88歳/ドラゴンホーラー】

*NPC*

勇者:第二種勇者。史上最悪。本名は、ゴルガメス。(ムダ知識) 彼の行いをみた吟遊詩人の歌が
町に残っているという。その内容は、魔王の降臨の様だといわれている。

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■         ライター通信          ■
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どうもはじめまして。依頼のご参加どうもありがとうございます。雅 香月と申します。
以降おみしりおきを。

 各タイトルの後ろの数字は、時間の流れを、英字が同時間帯別場面を意味しております。
人によっては、この英字が違っている場合がありますが、それは個別文章です。
また()書きの数字は、同時間帯個別文章です。

この文章は全9場面で構成されています。今回は、大きくジェイ&メイ様、ヴィー&ケトゥ様で
分けさせて頂きました。もし機会がありましたら、他の参加者の方の文章も目を通していただける
とより深く内容がわかるかと思います。また参加者一覧は、受注順に掲載いたしました。


@大変おまたせいたしました! 最初に頼んでくださった方、申し訳ありません。
 無駄に描写も多いので、かなり長くなっております。
 ただ、お時間を頂いた分、頑張らせていただきました。皆様が楽しんでいただければ、幸いです。
 雅のポリシーは、キャラクターメイン、プレイングを最大限に生かす、というものなので、皆様
のOMCはできる限り拝見させていただいております。そこから、イメージをふくらませて文章を書
いています。けれども、雅アレンジで暴走してしまうことも……。(汗)

 雅は、ギャグが大好きです!こんなノリでよければ、ぜひまたよろしくお願いします。
もし感想、ストーリーのツッコミ、雅への文句など、ありましたらテラコンのほうから、お聞かせ
願いたいと思います。(感想は……頂けると嬉しいですv)
 それでは、今回はどうもありがとうございました。また機会がありましたら、いつかどこかでお
会いしましょう。

ジェイ様>初めての依頼を雅に頼んでいただき、ありがとうございました! 元気なジェイ君は、
書いていてとっても楽しかったです♪ 
 ジェイ君は、短気とプレにありましたが、最初のほうは我慢させてます。我慢しすぎて、ちょっ
と口調がおかしくなっているのは、やりすぎたかなと思うのですがどうでしょう。
とはいえ、最後は、思う存分暴れてもらい、こちらもすかっとした気分になりました。またご縁が
ありましたら、お会いしましょう。今回は発注どうもありがとうございました。

メイ様>かわいらしい天使様。しかしその外見とはうらはらに、プレイングは正義感にあふれ、こ
ちらにもその熱さがひしひしと伝わってきました。
 その熱さを、少しずれた感じとして描写しましたので、今回はちょっと暴走気味です。
 キャラクターのイメージを損なっていましたら、すみません。
『勇者を導く100の方法』や勇者のいろは、は最初見たとき大爆笑してしまいました。樽の中を覗
いたり、薬草を漁るのは悪しき習性、というのは鋭いご指摘ですね。私もゲームをやりますが、い
つも「勇者って、ほんとは悪い奴なのでは……」と思っていました。それでできたのが、この依頼
です。ちなみに、メイちゃんは、本を何回か投げてますが、あれは正義感あふれる熱意の象徴とい
うことで。(汗)
 またご縁がありましたら、お会いしましょう。今回は発注どうもありがとうございました。