<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
秋のチャリティバザー
●オープニング【0】
「そろそろバザーの時期なんですよね」
白山羊亭の看板娘・ルディアがそう言ったのは、秋も深まってきたある日のことだった。
「バザー? 何だい、それ」
聖都エルザードに来てまだ間もないらしい客が、ルディアに聞き返した。
「商店街や有志の人たちが屋台のお店を出して、その売り上げの大部分を寄付するんですよー。うちはいつもみたく、特製ジュースを出すつもりなんですけどね」
ウィンクするルディア。なるほど、チャリティバザーか。
さらに詳しく話を聞いてみると、寄付された金は管理団体によって、エルザードにある孤児院や病院などに分配されるという話であった。
「年4回のバザーのおかげで、わたくしたちもとても助かっております」
と嬉しそうに言ったのは、街外れの孤児院で働くアロマ・ネイヨット。銀髪長髪の妙齢の女性である。
「わたくしたちもクッキーを焼き、屋台で売るんですよ」
にこっと微笑むアロマ。ただ座して分配金を待つだけではないらしい。
「申請すれば、誰でもバザーにお店出せますから、興味ある方はいかがですか?」
ルディアが皆に聞こえるように言った。
出店はともかく……ぶらぶらと覗いてみるのも面白いかな?
●チャリティバザー開催【1】
さてさて、チャリティバザーの当日は、あっという間にやってきた。空は青く晴れ渡っており、気候も寒くなく暑くなくとちょうどよい。そして、会場となる天使の広場周辺には、様々な屋台が所狭しと軒を連ねている。
屋台でこれなら、見物客の多さも容易に想像付くだろう。少なくとも、天使の広場には普段の倍以上の人の姿があった。
「そこのお兄ぃ〜さん! 可愛い彼女へのプレゼントに、うちの商品買ってかない? 安くしとくよ〜」
「さあさ、取り出したりますこの何の変哲もない紙切れ1枚。1枚が2枚、2枚が4枚、4枚が8枚、8枚が16枚、16枚が……」
「美味しいワインはどうですか〜?」
屋台からの呼び込みも、なかなかバラエティに富んでいる。ただ覗き歩くだけでも、十分楽しめそうな雰囲気があった。
それでは、会場を歩いてみよう――。
●常套手段【2A】
(ふーん……食いもんとかの屋台、結構出てんのな)
人混みを掻き分け歩きながら、レイ・ルナフレイムはそんなことを考えていた。事実、屋台の半分近くは何がしかの飲食物を扱っていた。
「何から食べるかな」
食べ歩く順番を思案し始めるレイ。ざっと見た所、美味しそうな物を出している屋台が意外と多いので、ついつい目移りしてしまうのだ。
ひとまずレイの予定としては、次から次に屋台を食べ歩きつつ、何か値打ものらしき品物がないか見て回るつもりだった。
出店もほんの少し興味はあったのだが、レイは必要最低限な物以外に別段持ち合わせていなかった。なのでルディアから話を振られた時に、あっさりと『不可能だな!』と言い諦めたのだった。
(そういえば、白山羊亭も屋台を出すって言ってたはず)
ルディアの言葉を思い出すレイ。まあわざわざ探さなくとも、食べ歩いていればそのうち見付かることだろう。
「おっ、そこの綺麗な顔してるあんた!」
不意にレイは呼び止められた。呼び止めたのは、様々なナイフや短剣を売っていた屋台に居る人のよさそうな顔をした男であった。
「ん、俺か?」
「そ、あんただよ、あんた。見た所、戦士だか剣士だかそんな所だろう? 風格漂ってるから、一目で分かるよ!」
とりあえず剣を携えている相手を見て、『パン屋ですか?』と言う馬鹿はまず居ない。戦士だと言っておけば、たいがいの場合は正解である。
が、男の言い方が上手かったせいだろうか、レイは意外そうな表情を男に向けた。
「……風格漂ってるのか?」
「ああ、そりゃあもう!」
笑顔で答える男。人間、褒められれば悪い気はしないものである。自然とレイは、屋台の品物に目を向けていた。
「戦いに身を投じてる、そんなあんたにお薦めの一品があるんだよ。これなんだけどね」
「どれだ?」
レイは男の指し示した品物を見た。それは、きらびやかな装飾が施された鞘に収められた短剣であった。なかなか値打もののように見える。
レイが短剣を見ている間も、男は説明を続けてゆく。
「この短剣は凄いよ。不死なる者を、一撃で倒す力が秘められているんだ」
「ほう」
そう言われると、確かにそのように見えてくる。レイは短剣に手を伸ばし、刃の状態を見ようとした。ところが、男が慌ててそれを止める。
「おっとっと、ダメダメ!! この短剣は陽の光の下で鞘から抜くと、力が失われるんだよ!」
「あ、そうなのか」
レイはすっと手を引っ込めると、値札に目をやった。価格は少々お高めである。
「もう少し安くはならないのか?」
「いやー、これでもバザーだから勉強してんだよ。うーん……よし分かった! 俺も男だ、半額にしてやろう! 名のある剣士に使ってもらった方が、こいつも嬉しいだろうしな」
半額となると、一気にお手頃な価格となる。値打ちからすれば、非常にお買得である。
「買った」
即決するレイ。交渉しても恐らくはこれ以上は下がらないだろうし、逆に売ってくれなくなるかもしれない。ここで手を打つのが最善、そうレイは判断したのだ。
「毎度〜!」
男の愛想よい声を背に受け、レイはほくほく顔で屋台を離れていった。もちろん手にはあの短剣が。
(いい買い物をしたな)
と、レイが喜びに浸っているのも束の間。別の屋台の中年女性が、レイを呼び止めた。その口調は、何かを見かねてのようであった。
「ちょいとあんた」
「うん?」
「あんたさっきの店で短剣買ってたろう?」
「ああ、そうだけど」
「あんた知らないのかもしれないけど……あの男、バザーの度に二足三文の物を高く売り付けてるんだよ?」
「…………」
「どうせ半額で売り付けられたんだろうけど、それもあいつの常套手段さ。一気に半額にされたら、得した気分になるだろう? この街の者はもう引っかからないけどさ、たまーに旅の人なんかが引っかかるんだよ。ほれ、あんたみたいにね。今だったらまだ返品出来るかもしれないし、急いで戻りなよ」
中年女性は、レイに哀れみの目を向けていた。『今回の被害者はあんたか』とでも言いたげに。
レイはしばし無言であったが、やがてにっこりと微笑んでこう告げた。
「ありがとう」
と言うが早いか、きびすを返すレイ。そして1分もしないうちに――。
「てめー!!」
「ぎゃあーっ!! お助けーっ!!!」
レイの怒鳴り声と、男の悲鳴が聞こえてきたのだった。この後、男がどうなったかは語る必要もないだろう……。
●最初のお客様【3】
「いらっしゃいませ!」
人魚――といっても、今は人間の擬態を取っているのだが――のティア・ナイゼラは、自らの出していた屋台にやってきた客に元気よく声をかけた。見た所、長い銀髪を持つ女性のようだ。
「……これは何で出来てる?」
その女性――もとい青年、レイ・ルナフレイムは屋台に並べられたアクセサリーを一通り見回してティアに尋ねた。
「あ、はい、珊瑚ですよ。綺麗に出来てますでしょう?」
にこっと微笑んで答えるティア。この屋台に並んでいるのは、全て珊瑚細工のアクセサリーであった。ちなみにお値段は、珊瑚ということもあってそれなりか。
「一気に半額にしたりはしないよな?」
「はい?」
レイの言葉に、ティアはきょとんとした表情を見せた。意味がよく分からない。
「いや……こっちの話だ」
もごもごと口ごもるレイ。
「よかったら、ごゆっくり見てくださいね」
「ピー」
ティアの言葉と呼応するかのように、不意に鳴き声が聞こえた。見れば、ティアの後ろから桃色のカッパの子供がちょこんと顔を出している。
「ピーちゃんも『ごゆっくり』って言ってますよ」
ふふっとティアが笑った。
●実験台・その2【4】
「あっ、そこの赤い人、待つですにゃー!」
とある屋台からの呼びかけに、その前を通ろうとしていた者が何人も足を止めた。そりゃそうだ、具体的に誰を呼び止めたか分からないのだから。
その足を止めた者の中に、カラクリの天鏖丸の姿もあった。
「そこの赤くて、銀色で、髑髏な顔の人ですにゃー!」
足を止めた者たちが、一斉にきょろきょろと周囲の者たちを見回す。すると皆の視線が天鏖丸に集まった。
「拙者を呼んでおるのか?」
屋台の方を振り向いた天鏖丸の出で立ちは、赤い武者鎧に銀の獅子鬘、そして黒い髑髏の面鎧。全てぴたり当てはまっている。
「そうですにゃー☆」
明るく答えたのは、メイドさん姿の猫耳娘であった。足を止めていた者たちは、それを聞いて再び動き出した。
(はて、何であろう……)
屋台へと近付く天鏖丸。その屋台には、様々なパンが並べられていた。
「すみません……足を止めさせてしまって……」
「ごめんなさい、マオちゃん悪気はないんです」
猫耳娘と一緒に居た眼鏡っ娘メイドさんと、エルフのメイドさんが申し訳なさそうに天鏖丸に言った。ちなみにこのメイドさん3人娘、名を順番にマオ・カオル・ユウミという。
「いいや、構わぬ。さて、拙者を呼び止めたのは何用でござる?」
マオの方に向き直り、天鏖丸が尋ねた。
「目立ってたから呼び止めたんですにゃー☆ どうですにゃー、パンを買ってくれませんかにゃー?」
あっけらかんと答えるマオ。カオルとユウミが、ばつの悪そうな表情を見せた。
「……それだけでござるか?」
「それだけでござるですにゃー」
呆気に取られる天鏖丸の口調を真似、マオが答えた。隣では、カオルとユウミが一生懸命頭を下げて謝っていた。
「しかし拙者、パンよりは米の方が……」
「そう思って、ちゃんといいパンを用意したのですにゃー。これですにゃー!」
と言って、細長いパンを差し出すマオ。見た感じ、普通のコッペパンにしか見えないのだが……?
「とりあえず、食べてみてくださいにゃー」
「むう……しからば」
言われるまま、天鏖丸は差し出されたパンにかじりついた。……何やら固い物がパンの中に入っていた。
「む、これは」
天鏖丸はそれが何なのか気が付いた。普通は米の飯によく合う物――焼き魚であると。そう、焼き魚が丸ごとパンの中に入っていたのだ。
「お味はどうですにゃー?」
目を輝かせて天鏖丸に尋ねるマオ。
「……奇妙キテレツな味でござるな……」
しかし、天鏖丸としてはそうとしか答えようがなかった。
教訓:焼き魚はなるべく普通に食べましょう。
●ヘレンの屋台にて【5】
「あ、ヘレンここにお店出してるんだね〜♪」
アロマの屋台を探していたシフールのディアナは、その途中でエルフのヘレン・G・ウィングベルが出していた屋台を見付けていた。
「あらディア、いらっしゃい……まあ、その格好は」
「えへへ、前に作ってもらった妖精の衣装だよ〜☆」
空中でくるくると舞うように回ってみせるディアナ。それは以前孤児院で演劇を行った際に、ヘレンが作った衣装であった。
「懐かしいですわねえ」
しみじみとつぶやくヘレン。あの時、大量に衣装を『寄付』したのもいい想い出として残っていた。
「あ、そうだ。ヘレン〜、アロマがどこに居るか知らない〜?」
ディアナがヘレンに尋ねた。
「ええと確か……あちらの方に居たはずですわ。今朝準備の時に、見かけましたもの」
朝のことを思い出しつつ、ヘレンが指差し答えた。
「ありがと〜、行ってみるね〜」
「そうそう、ディア。あなたに合うサイズのワンピース、1着持ってきてますから後でまた来てくださいよ」
「そうなの? わ〜い! うん、また後で来るね〜☆」
そう言い残し、ディアナはアロマが居ると思しき方角へ飛んでいった。
「ヘレンは……やはり服を売っているのか」
と、そこにディアナと入れ違いに現れた青年が居た。アーシエル・エクストである。
「あら、アーシエル? ウィリアムは一緒じゃないの?」
「捕まらなかった。ここに来れば会えるかとも思ったが……あてが外れたようだな」
そう言って、アーシエルは屋台に並び飾られていた衣服に目を向けた。
「ちょ……」
「……言っておくが、そのような奇抜な服は買わんし、モデルにもならんぞ」
気勢を制して、アーシエルがきっぱりと言った。ヘレンの手には、いつの間にやら不可思議な柄の衣服と、可愛らしいフリルのついたドレスが握られていた。
「そう……」
考えが読まれてしまい、しゅんとするヘレン。それに構わず、アーシエルは並んでいる品物をじっと見定めていた。
「……これならば今の服に合いそうだな。これを売ってく……」
アーシエルが1着の衣服を手に取った。しかし――直後、アーシエルは言葉を失った。何故ならそれは、子供服であったからだ……。
●試行錯誤、悪戦苦闘【6】
「わ〜……綺麗だね〜☆」
アロマの屋台へ向かっていた途中、ディアナはティアの屋台に引っかかっていた。いや、引っかかっていたという表現はよくないか。目を奪われたと言うべきだろう、綺麗な珊瑚細工のアクセサリーに。
「これなんか似合うかも」
ティアはディアナに似合いそうな首飾りを手に取ると、ディアナの首からかけてあげた。しかし――。
「ん〜、ディアにはちょっと重いかも〜」
気のせいか、若干ディアナの高度が下がっているように見えた。
「え? じゃあ、もうちょっと小さい方がいいのかなぁ?」
ティアはすぐに1回り小さい首飾りと取り替えてみた。
「今度は鎖がちょっと長いかも〜」
「それじゃあ、鎖を短いのと取り替えて……」 シフール用カスタムに悪戦苦闘するティア。けれどもその甲斐あって、何とかディアナにぴったりな首飾りが出来上がったのだった。
「出来たぁ☆」
ティアがパチパチと拍手した。
「うん、ぴったりだよ〜。これ、くださいな〜」
笑顔で代金を尋ねるディアナ。だが、代金を聞いて笑顔が固まった。
「……足りないかも〜……」
結局ディアナは、この珊瑚細工の首飾りの代金を、ルディアに立て替えてもらうこととなったのであった。
●実験台・その3【7】
午後に入っても、バザーに来る客足は増えることはあっても減ることはなかった。ちょうど、この頃合がピークであるのかもしれない。
「プールのお礼ですにゃー、どんどん食べてくださいにゃー☆」
にこにこ笑顔でマオが言う相手は、レイであった。レイは出された各種パンを、順番に食べている最中だった。そんなレイを、ユウミとカオルが心配そうに見つめていた。
「……これ、中身が入ってないぞ」
レイが半分ほどかじったパンを見せた。中は空洞、空っぽである。
「パンの新機軸、空気パンですにゃー。これならたくさん食べても、胃にもたれないはずですにゃー」
「あまり意味ないんじゃないか?」
レイはもぐもぐと残りを食べると、次のパンに取りかかった。
「苦っ!」
一口かじるなり、レイが驚き言い放った。何故かパンが苦いのだ。
「新機軸第2弾、薬草パンですにゃー。これなら健康にもよくて一石二鳥ですにゃー」
「……あんたが食ってみろ。健康によくても、食えなきゃ意味ないだろ」
そう言って、レイはマオの口に薬草パンを無理矢理押し込もうとした。ちょっとだけ、目が据わっていた。
「何するですにゃーっ! もがもが……苦いにゃーっ!!」
薬草パンを口の中に押し込まれ、悲鳴を上げるマオ。
「因果応報……」
「……そうですね」
ユウミとカオルが、揃って溜息を吐いた。
教訓:ちゃんと食べられる物を作りましょう。
●子供たちの見る物は【8】
「あー! アーシエルのお兄ちゃんだーっ!」
誰かのその声をきっかけに、わらわらと子供たちが集まってきた。
(覚えられていたか……)
フッ……と笑みを浮かべるアーシエル。アロマの出しているちょっとスペースの大きめな屋台でのことである。
「子供たち、今でもあの演劇のこと話題にしているんですよ。本当にお世話になりました」
にっこり微笑んで、アロマが言った。
「すでに忘れていると思っていたが」
代金と引き換えに、クッキーを受け取るアーシエル。以前、孤児院の子供たち相手に演劇をしたことがあったのだが、子供たちが言っているのはその時のことである。ちなみに役名は、名前そのままだ。
「忘れていませんよ。それにほら、あそこに妖精さんも居ますし」
くすっと笑い、アロマは子供たちの方を見た。そこにはクッキーを抱えたディアナが、女の子たちと歌を歌っている所であった。
「ま〜るいクッキー、ありました〜♪ 妖精さんの〜クッキーが〜♪」
「まーるいクッキー、ありましたー! 妖精さんのークッキーがー!!」
ディアナの歌に続き、女の子たちが合唱する。それを繰り返して、これでもう3曲目に入っていた。
その傍らでは、何故か天鏖丸が男の子たちに取り囲まれていた。その多くが目を輝かせている。
「おっちゃん、かっけー!」
「これ、どこで売ってんのー?」
やっぱり男の子、武者鎧姿には魅かれる物があるようだ。もっとも大人たちより、子供たちの方が素直に物事の本質を見抜いているからかもしれないが。外見なんかよりも。
ちなみに……天鏖丸の武者鎧は売り物ではありません、念のため。
(子は国の宝よの)
心の目を細め、男の子たちを見やる天鏖丸。寄ってくる男の子たちを、次々に抱え上げてあげていた。
●可愛い物には目がありません☆【9】
「可愛い〜っ☆」
午後になり自らの屋台を閉めたティアは、ヘレンの屋台で足を止めていた。飾られていたフリルのドレスが、とっても可愛らしかったからである。
「気に入ってくださいました?」
嬉しそうな表情でティアを見つめるヘレン。ドレスを一目見るなり可愛いと言われたなら、作り手冥利に尽きるというものであろう。
「ええ、気に入りましたぁ! これ……いただけますか?」
ティアがドレスを目にしてから約1分。衝動買いとも言うべき早さであった。
「ありがとうございます。じゃあ……少しサービスさせていただきますわね」
こんなに気に入ってくれているのだから、値段を少し下げようかとヘレンが思った時、ふと手提げ鞄の中に入っていたピーちゃんと目が合った。
「……子供服、いかがですかしら?」
ピーちゃんを見つめたままつぶやくヘレン。ティアもそのヘレンの視線に気付いた。
「ピーちゃんに似合う服ってありますかぁ?」
「ピー?」
何のことか分からず、不思議そうに鳴くピーちゃん。けれども2人は、ピーちゃんを他所に子供服を片っ端から見ていった。
「これなんか似合うのでは?」
「あ、これも似合うかも……」
そうやって衣服を探していた時である。向こうの方で、女性の叫び声が聞こえてきたのは。
「お客さん、止めてください!」
その声にはっとする2人。今の声……ルディアのものでは?
●不埒な輩【10】
白山羊亭の出していた屋台の周辺に、遠巻きに人だかりが出来ていた。叫び声が気になったヘレンとティアは、人垣の間からひょいと覗き込んでみた。
「あら、まあ」
「……どうしたんですか、これ?」
目を丸くするヘレンとティア。
「お客さん、止めてください! うちの屋台では、お酒は売ってないんです!」
「なぁにぃ……酒場が酒売ってなくて、どーすんだぁ? ヒック!」
「そーら、そーら! ジュースなんら売らず、酒売れ、酒ー!」
「いいから酒出せよ〜」
1対3という構図がそこにあったのだ。1はもちろんルディア、3は……どうも酔っ払った男たちのようだ。
一部始終を見ていた者の話によると、屋台に酒を置いていなかったことに腹を立てた酔っ払いたちが、ルディアに言いがかりをつけようとしていたのだそうだ。
「此度の人々の安息を妨げるとは何ゆえか!」
そこへ騒ぎを聞き付けた天鏖丸が、口腔より湯気を発し恫喝しながら人垣より姿を現した。一瞬たじろぐ酔っ払い3人組。
「あんだ〜? 関係ない奴は、すっこんでろよ〜っ!!」
3人組の1人が、無謀にも天鏖丸へ向かっていった。
「む!」
天鏖丸がすかさず刀を振るった。いや、抜刀はしていない。つまり鞘で向かってきた男を叩いた訳だ。だが鞘だからといって、その威力は軽い物ではない。
「ぐあぁっ!!」
天鏖丸の一撃で吹っ飛ぶ男。そのまま白山羊亭の屋台へ突っ込んでゆくかと思われた。ところがその手前に、突如石の壁が出現した。同じく騒ぎを聞き付けたディアナが、ジュエル魔法の『ストーンウォール』を行使したのである。
「これで屋台は無事だよね〜」
そう、確かに屋台は守られた。しかし哀れな男は石の壁へ突撃する形となり――。
べち。
真正面からぶつかって、哀れな男はその場にのびてしまった……。
「野郎!」
「何しやがる!!」
残った2人が天鏖丸へ向かってゆこうとした。だが、その寸前に1人は腕をつかまれ、もう1人は首根っこを押さえられた。
「……やるだけ無駄だ。貴様らの敵う相手ではない」
「たく、人が気分よく屋台を食べ歩いてたってのに」
腕をつかんでいたのは呆れ顔をしたアーシエル、首根っこを押さえていたのは不機嫌そうな表情をしたレイであった。そして2人とも、ほんの少しだけ手に力を加える。
「いてててててててて!」
「あたたたたたたたた!」
悲鳴を上げる2人の男たち。直後、アーシエルとレイの手から解放されると、のびている男を抱えて何処かへ逃げていった。
「覚えてろよーっ!!」
悪役の定番台詞を残して。
「おー、よくやったー!」
「兄ちゃんたちやるじゃねーか!!」
3人組が去った後、野次馬たちからやんややんやの大喝采が起こった。手際もあるだろうが、流血沙汰にならなかったことも大きかったと思われる。
「すみません、ご迷惑かけちゃって」
ルディアがぺこぺこと頭を下げた。
「お詫びついでに、特製ジュース振る舞わせていただきますから、皆さんよかったらどうぞ〜!」
続けてルディアがそう言うと、わらわらと人が集まってきた。さっきまでは遠巻きに見ていたのに、何とも現金なものである。
ともあれこのようなトラブルがありつつも、夕方までチャリティバザーは無事に行われたのだった――。
【秋のチャリティバザー おしまい】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別
/ 種族 / 年齢 / クラス 】
【 1248 / アーシエル・エクスト / 男
/ ヒューマン / 26 / 騎士 】○
【 0160 / ヘレン・G・ウィングベル / 女
/ エルフ / 29 / 専門家(仕立屋) 】◇
【 1131 / ディアナ / 女
/ シフール / 18 / ジュエルマジシャン 】◇
【 1221 / ティア・ナイゼラ / 女
/ 人魚 / 16 / 珊瑚姫 】◇
【 1295 / レイ・ルナフレイム / 男
/ 人間 / 24 / 流浪狂剣士 】◇
【 1590 / 天鏖丸 / 男
/ カラクリ / 35 / 機構鎧剣士 】◇
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■ ライター通信 ■
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・『白山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通されると、全体像がより見えてくるかもしれませんよ。
・大変お待たせいたしました、聖都エルザードでの秋のチャリティバザーの模様をお届けいたします。多少のトラブルはありましたけれど、おおむね無事にチャリティバザーは終了いたしました。この後、売り上げの大部分が管理団体に預けられて、後日分配される訳ですね、はい。
・レイ・ルナフレイムさん、2度目のご参加ありがとうございます。という訳で、常套手段に引っかかりました。もっとも品物はそのまま手元に残り、代金も取り戻しているんですけれども。パンは……まあご愛嬌ということで。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。
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